第5話 新しい風
真空空間に耐えた生徒の一部は、野次馬の時に見せた表情の一切を消し立ち上がる。
戦闘準備ができていたものはそのまま、二人の賊を追いかけに訓練場から出ていき、ただの野次馬だったものは準備にいなくなる。
真空空間を耐えた一人である、グラインド・リキュール・アミラはふらふらと立ち上がる。
だが、その眼には闘志が失われていた。
彼女だけがアルとの戦闘によってその力の差を見せつけられている。
一度目は、制限がある中での敗北、二度目は制限が解除された状態での手加減による真空攻撃。
手加減と判断できたのも、直接戦った彼女だけだった。
カールされていた巻き毛がアミラの心中を表すように項垂れる。
「戦意喪失?」
そこに声をかけたのは一冊の本を片手に持ち、水色の髪を肩に届くくらいの長さの小柄な方女子生徒だった。
アミラは視線を上げその姿を見つめる。
「テキス・ミヨさん……」
そう呼ばれた少女は書物館でタダシを案内した少女だった。
アミラはライバルともいえるミヨに泣き言を言う。
「情けないですわよね。いくら聖騎士とはいえ、『封源の輪』を付けた相手にいいようにやられ、それどころか、手加減までされるなんて……」
「そう?」
「あなたに何がわかるんですの……?」
アミラは自嘲気味に笑う。
「情けない……、弱くなった世代と言われ、それを覆そうと一人で足掻いて、結局ただの負け犬……、さらには勘違いまでされて……泥を塗ったのは私自身だった……」
聖騎士団国家の歴史は長い。
その中で比べられることはままあることだ。
さらに、ここ十年でジャンオル・レナンという化け物を排出されては、どの世代も胸を張り辛くなる。
そして、特段特別な功績などをあげていなければそれはさらに顕著にでてしまう。
挙句に、それに気づいてすらいない生徒がたくさんいるという事実。
それを見抜かれ、正聖騎士のハイ・アルフォナインという名の少年に叫ばれた。
「情けない……」
もう一度零れたその言葉に投げかけられた言葉は優しいものではなかった。
「ここにいるの?」
「私一人でどうしろっていうんですの……?」
少しだけ違う。
「だから、私はここに来たの」
「え?」
ミヨはアミラの何もなくなった腰の部分を指さした。
「あなたが、イェール様から渡された本の意味を説明されている」
「あれになんの意味が……?」
「あれは、ナカムラタダシという子の再試験の課題の一つだった」
「私はその説明すら聞かせていただけなかったのですわね……」
「あなたは実直だから……。でも私はそれを任せてもらえなかった側」
「何が言いたいんですの?」
「それに、あなたのそういうところ嫌いじゃない」
「はい?」
ミヨは言葉を探すように少しの時間をかけて説明する。
「私にかまってくるのは鬱陶しいけど、私も同じ気持ちを持っていた。それに私でもネルギの聖騎士には勝てなかった。でも、あなたと二人ならわからない。それに……」
口下手な少女の慰めにここまで言わせては、情けなさに拍車がかかる。
「一言多いですわ」
なにより、この少女は自分と同じ感情を抱きながら、どこかで戦い続けてきたのだ。
だから、一人ではなかったのだ。
それがわかっただけで十分。
「ふ、あなたからそんな言葉を聞けるなんて思っていなかったですわ。……そうですわね、今は落ち込んでいる場合でなないですわ!」
立ち上がったアミラの目に闘志が戻る。
「単純」
「ふんっ、単純で結構、あなたにそこまで言われて立ち上がらない方がおかしいですわ。それにまだ私にも切り札がないわけではないですもの」
「ただ、難易度はもっと高くなっている」
やる気だけではどうにもならない問題は存在していた。
「正体はわかっていますが、先ほどのナカムラタダシという少年、正聖騎士であるハイ・アルフォナイン、そして最強の一角アバレン・アレクの三人ですわね」
「捕まえるにしても順番がある」
作戦があるような口ぶりにアミラは耳を傾ける。
が、その作戦を話す前に、ミヨは先ほど口に出しかけたもう一つの可能性である新しい存在に視線を向けた。
遅れてアミラはその存在に目を向ける。
「あなたは…………」
数か月前、一人の少年と出会い、生きる道が変わった少女。
原種の力を宿し、その力をどうにかしようと抗い、最強の一角のパートナーを師に持つ少女。
「初めまして、アイミケ・ゴースキーです」
アミラと同じく、先日ハイ・アルフォナインに敗北した少女は聖騎士団国家の制服を身に纏いそこにいた。
「あなたの事も聞いてはいる。一応聞く。あなたはどちら側?」
「そうですわね」
二人がアイミに向けた目は疑いの目。
この学園の生徒であれば噂を知っている。
ジャンオル・レナンが推薦した人物とアン・クラナディアが推薦した人物がいることを。
そして、ジャンオル・レナンが推薦した人物が賊の共犯者として挙げられたのならもう一人は?
しかし、その疑いの目を払拭するように、
「タダシ……ナカムラタダシを捕まえるのに手を貸してください」
そうアイミははっきりと宣言したのだった。




