第2話:薄情な歓迎
『生きる源』は人それぞれだ。
少年は自分より幼い2人を守るため、命の炎を灯し続ける。
「いっ?」
「ほぇ?」
「えっ?」
光が収まったのを感じとり、目を開けた3人はあまりにも現実離れした光景に呆然とするしかなかった。深夜の公園にいたはずなのに、目の前に広がるのは昼間の街中。それも自分たちの住む日本では見られないような、いかにもヨーロッパのどこかの街といった建物が連なっていた。
「あ、ん?何で俺らこんなところに、えぇ?」
周囲を横切る人々が、珍しいものを見る目で振り返っている。髪や肌の色からして、日本人ではなさそうだ。
「ざ、財人さんアレ…!」
「あれ?…っっっ!?」
ワナワナと震えながら洋士が財人の袖を引っ張る。彼の向いている方を見てみると、そこには漫画の中でしか見たことのないような竜が大きな翼を広げて羽ばたいていた。
「り、竜だぁぁぁぁぁ!?」
「そりゃ今は産卵期だからな。別に珍しくもないだろ。」
財人は驚きの声を漏らすが、通行人の男性は大して動じることもなく話している。
「え?え?なんで皆そんなに平然としてんの?」
洋士が近くにいた男性に訴えかける。
「なんでって、お前ドラゴン見るの初めてだってのか?」
「いやいやいや初めてもくそも、どこの世界にドラゴン見飽きた人たちがいるってんだよ!?」
「ここの世界。」
「マジでか!」
「ははは、お前面白いな!さてはあれか、とぼけたフリした旅芸人か!」
男はポケットの中に手を入れ、コインを3枚置いて通り過ぎて行ってしまった。
「あっ、どうもおおきに〜!って違う違う、とにかく何で俺らこんなところにいるんすかね?」
嬉しそうにコインを拾い上げる洋士だったが、すぐにはっと我に返る。
「何だか、歴史の授業で習った近世ヨーロッパの街並みに似てますよね。」
「タイムスリップした、ってことか?」
「でも、そんなことってあるんですかね?それにあの竜も、どう説明すれば良いんでしょうか…。」
叶は深く考え込んでいる。
「とにかく、考えてもしゃーないだろ。そうだな、おい洋士。」
「へぇ、なんすかね?」
「今のおっさんに渡されたのって幾らだ?」
「えっと…。」
洋士は硬貨を握っている手を開いて、財斗の前に差し出した。それは当然日本のものではなかったが、100の硬貨が2枚と、10の硬貨が1枚だった。
「210円か…どんぐらいの価値あんだこれ?」
「遠足用のお菓子詰め合わせが2つも買えますね。」
「いやそれは日本円の話でしょ。つーか叶ちゃん、二つ買うなら6円足りないじゃない。」
やれやれとため息をついて、財人は2人の肩を抱いた。
「えっと、核心先輩…?」
「とりあえず、買い物行くぞ。」
「いらっしゃ〜い!西の国で仕入れた果物を多数取り揃えているよ、さぁ買った買った!」
屋台で商人の男性が、彼の娘と思われる財人と同い年くらいの少女と2人で食べ物を売っていた。それなりに繁盛しているようで、屋台の側には既にいくつか空になった籠が積み重ねられている。
「いらっしゃい!やぁやぁ君、珍しい格好をしているね。どこから来たんだい?」
「おう、ちょっと東の島国から来たんだけど、外国のことはさっぱり分かんねぇやな、ははは。」
「東の島国!?」
適当な設定を作り上げて話を円滑に進めようとした財人だったが、商人の娘と思われる同い年くらいの少女が食いついてきた。
「ちょ、エイミー…。」
男は少し困った様子だったが、やれやれと諦め、申し訳なさそうな顔で財人達を見て他の客の対応に移ってしまった。
「君、東の島国から来たんだって?」
「お、おう。(何かまずいこと言っちゃったかしら…?)」
少したじろぐも、ここで嘘だとバレてしまったら怪しまれるのでそのまま話を合わせる。
「凄い。よく出てこられたね、あそこの国から。」
「えっ。」
「だってさ、あそこの国って少し前から『ザライブル』の保有者が支配してて、今は普通の人の出入りができない場所だって話でしょ?」
「「「『ザライブル』!?」」」
その単語に、3人は驚きのあまり彼女を凝視してしまう。ここに来る前にも、自分たちを襲ってきたタイツの男が言っていた言葉だ。
「どうしたの?」
「君、『ザライブル』のことを知っているの?」
「え…。あなたたちは、知らないの?」
財人はしまった、と自分の発言を後悔した。相手の様子を見るに、知ってて当たり前の一般常識のようなものだったらしい。それを尋ねてしまったのだ。確実に怪しまれる。
「おいー!大変だ!オークが4匹、この街に攻めてきたって!」
「何だって!?一昨日、北の国に遠征に行ったばっかで防備の手薄な時だってのに…!」
逃げようかと考えた財人の耳に、いやな知らせが飛び込んできた。オークといえば、ファンタジー系のゲームに出てくる大きな人型怪物だ。そんな奴がここに来るということは、2人が危険だ。
「おいお前ら、一先ず逃げるぞ!」
2人の手を取り、駆け出そうとした財人だったが、急に後ろの方から爆発が起こり、自分の後ろにいた2人が爆風で吹き飛ばされてしまった。
「きゃあああああ!」
「へぇぁぁぁぁぁ!」
「洋士!叶ちゃん!」
2人の元へ財人は駆け寄る。
「おい!しっかりしろ!」
「だ、大丈夫です…。」
「うぅ…おっぱい揉みてぇ…。」
叶の方は無事だったが、洋士は爆発の衝撃でのびてしまっていた。まだ油断はできないが、一先ず2人とも大丈夫そうだ。
「いやあああああっ!」
しかし、束の間の安息も女性の悲鳴によってかき消されてしまう。悲鳴の聞こえた方を見てみれば、さっきまで話をしていたエイミーと呼ばれた少女が巨大な緑色の人型怪物に腕を掴まれていた。
「くそう!叶ちゃん、さっさとずらかるぞ!」
「先輩…あの子が…!」
洋士をおぶさり、財人はすぐに逃げようとするが、叶はエイミーのことを心配してか、逃げるに逃げきれないようだ。
「んなもんどうでもいいだろ!人の心配なんかしてないで自分の身を守れ!」
「でも、あの人を放っておけません!」
「うるせぇ黙れ!お前らを守らなきゃあいつに顔向けできないんだよ!第一お前に何ができるってんだ!」
「っ!…それでも!」
財人の言葉が鋭く胸に突き刺さる。しかし、叶は考えを曲げない。近くにあった木の板を掴んでフラフラと立ち上がり、オークのいる方へ向かおうとする。
「やめろ馬鹿!死にたいのかよ!」
「死にたくはないですけど、きっと…兄さんなら、助けに行くと思うんです!」
「あっ…。」
「兄さんはもういませんが、だからこそ私が、兄さんの代わりに多くの人を助けてあげたいんです!」
その言葉に、財人は胸が張り裂けそうな感覚を覚える。確かに、あいつなら自分を犠牲にしてでも助けようとするだろう。しかし、あいつが2人を誰よりも大切に思っていたことも知っている。
「ウウウオオオオオ!」
「ひっ!誰か、誰か助けてぇ!」
オークはそのまま、エイミーの服を強制的に脱がせようとしていた。オークが何を言っているのかは分からないが、やろうとしていることは容易に想像できた。
「…待てよ、叶。」
フラフラの状態で、それでもあのエイミーを助けるために走り出そうとする叶を財人は制した。
「止めないでください。私が彼女の身代わりに…!」
「いや、身代わりはいらねぇな。」
背負っていた洋士を、彼女の側に寝かせる。
「えっ…?」
その言葉を待っていたとでも言いたげに、財人は頬をにやりと釣り上がらせた。
「皆俺が助けちゃる。」
そう言って、財人はオークの元へと走り出した。
「でぇいやぁぁぁっ!」
オークの股間部を、財人は勢いよく蹴り飛ばす。
「グァァァァァ!」
急所を攻撃されたためか、オークは痛みのあまりに僅かな悲鳴を上げ、下半身を抑えてその場に崩れ落ちる。
「ったく、同じ男として本当はやりたかなかったけどよ、ソコが一番ダメージ大きそうだから攻撃させてもらったぜ!」
すでに脱ぎ捨てられたエイミーの服を、拾って彼女に投げ返した。
「あっ…ありがとう。」
男に下着姿を見られたためか、彼女は少し顔が赤くなっていた。
「貸し3な。」
「なんでよ!?」
財人のその一言で、照れが一気に困惑となった。
「女の子の貞操守ってやったんだぞ?そんくらいサービスしてくれたっていいじゃん!」
「助けてくれたのは本当に感謝してるけど、君それはちょっと図々しくない!?」
「ああん?情けは人のためならずってことわざを知らねえのかよお前!」
「堂々と人の足元につけこんで、あんた恥ずかしくないの!?」
言い合いが止まらなくなり、次第にエイミーも砕けた口調になっていた。
「とにかくねぇ…って危ない!」
急にエイミーに抱き寄せられ、足元を掬われて彼女とともに倒れ込んでしまう。その直後、頭上を巨大な棍棒が横切った。起き上がったオークが、怒りに震ながら財人を見下している。
「すまねぇ、助かったぜ。」
「お互い様よ。でも、いよいよもってお終いね。」
既に諦めたように、エイミーはため息をついた。いつの間に来ていたのか、目の前には計4匹のオークが立ち並んでいる。
「ウウウウウ…オオオ…!」
その手には、街中に放つために使うと思われる爆弾が握られていた。
「けっ、冗談じゃねぇよ。こんな訳も分からねぇ、モーツァルトの故郷みてぇな場所で…!」
ズシン、とさっき財人に蹴られたオークが地響きを鳴らした。そのまま右手の棍棒を振りかぶった。
「死んでたまるかいあほんだらぁ!」
その時、財人の身体から火炎が放射され、4匹のオークを瞬く間に包み込んだ。
「グォォォ!?グォァァァァァ!」
オークたちは必死にのたうち回り、全身を焦がす炎を消火しようとしたが、どれだけ暴れても炎の勢いは弱まらない。
「グ!グァァァァァ!」
生き残ることを諦め、せめて自爆して周囲の巻き添えを謀ったオークが爆弾の導火線に身体の火をつけようとした。しかし、爆弾に炎が引火することはなく、そのままオークたちは力尽きた。
「火が…ついてない…?」
地面に落ちた爆弾を恐る恐る覗き込みながら、私は息を呑んだ。これが爆発していたら、自分たちはただでは済まなかったはず。でも、なぜかこの炎がオークたち以外に引火することはなかった。その証拠に、棍棒も綺麗な状態だった。
「やっぱりな。俺が念じたものだけを燃やしてくれるのか。」
隣にいる少年が呟く。この子が魔法を使ったようだ。でも、どんなに協力な火属性魔法でも他の物に引火しないなんてことがあるの?頭の中は疑問だらけだったけど、とりあえず2回も助けてくれたんだから、まずはちゃんとお礼を言わないと。
「ねぇ、あなた名前はなんていうの?」
そう言って、隣にいる私より少し背の低い男の子の方を向く。東の島国から来たって言ってたけど、もしかしたらそこの魔法なのかしら?
「俺?俺はな__。」
少年がこっちを向く。少し丸めの顔に、大きなたれ目、そしてその顔の中心に__赤い『F』の記号。
「ザイト。サネウラザイトってんだ。」
私は心臓が止まりそうなほど驚いた。顔に赤い記号。それは幼い頃に本で読んだ、『THE-LIVE-ROUX』保有者の証に他ならなかったからだ。
どんな作品であれ、名前のあるキャラは活躍して欲しい人です。
作品には作者の好みが表れますね。