第1話:厄災は唐突に
どうも、クエイサーです。
設定がごちゃごちゃしてた作品を作り替えるということで、ちょっと後ろめたさを感じています。
それでも、読んでくださると嬉しいです。
「ねぇ、財人。」
「何だよ誠義。反省文を手伝うってんならありがたいけど余計なお世話だぞ。」
日はもう西の空に傾いている夕方。2人の男子生徒が、教室に留まって話をしていた。といっても、片方は作文用紙にせっせと筆を走らせながらだが。
「いや、その、なんというか…。」
誠義と呼ばれた少年は、何か言葉を発そうとしてそれを躊躇している。その様子に、もう1人の少年…財人は何かを察したようにふっと笑って、シャープペンシルを机の上に置いた。
「そういや、もうすぐ4年目になるんだったっけか。『あいつ』が消えてから。」
「…何があったんだろうなって。ちょっと不器用なところはあったけど、めちゃくちゃお人好しでいい奴だったのに。」
4年前、ある中学校で授業中に1人の男子生徒が謎の失踪を遂げてしまった、という事件があった。授業の先生が言うには、自分や他の生徒が気づいた時には姿がなかったという。物音一つ立てず、まるで最初からいなかったかのように。今も行方が分からないその少年は、ここにいる2人の親友だった。
「さぁな。おじさんもおばさんも、今は元気そうに振る舞ってるけど、夜にはいつも泣いてるって洋士と叶ちゃんが言ってたぜ。」
「ああ、僕も聞いたよ。あの時は、まだ2人とも小学生だったっけ。なのにもう、叶ちゃんは中3で洋士くんも中2か。」
いなくなった彼には、妹と弟がいた。前はよく、5人で一緒に遊んでいた。でも、彼がいなくなってからは偶に顔を合わせた時に短く話をするくらいで、2人と長く一緒にいることはほとんどなくなってしまった。
「…また、5人で一緒に遊びたいなぁ。」
今はもう、叶うことのない願望を誠義は寂しそうに漏らした。その言葉が、鉛のように重くのしかかる。
「誠義。」
「…ごめん。」
「謝らなくていいだろ。謝らなくて。」
再び財人はシャープペンシルを持ち、作文用紙を埋めようとするが、やる気がなくなったのか筆箱の中に放り込んだ。
「もう、帰ろうぜ。」
「いいの?それの締め切りは明日なんでしょ?」
「明日の5時までに出せりゃいいんだろ。それくらい余裕だっつーの。」
そう言って、そそくさと鞄の中に筆箱や紙束を詰め込み、財人は教室から出て行った。
「はぁ、椅子ぐらい入れときなよ…。」
誠義は財人の席の椅子を押して、彼に続くように教室を後にした。
「財人、明後日空いてるかな?」
「大丈夫だけど、どうしたんだよ急に。」
外に出ると、すっかり空は暗くなっていた。時計を見れば、もう7時を回っている。気分は夏の部活動生だ。帰路についている途中、不意に誠義が財人に予定を尋ねる。
「いや、一緒にあそこの公園に行かない?5人で毎日のように遊んだ、あの公園に。」
「あの2人を誘ってか?」
財人の言葉に、誠義は少し口どもるが、まっすぐに財人の目を見てこう答えた。
「…ああ。2人の都合は僕が聞いておくからさ。」
「いいけど、それなら俺も手伝うぞ。」
「そっか、ありがとう。じゃあ今日のうちに2人に声をかけておこうか。」
「おう。ちょうど家はすぐそこだし__?」
曲がり角を進もうとした財人の足が止まる。
「どうしたの?」
誠義が財人の見ている方向に目を向けると、そこには1組の男女が、5人ほどの男に取り囲まれていた。その制服と顔に、誠義は見覚えがあった。
「叶ちゃん、洋士くん!」
誠義がそう叫んだ時には、すでに財人の姿はその場になかった。鞄を捨て、全速力で集団の中に入り、男の1人を突き飛ばして2人の手を取る。
「走れお前ら!」
「えっ、財人さん!?」
「いいから!」
そこそこ足の速い財人に手を引かれ、少し転びそうになりながらも2人は全力で走る。後ろを振り返ると、男たちは追いかけてきてはいなかった。
「2人とも、大丈夫か?」
少し長い距離を走って、3人は公園に辿り着いた。姉弟はすっかり息が上がって、ベンチに腰掛けている。
「はぁ、はぁ…はい。さっきはありがとうございました、核心先輩。」
「ふぅ、財人さんやっぱ速いっすね…。おかげで助かりましたよ。」
「やれやれ、お前らもうちょっと体動かした方がいいんじゃねーか?」
「いやいや、サッカー部のFWだった財人さんに敵わないのは仕方ないっすよー。」
少し呆れ気味にいう財人に、洋士は笑って応えた。
「ところで、あいつらは何だったんだ?」
財人はさっきの集団に対しての疑問を唱えた。走った際の足音に5人の中の誰一人として反応を示さなかった上に、急に突き飛ばされても誰も口を開かず、逃げても追いかけてこなかった。チンピラの恐喝にしては違和感しか感じられない。
「それが、私たちにも分からないんです。急に現れて、何も言わずに取り囲んできて…。」
「俺っちと姉ちゃんが何を言っても、ずっと黙ってこっちを見てるんすよ。横を通り抜けようとしても邪魔してきて、そろそろ助けでも呼ぼうかと思ってたんすけど、いやぁ財人さんのおかげで助かりましたわ。」
「そ、そうか…まぁなんだ、2人とも無事なんだからまぁそれでいいのかな、うん。」
考えれば考えるほど不気味に思えてくるので、とりあえず財人は忘れることにした。
「あの、核心先輩。」
「なに、叶ちゃん。」
不意に、叶が話しかけてきたので、財人は彼女の方に目を向ける。
「ここって、兄さんや神城先輩と__。」
そう言われて、ザイトは公園の全体を見回す。全然気がつかなかった。そうだ、確かにここは、5人でよく遊んだ公園だった。誠義が明後日4人で行こうと提案していた、思い出の公園。
「あれ?そういえば…。」
4年間、ここには立ち寄らないようにしていた。だから、すっかり忘れていた。あいつが消えた前日。その日の夜に、この公園で何かあったような気がする。そう、5人で夜に集まって、皆で何かやったような気がするんだ。そのはずなのに、それが何か分からない。思い出せない。
「なぁ、洋士。」
「ん?どうかしましたか?」
「その、言いづらいんだけどさ。あいつがどっか行っちまった日の前の夜にさ。この公園で、俺たち5人で集まってなかったっけか?」
冷や汗が額をよぎる。走った時は何ともなかったのに、心拍数が上がり息が苦しくなる。
「あ〜?そういえば何かあったような…。」
洋士もまた、何か大切なことを忘れている。それが、彼がいなくなったことに関わるものかは分からない。しかし、無関係ではないと自身の勘が訴えていた。
「それって…!」
「ハハハハハ!もう逃げられないよ〜ん!」
高らかな笑い声を上げて、公園の外から1人の男が歩み寄ってきた。全身灰色のタイツに灰色の汚いマスクと、見るからに怪しい格好をしている。
「うるせーよ!近所迷惑を考えろっての!」
「さ、核心先輩声が大きいです。近所迷惑になってしまいますよ…。」
叶が不安そうに囁く。
「え?あ、うるさかった?」
「ハン!人のこと言えないじゃないの君ィ!」
「お前もだよ、お前も。」
呆れた様子で物言いする財人だが、彼の言えた口ではないだろう。ちなみに、この近辺は住宅街を少し離れた畑地帯なので、幸い大声を出しても近所様への被害は少なく済む。
「て、ていうかあんた一体ナニモノー!?」
洋士も突然の不審者に困惑を隠せないでいた。14歳にして167センチはある彼だが、縮こまっている様子はとてもそう見えない。
「フン、まあ良い。お喋りはここまでだよ皆野衆一君(38歳)。」
マスクを外し、パチンと彼が指を鳴らす。すると、公園の周囲から音もなくそれは現れた。
「え。」
犬だ。その顔を見れば誰もがそう思う。しかし、大きさが一般的な犬よりも数倍大きく、頭の高さが財人とあまり変わらない。全身は暗緑色の毛を生やし、丸まった長い尻尾を持っていて、それはある種の美しさを持っているように感じた。
「な、なんだよ…なんだこれ…!」
「『クー・スィー』は初めてかい?そりゃあそうだろうねぇ。この『西暦世界』じゃ伝承でしか知られていないんだから。ククク、さっきと違ってこいつらは足も速い。逃げられないよ〜?」
醜悪な笑みを浮かべて、男はにじり寄って来る。
「さっき?て、てことはあの謎な野郎集団もあんたの差し金だったって訳かよ!」
「当然!ま、付近の魔力耐性の無い人に洗脳魔法かけて足止めさせてただけなんですけどね。」
洋士の問いに、したり顔で男は答えた。獲物を物色するような嫌らしい目つきで3人を見つめている。
「くそう…くそう…!何だよ、こいつらが何をしたっていうんだよ!」
財人がそう問い詰めると、男の顔から笑顔が消えた。
「んん?何故って?…んなもん、『THE-LIVE-ROUX』に関わっちまったテメエの責任だろクソ坊主がよ!」
同時に、激しい殺意の念が財人に降りかかってきた。あまりの気迫に気圧され、息が止まってしまう。
「ひ、ひぇ…。」
洋士は腰を抜かしてしまったのか、その場に力なく崩れ落ちてしまった。彼の座っている地面が湿り気を帯びていく。
「洋ちゃん!」
「あっ、いや〜ごめんごめん。おじさん年甲斐もなくマジギレしちゃったね、怖かったね〜。」
男はすぐに軽薄な笑い声を上げて、クースィらとともにジリジリと詰め寄って来る。
「ま、因果応報と思って死んでね。」
その言葉を合図に、一斉にクースィが飛びかかって来た。
どうして
俺たちが何をしたっていうんだよ
ザライブルって何なんだよ
ふざけんな
あいつに
会えそうな気がしたのに
「財人。財人。」
聞いてるよ。なに?
「俺さ、大きくなったら研究者になろうかなって思うんだよね。」
へー、いいじゃん。格好良いと思うぜ。でもちょっと意外だな。てっきり画家になると思ってたのに。
「うーん、絵は好きなんだけどさ、なんていうか、人の役に立つ発明をしたいんだよね!」
おおう、なんか理由でもあるの?
「だってさ、そしたらさ__。」
「叶も洋士も、父さんも母さんも、財人も誠義も、この世界中の皆も!幸せになれるから、だろ!」
突然、財人と他の2人を守るかのように炎の柱が現れた。炎は周囲のベンチや遊具を燃やしていないが、クースィ達は炎に警戒して近寄ることができない。
「な、なにぃぃぃぃぃ!?」
顔面の、額の中心から鼻の頭にかけてを一本の赤い光が通る。そして左目の上下にも2本の赤い光の線が引かれた。3本の線は歪ながらも、アルファベットの『F』を象っている。
「はぁぁぁぁぁ!」
財人の叫びとともに、炎の柱は爆発し、飛び散った炎はクースィ達を一網打尽に焼き殺した。
「ね、姉さんこれ…!」
「炎が…すり抜ける?」
訳の分からない状況に、2人はただただ困惑している。
「ぶぁかなぁ!『F』が覚醒しただとぉ!?そんなはずは…くうっ!」
不意に男が苦しみながら顔を押さえる。男が手を離すと、その鼻には赤い『D』の記号が刻まれていた。
「さねうらざいとぉぉぉぉぉ!」
「…今、財人の名前を呼ぶ声がしたよな?」
僕は財人と自分の鞄をそれぞれの家に置いた後、姉弟の家である幸薄院家を訪れた。しかし、2人の両親に聞いてもまだ帰っていないという。もう8時になるから、帰った方がいいというおじさんの制止を振り切り、僕は町の中を走り回った。しかし、どこにも3人の姿はない。おかしい。もうすぐ9時だぞ?学校では問題児の模範生だとか揶揄されている財人だけども、流石に中学生を遅くまで連れ回して遊ぶような奴じゃない。困り果てていた時、遠くの方から声が聞こえてきた。
「うぁぁぁぁぁっ!」
この声、間違いない財人だ!声の方向…これは、あの公園の方じゃないか!僕は今まで走っていた分の疲れも忘れて駆け出した。
「うぁぁぁぁぁっ!」
『D』と『F』。2つの記号が光を放つと、周囲の空間が眩い光に包まれていく。
「ひ、ひぇぇぇぇぇ!」
「きゃあああああ!」
「っ!洋士!叶ちゃん!」
2人がいたことを思い出し、財人は敵に背を向けて2人の方に走り出した。
「くそっ…仕方ない!決着は『あっちの世界』でつけるとしようか!」
「あっちの世界…?何を言って__!」
言い終わらない内に、財人は自分が光に飲み込まれていくような感覚を覚える。
「畜生!2人とも、俺の手を離すなよ!」
「は、はい!」
「うわぁぁぁぁぁん、兄ちゃぁぁぁぁぁん!」
「なんだあの光?って、あれは財人!それに洋士くんに叶ちゃんも!」
公園に着くと、中央の広場を眩い光が照らしていた。そしてそのすぐ近くに、探していた3人の姿があった。僕には、何だか3人が光の中に吸い込まれているように見えた。そんなこと、ある訳ないのに。でも、何故か僕は嫌な予感がして、気がつけば光の中へ飛び出していた。
「う、ぐぅぅぅぅぅ!」
その光が、あまりにも眩しいものだから、気づいたら僕は目を閉じてしまっていた。具体的に数えた訳じゃないけど、30秒くらいだったかな。光が収まったのを薄目で確認して、僕は目蓋を開けた。
「__えっと。」
目の前に、アニメで見たことあるような大きな龍が倒れていました。なんて、誰が信じてくれるんだろう。でも、確かに僕の目の前には、現実とはあまりにもかけ離れている光景が広がっていたんだ。
「あっ…。」
すでに死んでいるであろう龍の上に、民族衣装のような着物を羽織った1人の男性が立っていた。髪の色は白かったけど、後ろ姿からでも分かるくらいには若く見えた。
「えっと、その、は、HELLO?」
とりあえず、英語でアプローチをとってみようかな?流石に英語が分からなかったらお手上げだけど、とりあえず意思疎通をしてみよう。
「…。」
返事はせず、彼は顔を少し傾けてこちらに振り返った。顔はみえないけど、やっぱり僕と同年代くらいなのかな?
「セイギ…?」
ぽつりと、呟くように小さく放たれたその一言は、僕の全身を電流が走ったかのように駆け巡った。
「…み、御樹雄!?」
財人を追いかけ、迷い込んでしまった異世界。そこで出会ったのは、4年前に忽然と姿を消した僕たちの親友の御樹雄だった__。
突然親しい人が異世界に転移しちゃったら、まぁ現実ではこうなりますよね。
ということで、計5人(謎の男含めると6人)が異世界に転移しました。財人は2人を守るため、誠義は御樹雄を連れて帰るため、そして御樹雄は…?さまざまな思惑の中、物語が動き出します。