練習用短編
夏のころだったように思う。
私には兄がいた。
彼は私と違って戦いが巧く、多才で、頭の回転も速かった。
村の戦士を率いて魔物の群れを退けるその雄姿は村のだれにとっても憧れの存在となっていたと思う。
だから私はそんな兄と比べられながら育ってきた。
魔物を前にしても碌に戦えず、物覚えも悪かった私は村人達に蔑まれ、虐められていた当時の私は、彼に羨望していた。
しかし彼には画家になりたいという夢があった。
多才だった彼は絵も上手く、魔物や風景を描いた絵をよく見せてくれた。
しかし当時は今のように芸術に関心を持つ人はおらず、其れは当時の私も同じだった。
感想を聞かれても「絵なんか描いて金になるのと思っているのか?」と毎回のように言っていたように思う。
其れは芸術への興味がないということが原因ではなく、私は彼が絵を見せてくれることも、画家になるということも、何もできない自分への当て付けだと思っていたことにある。
いや、正確には思い込もうとしていたというほうが正しいかもしれない。
村人たちの憧れは、逞しくありながら、柔和で、優しい性格に向けられていた。
其れは一番近くにいる私がよく知っている。虐められている時にいつも助けられていた私は、尊敬の心も持っていた。しかしそんな完璧な彼への劣等感も抱いていた複雑な私は、彼を心の中で叩くことで精神を安定させていた。
だから彼の「絵は人々の心を動かし、また、安定させる。だから僕は絵で世界を変えたい。」という言葉も鼻で笑って、小馬鹿にしたように(ただの色のついた板なんかで世界を変えられたら毎日革命が起きてるよ)と心の中でずっと思っていた。
そんな日常の中、その日が訪れた。
たくさんの人の悲鳴と鐘の音で目が覚めた。
何事かと二階から外を見ると夥しい数の魔物が建物を破壊していた。
後から聞いた話では、いつもは櫓で見張りをしていたが、その日は当番が居眠りをしていたらしく、そのせいで発見が致命的なまでに遅れてしまったらしい。
戦士達も村を守るために戦っていたが、多勢に無勢で、魔物を止めることはできておらず、すでに中心部まで攻められている状態だった。
私は急いで家から出た。しかし、家の前には大きな蟲が待ち構えているように家の前にいた。
驚き、腰を抜かして尻餅をつく私。そんな私に向かって飛び掛かってくる蟲をみて私は思わず目を閉じる。
「危ない!」そんな声が聞こえ、目の前でどんと大きな音がなる。
恐る恐る目を開けると、私の前で倒れていた。私を庇ったらしく、体の彼方此方から血が出ていた。
「どうして」という私の声に彼は「弟を助けるのに理由はいるのか?」と問いかけてきた。
「俺はお前よりも力も無く、物覚えも悪く、何の才能もない。そんな俺をなぜ助けた?」
傷だらけの兄は私を逃がそうと立ち上がって蟲と戦おうとする。
「だから弟を助けるのに理由はいるのか?」
問いかけに対する問いかけ。それが幾度か繰り返された後、私は理解した。
兄は村人を助けることよりも、真っ先に私を助けることを選んだのだ。こんな何もできず、彼にきつく当たってばかりだった自分を。
「ここは僕に任せて早く逃げて。」傷だらけで戦っている兄は私にそう言う。
「大丈夫。後でみんなと合流するから。」
「・・・分かった」と私は兄に背を向け、走り出した。
私は泣きながら走り続けていた。その涙は悲しみと嬉しさが入り混じったような複雑な涙だった。私は一度も振り返らず、先にある町まで走り続けた。
その後、町からの兵隊が村に到着し、魔物は一掃された。
しかし、村は破壊され、そしてあの時以降兄に出会うこともなかった。
私は家だった場所を漁っていた。
あの日の出来事以降、後悔と焦燥の念に駆られていた私は、兄へと繋がる手掛かりを一心不乱に探した。
そこには兄の絵を描く道具一式と、一枚の絵だけが無事に残っていた。
その絵には夕陽と其れが映る湖が描かれていた。
私はその絵を見て生まれて初めて感動した。また、その時感じていた後悔と焦燥の念が徐々に薄れていった気がした。
「これが・・・兄が伝えたかったことか。」
私は兄の道具を持ち出し、没者を弔う墓地へと訪れた。
其処には兄の名が刻まれた墓があり、多くの村人が彼の死を悲しんでいた。
私は村人たちをかき分け、墓の前に立ち、
「ごめん。・・・・ありがとう。」とだけ言って、村を出た。
私のせいで成し遂げられなかった兄の意思を、代わりに成し遂げようと。其れまではこの村には戻るまいと。
これが私の画家としての人生の始まりだった。
~画家 デュエルの遺書試し書き より~