幼馴染にこっぴどくフラれて絶望に沈んだ私が全てをやり直すお話
『今日の放課後……18時に、あの公園で待ってる』
幼馴染の男の子から来たメッセージに、心臓が跳ねたのがわかった。
あの公園……私たちが、いつも遊んでいた公園だ、間違いない。
ロマンチックな場所やシチュエーションじゃなくてもいい。
彼との思い出の詰まったあの場所で告白されて、恋人として結ばれて……何度夢見た事だろう。
そんな場所への彼からの呼び出し、期待しないわけがない。
……そんな私の乙女心は……ズタズタに引き裂かれた。
誰でもない、私の知らない女の子を連れた、私の大好きな幼馴染、その人によって……。
*
「俺、もう小冬音には付き合いきれないんだよ」
「え……な、なに言ってるの、秋人……」
「言われなきゃわかんないのかよ……!」
思い出の公園で私を待っていたのは、この言葉だった。
はぁ、と溜息をつき、温度のない冷たい目で私を見る幼馴染……秋人の視線に、ブルリと背筋を震わせた。
こんな目をした秋人を、私は初めて見た。
それに、秋人の言っている事が全くわからない。
付き合いきれない? 何それ、どういうこと?
だって、秋人と私は……幼馴染で、お隣さんだったから、ずっとずっと、昔から一緒にいて……これからも、ずっと一緒にいるって、私は思ってて……。
「気付いてなかったのかよ小冬音、俺がお前のこと、嫌いだった、って」
「な、なんで!? なんでそんな事いうの!? だってずっと、一緒にいたのに……!」
「確かにずっと一緒だったし、前はお前のこと、好きだったよ」
「じゃあ!」
「なぁ小冬音、ほんとにわかんないのか?」
「何、が……?」
わからない。
秋人が何を言っているのか、まったくわからない。
何を言いたいのかも、全くわからない。
「お前、俺の事、ずっとどんな扱いしてきた?」
「どんなって……」
「どんくさい、だらしない、勉強も運動もダメ……その他にも、さんざん色々言ってくれたよな?」
「それは……」
言っていた。
確かに、日常的に私が秋人に言っていたことだ。
でも、それは決して悪口で言ってたわけじゃない! 私はいつも、秋人の為を思って、それで!
「お前にそうやって口汚く罵られるたびに、俺はどんどん卑屈になっていったよ、そしてそんな自分が、俺は大嫌いだった」
「で、でも、最近秋人、頑張ってるなって! 思って……だから秋人もっ!」
私が言ってる事、わかってくれたんだって……!
「俺も? 俺もなんだよ……俺がどんな思いをしてたかなんて、お前にはわかんねぇだろ!」
「そんなことないっ! だ、だって、私がいなくなったら、秋人はっ! 秋人はどうするの!?」
「どうもこうもねぇよ、俺はもう、お前には関わらない、関わりたくない、二度と顔を見せるな」
「秋人……やだ、やめて、そんな……」
ゆるゆると手を挙げると、ぱしり、と叩き落とされてしまった。
今まで、秋人は絶対、そんな事しなかったのに。
ケンカをしても、最後には「仕方ないなぁ、小冬音は」って笑ってくれて……。
「秋人くん、もういいの?」
「ああ、いいんだよもうこんな奴……行こうか、春乃」
そういうと、見知らぬ彼女……春乃さんと手を繋ぎ、幸せそうに笑う彼の笑顔が、ぎゅう……っと私の胸を締め付けた。
どうして秋人……私といるときは、そんな顔したことなんてなかったのに……!
「じゃあな、小冬音」
やめて、行かないで……。
あなたがいなくなったら、私はどうすればいいの……秋人……。
*
それからの私は、酷い状態だった。
秋人に恥ずかしくない自分にならないと、とそれまで頑張っていた勉強も、スポーツも力が入らず。
自慢だった髪も段々と痛みが目立ち始め、そんな私は友人からも遠巻きに見られるようになってしまった。
そしてそんな私は、ただただ幸せそうに笑う秋人の笑顔を、死んだように見つめるだけ。
どうして?
どうしてあなたはそんなに楽しそうにしているのに、私はこんなに辛い思いをしないといけないの?
好き。
私はまだ、秋人が好き。
秋人だけが、好きなのに。
苦しい。苦しい。苦しい――――。
もう、何も見たくない、何も見ていたくない。
そして……。
「小冬音……っ!」
最後の瞬間。
私の名前を呼んでくれたのは、誰だったんだろう……?
…………………………………………………………。
「どう、して……」
目が覚めると、そこは見知った私の部屋でした。
もしかして、失敗した?
そう思い立った途端、ゾッとしました。
まだ、地獄は終わってない、このままだとまた、あの苦しみを味わう事になる。
嫌だ、嫌だ、嫌だ……!
あの時の冷たい秋人の目を思い出し、思わず吐きそうになりました。
早く、早く…………なないと……!
確か、机の引き出しにカッターナイフが入っていたはずだ。
それを手に取ろうとベッドから起き出した私は、机の上に置いていた小さな鏡を見て、更に混乱しました。
「え……何、これ……」
そこに写っていたのは、間違いなく。
あの日、秋人に絶縁を告げられるより以前の、私の姿だったのだから……。
それからわかったのは、秋人に絶縁を告げられて絶望に沈んだあの日から、半年ほど前に時間が戻っている、ということだった。
時間が戻った、と表現したが……もしかすると、私はただ夢を見ていただけかもしれない。
でも、どうしても私には、あの時間が夢だったとは思えないのだ。
今でもはっきりと思い出せる、あの絶望感。
私を見下す、秋人の冷たい目。
私なんて視界にも入れず、幸せそうに笑う、秋人の顔……。
「………………っ!」
怖い。
秋人に会うのが……怖い。
あれは夢だったのかもしれない、でも、現実だったのかもしれない。
その境目がわからない私は……あんなに好きだった秋人に会うのが怖くなり。
……自宅にひきこもるようになった……。
*
「小冬音、あんた今日も学校行かないつもりなの?」
「……行きたくない」
「どうしちゃったの、毎日頑張ってたのに……なんかあったの?」
「何もない」
「秋人くんも心配して、家、来てくれてるのよ?」
「……っ! 出て行ってっ!!」
秋人の名前を聞くだけで、涙が滲んでくる……会いたくない。
スマホを手に取ると、友人たちの心配そうなメッセージに並んで、秋人の物もあったけど、怖くて開くことはできなかった。
こうしている間も、私の顔も見たくないと言った秋人は、きっとほっとしているんだろう。
今頃、あの春乃、という女の子と仲良くしているのかもしれない。
想像するだけで苦しい。
いっそこのまま、もう一度……そう、何度思ったか分からない。
でも、できなかった……お父さんやお母さんが悲しむと、気付いたからだ。
思えば私は、とんでもない親不孝をしてしまった。
……そして。
「少女漫画って今まで読んだ事なかったけど、結構面白いなぁ」
「……あんたほんと、毎日毎日、何しに来てんのよ……」
「小冬音の顔を見に? あと、漫画読みに」
「帰れ、暇人」
「小冬音ー、悪いんだけど13巻取ってくれる?」
「帰れ」
こいつのせいだ。
秋人じゃない、もう一人の私の幼馴染……夏樹。
こいつはなぜか、毎日のように私の家にやってくる。
部活だってやってるし、バイトだってあって、忙しいはずなのに。
……全く、迷惑な話だ。
「さーってと! 小冬音、そろそろ散歩でも行くか!」
「はぁ?」
「ついでに駅前にラーメン食いに行こうぜラーメン、最近旨いとこ見つけたんだよ」
「行かない。行くなら1人で行けばいいじゃん……お母さんに何言われたのかしらないけど、私は外に出たくないんだよ」
そういって、ぷいっと夏樹から顔を背ける。
どうせそんなことだろうと思った。
「なぁ、なんで外、出たくないんだ?」
「夏樹には関係ないでしょ」
「ふーん……」
「何よ」
何か言いたげな夏樹の雰囲気にイラっとした私は、彼をジロリと睨みつけてやった。
そんな私の視線にもどこ吹く風、飄々とした表情を崩さない夏樹に最高にイライラとする。
「まぁ、正直なところ言うと、どうしてもお前を外に出そうとは思ってないんだけどな」
「え?」
「お前にも色々あるだろうし、これまで散々頑張ってたんだ、ちょっとくらい嫌になることもあるだろ」
「…………」
「ま、明日も来るからさ、気が向いたら明日こそはラーメン食いに行こうぜ」
「もう来なくていいし、私は外、絶対出ないし」
「ははっ、また明日な」
「もう来んな! ばーか!!」
ばすん、とクッションを投げつけるもあっさりと受け止められ、投げ返された。
……むかつく! あいつ、ほんっとにムカつく!!
思い返せば、あの夢……夢? の中でも、あいつにはムカつくことが多かった。
事あるごとに私に声をかけてきて、もう秋人の事は忘れろ、なんて何回も言われて!
まさかまた、こうやってイライラさせられるなんて……!
それにしても、明日も来るとか言ってたな、あいつ。
来るなって言っても来るし、入るなって言ってもお母さんが勝手に入れるし……。
もう、なんなのあいつ、ほんとイラつく!
「馬鹿! 馬鹿! 夏樹の馬鹿! アホ! 高身長イケメンは爆発しろ!!」
ばすん、ばすん、ばすん!
投げ返されたクッションを叩いても叩いても、イライラは止まりません。
いつまでもこんな風にひきこもっていられないなんて、私だってわかってるんです。
でも、秋人の事を考えるだけで……足がすくむんだから、仕方ないでしょう!?
わかってるよ、このままじゃいけないって……いつまでも逃げてられないって!
言われたってできないものはできないんだから……!
そこまで考えて、ふと思った。
もしかして、秋人も同じような気持ちだったんだろうか?
秋人は……彼は、とても優しい男の子だった。
優しいけど、朝は起きられないし、部屋も片付けられないし、勉強も正直あまり得意じゃないし、運動もダメで。
私がつきっきりでいないと、ダメな人だなぁと、ずっと思ってた……でも、そんな秋人におせっかいをやくのは、楽しかったんだ。
でもそれじゃあだめだと思って、秋人にも一人でできるようになって欲しくて、何度も何度も、だらしない、とか、勉強しないとダメ、とか言い続けてきた。
その結果、あんな風に言われたんだけど……今の私のように、やっぱりイライラとしていたんだろうか。
だとしたら、秋人には本当に申し訳ない事をしたと思う……何年も苦しめてきたんだ、私以上に辛い思いをしたのかもしれない。
「ごめんね秋人……私、知らなかった……知らなかったんだよ……」
秋人が私のせいで苦しんでいるなんて、思いもしなかった。
その日、その事実にようやく思い至った私は……また、静かに1人、涙を流した。
*
次の週から、私は、また学校へと通いだした。
そして、今まではできる限り秋人といようとした時間を、全て断つようにした。
出来る限り秋人には関わらないように、これ以上、秋人を苦しめないように。
ちらちらとこちらを見る秋人の視線は気になるけど、きっといつ、また私に罵倒されるか分からないと警戒しているんだろう。
ごめんね秋人……でも安心してね、私はもう、貴方に酷い事を言わないから。
だから、あの女の子……春乃ちゃんと、学校生活を楽しんでね。
「おー……小冬音がいる、やっと出てきたのかよ」
「夏樹……ふん、あんたが毎日毎日人の家に来るから、いい加減鬱陶しくなったのよ」
「そーかそーか、毎日通い詰めた甲斐があったなぁ」
「はいはい、もう来ないでよね……ほら、さっさと自分の席、行きなさいよ」
「あ、でも今日はお前の家行くわ、あの漫画、まだ途中までしか読んでないし」
「はぁ!?」
何を言ってるんだこの男は。
ほんっと、何考えてんのか全然わかんない!
「なぁ小冬音、秋人はいいのか?」
「……ほっといてよ、別にいいでしょ」
「お前ら、なんかあったのか? 秋人は心当たりない、って言ってたけどおかしいだろ、お前が秋人に声もかけないなんて」
「幼馴染だからって、いつまでもべたべたしてるのなんておかしいなって思っただけよ」
「そーかい……なら、まだ俺にもチャンスはある、か……?」
「? なんか言った?」
「いーや、なんでもねぇ。帰り、なんか食いに行こうぜ、奢るからよ」
「行かない」
「じゃあ、また後でな」
「行かないって言ってるでしょ!!」
まったく!
学校に来たら来たでムカつくやつね、夏樹は!
……でも、久しぶりの学校で不安だったから、夏樹が声をかけてくれたのは、正直安心した。
あいつには絶対、そんな事言わないけど!
それからというもの、私は秋人には関わらないよう、少し離れたところから彼を見るようになった。
改めて思ったのは、彼は本当にダメな人だ、ということだ。
前までは私が朝、迎えに行っていたから遅刻なんてすることはなかったけど、遅刻の回数が物凄く増えた。
寝癖も直しきれていない事が多いし、小テストの結果も芳しくないようだ。
友人関係は……正直これは私が何かあるたびに声をかけていたせいで、秋人の周りにはあまり人がいなかった。
これに関しては、正直申し訳ない事をしたな、と思わないでもない。
それでも、目線を合わせずにもごもごとしている様子は、ちゃんとしなさいよと思ってしまう。
でもきっと、秋人なら変われるはずだ。
だって、あの日の秋人は自信に満ちた目をしていたんだから。
今でも、あの時の秋人の冷たい目を思い出すと、背中に冷たいものが伝う。
秋人に見られていると、鼓動が速くなって、死にたくなる。
でもこれはきっと、私への罰……長年彼を苦しめてきた、罰が当たったんだろう……。
……そして、変わったことはもう一つ。
あれから、夏樹がやけに私に構うようになったのだ。
秋人と同じ幼馴染とはいえ、ここまで私に絡んでくるようなことはここ数年なかった気がする。
一体、夏樹に何があったんだろう? 彼の事は、私には本当によくわからない。
「なぁ、小冬音」
「何よ」
「お前、秋人の事好きなんじゃないのか?」
「……何よ、それ、なんでそう思ったの?」
「いやいや、見てたらわかるし……でもなんか、引きこもる前と後で、お前態度が変わったっつーか……マジで何があったんだよ」
「なんにもないわよ」
今は、ね。
さすがに夢のような体験で秋人にこっぴどくフラれて、絶望に沈んだせいだなんて言えるわけがない。
間違いなく頭のおかしい子と思われて終わる。
でも、今ではこうも思う……あの夢のような体験……あれは、神様からの警告だったのかもしれない、って。
「あのまままっすぐ進んでたら、誰も幸せになれないぞ」っていう……。
相変わらず、秋人はちらちらと私を見て警戒を続けている。
春乃ちゃん、という女の子とはもう知り合っているんだろうか?
安心していいよ秋人、私はもう、貴方を苦しめたりしないから。
あの地獄のような体験から、もうすぐ一年。
私も、やり直さないといけない……いつまでも、前の恋に引きずられないように。
でないときっと、秋人も安心できないよね。
「あーあ、そろそろ素敵な恋がしたいなぁ……」
「お前、やっぱ秋人にフラれたんだな!? そうなんだろ!」
「ばーか、そんなんじゃないっての、告白もしてないって」
「やっぱ秋人のこと、好きだったんじゃねーか」
「好き、だった……うん、そうだね、秋人のこと、ちっちゃい頃からずっと好きだったよ」
でも、それも終わり。
きっと秋人が好きな私は、あの時に死んだんだと思うから。
秋人にとっても、私の存在は害にしかならないから。
「ちなみに、俺もずっと好きな奴がいるんだけど知ってたか?」
「へー、そうなんだ。ぶっちゃけあんま興味ないんだけど」
「お前はほんと、俺にあんま興味ないよなぁ……俺も秋人と同じ幼馴染なのに……」
そう言うと、夏樹はがっくりと肩を落とした。
今更何を言っているんだこいつは。
「あんたは私が好きにならなくても、周りにいっぱい女の子いたでしょ、昨日も部活の後輩に告られたって聞いたわよ」
「ああ、それなら断ったよ、俺好きな子がいるからーって」
「ふーん、それで? その子には告白しないの?」
「小冬音、好きだ、子供のころから、ずっとお前だけが好きだった」
「はいはいワロスワロス」
「はぁ……」
今日も馬鹿な事を言っている夏樹を置いて、私は歩き出す。
大好きだった幼馴染に、背を向けて。