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ルブナイキ -The New Generations-  作者: 藤原(の)コウト
森を背負う巨大亀
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森を背負う巨大亀 1

 世界滅亡、俗に言う『崩落(ほうらく)』から二年。『バトルオブ関ヶ原2nd(セカンド)』から数えて一年半。『豚汁』が第一目標に掲げる『完全復興』にはまだ遠く、未だ手付かずの被災地も多い今日この頃。

「はっ、はっ……!」

 以前の日本には絶対になかった大きさの木々が、これでもかと生い茂る森。その根が張った土壌に生える雑草でさえ、一メートルは余裕で超えるというスケールの大きさ。植物が異常に成長したというよりは、人間の方が小さくなった。そう言った方が信憑性(しんぴょうせい)があるくらい、現実離れした光景だった。

「や、だ……っ」

 背の高い雑草群を抜けると、急に視界が広くなる。森の動物たちも利用する泉だ。ちょうど巨大な四本角の鹿が、ちろちろと蛍光色の水を舐めていた。その彼も接近する存在に気づき、一目散に木々の間へと消えていく。木の弾ける音が後ろから近づいてくる。

「いや、だ……っ!」

 泉に満ちた光る水をかき分け、小さな体が対岸へと消えていく。その姿を追うように、筋肉質の(ひづめ)が地面を揺らす。驚いた野鳥たちが逃げていく。(すずめ)のような見た目だけど、それだって大きさは(ふくろう)ほどある。

 何もかもが巨大な森。そこにおいて人間は、猫の巣に迷い込んだ鼠だ。小さく、そして食われる側でしかない。

 だからこそ、森に迷い込んだ少女は――2トントラックほどの大きさの猪に追われていた。

「はぁっ、はぁっ!」

(いやだ、なんで、どうして……!)

 少女の身長は雑草から頭頂部が出る程度。今年でようやく10歳を迎える彼女の幼さは、猪の目から身を隠すのに機能していた。しゃがみこんで息を殺し、少女は必死で捕食者の牙から逃れようとする。

「…………?」

 獲物を見失った猪は、足を止めて鼻を鳴らす。そのわずかな身じろぎでさえ揺れが伝わる。あの肉厚な脚が掠めるだけでも、少女の華奢な体など弾け飛んでしまうだろう。少女はあの恐ろしい存在に見つからないようにと、ただ祈る。

 しかし猪というのは鼻がいい。トリュフを見つけるのに使われるのは犬ではなく近縁種の豚だ。だから猪は獲物の汗の匂いを嗅ぎ分けて、興奮するように咆哮した。

「――――――――ッ!!」

「っ!」

 見つかった。少女はたまらず立ち上がり、走り出す。少しでも遠く。生存本能に従って足を動かす。

 だけど少女の決死の数歩は、猪にとってはたったの一歩だ。一瞬で距離を詰められ、間近に感じる振動に少女は足を取られた。そのおかげで猪は目測を誤り、柔らかいお腹を貫くはずだった牙は太い幹に突き刺さった。

「う、」

 今のうちだ、と少女は駆け出す。猪は牙を抜くのに苦労しているようだった。あんな硬そうな木を貫通するほどの鋭い牙が、もし猪の狙いどおりになっていれば、と少女は戦慄する。

 少女がしばらく走っても、猪は追いかけてこなかった。もしかすれば、逃げ切れたかもしれない。少女は安堵し――直後にそれが間違いだと気づく。

 規則的な振動。漏れ出すような獣の声。木々をなぎ倒して向かってくる猪の牙には、あの木が突き刺さったままだった。

 抜けないから、引っこ抜いた。あまりにも強引な手段で追いついてきた猪に、少女は今度こそ絶望する。

 血走った目が少女を捉える。もう逃すまいと大きく開いた口の端から、大量の涎が地面に垂れる。猪は力任せに首を振り、牙に刺さったままの木を少女に向かって投擲(とうてき)した。

「あ」

 向かってくるそれに、少女は一つだけ後悔した。

(お母さん、最後に――)

 湧き上がる恐怖に思わず目を閉じて、弱肉強食の掟を享受する。弱いから少女はここで死ぬ。強いから猪は少女を食う。文明が崩壊し、そんな当たり前の法則が戻ってきた新時代。

 だけど。

 だけど、ついにその時は来なかった。

「?」

 疑問に思って目を開けば、目の前に誰かがいた。日本の甲冑と西洋の鎧を組み合わせたような格好をした、長髪の少年。彼は刀身まで真っ黒な刀を握って、少女を庇うように立っていた。

千土(せんど)!」

「分かってるさ、戦部(いくさべ)君」

 二つ目の声は、少女のすぐ傍から聞こえた……と思うと、急に視界が暗くなった。どうも、もう一人の学ランを着た少年が、傘を差したらしい。雨が降っているわけでもないのに、どうしてだろう?

 猪が突然現れた少年たちを警戒するように、雄叫びを上げる。対して長髪の少年は、刀をまっすぐに構えた。戦うつもりだ。少女はなんとなくそう察した。でも、どうやって?

「心配しなくてもいいさ」

 学ランの少年が、いやに自信満々に言う。

「彼は〝最強〟だからね」

 そう告げる彼の口元には、三日月みたいな嘲笑(ちょうしょう)が張り付いていた。

 猪が大きな一歩を踏み出す。長髪の少年も同時に駆ける。激突までは一瞬だった。だから決着までも一瞬だった。

 少年の刀が、猪の横っ腹を切り裂いた。激突の勢いに合わせるように、刀を添わせて交差した。猪が激痛に呻く。

 でもそれだけでは力尽きない。痛みと流血に怒るように、突進の勢いを殺さず反転し、猪は再び少年を狙う。木の幹すら容易に貫く牙が、少年の鼻先まで迫る。


「『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』」


 途端、弾けた。

 長髪の少年が何かを呟いたと思えば、猪の体は爆散した。

 辺りに血肉が飛び散る。これから少女を守るための傘だったのだ、と今気づいた。

 もはやあの恐ろしい地響きは聞こえない。あの巨躯は見る影もない。嘘のような静寂と血の雨に、少女はただ呆然としていた。

 ぼとり、と何かが足元に転がってきた。その正体があの血走った目だと気づいて、少女はふらりと倒れた。

(こ、これ……夢?)

 地面に完全に倒れる前に、誰かに体を支えられたような気がした。

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