悦びの歌
ゲーム開始からおよそ半日、途中で飯やトイレをはさみつつもほぼぶっ通しでやってるおかげで、操作にも慣れてきた。
レベルも28まで上がり、虫どもを蹂躙できるくらいにはなってきた。
ここまで来るのに結構な回数死んだが、教会出たらすぐに戦場だ。
移動時間が少ない分効率はかなりいいはずだ。
なんていうか、意外と楽しい。
ぶっちゃけオンラインゲーム始めたはいいけど、俺ってどちらかというと他人と協力してとか苦手だし、どっちかというと足引っ張る方が得意だ。
だから別に、他のプレイヤーがいなかろうがNPCすら見えなかろうが、割とどうでもいいっていうね。
そもそもNPCは言葉通じないらしいし本当にどうでもいいわ。
気分がよくなってきた俺は鼻歌交じりに廃教会を掃除し始めた。
やっぱ拠点は綺麗な方が気分がいいからな。
段々と片付き、気分が高揚してきた。
酒でも飲みたい気分だが、生憎とログアウトしても家にはないし、飲みに行くよりはゲームを進めたい。
この教会に酒蔵の一つもあればよかったのだが、生憎とそんなものはなかった。
酒がなくともテンションを上げる方法はある。
そう、それは歌だ。
そして俺は歌いだした。
「O Freunde, nicht diese Töne!」
自分の、現実の声よりも低く、力強い歌い声は良く響いた。
気が付けば夜となり、視界が悪い。
だが、スデンドグラスの無くなった窓から、月明かりが漏れ、うっすらと聖堂を照らした。
「Sondern laßt uns angenehmere. anstimmen und freudenvollere.」
その歌声に誘われてきたのか、それともただの偶然か。
俺が直した廃教会の扉は再び開かれて、また壊れた。
「Freude, schöner Götterfunken,
Tochter aus Elysium
Wir betreten feuertrunken.
Himmlische, dein Heiligtum!」
ちょっと、それ直すの結構大変だったんだけど。
と思いつつ、入ってきたのが可愛らしい少女だったので許した。
可愛いは正義だ。
少女はこちらに気が付いたようで、声をかけようとしていたが、俺が歌うのを止めないので、戸惑っている様子だ。
まだ距離があり、この暗さでは俺の姿はほとんど見えていないだろう。
「Deine Zauber binden wieder,
Was der Mode Schwert geteilt;
Bettler werden Fürstenbrüder,
Wo dein sanfter Flügel weilt.」
そう思っていたら少女の後ろから鎧姿の男どもがガチャガチャ云わせながら入ってきた。
気分よく歌っているときの雑音ほど苛立つものも少ないと俺は勝手に思ってる。
「Wem der große Wurf gelungen,
Eines Freundes Freund zu sein,
Wer ein holdes Weib errungen,
Mische seinen Jubel ein!」
鎧どもがとうとう声まで上げ始めた。
なんて無粋な連中だろう。
言っている言葉は全く理解できないが、どうやら俺に向けてではなく少女に向けて言っているらしい。
だが、どう見ても友好的な空気ではなく、少女は鎧どもから逃げるようにこちらに走ってきていた。
「Ja, wer auch nur eine Seele
Sein nennt auf dem Erdenrund!
Und wer's nie gekonnt, der stehle
Weinend sich aus diesem Bund!」
だが俺は歌うのを止めたりしない。
今いいところなんだよ。
少女は目が慣れてきたのか、ようやく俺の姿を見て小さく悲鳴を上げた。
「Freude trinken alle Wesen
An den Brüsten der Natur;
Alle Guten, alle Bösen
Folgen ihrer Rosenspur.」
俺もこの距離になって、ようやく少女の姿をしっかり確認する。
服は泥で汚れ、所々破れてはいるものの美しい紺色のドレスだった。
顔は遠目からもわかってはいたがとても可愛らしく、こんな朽ちた教会にはひどくミスマッチだ。
そんな可愛らしい顔が恐怖と絶望に染まる様は見ていてとても興奮する。
しかし、それにしたってなんてちょうどいいところに来てくれたのか。
この教会にはマスコットが足りないと思っていたところだ。
「Küsse gab sie uns und Reben,
Einen Freund, geprüft im Tod;
Wollust ward dem Wurm gegeben,
und der Cherub steht vor Gott.」
俺はそっと女神像の前から退き、少女にその場所を譲った。
少女は恐怖と戦っているのだろう。
涙を堪え、こちらの目を真直ぐに見つめ歯を食いしばって震える体を懸命に抑え、
戸惑いながらも譲られるままに女神像の前に立った。
「Froh, wie seine Sonnen fliegen
Durch des Himmels prächt'gen Plan,
Laufet, Brüder, eure Bahn,
Freudig, wie ein Held zum Siegen.」
鎧どももとうとう目が慣れたのか、俺の姿が見えたらしい。
恐怖に震えるもの、獲物を見る目で舌なめずりする者、逃げ出す者。
反応は様々だがどうやら敵と認識されたようだ。
「Seid umschlungen, Millionen!
Diesen Kuß der ganzen Welt!
Brüder, über'm Sternenzelt
Muß ein lieber Vater wohnen.」
歌も間もなく終わるという所で鎧どもが斬りかかってきた。
本当に無粋で、芸術を解しない蛮人どもめ。
俺は歌を続けながら、鎧どもの剣を長椅子だったもので受ける。
そのままぶんぶんと縦に振り回してから投げると、鎧どもと一緒に壁にぶつかって長椅子だったものは粉々に砕け散った。
「Ihr stürzt nieder, Millionen?」
床に置いていた大剣を拾って適当に振り回す。
鎧どもの何人かの体が3つか4つの肉になる様は割とグロく、なるほどこれは未成年には規制が入るわけだと感心する。
「Ahnest du den Schöpfer, Welt?」
先ほど娘は鎧どもと違って歌の邪魔はしなかった。
きっと芸術に覚えがあるに違いない。
この娘とはいい酒が飲めそうだ。
いや、まだ未成年か?
でもファンタジーだし、成人してるかもしれない。
「Such' ihn über'm Sternenzelt!」
そうこう考えているうちに、好戦的な鎧どもが全てお行儀良く静聴する良い観客となり、怯えた鎧どもは全て逃げ去った。
「Über Sternen muß er wohnen.」
ご静聴、ありがとうございます。
壁のオブジェになってる鎧、下半身と上半身が5m以上離れてしまった鎧、頭が無くなって倒れて、倒れ方が悪いせいで頭が地面に刺さってるように見える鎧。
うん、生前よりは芸術に理解が生まれたんじゃないだろうか。
流石に静かすぎるなと少女を見ると気を失っていた。
スプラッタすぎて耐えられなかったのか、それとも既に限界だったのか。
触れても起きる気配のない少女を抱えて、教会の住人の物だっただろう寝室に持ってきたが、布団どころか布すらない。
だが俺には、というかアインヘリアルには初期装備としてテントセットがある。
インベントリという謎空間に無限にアイテムを収納できるのでそこに収納してある。
その中には当然毛布もあるし、ついでに言えばスコップも非常食もあった。
ゲームのくせに食べ物が必要なのかとも思ったが、空腹は一度も感じなかったので、多分嗜好品かNPC用なんだろう。
少女の体を毛布で包み、傍らに非常食と水を置いて再び聖堂へと戻る。
決して趣味がいいとは言えないオブジェどもを掃除しなくちゃならない。
せっかくの掃除が台無しだよ、ちくしょう。
まずは下準備に、教会の横の墓地跡と思しき場所に穴を掘る。
鎧どもから鎧を剥いで、中身だけをその穴へと全部放り込んで、便利すぎるキャンプセットから火打石を取り出して焼肉パーティとしゃれこむとも思ったが、火打石使い辛ぇ。
しょうがねえからとりあえず一旦埋めとくか。
現代に生きる俺に、火打石の使い方なんてわかるか、文化人舐めんな。
ビリー・トールアイズ・デーモン・殺人鬼・レベル34
スキル:逆境レベル5・清掃レベル1・歌唱レベル8・威圧レベル5・嗜虐レベル3・傲慢レベル1