アインヘリアル
「さて、そろそろ本題に入りましょう。まず種族から選んでください」
まあ、若干テンションに鬱陶しさを感じるが、真面目に職務を全うする姿勢は気に入った。
正直、キャラメイクには数日をかける予定だったが、なるべく早く済ませてやるとしよう。
「種族って何があるんだ? 後、能力値とかの差ってある?」
ゲームにおいて、種族選択が出来るということは基本的に外見以外にも差が出ることが多い。
だが、あまり大きな差があると特定の種族が強くなりすぎるといったバランス崩壊につながりかねないから能力差は大きくはないだろうが、皆無とはいかないはずだ。
「膨大なので、キリがありません。エルフでもドワーフでもリザードマンでもアラクネでもギルマンでも、どうぞ好きな種族を選んでください。ただ、あまり異形の種族はおすすめしません。魔物と間違われて攻撃されるのが嫌でしたら、無難な種族がおすすめです。能力値なんて誤差程度の差しかありませんから気にするだけ無駄です」
「え、いや普通間違えないでしょ。プレイヤーとモンスター間違えるってそうそうないでしょ」
まさかとは思うが、そういった表示一切されないのか、このゲーム。
もしそうだとしたらこれほどの完成度のAIを搭載しながらもクソゲーと呼ばれているのは納得だな。
「別に目印がある訳でもなく、言葉が通じない相手は外見で判断するしかありませんよ。同じアインヘリアルなら問題ありませんが、セフィロティアの現地人、貴方たちの言うところのNPCですが、彼らにはわかりませんよ」
それ以下の可能性すら出てきたぞ、おい。
「待って、ちょっと待て。その言い方だとNPCに日本語通じないように聞こえるんだけど」
「え? はい、通じません。この世界ではほとんどの人はセフィロティア共通語を話します。日本語を話せる方はごく僅か、少しわかる程度です。私たちが日本語を話しているのは必要だから勉強した結果ですから」
なるほどね、つまり実質外国にほっぽり出されるみたいな状況になるのか。
「そのセフィロティア共通語って、まさか覚えないといけないのか?」
「当り前じゃないですか。言葉もわからないでどうやって冒険するんですか」
何言ってんだこいつみたいな顔すんじゃねえ、それはこっちがしたいわ馬鹿野郎。
やばいぞ、想像以上のクソ対応だ。
一応ネットでの評価は褒めているコメントの方が多かったから多少油断した。
そう、現実と見紛うほどの圧倒的な画質、普通に人間を相手しているのと変わらないレベルの対応をこなす高度なAI、プレイヤーに全能感すら与えてくれるほど自由自在に動けるアバター。
このうちの一つだけでも満たせば、他のVRMMORPGが全て廃れてもおかしくない話だというのにゲームとしての人気が低い理由。
それは設定がクソ、バランスがクソ、シナリオが無いに等しい、NPCが何言ってるか分からないなどが挙げられていた。
まさか何言ってるか分からないが比喩表現でなく、そのままの意味とは思わなかった。
「普通さ、こういうのって翻訳機能とかさ、予め設定しておくものなんじゃないの?」
「ベータテスト時代にはそうしていたそうですが、記憶障害の危険があるという結論に至り、無期限凍結となったと聞いています」
そんな危ないゲーム発売すんじゃねえ、倫理的にアウトだろ絶対。
本当になんで発売出来たんだ。
一体政府にいくら賄賂送ったらこれが法に引っかからないって扱いに出来るんだよ。
「このゲームやばすぎだろ。いきなりデスゲーム始まんねえだろうな」
「それよく言われるんですが、デスゲームなんて物騒なこと起こりませんよ。逆に……いえ、なんでもないです」
「怖い。割と素直に怖いぞこのゲーム。そしてお前絶対肉入りだろ。NPCがこんな明瞭な受け答え出来てたまるか」
肉入りとは、つまり人が動かしているという意味だ。
まあ、言っておいてなんだが、こんな大規模なオンラインゲームのチュートリアルに一人一人対応するとなると、とんでもない人員が必要となるから普通に不可能だとわかっている。
「私たちヴァルキュリアはNPCではなく、管理端末です。いいですか、管理端末というのはこのセフィロティアを守護する神々の手足として働く駒です。あなた方がNPCと呼ぶセフィロティアの民とは」
「ごめん、それ長い? 正直割とどうでもいいんだけど」
まあぶっちゃけどっちでもいいんだ。
正直クソゲーでもいいんだよね、暇つぶしだから。
だから目の前の奴がマジでNPCでも肉入りでもどっちでもいい。
単純に文句言いたかっただけだ。
「……種族選んでください」
「うん、ごめんって。うーん、おすすめとかある?」
流石に八つ当たりが過ぎたらしい。
円滑な人間関係には、例え心がこもってないにしたって謝罪は大事だ。
「おすすめとしてはやはりヒューマンかと。まあ、一番スタンダードですから」
「わかった、じゃあハーフミノタウロスで」
「わかってないじゃないですか!そもそもなんでそんなマイナー種族がいるって確信してるんですか!いますけど!」
正直絶対いないだろうと思って言った。
すげえなこのゲーム、どこまでニッチな層に対応する気だよ。
ここまで素直に感動したのは昔、友人を中東の紛争地帯で怪しい外人に売り払ったら、凄腕のスナイパーとして活躍して生還した時以来だ。
とある戦争物の漫画を読んでやってみたくなった、出来心だった。
今では足がつかないようにもっと人をはさむべきだったと反省している。
「いるんだ、ハーフミノタウロス。ちなみにミノタウロスってメスいるの?」
パッと思いつく限り絶対いないだろうと思った種族適当に言ったのにいるとは思わなかった。
「いますよ。エロゲーじゃあるまいし」
こいつ実はオタクだろ。
日本語勉強したとか偉そうに言ってたけど目的が絶対不純だろ。
もしくは日本語勉強する過程で穢れたのか?
「そのなりでエロゲーとか言うな。興奮する」
「うわぁ……」
「引くなよ。お前が言い出したんだろうが」
「まあお遊びはこの辺りにして……はい、こちらがハーフミノタウロスです」
エルルーンが指し示す方を見る。
そこにはいつの間にか牛耳と角が生えたマッチョな半裸の男が立っていた。
顔は何というかモブ顔。
アニメの背景とかに一瞬だけ映るタイプだ。
「ていうか性別は選べねーの?」
「選べますけど、異性はお勧めしませんよ。操作感覚が違いますから。本当であれば体格や身長も本来の体と合わせたほうがいいくらいです」
「なるほど、ちなみにハーフミノタウロスの身長ってどのくらいが普通なんだ?」
「2m前後が普通ですね。通常のミノタウロスは3m前後ですが、あまり大きいと魔物と間違われますのでお勧めしかねますが」
なるほど、NPCから攻撃されるリスクが高まるってことか。
「じゃあ3mだな。あ、システム上いける?」
「いけますけど、もう一度言いますよ。お勧めしません」