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酔狂な鬼に導かれて  作者: カガリ
3/3

鬼という種族

首に牙が突き立てられる。すぐ傍から死の音が歩み寄ってくる。


恐怖は勿論あったが、郁はその場で大人しくしていた。どうせ家族も友人もいない身だ。ここで命果てようと、果てまいと、どちらも変わらないような気がしてしまった。


このまま喰われてしまう…。


衝撃に耐えようとぎゅっと目を瞑る。

鬼は郁を壁に押しつけて、その首元目掛けて──。





「ッ……!」


かぷ、と優しく牙の先端を突き立てた。ちくりと鋭い痛みが首元に走り、体が僅かに震えた。

そうしてできた傷口に吸い付き、血を舐めとる。小さな傷だったためすぐに血も止まってしまい、吸血も予想以上に早く終わった。


「…え、あ、あの…?」

「何?」

「えっと、俺を食べるつもりだったのかと」


鬼はきょとんと首を傾げた。

それからぷっと吹き出して、くつくつ肩を震わせている。

郁の首にできた傷口を袖で軽く拭いてあげながら、生理的に浮かんだ涙を拭う。


「あはは!食べられると思ってたのか?」


郁はどきっと肩を揺らして目を泳がせた。

あのような展開があって、まさか食べられないとは思わない。自身の首元にできた傷に触れて、再び鬼へ視線を向ける。


「食べないさ。お前みたいな面白いやつ、食べるには惜しいね」


それに食べると後処理が色々面倒なんだ、と物騒な一言つけ足した。

郁はひとまずほっと胸を撫で下ろした。しかし、自分が勘違いしていたという事実がじわじわと心に染み込んで、頬が次第に熱くなっていく。


「す、すみません…失礼なことを…」

「気にするなよ。血は貰ったしな」


自分がどれほど妖怪に対する知識がないか、思い知らされた瞬間だった。

人間をとって食べてしまう印象があったが、そもそも妖怪はめったに人を喰ったりしないらしい。

「お前の血、かなり美味かった。また飲ませてくれる?」

「えっと…検討しておきます」

曖昧な返事でも彼は満足してくれたようで、にっこりと笑顔を浮かべた。


「それじゃ、また来るから。待ってろよ」

ぺろりと唇を舐め取り、鬼は再び羽織を頭から被る。帰るのかと思いきや、身を翻した彼が途端に足を止めた。そして郁の方へ振り返ると、一言だけこう残していった。


「俺の名前、言ってなかったな。名前は火宵(こよい)だ。周りから酒呑童子とか呼ばれてるが…まぁ、呼び方は好きにしな」


そして扉が開き、彼は軽い足取りで去っていく。

郁はその後ろ姿を見つめながら、ぺこりと頭を下げた。

鬼の姿は暗闇の中へ紛れていき、やがて完全に見えなくなってしまう。


辺りには再び静寂が舞い降りた。

彼の陽気な声がいつまでも耳に残り、次はどんな話をしようかと思考が巡る。

そんなことをぼんやり考えながら店のシャッターを閉じると、箒を取り出して床の掃除を始めた。

ばらばらと床に散乱する赤紫色の髪の毛を見つめる。


(すごく綺麗だな…)


捨ててしまうのが惜しいぐらい、艶のある美しい髪の毛。

火宵という鬼がもつもの全てに惹かれてしまう。彼から滲み出る不思議な魅力に、郁は知らないうちに捕らわれていた。


「次来てくれるのはいつだと考えても、ここは床屋だからしばらくは来ないか…」


独り言をぽつりと呟く。自分で言っておきながら、まさにその通りだ。

残念な現実に気づいてしまって、がっくりと肩を落としたい気分になる。ついさっき会ったばかりの妖怪に何故ここまで惹かれているのか、正直自分でも分からない。


しかし、嬉しかったのだ。話が出来て楽しかった。

その素直な気持ちに従って、一人の友人として接することが出来ればそれで良い。


「次はお菓子でも用意しよう。いや…でも妖怪はお菓子を食べるのか…?妖怪も人間と同じなのか…?」


落ち込んでばかりもいられない。郁は早速彼におもてなしする方法を考えた。


(俺は床屋の仕事はできるけど料理もあまりできないし…かといって何をすれば喜んでもらえるかも知らない…)


箒をざかざかと動かしながら、思考をフル回転させる。これ程何かを考え込んだのは初めてかもしれないというぐらい。


(お裁縫?なんだか可愛らしいな…妖怪の好きなもの…?)


様々な可能性を探ってみるが、結局良い案は思い浮かばない。

考えながら、手は無意識に動いていた。すると気づいた時にはだいたい片付けが終わっていて、自分のことながらこの必死さには笑ってしまう。


(それと、妖怪のことについて俺はもっと詳しく知るべきだな)


首元についた小さな傷跡を優しく撫でる。痛みはすっかり引いていて、噛まれた時の感覚が少し残っている程度だった。


こうして郁が生まれて初めてできた友人は『周囲から恐れらる程力の強い鬼』ということになった。

いったいこんなこと誰が信じてくれるだろうか。

しかし自分だけに出来た特別な友人、という肩書きも悪くない。穏やかな時間に浸りながら、その夜は上機嫌のまま過ごした。



「火宵様、か…」



ただひたすら嬉しいという感情だけを享受する。

しかし、この時郁はまだ何も知らなかった。彼が見据えていたもの、見抜いていたもの。

血を舐めとった鬼の顔は、何か「ある重大な事実」を確信していた。

しかし、浮かれた郁にそれを見抜くことはまだ出来なかった。


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