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酔狂な鬼に導かれて  作者: カガリ
2/3

鬼は会話を弾ませて

その鬼は特に変わった行動をするわけでもなかった。時折会話を交わしながら、散髪の手順を進めていく。鬼は乱暴で、もっと言動が荒いものだと考えていたが、彼からそんな雰囲気は決して感じられない。

むしろ優しくて、まるで兄のような温かい存在だった。


まずは髪の毛を洗うと、今度は鏡の前にある椅子に座らせて、切りやすいように櫛で整える。

さらさらとなびくそれは触り心地が良く、いつも丁寧に手入れされていることが分かる。


「なぁ、郁。俺を見て怖がらないんだな。俺を見ると大体の奴は逃げる」

「……!」


貴方に親近感が湧いたから、なんて言葉突然言えるはずがない。

郁ははにかみながら、「貴方も大切なお客様です」と呟いた。

すると彼は嬉しそうに笑って、また会話を弾ませていく。


「だから腕のいい人間に切ってもらおうって探してたんだけど、何せ頭を見せるからな。角ですぐにバレちまう。アンタがいてくれて良かった」


純粋に嬉しい言葉を投げかけられ、郁の頬は少しだけ熱くなった。彼曰く、郁は誰がどう見ても腕の良い散髪屋らしい。長年ここに務めているから、その言葉を聞いて少しだけ自信をもつことが出来た。


「俺さ、髪の毛が伸びるの速いんだよね」

「そうなんですか…?俺も速いんです。周りの人からもよく言われるぐらいで」

「そうか。妖怪っていうのは髪の伸びが速い奴、多いんだぜ」


気づいたら、郁も気を楽にして会話に混ざっていた。彼と共通点をもてたことも嬉しい。

彼の方が勿論年上だが、まるで同年代の友だちができた気分だった。

これこそが、村で見かける子どもたちがいつも見ている風景なのだろうか。



こうして他愛のない会話を交わすのは初めての経験だった。この何気ない時間というものが何よりも愛おしいと思える。


そして、彼の口から飛び出るお話はどれも面白かった。

妖怪の世界。郁の全く知らない世界について、様々な話を聞いた。


「俺の友だちに狐の妖怪がいるんだけどな。昔は勇ましくて男前だったのに、今は人に化けるのが楽しくなってきたらしくて。女に化けて街を歩いたり、最近は元の姿もやたら女々しくなっていた」

「ふふ…妖怪の方々は面白いです。俺たちと全然変わらなくて、いい妖怪も沢山いるんですね」


しゃきしゃき、と鋏を器用に動かして切り進めていく。いつの間にか鬼の髪もかなり短くなってきて、彼の綺麗な瞳が少しづつ姿を現した。

最後にもう何度か櫛を通して、仕上げを行う。


「……どうでしょうか」

「うん、上出来だ」


髪の毛を結える分は残してほしいといわれていたので、だいたいうなじから下ぐらいまで残しておいた。だらりと伸び切っていた前髪も、今はさっぱり眉毛が隠れるぐらいになった。



初めは、万が一緊張のあまり傷つけてしまったらどうしようとか、そもそも自分が意識を保っていられるかとか、心配事が無限に湧いて出てきた。しかし今となっては、まだ彼とお話していたいという気分が一番強い。




「また来てもいいか?」

「ええ、ぜひ来てください。店長はよく俺に店を任せることもあるので、またその時に」




鬼は立ち上がると、懐から代金を手渡した。

あぁ、どうせまた一人なのだから、傍に居てくれたら良いのに、と切ない感情が溢れてくる。


「ふっ…心の底から思うね。可愛いくて本当に変なやつだな、お前。自らそんなふうに俺に近寄ってくる奴、鬼でも滅多にいなかったのに」

「自分でも不思議です。何故か、貴方の気持ちがとてもよく分かるというか…。昔からあまり人の輪に混ざれないタイプだったので、お喋りできたのが嬉しくて」


昔のことを思い出すと、少し寂しくなってしまう。しかしその想いを察したのか、鬼はからからと笑って「俺も昔は似たようなもんだ」と答える。


その鬼は余程郁のことを気に入ったのか、ぽんと頭に手を置いた。

生まれた時から孤独だった彼に、その温度はあまりに新鮮だった。軽くお辞儀をすると、彼の顔を見上げた。


「………なぁ、最後に確認したいことがある」


彼の切れ長の瞳に見下ろされた。やはり威圧感というのはどうしても伴うようで、少しだけ体がびりびりと震えるような存在感を感じる。

郁が少しだけ歩み寄ると、彼の目がすっと細められた。

少しだけ雰囲気が変わった気がした。すると彼の体がゆらりと動いて。



突如肩を掴まれ、壁に体を押し付けられた。彼なりに力は抜いたつもりだが、やはり鬼の力は想像以上に強い。びくりと肩を揺らし、その場から動けなくなる。

「……ッ!?」

「少しだけ味見させてくれよ。な、いいだろ」

今までにない恐怖が湧き上がる。しかし、決して抵抗しようという気にはならなかった。それは抵抗したら殺されるという念があるわけではない。

今は耐えるべきだと、本能が感じ取ったのだ。


「あぁ、美味そうだな。久々に美味そうな奴に会えた。ずっと我慢してたから、いいだろ?」


彼の透き通った声音には、どこか獣のような奥深い欲望が孕んでいた。服をずらし、郁の首が露わになる。そんなところに傷をつけられたら本当に死んでしまう。

このまま食われてしまうのか、と息を呑んだ。

やはり、相手はあの例の噂話に出てきた凶悪な鬼なのだ。そんな簡単なことを忘れていた。


「抵抗してもいいぜ。したら俺は逃げる。面倒ごとを起こす気分じゃないからな」


それも本当か分からない。この細い体から出る力などたかが知れている。悲鳴をあげる前に潰されてしまうだろう。

しかしこの絶体絶命の状況に直面しても、郁は決して逃げ出さなかった。



「いえ、しません。貴方の好きなように、してください」

勇気を振り絞った言葉に、鬼の瞳が僅かに見開かれた。

やはり郁という名のこの青年に興味が湧いて仕方ない。自分がこの場に来たのも、何かの運命だったかのようだ。

鬼は「そうか」と一言答えると、その白い首元に唇を寄せた。


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