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×2 少女の秘密  作者: 有栖川優悟
5/8

*拾参

和穂かずほ

 五月のなかば頃。転入生達も、学校に慣れてきた頃だろうか。

「えっと、ここだった…よな」

 窓からぶら下がっているLEDが、蒼玉を思わせる、微かな群青色の光を灯している。地下鉄の銀座線ぎんざせん末広町すえひろちょう駅から歩いて一分程の位置に存在するそこは、とある生徒の親代わりとの待ち合わせの場所だ。

 入り口にも小さな赤いライトが灯されており、このライトは緑や青にも変化するらしい。

「確かに、ここだな。『ひみつきち』って書いてある」

 入り口を入り、階段を昇る。中央に赤いリボンを首に巻いた可愛い猫のマークがあるシンプルなドアで、その下の楕円だえん形のシールに書かれた文字が、この場所の名をはっきりと提示していた。そこから中の様子は、一切見えない。

 ――すめらぎは、来ているのだろうか?

 カラン、とドアを開ける。目の前にはテーブル席とカウンター、それぞれ席は四つだ。カウンターの方に、見慣れた人影があった。

「やあ、嶋村しまむらじゃないか」

「…皇」

 透き通るような銀髪と赤い目を持つ死神の女性、彼女が皇昏羽(くらは)だ。ここにいるのは私と皇、その周りにいるはずの店員はマスターただ一人。まあ決して大きくはないので、そこまでの人数は入らないのだろう。その事実は、“名は体を表す”ということを何も言わずして告げていた。

「で、嶋村は何頼むんだ?」

「考え中。…ドリンクだけみたいだなあ…」

 そして嬉しいことに、その全てが税込で五百円ワンコインだった。

「えっと、おつまみ類は…」

「当店はドリンクのみの販売となっております。おつまみ類などは持ち込み自由です。それと、女性のお客様は、全ドリンク、約二十パーセント引きとさせていただいております」

 優しそうなマスターが、説明してくれた。

「じゃあ、私はクデューを。嶋村は?」

「…とりあえず、ギムレットで」

「かしこまりましたー」



***



 カウンターの上に置かれた三つのグラスに光が透ける。皇に用意された、ゲール語で「黒い犬」を意味する名の通りに黒いクデューと、それのチェイサーの水。それと、私用の淡い緑色のギムレット。

「なあ嶋村?」

 店内のバックグラウンドミュージックを聞き流すように、皇が口を開いた。

「最近、うちのおうぎの調子はいい方か?」

 岸波きしなみ扇。今年から私が担当する学級に転入してきた無能力者ブランカーで、皇の養子でもある。

「問題ない。…ったく、いきなり電話してきて『うちの義理の娘達をそっちの学校に入れてほしい』って非常識すぎだろ。理事長に説明するのにどれだけ時間がかかったと思っているんだお前は!…まあ、理事長がそういう生徒を受け入れる学校でよかったけども」

「ああ、すまんな。この国には義務教育とやらの制度があるのだろう?それがある限りは仕方あるまい」

 …外国人なのだろうか。

「しきみと菊里くくりは?」

 しきみと菊里――おそらく、日笠ひかさしきみと能前のうまえ菊里のことを指しているのだろう。この二人も皇の養子だ。

「日笠はB組、能前はC組だ。すまないが私の方では日笠と能前は管轄していない。それぞれの担任にでも訊いてくれ」

「だろうな。…後悔はしてないのか?」

「何をだ?」

「無能力者を引き入れたことだ」

「全く。私のクラスには無能力者が既に二人いる。時坂ときさか衛宮えみや、その二人で慣れているから問題ない。その二人がいるから、特にうちの学級では差別とかはしていないみたいだ」

「そうか…扇も幸せ者だな。あの時はどうしようかと思った」

「あの時って…過去に彼女に何か」

 もし何もなければ、肉親でもない者が親になることは有り得ない。なんらかの裏事情はあって当然なのだろう。

「ああ。彼女は親がいないんだ」

「親がいない…?」

 ――もしかして離婚か?いや、無能力者の子供を捨てるという事例もあるにはあるし、そのたぐいなのだろうか?

「捨てられたり、とか?」

「違う。彼女の場合は――自分から親を捨てたんだ」

 ちょっと待て。自分から親を捨てる?

「彼女の父親は、娘に高い期待をかけていたらしい。普通の人間だというだけで過度な期待を押し付けるような奴の家などに、帰る必要などあるまい」

 確かにその通りだ。親は自分の子供が成果を出せなかったとしても、無条件に愛するのが普通だろうに。

「だから私が引き取った」

「それじゃあ、岸波の両親は…」

「多分探しても出てこないぞ。岸波というのは、あくまで私が名乗らせているものだし。それに母親はどうだか知らないが、父親は扇が中学一年生の時に他界している」

「それで、知り合いだった皇が引き取った、ってわけか」

「そういうことになるな」

 親がいない生徒を受け持ったことは、私にはない。どうすればいいのだろう…。

「だが、どうか普通の子として扱ってほしい。腫れ物に触るような対応はするべきではない。無能力者でも、親がいなくても、どうか一人の人間として扱ってやってくれ。それが、彼女の本来あるべき姿なのだから」

「わかった、そうする」

 本来、無能力者に特別な対応をする必要はない。能力を持っていないという理由で差別されているだけなのだから。

 それにしても、岸波は何故なにゆえこの学校に転入してきたのだろうか?――まあ、それは追々知ることになるのだろう。

(協力:末広町ひみつきち 様)

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