*拾
未練がましいことをしているとは思わないで下さい。私は復讐がしたいのだ。
――フリードリヒ・フォン・シラー『旅』
▼忍
真夜中のビルの屋上。そこで私は“あるもの”を見た。それは美しい少女で、正しく“黒い天使”と呼ぶに相応しい。
黒い半袖のワンピースと、二つに結われた黒髪と、黒い厚底の靴。それを彩るのは血のような赤。手袋がはめられた手には、銃が握られていた。
――ああ、この人なら、私を救済してくださるのでしょうか。
***
「今日は委員会を決めてもらうぞ」
嶋村先生が、黒板に文字を書いてゆく。
「えーと、じゃあ学級委員やりたい奴~」
「…はい」
まっすぐに手を挙げたのは早苗ちゃん…千石早苗ちゃん。どこか涼しげな雰囲気を漂わせるセイレーンで、周りにいる人物に対して命じることで従わせることができ、それは命令口調で言うことで発動される。
「あと一人~」
誰も、いない。そもそも学級委員なんて、好んでやるものではない。
「――岸波、やってみるか?」
先生は、扇ちゃんに問うた。岸波扇ちゃんは、この間編入してきたばかりの、無能力者の少女だ。
「あ、はい。やったことあるので、できます」
「じゃあ、学級委員は千石と岸波なー」
「はーい」
反論もなく、満場一致だった。
「黒い天使を見た…?間宮さんってば何言ってるの?」
「本当だよ、穂香ちゃん!」
「それ“ベルセルク”のことじゃない?」
「ベルセルクさんっていうの?」
「本名ではないらしいけど。二年くらい前から朝葉原で目撃されるようになったんだって」
「その人は私を救済してくれるといいんだけど…」
「もしそういう系の人だったら、それって前世の因果じゃない?」
「穂香ちゃん、それはないんじゃ…」
もし前世があったら、私は一回死んでることになるし。
「なるほど、昨夜に黒い人を見た、と」
振り返れば、先程学級委員になったばかりの早苗ちゃん。
「早苗ちゃんの知り合いなの?」
「違います。寧ろ、こちらが情報提供を願いたいところです」
「…そっかあ」
「ねえ、何の話?」
その声は、もしかしたら。
「扇ちゃん!昨日、なんか全身黒い女の子を見たんだけど、何か知ってる?」
「さあね?…少しくらいなら」
少しくらいなら、か。明日、訊いてみよう。――僅かな望みでも、懸けてみよう。
***
▼扇
気づかれたか。しかも転校早々、クラスメイトに――
『昨日、なんか全身黒い女の子を見たんだけど、何か知ってる?』
あれは間違いなく私の、“ベルセルク”のことだろう。どこまで正体明かしていいんだっけ…。
「あのー、皇さん?」
「どうした?」
「私が“ベルセルク”だと言っていいのは、どの辺まででしょうかね」
「まず条件として、“こちら”に関わっていなさそうな奴。とりあえず銀庭学園中等部三年A組は安全と見た。B組はやめておけ、駿河がいる」
確かB組は、しきみが編入していたな。
「そして、巻き込まれても大抵のことは何とかできる体質の者が望ましい」
「勘付いたのは間宮忍なんですけど、彼女なら安全ですか?」
「イモータルか…イモータルなら安全だな。この種族は死ぬこともないし、傷を負うこともない。ただし、不死身であるが故に殺されたがりだ。時に、それを頼んでくることもあるだろう。…大丈夫か?」
「大丈夫です。適当にはぐらかすつもりでいます」
「それならいいが」
放課後になったら、早速忍に声をかける。
「忍、この後は空いてる?」
「もちろん、だよ?」
「じゃあ…空き教室か何かってある?」
「なんか二年生のクラスが一つ減って、そこなら…」
「そう。連れてって貰える?」
「…いいよ!」
「間宮さーん、今日は岸波さんと?」
「うん、そうなの…ごめんね?」
「じゃあ、また明日!」
忍に誘導され、空き教室――看板には『二年D組』と書いてあり、元はそのクラスの教室だったことが見受けられる。
「ここでいいの?」
「そう、だね」
あとは、本題だ。
「昨日さ、黒い女の子に会った――って、言ってたよね?どんな子だった?」
「黒い半袖のワンピースを着てたんだけど、襟元に赤いリボンを結んでてね、黒い厚底の靴も履いてたなあ。それで黒い髪を赤いリボンで二つ結びにしてて…あと、なんだっけ。確か手袋をはめてて、銃を持ってたような」
やっぱり、勘付かれていたのか。
「そいつは“ベルセルク”だよ。朝葉原の殺人鬼」
「穂香ちゃんもそうかもしれないって言ってた…けど、本当に合ってるの?」
「本当にそうだね。間違いない」
「やっぱり、そうなんだ…」
「君はそいつに殺されでもされたいの?」
「まあね…信じられないだろうけど、私イモータルだからさ」
忍がイモータルなのは、本当だったか。
「ずっと救済されるのを、待ち望んでるの」
「そう…じゃあ忍、もしもだよ?」
前置きした上で、続ける。
「もしもその“ベルセルク”の正体が私だと知ったら――君はどんな反応をするの?」
自分の声が、ひどく遠くで響いたような気がした。