第8話 幕間、それぞれの思うこと
つまらない田舎のつまらない生徒たちに英語を教える事になって、数年が経つ。
ガキどもが騒ぐのには慣れたけど、イライラだけは募っていった。
美人姉妹という事で、同僚や勘違いした男が寄ってくる事も多々あったが、生憎アタシには先約があった。
小さい頃にこの身を捧げて以来、ずっと予約済みだ。
いや、捧げてと言うのはおかしいか。どちらかと言えば、向こうがアタシに身も心も捧げたほうだった。
久々に再会したその男の子は、まあ相も変わらず可愛らしい顔をしていた。
抱き締めて愛で倒したくなるその小動物系の少年は、アタシの好みのど真ん中だ。
ちょっと誘惑すれば赤くなって俯く。庇護欲と加虐心を同時に刺激するなんて、よくもまあそれで今まで襲われなかったものだ。
あの子が小学校に上がる前、アタシ達姉妹は彼を襲い、食べてしまった。
爪先から頭のてっぺんまで味わって、骨までしゃぶってやった。泣き喚くあの子の口を押さえてのし掛かり、精魂尽き果てるまで搾り取った。
あの時は途中で止められてしまったが、概ね満足だったから良しとしよう。
それ以来、彼は女性と「そういった行為」を行ってはいない。それは色々な手を使って確認済みだ。
軽度の女性恐怖症とは言うが、何言ってんだか。本当だろうが嘘だろうが構わないが、アタシから逃げようとするのは頂けない。
だからあの子の周りにいる友人を使い、彼をものにする為に手を打った。
可愛い彼女が大事な友人くんはあっさりとあの子を売り払った。
可哀想だが、人間関係なんてそんなもんだ。友達なんかいなくても、アタシがいれば問題ないでしょう?
その日は夕方からあの子を嬲り、久々の再会を遅ればせながら愉しんだ。
泣き喚かなかったのはつまらなかったが、声を押し殺して涙を流す様はたまらない。
どうもあの子はアタシのツボをきっちり押さえてくる。
夕飯くらいには帰ろうと思ったのだが、抑えがきかず夜中を過ぎてしまった。
それもこれもあの子の所為なのだから、まあ仕方ないだろう。
翌日になって、案の定あの子はアタシを避け始めた。予想通りだ。
逃げれば逃げるほど、嫌がれば嫌がるほどアタシは燃えるタチなのだ。
自分の首を絞めているとも気が付かないあの子を、今度はどうしてやろうか。
そんな事を考えていたら、ふと違和感を覚えた。
彩乃に懐き始めているような行動が、アタシの鼻についた。
彩乃も同じように避けていたあの子が、一体なんで?
ふん、まぁ、考えなくてもわかるか。
どうせアタシと逆の事をして、取り入ろうとしてるのだろう。
昔から姉はそういうタイプだった。
一人だけいい顔をして、裏ではコソコソ小細工をするタイプ。
ああ、本当、気に入らない。
腹の中ではアタシを嘲笑っているんだろうが、一生やってればいい。
アンタがモタついている間に、アタシは先にあの子を頂く。
心は後からついてくる。多少壊れたって構わない。
最後に笑うのはアタシだ。
◇
私の将来の伴侶が帰ってきた。
何年もかかってしまったが、やっと私の元に戻ってきた。
可愛らしさはそのままに、ちょっとだけ男の子っぽくなっていた。私より背の低い彼は私を見上げる事になるが、構って欲しがる猫みたい。
高校二年生になった彼は思春期真っ只中。
という訳でもないようで、こんな美人のお姉ちゃんが迫っても逃げ惑ってしまう。
恥ずかしがっているだけかと思ったけど、それにしても逃げすぎ。
ちょっと強引にキスしただけで泣いてしまうのだから、幼少期の出来事がまだ彼の心に焼き付いているのだろう。
もっと優しくしてあげるべきだったか。いや、どちらにせよ私の抑えが効かなかっただろうし、今さら言ったところで意味はない。
さて、ここ最近の私と葵くんの出来事といえば、腹立たしいことばかりだ。
思うようにイチャつけない現状と、あろう事か楓ちゃんが私の葵くんを強姦してしまった。
私があれだけ我慢を重ねて耐え忍んでいたのに。
もう、本当に、殺してやりたい。
きっと楽しいひと時だったんだろう。
泣いて震える葵くんをベッドに押し倒して、ご馳走を食べるかのように舐め回す。
その涙はどんな味がするのだろうか。
口から零れるその唾液は甘いんだろうな。
繋がったままその首をギリギリまで締めてみたい。きっと、顔を真っ赤にして暴れてくれるはずだ。
しかし、それを行ったのは私ではなく妹だ。
楓ちゃんの趣味は知らないが、結局私とは似た者同士。性癖もさほど変わらない。
頭の中で楓ちゃんと葵くんが交わる様を想像して、自分の手が万年筆をへし折っていた事に気付いた。お気に入りだったのに。
胸糞悪くなる想像はやめて、そろそろ夕ご飯の支度でもしよう。
今日も葵くんの好きなもので食卓を埋め尽くしてあげよう。
楓ちゃんの好きなものは絶対に作ってあげない。
私のお婿さんを断りもなく襲うバカに作る料理なんてないんだけど、まぁ、葵くんに免じて表面上は仲良くしてあげようか。
だって、あのバカ女のお陰で、これから彼と上手く行きそうなのだから。
今の彼に強引に迫るなんてやり方は逆効果。
傷付いた彼を癒す私こそ、彼が依存して求める先になる。
今は彼をどう追い込もうが勝手にすればいい。私はその後、優しく甘やかして依存させる。
全てが上手く行った後、私に出し抜かれて絶望するあの女の前で、彼と交わり続けてやる。
本物の愛を見せ付けて、悔しがる妹に唾を吐いてやる。
そうすれば、葵くんは永久に私の物だ。
逃げ場も、支えも。心も体も何もかもが私にの物になる。
私無しでは息も出来ないくらいにしたい。
それまでは楓ちゃんも西條も好きにしたらいい。
正直、彼が苦しんでる所を見るのも悪くないし。
でもまあ、あんまりやり過ぎるようであれば。
そんな首なんて、いつでもへし折れるんだから。
その時は、簡単に流されちゃう葵くんもお仕置きだ。
私の物になった後で、好きなように嬲ってあげよう。それすらも喜びになる位にしてあげよう。
そう遠くない未来に想いを馳せ、私はキッチンでお気に入りの包丁を握った。
◇
両親がいなくなり、記憶も薄いこの田舎で暮らす事になって、もうすぐ一ヶ月が経つ。
不安もあったけど、思ったよりも馴染んでいる自分にびっくりする。
昔住んでいたのだからだろうか、今では都会の暮らしよりしっくりきていた。
だもそれはあくまで生活面の話であって、人間関係は思わしくない。
友人はすぐに出来たし、近所付き合いも悪くないのだけど、問題は家庭内にあった。
小さな頃、僕を襲い、散々に嬲った姉妹が原因だ。
トラウマは消えておらず、それどころか再燃してしまう始末。姉妹を見るだけで胃が痛くなる僕の体は、きっと卒業まで保たないだろう。
小さな頃に交わした結婚を誓う紙切れが、僕の人生を酷く揺さぶっている。
良い方向に行く気配はなく、黒い影が僕の足をずっと掴んで離さない。
いずれ僕はその影に飲み込まれてしまうんだろう。
彼女たちの玩具のように扱われて、壊されていく自分が目に浮かぶ。
姉妹のどちらかの物になり、心臓にナイフを突き付けられたまま笑う日々が続くのだと思うと、いっそ全て投げ出してしまいたい衝動に駆られた。
友人達は僕に優しくしてくれるが、それは姉妹に怯えているからだ。
楓さんが僕の周囲を壊しているのは知っている。壊して、脅して、逃げられないように壁を築いた。
支えとしたかった友人の一人も、姉妹と何も変わらなかった。
粘ついた瞳と、湿った吐息が僕に気付かせた。あれは、同じように僕に添えられたナイフだ。
言葉や行動を間違えれば、すぐさま首を、心臓を切り裂くだろう。
今の僕は千切れかけたロープに立たされているようなものだ。
ちょっとしたことで、千切れて奈落へ引きずり落とされる。
西條さんに少しでも心を許したら。
楓さんに油断して近づいたら。
彩乃さんの思う通りに振舞わなかったら。
僕は暗闇に落とされて、きっと一生帰ってこれなくなる。
鎖で縛られ、真っ暗な檻の中で飼われる日々が僕を捕らえるのだ。
詩乃さんは頼りになりそうにない。どちらかと言えば姉妹の味方をしたいのだと、何気ない言葉が言外にその意思を伝えている。
となれば、後は自分次第だ。
諦めるのは簡単だし、もしかしたらその方が苦しまずに済むかもしれない。
心と体を切り離してしまえば耐えられなくもないだろうが、果たしてそれは生きていると言えるのだろうか。
紙切れに書かれた期限は僕が十八歳になるまで。
姉妹のどちらかを選ばなければ、僕は晴れて自由になれる。
今は逃げ場がなくても、十八歳で大学へと進学すれば現状を変えられる。
都会に戻り、一人暮らしをしよう。姉妹から逃れ、この因縁の地から遠く離れる。詩乃さんも僕の自由だと言ってくれた。
それまでは逃げ抜く。耐えて、逃げてみせる。
あと二年。長いようで短い。
ため息もつきたくなるが、悪いことばかりでもない。
最近は彩乃さんの態度が変わってきているのだ。怖さが失せ、優しく僕に接してくれている。
本当に好きだと言ってくれて、普通の恋人のように扱ってくれる。
悪くないし、むしろそれが今の僕にはとても心地よかった。
後ろから抱き締めてきた時は、涙が出るかと思う位に安心感が僕を包んだ。
悪くない、悪くないのだけれど。
演技かもしれないと疑う僕もいた。
反面、これが彩乃さんの本当の気持ちであれば、彩乃さんを選んでも良いのではないかと思うようにもなってきた。
だけど、まだ油断はできない。
人はそんなに簡単には変われないのだ。今すぐ信用するなんて自殺行為だ。
まだ二年ある。その時までに決めれば良い。
今はまだ、僕は逃げる。
彩乃さんに揺れる僕もいるが、ナイフが下された訳ではないのだ。
少し距離が空いただけで、以前突き付けられたまま。
願わくば、僕が十八歳になるまでに。
この心が壊れてしまいませんように。
◇
西條の一人娘と言う肩書きは、とても便利な力を持っている。
四ノ宮 葵という男の子は、そんな大きな力を持った私の心を奪ったのだ。
その家柄故に腫れ物扱いされていた私に、唯一優しくしてくれた男の子。その暖かさは、捻くれていた私を救ってくれた。
そんな男の子が忽然と姿を消してしまったのであれば、私はその力を全力で振おう。
躊躇わず、何を犠牲にしても彼を取り戻す。
幸いにも、私は中学卒業までに彼を見つける事ができた。
報告では、彼は都会の学校に通っているとの事だった。添えられた写真は、一枚残らず私の宝物になった。
毎週送られてくる葵くんの隠し撮り写真に、私は言いようのない興奮を覚えていた。
意識してない瞬間や、あられもない彼の姿は、私だけしか知らない。
見られているとも知らない彼は、当然その寝顔が私の自慰に利用されている事なんて気付いていないだろう。
その事実が、ますます私を興奮させた。
彼は変わらず優しい少年のようで、愛くるしいその容姿と相まって非常に人気があるらしい。
彼に惹かれる気持ちは理解できるが、彼は私の所有物なのだ。汚い手で触らないでほしかった。
そしてある日、とある報告書の内容が私を動かした。早急に彼を私の手元へ置いておかなければと、柄にもなく焦る。
それからの私の行動は早かった。持てる権力を遠慮なく使い、この地から離れられない私の元へと連れ戻す。
多少彼を傷付けてしまう事になるだろうが、仕方ない。
私がたっぷりと彼を愛し、癒してあげる。
これから私が命じる事さえ、後々感謝する事になるだろう。
私のこの気持ちを知れば、彼が咎めるはずはない。
その後は、ゆっくりと愛を交わして育もう。
家の者は私が歪んでいると陰で言っているが、私からすればこの愛を理解できない者こそ歪んでいる。
本物の愛を知らないのだ。そして私こそが、彼にその愛を与えられる。
彼がもし戸惑うなら、私の愛を受け取らないのなら、その時は解るまで教えてあげよう。
私の家で、私の言葉と身体で、一晩中その身に刻み付ける。
もうすぐそれが現実になるかと思うと、笑いが止まらなくなる。
こんな夜中に、屋敷から響く笑い声は自分でも不気味なものだったと反省する。
計画は順調に進んでいた。
もうすぐ彼は、この地へ戻る事になる。
色々と準備を整えて、彼を迎えよう。
この時私は、全てが上手く行くと思い込んでいた。
彼がこの地へ戻って僅か数日の事だ。
彼が既に別の女に奪われてしまったのだと、盗聴器を通して知った私は、どうしても彼を許す事が出来なかった。
私というものがありながら、既にその身体は穢されていたというのだ。
あまつさえ、あの気に食わない姉妹のどちらかを伴侶にする?
ちょっと彼には、私を奪ったという自覚が足りないみたいだ。
イラっとして、衝動的に側に控えていた侍女を思い切り殴りつける。少しは気分が晴れるかと思ったが、余計にフラストレーションを溜めただけだった。
もういい。彼の残りの人生も以て、その罪を償ってもらおう。
私は私のやるべき事をする。
この身から湧き上がる激情を抑え、冷静さを取り戻した。
一息ついて月を見上げる私に、やるべき事は二つあった。
さて。
葵くんを攫うのと、あの変態姉妹を始末するのと、どちらを先に済ませてしまおうか?