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LOVE OR KILL HIM  作者: Ryoooh
6/10

第6話 五月下旬、女難の日々

 学校での騒動以来、葵を取り巻く環境はまた新たなものへと変わっていった。

 学校公認のカップルとして知れ渡り、あまつさえそれを校長を含めた教師陣さえ咎めなかったのだ。

 当然そうなれば楓の態度も変わってくる。周りから偶に奥さんなどと呼ばれようものなら、その日は終始機嫌がいい。

 氷のような女とまで言われた彼女が、蕩けるような笑顔で葵にべったりくっついているのだ。

 その結果、葵は全校生徒の男子から嫌われてしまうようになった。


 そしてそれは、少なからず女生徒や草薙家にも影響を及ぼし始めることとなる。

 桃花が露骨に楓を敵視し始めたのは、五月も終わりなる頃からだった。



 ◇



 この週、葵には三つの女難が待ち受けていた。引っ越してからこれまで、彼は人生でも五本の指に入るほどの苦難が降りかかっていたと思っていた。

 それが些細な序章だと気付き、さらなる困難(女難)が彼を待っていると確信したのはこの日だ。


 五月の終わり、桜も散って木々に青葉が目立つ頃。

 楓の婚約者として男子生徒から睨みつけられる日々が始まって三日目。今日も楓の車で登校を共にしていた。

 排気音の煩い彼女の車は、楓に似合うツーシーターのスポーツカーだ。当然、道を走れば人の目が集まる。楓と葵の二人が仲睦まじく登校しているところは、今ではほとんどの生徒が目撃していた。

 楓の登校時間に合わせているため、比較的早い時間に学校に着いてしまう。葵は朝、教室に一人で過ごすことになるのだと思っていた。

 その為に文庫本を何冊か見繕ってきたのだ。お気に入りのシリーズの最新作で、ドタバタで読む暇がなかった。

 やっと落ち着いて読めるかなと思っていた葵を待っていたのは、変わらず柔かに微笑む桃花の姿であった。


「おはようございます、葵くん」

「おはよう、西條さん。いつもこんなに朝早いの?」


 窓から差し込む朝陽を背中に受けて、桃花はにこりと微笑む。誰もいない教室に佇む彼女は、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「葵くんだって早いじゃない。いつもはもっと遅かったよね?」

「うん、そうなんだけど⋯⋯」

「やっぱり、楓先生と一緒に来てるからかな?」


 ふふっと口元に手を当てて笑う。その仕草を見て、やっぱり上品な子だなあと思う。女の子はやっぱりこうでなくては。偏見かもしれないが、葵は桃花のような女性が好みなんだと自覚した。


「ねえ、聞きたいことがあるんだけどね⋯⋯」


 桃花が葵に向き合う。窓際で席が隣同士の二人が向き合うと、逆光で桃花の顔が黒く塗りつぶされる。

 声も表情も変わっていないはずなのに、葵はどこか寒気のような物を感じた。


「本当に楓先生と婚約してるの?」


 静かに、力強い声で問いかける。影に飲み込まれた彼女は、一言それだけを訊く。

 別段隠すことでもなかった。特に仲のいいグループの桃花には、言っても問題はない。


「本当の事言うとね、婚約してるわけじゃないんだ。昔こっちに住んでて、両親が死んじゃって楓さんの家に引き取られたんだ」

「じゃあ先生とは何もないんだよね?」

「うん、まあ、ね⋯⋯」


 嘘は言っていない。選べと迫られていることも、婚約者にさせられかけていることも言っていないだけだ。

 その歯切れの悪い答えに、桃花は何も言わない。くすくすと笑っているだけで、珍しく会話を続けようとしなかった。


 ほんの数分ではあったが、そんな時間が続いた。始業までまだ一時間弱の教室に、桃花の笑い声だけが響き渡る。

 普段の桃花とは違う様子に、葵は違和感を覚える。その違和感がつい最近まで感じていたものと似ているという事には気付けなかった。


 笑い声はふいに止んだ。しんとした空気が彼らを包む。


「どうして、嘘つくの?」


 聞いたことのない彼女の声に、体が固まる。

 いつもふわふわとした桃花から発せられたとは信じられない言葉は、まるで別人に成り代わってしまったかのようだ。

 低く、空気を重く震わせた声は、何処かで聞いたことがある。

 つい最近まで知らなかったこの声は、彼にはトラウマでしかないあの声だった。

 まだ肌寒さが残る朝なのに、じっとりと汗が滲む。


「嘘なんか、ついてないよ。本当に先生とはなにもない」

「だから、どうして嘘つくのかな?」


 まるで嘘と知っているかのように、桃花は葵を否定する。

 影で暗くなったシルエットから目が鈍く光る。いつもの細められた垂れ目ではなく、獣のように見開いていた。


「私が何も知らないって思ってる?葵くんの事は昔から知ってるのに」

「昔からって⋯⋯もしかして」

「うん。幼稚園のとき一緒だったの。久しぶりに再会できたのに、忘れられてたのはショックだったなあ」


 雰囲気が和らぐ。先程までの形相は消え、いつもの彼女に戻っていた。


「でもいいの。戻ってきてくれたし、こうして同じクラスにもなれたしね」


 桃花がそっと葵の手を握る。あまりにも自然なその動作に、なんの違和感もなく握り返す。


「私は君の事はなんでも知ってるよ。だから、もう嘘はつかないでね?」


 握られた手に力が込められ、彼はここで気付く。


 桃花の目が、まるで姉妹のように粘ついていた。



 ◇



 朝の一件以来、桃花のことが気がかりでならなかった。

 気付けば彼女はこちらを見つめ、絶妙なタイミングで目を逸らす。注意して気付こうとしなければ、到底わからなかっただろう。


 それでも彼女は普段と変わらなかった。和かで上品で、葵の知っている桃花だった。

 猫を被っているのかと疑ったが、それも失礼のような気がして考えることをやめた。

 とにかく、彼女の事は後回しだ。考えすぎかもしれないし、姉妹のような人がそうそういるはずもない。


 問題は、今日は楓が顧問を務める部活動が休みだということだ。彼女は当たり前のごとく帰りも送ると言い出し、朝よりも数多くの生徒が見つめる中で一緒に帰らなければならなくなった。

 性格が一変したと噂されるくらいに上機嫌な楓は、葵の腕を取って車に引きずり込む。

 わざと見せつけるように車から生徒たちに声をかけ(普段は絶対そんなことしないくせに)、自分たちの仲を見せつけるようにして学校をでたのが二十分前。


 朝早くに起きた為に、車で眠ってしまった葵が目を覚ました場所は、家ではなかった。

 見知らぬ薄暗い部屋で、上着を脱いだ楓が青いを覗き込んでいた。


「あ、起きた?あんたちょっと寝すぎよ」

「あれ、ここって⋯⋯家じゃないんですか?」

「見たら分かるでしょ」


 寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、そこそこ広めの部屋だった。行った事はなくても、ここがどんな目的で入る所が理解できた。

 こういった場所に縁の無かった葵は、何故こんな所に連れ込まれたのかわからなかった。

 初めてのホテルに、彼の本能が危険を訴える。


「どうしてここに⋯⋯」

「ん?葵を本格的にアタシの物にしようって思って」


 は、と一言発しただけで、葵は言葉に詰まった。学校で距離が近くなってきたと思っていたら、まさかここまでするとは。

 ベッドに寝かされていた葵が起きようとすると、そっと胸を押された。学生服の上着はすでに脱がされてしまっており、ワイシャツのボタンが外されていた。


「ちょっと⋯⋯楓さん、さすがにマズいですって」

「なにがマズいのよ。彩乃とはやったくせに」

「やってませんよ!」


 車での一件を根に持っていたようだ。楓からすれば、彩乃に出し抜かれたようなものだ。加えて家では詩乃の目があるため、思い通りに出来なくなった。

 楓の我慢が続かなくなるのは必然だ。だからこそ、修一を使って葵の周りを監視させていたのだ。


「やってようがやってなかろうがどうでもいいわ。最近西條と仲良いみたいだし、ここらへんでアンタが誰のものかハッキリさせとかないとね」


 楓の目が据わっている。興奮しているのか、目が若干血走っていた。

 ベッドに横たわる葵に跨る。抵抗しようと伸ばした手を掴まれ、力任せに押さえつけられた。

 彩乃のときもそうだったが、葵は姉妹より明らかに非力だった。身長でも負けている彼は、彼女たちが力づくで迫ったら抵抗しきれなかった。


 楓がベッドに手をつけると、ぐっと葵の身体が沈む。呼吸の荒い彼女はじっと彼を見据えた。

 下半身に続き、上半身も密着する。彩乃に対してコンプレックスがあるらしいが、楓のスタイルもかなりのものだ。Fカップだという胸が二人の体の間でむにゅりと潰れた。


「楓さんっ⋯⋯本当に待って⋯⋯!」

「うるさい。黙って大人しくしてなさい」


 力で敵わないなら言葉で、と口にした言葉は、楓の唇で塞がれた。

 彩乃とは違う匂いと柔らかさが彼を包み込んだ。

 優しげだった彩乃とは対照的で、楓のキスは最初から荒々しい。とっさに閉じた歯を無理矢理こじ開け、葵の舌を絡め取った。

 逃げ惑う舌を引きずり出され、口に溜まった唾液が吸われる。息苦しくなろうがお構いなしで、苦しさに涙が滲んだ。


 呼吸のために唇は離さない。鼻息が一層荒くなり、楓から流し込まれた唾液が口から溢れでる。

 静かな部屋には荒い息遣いと水音だけが流れる。聞きたくないのに、舌が絡み合う音が頭にしつこく響き渡っていた。

 葵の抵抗が徐々に弱くなり、楓の手が離される。自由になった手で彼女の肩を抑えると、邪魔するなとばかりに唇を噛まれた。

 鉄分の味が口内に広がり、唇に痛みが走る。それすらも興奮材料になるのか、楓のキスは更に激しさを増した。


 しばらく続いたキスは、不意に終わりを迎えた。頭を掴まれ、ぐいと横に向けられる。無防備になった首筋に、楓の整った歯が襲いかかった。肉食動物のように首筋に歯を立て、ぎりぎりと歯型をつける。血が出る寸前までいって、ようやく離された。

 舌を大きく出して、鎖骨から顎にかけて大きく舌を這わす。唾液で光る道筋が何度もなんども塗りたくられ、葵の首筋は唾液とキスマークで埋め尽くされた。


 未知の感覚に葵は戸惑っていた。彩乃のときとは違う楓の愛撫に身を震わせる。

 キスで蕩けた頭ではなにも考えられず、シャツを力任せに引き裂かれて漸く貞操の危機を実感した。

 露出した上半身を前に、楓が嗤う。ようやくモノにできると、厭らしく嗤った。


 自分のワイシャツを脱ごうとボタンを外し始める。それすらもどかしくて、一気に引き千切った。ボタンが飛び、黒いブラが露わになる。


「楓さん⋯⋯本当にだめ⋯⋯」

「黙れって言わなかった?ここまで来てやめるわけないでしょ」

「でも⋯⋯」

「うるさい。アタシが今やめても、誰かがきっとアンタを襲うわよ。姉さんか西條か、他の誰かがね」

「西條さん⋯⋯?どうして桃花さんが」


 アンタも気づいているくせに、という言葉が、葵の耳を突き抜けた。気付いていたが、理解したくなかった。


「あの子もアタシらの同類。アンタの制服に盗聴器なんかつけて、可愛い顔して相当の変態ね」

「そんなわけ⋯⋯」


 楓はやめない。耳に唇をつけて、舌と共に言葉を放つ。

 ブラ越しに密着する双丘の感覚が葵の素肌にダイレクトに伝わる。目を逸らしても、その形と柔らかさが彼を煽った。


「お嬢様って言ったって所詮女よ。アイツはそのうちアンタに襲いかかる。なんたってアタシと婚約者ってことになったアンタなんか、西條に耐えられるわけないもの」

「もういいからっ⋯⋯やめてください⋯⋯」

「結局アンタに逃げ道なんかないのよ。頑張って逃げてるみたいだけど、いい加減諦めたら?」


 唾液に塗れた舌が葵の耳をなぞる。電撃が頭を走り、耳朶に歯をたてられる。

 舌をねじ込まれた時には、彼に抵抗する余裕は無くなっていた。


 それ以来話さなくなった彼女は、一心不乱に葵を貪った。顔も耳も首も、身体中唾液でコーティングされた彼を見て、とてつもない充足感が楓を満たす。

 泣きながら弱々しく抵抗する彼すら、興奮を加速させる材料になる。

 彩乃は号泣する彼を見て思い止まったようだが、楓にとっては逆効果だ。涙を舌でわざとらしく舐めとり、目の前で味わってやった。


「ま、嫌なら嫌でいいわよ。アタシを拒絶するなら、アタシ以外いなくなればいいだけだし、ね」

「⋯⋯⋯⋯」


 嫌な予感が彼を襲う。楓の本性が剥き出しになっていた。


「アンタが逃げたら、友達を一人ずつ潰していくわ。アンタに二度と関わりたくないってくらい徹底的に。アンタが本当に孤独になれば、アタシしか頼れなくなるでしょう?」


 狂ってるとは今さら思わない。彼女は昔からそういう人だ。葵の評判を下げ、楓だけは彼の味方のような立場を作る。そうやって、彼を依存させようとした。


「⋯⋯そうやって、修一を利用したんですか?」

「あの子がなんでもするって言ったのよ。アンタもあの子が大怪我する所なんか見たくないわよね?」

「⋯⋯犯罪ですよ」

「だから何?」


 もう何を言っても無駄だった。逃げれば、恐らく本当に友人達に危害が及ぶだあろう。それは、彼には耐えられない。

 自分が我慢すればいいだけなら、それを選ぶのが葵だった。


「⋯⋯⋯⋯」

「諦めた?まあ、こんだけ固くしてちゃ説得力ないものね」


 腰に伝わる固さに、楓はにんまりと微笑む。押し付けられた彼女の感触に、快感と共に吐き気が押し寄せた。


 諦めたように目を閉じた葵に、舌舐めずりをして覆い被さる楓。

 二度目の姉妹の強姦に、トラウマのようにあの日の感覚が蘇る。

 涙と嗚咽が止まらない葵を、楓は笑いながら襲いかかった。




 ◇




 彼が自宅にたどり着いたのは深夜二時を過ぎた頃だった。

 詩乃はすでに眠りにつき、彩乃はこの日、幼稚園のお泊まり会で不在だった。それを狙ったのであれば、楓は完全に彩乃を出し抜いたことになる。


 搾り取られ、疲労で重い体を引きずってベッドに倒れ込む。朝起きれるかと不安になったが、今はどうでもいい。

 せめて彩乃には知られませんようにと、祈りながら眠りにつく。



 彼を待ち受ける女難の三つ目は、この翌日にその姿を現した。

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