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神様は救わない  作者: 闇月
始まりの時
8/10

初陣

3日が経過した。今日は大ムカデの討伐に参加する日だ。

瑩我が目覚めたのは朝8時。10時には迎えを寄越すと連絡があった。

真新しいスマホは茉莉の代理だとブスくれた表情でやってきた真湖に昨日渡されたものだ。コバルトブルーの本体に透明なカバーがかかっている。真湖の説明によると、討伐には茉莉・真湖だけでなく茉莉の部下も数名参加するらしい。討伐の当日に迎えにくるのはこの茉莉の部下の一人ということだった。


茉莉は水上の若手を纏める立場にあるらしく、末は当主の座につくのではと期待される筆頭であるという。まだ高校生ながら、実戦経験は豊富で、指揮官としての能力は抜きん出ていると評判だ。と真湖はわがことのように誇らしげに語った。

「茉莉ちゃんの足を引っ張らないでよね!」

と捨て台詞を残し、準備があるとさっさと帰っていった真湖を思いだし、冷笑を浮かべる。何も分かっていない。油断すれば喉笛食いちぎってやろうと狙う瑩我に情報を与えてくれるその浅慮。せいぜい利用させて貰おう。


10時10分前に離れの玄関扉が叩かれた。瑩我が扉を開けると、そこには一人の青年が立っている。長身の瑩我より更に少し高い身長に鍛え上げられた立派な体躯。ナイキのTシャツに青いジーパン。日に焼けた肌と短く整えられた髪が爽やかなスポーツ選手の様だ。背には布にくるまれた長い棒の様なものを背負っている。人懐こい笑顔を浮かべた顔はイケメンと呼ばれる類いのもので、愛嬌も相まっていかにもクラスの人気者という雰囲気だ。年齢はおそらく榮我と同じ位だろう。中学では見かけたことがないから、違う学校だったのだろうか。

「よお。初めましてだな。俺は青池(あおいけ) (りょう)だ。茉莉さんの手伝いをさせて貰ってる。今日の討伐にも参加するぜ。これからよろしくな。俺の事は涼と呼んでくれ。同い年だしな!」

「あぁ。瑩我だ。こちらこそよろしく。俺も呼び捨てで構わない。」

握手を求められ、おざなりに答える。初対面とは思えないほど馴れ馴れしいとは思ったが、それを不快に感じないのは涼の人柄だろう。「中学では見ない顔だな。どこ中だ?」

「あぁ。俺は三中だったからな。瑩我は二中だっただろ?」

「そうだ。青池って…あぁ。青池雅人の。」「おう!雅人は兄貴だ。」


青池家は水上の中でも中の上くらいの家だ。ただ、次期当主の青池雅人が非常に優秀で、いずれ彼が当主になればその地位を上げるだろうと評判の将来有望な分家である。たしか3人兄弟のそれぞれが、有望な若手として年賀の挨拶会場で噂になっていた事があった。涼は次男らしい。たしかあの家の次男はその社交性と意志の強さで若くして怪異討伐の経験豊富な武闘派。その人柄から友人も多く若手の中では影響力の強い人物だったはずだ。茉莉はこいつを配下に置いているのか。なかなか目の付け所がいい。


討伐の場に向かう車のなか、涼に絶え間なく話しかけられる。何気ない話題や、茉莉への称賛。適当に愛想よくあしらいながら、情報を引き出す。

茉莉のもとには将来有望な若手や、水上本家の名に従う分家の勢力が集まっているらしい。今のところ若手では大きな派閥であるが、やはり年配の当主達にはその若さによって軽視されている部分があるとか。10年後にはその立場は逆転するだろう。しかし若手も1枚岩ではなく茉莉の他にも幾つかの派閥が有力な分家の子を中心に存在しているらしい。年配者達の手前表立った争いはないが、水面下では激しい駆け引きと引き抜きが行われているということだった。

ある程度話し、目的地まであと30分程だと運転手がつげると、今回の敵である大ムカデの説明が始まった。涼によれば、今回の大ムカデは体躯が大きく、ランクで言えばC級だそうだ。


怪異にはその強さに応じてランク付けがされる。下級からE、D、C、B、A、S、SSと7段階のランクは、討伐に赴く術者の安全と派遣の効率化の為に決められている。ランクの決め手は様々だが、概ね植物が変化したものが下位である。個々の能力は弱いが、繁殖力が強く、時間との勝負になる。限られた空間で大発生してしまえば、自然が敵となってしまう。一体でも取り逃がせば気づかない内に繁殖というのもよくある話しだ。特に厄介なものがより高いランクになるが、最高でもD級程度に過ぎない。他には人の負の感情が凝った結果の幽霊や道具類が変化した怪異などが下位のランクとされる。


中位は昆虫の変化が多い。昆虫の能力がより強化され、機動力と回復力に優れているのが特徴だ。植物系ほどではないが、繁殖力も強く大型化すれば厄介な敵となる。空を飛ぶもの、地に潜るものと多種多様で、最も種類が多い。元となった昆虫の特性によってランクはDからB級まで分布している。一般的に体躯の大きなもの程上位になる。

本来の大ムカデはC級だから、虫にしてはまぁまぁの強さだ。


上位は動物の変化が多い。猪や蛇などの身近なものから伝説上の存在とされるものまでいるが、総じて個体としての力が強くランクでは最低でもB級。龍や不死鳥など、神として崇められた類いのものはS級、SS級になり手出しは不可能とされる。これらは多くが単体で活動し、強いもの程数が少ない。動物の能力の他にも大地を操り、炎を纏っていたりと特殊な能力をもち、討伐するには複数の術者があたらなければならないとされる。

名のあるものは討伐出来ずに封印されたものも多く、術者の家はこれらの封印を守る役割も担っている。水上にも幾つもの封印された怪異がいる。


日本人は古来から人知の及ばぬモノを怪異と呼び、さらに上位のモノを神として崇め奉ることで災厄を避けようとしてきた。その結果が八百万の神々だ。神はその殆どが人間の都合で生み出されたモノだが、驕った術者つまり人間の都合で再び怪異と成り下がる。かれらはそこに存在しているだけだ。哀しみや憎悪、妬みでかれらを歪めるのは常に人間なのだ。その事を昔は確かに知っていた筈なのに、いつの間にか人間は忘れてしまった。だから今の世には怪異が溢れている。



現場に到着すると、茉莉と真湖が待っていた。「あたし達を待たせるなんて!」

早速噛みついてきた真湖を軽くいなして茉莉が涼に声をかける。

「御苦労様でした。あとは打ち合わせ通り、サポートに回って下さい。」

「はい。」

「瑩我。今回は、あくまで貴方がメインです。他のものはサポートに徹します。戦いというものを、経験してください。貴方の力がどれ程のものか、見せてもらいます。」

「…あぁ。ま、大ムカデくらいならいけるだろ。」


内心の激情を大きく息を吐くことでいなす。…戦いを知れだと?本当の戦闘を、地に這いつくばり泥をすすりながら、敵の喉笛を噛み千切るその時だけを思い描く、地獄を見たことも無いくせに。煉獄の炎に骨を焼かれながら、舞い散る鮮血のなかを泳いだことも無いくせに。

ぁあ。駄目だ。今はまだ、その時ではない。思い上がった馬鹿どもに思い知らせるその瞬間を、蕩ける程に甘美な血を浴びるにはまだ、早い。神たるこの身の、その力。ほんの僅かに魅せてやろう。



術者達に追い立てられて、大ムカデがこの場にやってくる。待ち構える俺がとどめをさす事になる。一応茉莉に刀を勧められたが、この程度の敵に武器はいらないと断った。

素手の俺の隣で涼が背負っていた荷物をほどいた。布にくるまれていたのは、長柄の槍だ。刀身から柄にいたるまで全てが深青のその槍は見ただけで業物と判る。

「へえ。いい槍だな。」

「おっ?判るか?これは、「氷貫丸(ひょうかんまる)」って槍だ。うちの秘宝の1つでな?見ての通りの業物だから、こいつを手に入れるには苦労したんだ。でもどうしてもほしくてなぁ!だって、キレイだろ?」深い青は光を浴びて様々な青にその刀身を輝かせている。

「確かに。キレイな槍だ。」

涼は嬉しげに破顔する。自慢の武器を褒められて嬉しいらしい。



いよいよ大ムカデが近づいていると連絡を受けて、涼が氷貫丸を構える。地響きと共にもぐらが通った跡の様に土が盛り上がり、大ムカデが姿を表した。かなりデカイ。土に埋まっている部分があるのに、持ち上げた頭まで3メートルはある。まだ大部分は土の中だ。様子を伺うようにもたげた頭をふらふらとさ迷わせている。

昆虫の感情なんぞわからないが、そのつるりとした大きな目にはどこか素手で突っ立っている俺を馬鹿にしている様な気配があるように感じた。

(なんか…虫に馬鹿にされるってイラつくな。)


瑩我はぱん、と柏手を打った。ピタリと合わされた手のひらが離れる時に、溶けたチーズが糸をひく様に手のひらで粘性の炎が生まれる。両手を一杯に広げたところで粘性の炎は燃え盛る刀へと姿を替えていた。

刀を一振りすると、僅かに火の粉が舞う。赤熱した刀身からは熱を感じないが、その生まれを見ていたモノたちには容易にその効果が想像出来た。

瑩我を見据えた大ムカデは、シャーっと威嚇の音を発する。瑩我を切断出来そうな大顎をガチガチと開閉させるが、瑩我は歯牙にもかけない。ただ好戦的な笑みを浮かべ、無意識だろう。真っ赤な舌がチラリと覗き、唇をペロッと舐める。

その様はあまりに淫靡に周囲の目に映った。全員が一瞬硬直し、みとれる。

大ムカデは気圧されたことに苛立った様に再び威嚇の音を発して、ついにその全身を表した。鋭いトゲのついた尻尾まで約10メートル。身体の側面にびっしりと生えた足を硬質な音を立てて蠢かせ、瑩我へと敵意を向ける。

炎の刀を手にした瑩我は自然体だ。身体の何処にも余計な力は入っていない。そのくせ何かあれば瞬時に反応することが判る。苛立った大ムカデは瑩我を完全に敵視し、カシャカシャと足を蠢かしながら突進した。




茉莉は瑩我を見つめていた。まばたきすらも忘れて、周囲のことも忘れ一身に戦いの様を凝視していた。我流なのだろう瑩我の刀は、型がなく、それでいて無駄な動きの一切ない、美しい舞いを見るような技巧があった。大ムカデの動きを完全に見切っていて、最少の動きでかわすと同時に一太刀。大ムカデの突進の力さえ利用して、最大の効果を。サポートに徹する涼の氷貫丸が地面ごとムカデの足を凍りつかせる。

一瞬動きを止めた大ムカデの足が斬っと纏めて幾本も、切り飛ばされる。

その断面は溶けたバターの様に滑らかで、高温で焼ききられているのがわかる。その為傷口は焼き閉じられ、大ムカデの毒の体液は殆どこぼれない。まるで現実味がないのはそのせいだろうか。


次の瞬間には体重を感じさせない動きで高く跳び、音もなく毒のある巨大な尾を切り落とした。


怒り狂った大ムカデは体をむちゃくちゃに動かし、暴れるが、瑩我は冷静に距離を取った。 

その隙に切り落とされた尾と足を再生させようと、大ムカデは一瞬硬直した。それが大ムカデの最期だった。

音もなく大ムカデに肉薄した瑩我は、刀身から炎を噴き上げて大ムカデを真っ二つに切り裂いた。

一瞬の後、キレイに2つになった大ムカデは切り口から炎を噴いて、燃え盛る。

パチパチと大ムカデが音を立てて炎のなかで奇妙なダンスをするのを背景に、瑩我は大ムカデから跳びすさり、刀身を一振りして跡形もなく散らした。


熱によって生まれた強い風が長い髪を吹き流す。同時に大ムカデのわずかな燃えかすも、吹き飛ばしてしまった。


「終わった。」瑩我の言葉には興奮は感じられなかった。淡々と作業をこなした後の、わずかな疲労が滲んでいるだけだ。



その後茉莉の部下達によって周囲の捜索(大ムカデが卵など産んでいないか確めるためだ。)と浄化が行われ、瑩我の初陣は終了した。瑩我は軽い疲労を滲ませる演技をしながら帰路につき、茉莉と真湖の番号しか入っていなかった携帯に涼の連絡先が加わる事になったのだった。


随分時がたってしまいました。まだまだ描きたい場面、話しは沢山あるのですが、文章にするのは大変ですね。

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