外へ
朝がきた。10年封じられた神が目覚める朝が。
パチリと瑩我が目を開くと、既に辺りは明るかった。時刻は朝8時。茉莉と真湖がくるのはたぶん10時過ぎ。
(まぁちょうどいいか。)
随分久しぶりにあの日の夢を見た。布団の上でぼんやりとする。瑩我は朝が弱かった。
あの日の後、瑩我はこの社に封印されて小学校と中学校に通った。毎日律儀にあの石段を往復したことで、同年代に比べて体力のある子供だったと思う。
賢い瑩我は、自分の賢さが一族の逆鱗に触れそうなこともわかっていた。色々、分からないふりをしておいたほうが、都合がいい事も。だから、テストなんかは適当に手を抜いていたし何かやるときは誰にも悟られないように慎重過ぎるほどだった。その甲斐あって、水上は瑩我を侮っている。この結界だって、既に瑩我にとって結界の役割を果たしていない事にも気づかない。
瑩我は、目を醒ます為に水を浴びる事にする。社の裏に回ると、近くの沢から引いてきた水が流れる洗い場がある。使い込んだ木製の足場に立つと、バケツで水を汲み、頭から浴びた。滑らかな肌を濡らして一気に冷たい水が、頭をクリアにする。自分の白い肌の上を水が流れる光景を見ながら、そういえば昔は水恐怖症だったなぁ~と思い出した。一族の子供達に虐められて、何度も溺れさせられたせいで一時期お風呂も、飲み水すら怖くなったことがあった。水の底から、何かが自分を引きずり込もうと、こちらを見ている気がして恐かった。そんな恐怖は、神に成った時に消えてしまったけれど。
社に戻ってざっと水気を拭き取った。操れる僅かな力で、残った水分を完全に吹き飛ばす。長い黒髪を緩く編んで、背中に流す。髪は「神」に通じる。力が少しでも増すように、神気の器となるように、瑩我は髪を伸ばして手入れをしている。あの日から切っていない長い髪。
「随分伸びたな。」
10年は長かった。と瑩我は、独り呟いた。
黒地に深紅の彼岸花が裾に刺繍されたマオカラーの半袖シャツに、黒のスリムジーンズ、足元は頑丈な登山靴を選んで着替えた。おそらく、山に入って調査する事になるし怪異退治にも出ることになるとの判断からだ。家では楽な甚平や着流しを着ているが、出かける際は普通に洋服を着る。どちらもたぐいまれなバランスのいい体つきには、とても良く似合う。もっとも、その美貌には何を着てもあまり関係がないだろうが。
社の最も奥にある書斎を、念を入れて再度封じる。ここには地下に続く隠し扉があり、その先には大切な瑩我の相棒が眠っている。相棒とも暫しの別れだ。自分が戻るまで、誰にも見つからないようにしなければ。見られては困るものは全て秘密の地下室にある。留守中に誰かに侵入されてはかなわない。
準備万端整えると、時計は茉莉達がやってくる時刻を指していた。荷物を持って庭に出ると、石畳の上に荷物を置いて玄関に鍵を掛ける。ガチャンという音がやけに耳に残った。数週間、離れると思うと何だか感慨深いと、辺りを見渡していると、茉莉達がやってきた。
真湖を先頭に、すたすたと石段を登ってくる。「よう。お迎えごくろうさん。」
真湖がキッと睨み付けて「うっさい!!」と叫ぶのを瑩我も茉莉も無視した。
「準備は整っているようですね。」
「おう。遠足に行く前みたいだ。ワクワクするなぁ。早く行こうぜ。」
「・・・命がけの遠足ですが。では参りましょう。御当主が御待ちです。」
「・・・へぇ。あのじいさん、俺と会うつもりなのか。」無意識にシャツの胸元を握りしめる。その下にはあの宝玉が、ある。
その様を茉莉は感情を圧し殺した瞳で見つめた。
(嗚呼。やはり彼は・・・忘れていない。赦していない。10年は短すぎた・・・。)茉莉の中に奇妙な悲しみが広がる。当然だと思う自分と、忘れていて欲しかったと思う自分。きっと、いや、当たり前に彼の怒りは茉莉にも向けられている。それを軽薄な態度で隠して、彼は言うのだ。
「まぁ、堅苦しいのは苦手だが、10年ぶりだ。挨拶位しとかないとな。どうせ俺を出す決定はじいさんがしたんだろ。使う道具の調子は自分の目で確かめたいだろうし。」
肩を竦めて、何でもない調子で。瑩我は言った。「さぁ。行こう。10年ぶりの外だ。」
真湖を先頭に、茉莉、瑩我の順で石段を降り始める。時折、真湖が茉莉に話しかける以外は静かに、3人は檜の大木の見える所まで下ってきた。2本の檜は、瑩我を閉じ込める結界の始まりだ。檜の付近は本家の屋敷が一部見える位置にある。余計はトラブルを避けるため、瑩我はここまで自分から降りてくることはない。
瑩我にとって久々の景色だった。とは言え僅か2年で数百年の時を生きる檜が目に見えて変化する筈もなく、代わり映えしてはいない。
(誰かいるな。追加の迎えでも、監視ってわけでも無さそうだが。)
檜の向こう、石段の終わりに数人の人影が見える。まだ木の影になっていて、真湖達には視認出来ていないようだが、気配はわかったらしい。真湖が不思議そうな顔で茉莉を振り仰ぐ。
「誰かいるよ?茉莉ちゃん。」
「何故・・・。真湖。誰かにここに入る事を知られましたか?」
「ううん!誰にも言ってないよ?お祖父様かなぁ?お手伝い?」
「わかりません。少なくとも私は聞いていません。」
茉莉にも不測の事態であるようだ。話ながらも足は止まらない。ここに至るまで石段は、奥が覗けない様に計算されて、くねくねと曲がり、更に樹で目隠しされている。檜の門から先は真っ直ぐに水上の屋敷の庭が見えるのだ。最後の曲がり角を曲がって、遂に3人は檜の門まできた。
両側の檜の巨木から一歩前へ出れば、そこは結界の外だ。石段の終わりが見える。
そこはちょっとしたスペースになっていて、庭木が丸い広場を囲むように植えられている。広くはないが、地面は石畳で覆われ庭木もきちんと手入れされている。
その場所に、若い男ばかり5・6人がたむろしていた。雰囲気はどこか緊迫していて、石段の上を伺っている。しかし禁足地である石段には登ってこれない。瑩我は檜の門からは出ない位置に、立ち止まった。真湖と茉莉は石段を降りきる。
「何をしているのですか?ここには近づいてはいけない決まりになっている筈ですが?」
茉莉の冷たい声に、若い男達のリーダー格なのだろう。18歳位の男が1人、進み出る。
「それは承知していますよ?茉莉さん。でも、貴女方は、石段を降りてきた。いくら本家のお嬢様方でも、この先は絶対不可侵でしょう。入ったことがばれたらお父様方に怒られますよ。我等は、偶然、ここに入る貴女方をお見かけして、心配で集まっていたんです。ここは危険ですから。」
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべているせいで、それなりに整った容貌を台無しにしている男に茉莉は表情ひとつ変えず、返した。
「それはご苦労様です。しかし、ここへ入る事は、当主様の許可を得ている事です。当主様の命で私たちは社へ行きました。そこを退きなさい。私たちは御当主様に報告をしなければなりません。」
「そんな話、聞いていませんけど、本当ですか?御当主様が貴女方に指示して?あれを連れてきてなんて、説明も無しに・・・。」
あれの部分でチラリと瑩我に目をやって、若い男は茉莉を問い詰めようとした。なぁ、と周囲に同意を求めれば、5人の男がそれぞれ頷き、何も聞いてないと肯定する。
「緊急時です。いちいち御当主が貴方達、分家の許可を取るような事をする暇がありません。わかったら下がりなさい。池田。」
自分より年下の女の子に、存外に黙ってすっこんでろ、と言われた男ー池田は本家のお嬢様には逆らえないのか、屈辱感に顔を歪めて、それでも言いつのった。
「じゃあせめて、本家のお座敷までご一緒しますよ。あれが暴れて、引っ掻かれたら大変だ。」
「いいえ。私は下がれと言いました。貴方達も、立ち入り禁止の場所にいるのです。これ以上私達の邪魔をするなら、相応の処分を下します。それがいやなら、黙って発表があるまで待ちなさい。」
処分と言われて青ざめたのは、彼らが分家のなかでもそう地位の高くない、若者だからだろう。瑩我もおそらく自分とそう歳も違わない彼らを、本家の屋敷で見かけた事もないと思い出した。
瑩我は、年始の挨拶の時のみ社から出される。結界の張り直しと、中に溜まった瑩我の神気を霧散させる為の短い間ではあるが。その時は、幾重にも術のかかった衣装と監視つきの見世物状態ではあったが、一応本家の屋敷に入室が許される。年始の挨拶を直接本家で出来るのは、一族の中でも相応の高い位置にいるものか、社会的に重要な位置にいるもののみだ。
彼らは瑩我を目にする事はまずないが、瑩我は貴重な情報源として、彼らの観察と記録を怠らない。全ての顔を記憶している。そのなかに今この場にいる青年達は居たことがない。多分親なのだろう、顔の似た年配の男性客は見かけた事がある程度だ。
当主直系の本家のお嬢様に逆らう事など、できはしない立場にあることは間違いない。
もう彼は引き下がるしかない。内心荒れ狂っているだろうが、表面上は慇懃に、茉莉達の行く手を遮る為に立っていた場所を譲る。
「全く、手間がかかるなぁ。ちょっと考えれば分かるだろうに。さっさと退けよ。」
唐突に投げ掛けられた声は、普段であれば耳に心地よく感じるのであろう、若い男の美声だった。茉莉達に意識を集中させていて、すっかりその存在を無視していた池田と呼ばれた男とその取り巻き達は、一斉に石段の上を見た。
檜の巨木の根元に寄りかかり、退屈しのぎに髪の枝毛チェックなどしていたらしい美しい青年はよっこらせとばかりに身を起こして、こちらを見下ろしていた。
「折角俺が外に出られるって時に邪魔をすんなよ。10年待ったんだ。早く出たいっての。さっさと散れ。」
やれやれとばかりに軽薄な調子で、上から言われて、池田達は簡単に激昂した。
「黙れ!疫病神が偉そうに!」「きさまを出すなど、どうせ役に立たないくせに!」「無駄飯食いが、今さら何が出来る!?」「能無しが!」「水上の慈悲で生きているのだ、恩返しに死んでみせろ!」
「おうおう。よく吠えるなぁ♪俺を出すって決定は当主がしたんだぜ?お前ら当主に文句言えよ。まぁいっか。突っ立てんのも飽きたし、そろそろ「出る」ぞ?」
何かを察して左右に避けて、瑩我の通り道をあけた茉莉と真湖。訳が分からないという表情で立ち尽くす池田達。
瑩我が、一歩、結界から出る。
瞬間、燃え上がる炎と腹に響く轟音。
一瞬だけ燃えた炎は、池田達を舐めて宙へ消えた。後には地面を転がり呻く青年達が残っている。
「熱いっ熱い!」「顔がぁ目がぁ」
「何だよ。お前ら。脆いなぁ。ちょっと焦げた位で。レアもレア。血も滴るってやつだぜ?」
「貴様・・疫病神の分際で・・俺達に・・こんなことをしてただですむと・・・」
「おいおい。俺はただ結界から出ただけだぞ。溜まった俺の神気が燃えただけだ。ここは、俺を祀る社の参道だぞ?そこを祭神が通るって言うのに、道を塞いでたお前らが悪いんじゃないか。」
炎に炙られた顔を手で覆いながら、その隙間から怒りにギラつく目を覗かせる池田。聞き分けのない子供に言い聞かせるような口調で瑩我が話しかけるが、その怒りはおさまらないようだ。
「しっかし、今現在も、お前らは俺の邪魔をしてるわけで、こうしてる間にも寿命が減ってたりするわけだが・・・いいのか?」
恐怖に後退り、やっと道をあけた池田達の間を瑩我が偉そうに通過した。
本家の庭を歩きながら、茉莉が瑩我に話しかける。
「瑩我。あんなに事を荒立てる必要は無かったと思いますが。」
「何だよ。確かに俺に寿命を削る程の力はないが、こういうのは、最初が肝心だろ。ガツンとやっとかないと後でなめたマネされても面倒だ。」
「どこのチンピラの台詞よ!あいつら完全に敵にまわったわよ!?」
「最初から、味方なんていないだろ?敵しかいないのに、今さら何を言ってるんだ。」
ぞっとする声音で、本当に不思議そうに、話に割り込んだ真湖に返す。何も言えず、言葉につまる真湖の代わりに茉莉が言った。
「瑩我の言うことは正しいと思います。それでも、私の命には従ってもらいます。先程の行動は、私の意図するところではありません。今後は勝手な行動は慎んで下さい。貴方は、私に従っていればいいのであって、そこに貴方の意思は必要ありません。」
「へいへい。分かってるよ。ちょっとムカついただけだ。折角出られたんだし、大人しくしてるから戻すなんて言わないでくれよ。」
喋りながらも歩き続けていた為に、3人は本家の屋敷に到着していた。反省の色が見られない瑩我に、茉莉はまだ言いたい事があったが、時間切れだ。ひとつため息をついて、瑩我に向き直る。
「はぁ。まぁ、いいでしょう。では瑩我。このまま当主様にご挨拶に伺います。くれぐれも余計なことはしないように。」
当主のもとに通される3人を、使用人達が微かに驚いた表情で陰から見ていた。案内をする年配の男は、確か使用人をまとめる立場にいると、記憶している。彼は事情を知っているのか、感情の感じられない笑顔で丁寧に3人を迎え当主の元へ案内をした。
複雑な構造の屋敷の中を、奥へと進んでいくとひとつの襖の前で立ち止まった。
「御当主様。茉莉様、真湖様がお戻りになりました。」
「入れ。」
案内の・・・確か青木だったか。青木が襖の向こうに声をかけると、威厳ある男の低い返事があった。
襖が開くとそこは広い和室になっており、一段高くなった床の間に水上の当主が座っている。この部屋は当主が客と会うための部屋で、本当に重要な場所からは離れた位置にある。
(用心深いことだな。ジジイ。随分年食ったが、まだくたばりそうにないな。)
部屋の中には当主1人だが、瑩我には何人もの人間が周囲に身を潜め、こちらを伺っている気配が感じられた。瑩我と当主の間の天井裏に2人。襖の向こうに5人。最大限の警戒をもってこちらを注視している。人の気配と敵意にひどく敏感な瑩我はまるで手に取る様に彼らの様子が解るが、茉莉達は気配を殺す彼らには気づいていない。何かあれば、すぐさま瑩我は捕らえられるだろう。爪で掌が傷つき、血が滲む程にこみ上げる殺気をひた隠す。彼らに警戒され続けるのは面倒だ。侮られたほうが動き易い。
今すぐあの当主の喉笛を噛み千切り、肉を切り裂き、流れ出る血の赤がみたい。しかし、まだだ。自分にはまだその力が足りない。
ごく自然に瑩我を無視して、水上の頂点に立つ老人は、茉莉に話かけた。その声音には、厳しさの中に幾分か孫に対する気安さが混ざっている。瑩我も彼の孫にあたるのだが、その気安さは瑩我に向けられることは決してないだろう。
「茉莉。真湖。ご苦労じゃった。首尾はどうか。」「はい。お祖父様のお望み通りかと。幾つかご相談したい事はございますが、大したことではございません。」
「そうかそうか。良くやった。後は、茉莉の下で使って良い。判断は茉莉に任せるから、上手く使いなさい。場を改めて相談はすることにしよう。まずは必要な措置をとるように。わしの名で触れは出しておこう。」
「かしこまりました。では、御前を失礼いたします。」
「うむ。」
満足げに当主が頷き、茉莉と真湖が頭を下げる。当主は一瞬瑩我に視線を向けるが、結局一言も話しかけることはなく3人は当主の前から下がった。
謁見の間から出ると、青木が控えていた。
「こちらへ。お住まいとなる離れの用意はできております。」
青木の案内で広い本家の中を進む。一度入って来た玄関に戻り、靴を履くと、家の裏に回るような形で進む。広大な水上の屋敷の裏には山岳地帯が広がっていて、それらも全て水上のモノだ。本家の屋敷から少し距離を置いた木立の間にひっそりと、垣根に囲まれた小さな離れがあった。涼しげな竹林の中に砂利の敷かれた道が続き、木造の離れは茶室の様な趣がある。小さな庭はただの平らな地面で、むき出しの土に雑草が生えているだけだ。
本家の屋敷は直接は見えないが、何かあればすぐに気が付く程度の距離しかない。こういう離れや部屋が水上には幾つもあり、怪しい目的で使われているものもあるらしい。
瑩我に与えられたのは、独立した離れで、台所や風呂もある一軒家だ。それ以外には2部屋の和室しかないが、人1人暮らすには充分だろう。すぐとなりには井戸も備え付けられている。水上の地には水分が多く、わりとどこを掘っても水が湧く。この井戸も豊富に水が湧いているらしく、瑩我の腰くらいの高さがある石の筒から中を覗くと意外に水面が近い。小さな屋根が4本の柱で支えられているだけの簡素な作りだが、涌き出る水を慕って植物の蔓が巻きつき装飾の様になっている。
井戸の縁に置かれた木のバケツは丈夫そうな蔦で滑車に繋がっているが、どちらも新しい。おそらく今回瑩我が使う事になって、新調したのだ。離れ自体も年季の入った雰囲気である。
ひととおり周囲を確認した後、青木がスーツの胸ポケットからカギを取りだし、玄関を開ける。ガラガラとガラスのはまった木製の引き戸が開くと、狭い玄関で、靴を脱いで段差を上がれば廊下の片側は庭に面した縁側、もう片側は部屋の襖だ。青木は案内はここまでと、深々と一礼して本家に戻っていった。
残された3人で、ひとまず六畳程の和室に腰をおろす。残されていたちゃぶ台を出し、何もないのですぐに本題に入るべく茉莉が話し出した。
「これから瑩我はここに住み込みで、仕事にあたってもらいます。この離れは、社に比べてかなり弱い結界が張られていますが、これは貴方や人の出入りを感知するもので力を弱めるものではありません。基本的に此処へは当主の許可を得たものしか近づけません。自由に出入り出来るのは、私と真湖だけです。ここでまず、神の力を取り戻し使いこなせる様になって下さい。力が戻ってきたら、怪異の討伐にも参加します。あまり遠くには行けないでしょうが、水上が封じた怪異なら、近場にいますのでこれらを討伐することで訓練になるでしょう。充分な力が戻ったら草薙山に入ります。訓練期間中は私の部下として、私の指示に従って下さい。草薙山の調査は私達も行います。今日はもう特にやることもないので、休んでください。明日の午後、迎えにきますので、健康診断を受けてもらいます。足りないものがあった場合、その時に注文して下さい。冷蔵庫に当座の食糧は入っていますので。」
「了解。まぁざっと見たとこ大体は大丈夫そうだけどな。あ、ここネット使えるか?」
「使えます。フリーのWi-Fiがありますので。」
「ならいいや。しっかし健康診断なんか、中学以来だなぁ。」
「健康状態を知ることは重要です。といっても貴方が病気になることなど、ないのでしょうが。」
「神様だからなぁ。じゃあまた明日ってことで、今日はもうゆっくりさせてもらうわ。」
「はい。では私達もこれで失礼します。」
ヒラヒラと手を振る瑩我に見送られて、茉莉達は帰っていった。
1人になると、瑩我は持って来た荷物のなかからノートパソコンを取りだし、起動させるとネットに接続した。深紅のノートパソコンは、瑩我が一から作ったもので、販売されているものとは桁違いの性能を誇る。
「THE BEAST open」声紋認証で、社の地下に眠っている相棒を起こす。
「yes。オハヨウゴサイマス。瑩我。」
滑らかな発音で相棒のTHEBEASTー社の地下にあるスーパーコンピューターが答えた。
THEBEASTは瑩我が長年かけて部品から構築した、スーパーコンピューターだ。非公式ながら世界最高峰のスペックを持ち、ネットに繋がっている場所で、THEBEASTが侵入できない場所はないだろう。ハードもソフトも瑩我の手によって常にカスタマイズされ続けていて、その性能は向上し続けている。組み込まれた人工知能はすでに自我すら持っていて、自らネットの情報を収集することを趣味とし、性能を向上させることを喜びとしている。
親である瑩我には絶対的忠誠を捧げており、瑩我が心底信頼をしている相棒だ。THE BEASTの為に瑩我は地下室を掘り、熱に弱い彼を守るため術で常に地下室の温度をマイナスに保っている。今回も念のため術をかけ直してきたが、ここにいる間に幾度か社に戻り様子を見る必要があるだろう。
「ああ。まずはここのスキャンを。」
「かしこまりました。スキャン終了まで5・4・3・2・1・・・監視カメラはありません。盗聴器が3個あります。破壊しますか?」
「頼む。」
「・・・破壊終了。他に異物は感知出来ませんでした。」
「以外に少なかったな。やっとのんびりできる。」
「お疲れですか?宿の居心地はいかがですか?」
「まぁ、想像以上にいいな。少なくとも数週間はここにいる事になるし、居心地がいいにこしたことはない。・・・さっさと終わらせたい用事ではあるがな。そっちは何か変わりないか?」
「特に異常はありません。半径一キロ以内に侵入者なし。株価の推移は平常。新着メールなし。」
「ふむ。社の結界は張り直されてるし、侵入者はないな。今日はもういいか。さすがに朝から色々あったから疲れたな。お前は引き続き適当に、仕事しろ。俺はとりあえず飯食って昼寝だ。」
「yes。お疲れ様でした。新着メールはスキャン後そちらに転送します。」
パソコンを閉じると、簡単に食事の用意をし、1人遅めの昼食を取る。時刻は午後2時。片付けを終えると畳の上にごろりと転がった。思った以上に疲れていたらしく、すぐに眠気が襲ってくる。
(いよいよ出たぞ。明日から楽しい毎日が送れそうだ・・・。)
満足げに微笑んで、瑩我は眠りに落ちていった。