あの日~ある母の場合~
瑩我の母の視点です。
あの日。私は死にました。
最悪の母として。いいえ。あの日の私は母というのもおこがましい。人として、女として最悪でしょう。
私は、水上という一族に生をうけ、なかでも名家と言われる家で育ちました。術師としては平凡な私は、強力な術師である、妹と比べられ幼い頃は嫉妬から妹との仲は良くない姉であったと思います。明るく社交的な妹と内向的な暗い姉。中身は真逆なのに顔は良く似ていたのもコンプレックスでした。あの子の姉だと期待され、がっかりされるのは、良くあることでしたから。
妹が、子供の出来ない体だと知ったのは中学生の時でした。なかなか生理の来ない妹を心配した母親が病院に連れて行って判明したのです。沈痛な面持ちの両親の前で妹は殊更に明るく言いました。
「子供はいなくたって死ぬ訳じゃなし!一生独身なんて、気楽で素敵じゃない?子供が持てなくても良いっていう王子様が現れる可能性だってあるじゃない!」
妹が独り泣いていたのを、私は知っていました。私まで辛く、悲しくなるような慟哭を。それなのに、私は、暗い喜びを同時に感じていたのです。なにもかも敵わなかった妹に、勝てるものがあることに。あのこが持てない子供を。次に繋げない生命を私は、産み出す事が出来る!そんな喜びを、抱くのはおかしなことです。たった一人の妹の不幸を、私の幸福とするなんて。だから私はその喜びを心の奥底に封じ込めました。誰にも知られないように、完全に閉じ込めたつもりでした。でも、そんな事は出来ていなかったと、今は思います。心の奥深くで、生き続けていたから、私は子供を産む事に、結婚する事にこだわっていたのではないかと思うのです。
年頃になると、私には幾つも縁談が持ち上がりました。私の両親はいとこ同士で、私は水上の血が濃いと、私の産む子は水上の純血とも言える子になるのではと期待されました。
中でも、水上本家の三兄弟が、私の夫となるべきだと両親は思ったようです。三男の惣様はまだ結婚を考えるようなお歳ではありません。長男の司様には既に婚約者が。私は次男の要様の妻となりました。要様は御当主が外につくられた御子様で・・・どこか世の中に絶望しているような雰囲気のある方でした。
初めてお会いした時、こんなに素敵な殿方がこの世にいること、そしてその方が私の夫となる事に私はすっかり舞い上がっておりました。
今思えば、その時要様はまるで他人事のように黙って席についていて、私になど一瞥もくれなかった事に気が付きます。最初から要様の目に私が映ることなどありませんでした。
私の両親は妾腹の、家を継ぐこともできない次男坊に、と憤りを顕にしていましたが、要様が当主の息子と認められる位に力強く、当主の覚えめでたい様子を見て結婚を許してくれました。その頃には私がすっかり要様の虜となって、要様と結婚できないなら死んでしまいそうな様子を見せていたことも両親には堪えたようでした。
私が20、要様が22の時私達は結婚しました。二人だけの家に住み、要様のお帰りを待つ日々は、今思えば私の人生で最もしあわせな期間であったかも知れません。初夜の床で要様は初めて私を真っ直ぐ見つめられました。その目のなかには微かな、その時の私には気づけ無い「諦め」が宿っていたと今ならわかります。緊張と、喜びのなか無事に初夜を終え、私は要様の妻になりました。お仕事で遅くても、何日も出掛けても、要様が帰ってくるのは私のいる家です。私は嬉しかった。確かなしあわせを感じていました。
しかしそんな日々は長くは続きませんでした。
ある日、要様に秘書がつきました。美しい彼女に、不安を感じました。どことなく要様に似た雰囲気を持つ彼女はあっという間に要様の隣に馴染み、要様も彼女を当然の様に傍らに置かれました。次第に彼女に周囲の細々とした世話を任せる様になり、私が見たこともない穏やかな表情を彼女だけに見せるようになったのです。私は嫉妬に狂いました。要様の妻は私です!私だけが要様の隣にいるはずなのです!なのに!何故!?
私は考えました。要様の妻である自分だけが出来る事は何か。公式な場にも要様は秘書を連れ歩きます。私は家に一人。その家にも要様は帰っては来ません。「ただいま。」とは言ってはくれないのです。時折家にいらっしゃる時も私の傍らで御休みになる事はありません。私の事などまるで見えていないかのよう。それでも私に要様と別れるなんて選択肢はありません。実家になど戻れはしません。それは私があの女に負けて、名実共に妻の座を、要様の隣を明け渡す事になるのです。要様は私の実家の後ろ楯が必要です。要様から離婚を切り出されることはないでしょう。でも、これでは私は何の為に・・・。
ある日両親が訪ねてきて、私に言いました。
「そろそろ孫の顔を見せて欲しい。」
私は神の啓示を受けたような気持ちになりました!そうだ!要様の子を私は産む事が出来る!あの女にも優れた妹にも出来ない、誰に恥じる事もない正真正銘の水上の純血の要様の跡継ぎを!
幸い要様は私を抱くことはしてくださいます。それはまるで、いいえ。要様にとってはただの義務なのでしょう。事務的で、愛情の感じられないもので、ただ欲望を吐き出してしまえばすぐに出て行かれますが紛れもない子作りの行為。私には要様の子を産む事が出来るのです。
それからの私は要様の子を身籠る為に努力しました。少ないチャンスを確実に実らせ、妻の座にいるのが誰かあの女に分からせてやるのです。様々な方法を試しました。神にすがり、医学にすがり、意識的に排卵日をずらす事さえできた程のそれは、もはや執念と言えるような。
私は要様のお子を妊娠しました。私は23歳。要様は25歳になっていました。子を身籠ってから、私は悪阻が酷く寝込む事が多くなっていました。それでも私は幸せでした。要様の妻として果たすべき役割を果たすことが出来る!無事に子を産む為なら何でも出来る!私は母となるのです。いままで受けた屈辱も、要様の子を産んだら私を馬鹿にすることなど誰もできない。いいえ、させません!私と要様の子はどれだけ優秀で、可愛いことでしょう?要様に良く似た男の子が欲しい。妹より優秀で、私を母と慕う子は、水上の誉れとなるのです。
その年はとても暑い年でした。雨が少なく、夏は長く、まるで私の心の様に晴れた日が続きます。きっとこの子は天に祝福されているのだと、私は嬉しくなりました。周囲はあまりの雨の少なさに何やら騒いでいるようでしたが、私は気分が良かった。だって雨の日はお腹の子が不機嫌な様子でしたから。要様が相変わらず私に寄り付かなくても。妊娠が判明してから、義務は果たしたとばかりに家に帰ってくるのがますます少なくなっても。この子がいれば要様は私を無視できない。私と要様はこの子の父と母なのですから!
私が産み月に入ると、とうとう1滴の雨すら降らなくなりました。雨乞いの儀式等が幾度も行われたようですが、効果はあらわれず釜の底で煮られているような熱気が、私の体力をガリガリと削っていきました。大きなお腹を支える事も出来なくなった頃、私は産気付き長い長い産みの苦しみの末、珠のような男の子を産みました。出産の直後には、一度心臓が止まった事もあり、産まれた我が子を抱いてやることも出来ない程に疲れきった私は、しかし、例えようもない喜びのなかにいました。この喜びを味わうことの出来ない妹が出産に立ち会い、私の初乳を息子に与えています。
でも、要様は私の出産に立ち会ってはくださいませんでした。苦しみのなか、どれだけ呼んでも来てはくださらなかった。仕事がある等と周囲の者達は言いましたが、おそらく要様の関心が無かったのでしょう。それでも産まれた子を一度、見に来てくださいました!あの女は連れずに一人で!私は天にも昇る気持ちでした。我が子を見た要様は、無表情で、何もおっしゃらなかったけれど。
その手に子を抱くことなく、立ち去ろうとする要様は、余りにも病み衰えた私を憐れに思ってくださったのか扉を閉める直前、小さな声で「御苦労」と言ってくださった。私にはそれだけでこの子を産んで良かったと思える程に嬉しくて、涙が出ました。
私と要様の子は「瑩我」と名付けました。大切な私の宝物。水上の、要様の栄華を極める者。
それからどれだけの月日がたった事でしょう。病んでいた私には時間の感覚が曖昧です。瑩我は成長し、まだとても幼いながら要様のお子にふさわしい美しさをすでに醸し出しつつあります。動けない私に代わり妹があれこれ面倒をみてくれています。
瑩我はいつも一人で、本を読んでいるようです。要様に似てとても賢いらしく、子供が読むような本では物足りないようなので、私は色々と瑩我の望むままに買い与えます。時折外に出掛けて、ずぶ濡れで帰宅したり、怪我をして帰ってくる事もありますが男の子ですから。そういう遊びも必要です。
瑩我は要様に良く似たあまり感情がわからない表情で「心配いらない」と言うので、私はいつも何も言いません。
こんなに可愛い子がいるのに、相変わらず要様は私の家に帰ってはいらっしゃいません。瑩我は水の術が苦手のようで、そこが私に似てしまったから、だから要様は帰っては来ないのでしょうか?
寒い寒い冬のある日。要様は水上を出奔なさいました。私を置いて。私と要様の絆である瑩我を切り捨てて。あの女と。妹があの女は水上の敵対組織の人間で、要様と共に一族の宝物と技を盗んでいったと話してくれました。瑩我は今、傷と肺炎で死の淵にあるとも。
でも、そんなことはどうでもいいのです。要様は私を連れて行ってくれなかった。薄汚いあの女と今頃一緒にいるのでしょう・・・。そればかりが私の頭を廻ります。妹は瑩我の事が堪えたのだと思ったようです。手を尽くして、瑩我の治療にあたると言っていたようでしたが、私は要様との絆にならなかったあの子に興味を無くしていました。だって、要様の為にあの子を産んだのに、要様に切り捨てられるなんてもうあの子はいらないでしょう?
あの子は命を取り止めたと聞きましたが、私は前にも増して寝込む事が多くなりました。要様がいらっしゃらないのに生きていても意味がありません。ただ寝ているだけの私に両親は早くよくなって、次は誰々と結婚してと言って来ます。
私には子を産むしか価値がないから。優れた血筋を次代に繋げと。あの子が出来損ないなのは父親が悪かったからで、私が産む子は本来優れた子の筈だと。あんな裏切り者の子を産んだ事など早く忘れてしまいなさいと。
私はまた役立たずになったのです。思うようにならないこの体にも、こんな目にあってもまだ要様を慕うこの心も何の価値もありません。それなのに死ぬのは怖い。独りで真っ暗闇に融けるのは嫌だ!
私は何の為に・・・。
私があの子を産んだ後、本家の長男司様に、そして三男の惣様も早い結婚をして相次いで女のお子が産まれています。お二人は仲の良いご兄弟で、奥様方も本当の姉妹のようにお付き合いなさっていると聞いています。夫婦仲も円満で、次は男の子をと期待されているとか。きらきらと水上の頂点で輝くご家族。あの方々のまわりには笑顔が溢れているのでしょう。この世の春が今まさに訪れているのでしょう。あの寒い冬の日から動けない私達とは正反対。
私と彼女達とはいったい何がそんなに違うと言うのでしょう?名家に産まれ、本家に嫁ぎ、子を産んで。私の何がいけなかったのでしょう?要様をお慕いしていました。子を邪険にはしませんでした。親の言う通り生きて来ました。何にも悪い事などしていないのに。悪いのはあの女の方でしょう?なのにあの女は要様と一緒に逃げ仰せて、今頃何処かで幸せに・・・。私はこの暗闇に囚われたまま、このまま朽ちて逝くしかない。何も残せず、やがて忘れ去られて。
そんな人生は嫌!!こんなのはおかしい!私は幸せになるの!妹よりあの女より、本家の女達より、誰よりも!!
病は気からと、よく聞きますが本当の事で私の心が怒りと嫉妬の業火に炙られる様になってから、体調は少しずつ快方に向かっていました。少しの間なら床を離れられる様になり、新しい縁談が両親の手で整えられようとしている様子でした。
私が産み落とした役立たずは、明らかに水上から弾かれているようでしたが、私はもうあれに何の興味もありません。あれに関わって私までまた暗闇に引き戻されるのはごめんです。
そんななか水上の大祭がありました。水上の一族が、末端に至るまで全て一堂に会して行われる神聖な儀式。私はあれと共に末席にいました。いくら弾かれていてもその血筋は否定しきれません。仕方がないけれど、まだ体調も万全ではない私も最下級の一族と並んで参加するしかありません。
神の御降りになられる水盆の最も近く、最上位の席に揃った本家の方々。まだ幼稚園児のお子様二人はまるで双子の姉妹のように仲良く手を繋いで端に座り、大人しくしている様はとてもとても可愛らしく私も女の子が欲しいと思いました。中央にお座りになった威厳ある御当主様と両脇を固める立派な跡継ぎのご兄弟。
そして、その奥様方。
たおやかな淑女である司様の奥様は、御当主の奥様と共に儀式の裏方を仕切り、まだ3歳の長男を連れて、一族の挨拶を受けていらっしゃる。元は優秀な術師である惣様の奥様は、凛々しいお顔の華やかな美女で、快活なお人柄は皆様に愛されているご様子。惣様のご希望で危険な任務には出ないようになったらしいですが、過去の仕事で一緒になった事があるのでしょう。武闘派の方々に顔が広いらしく、強面の年配の方々にも敬意をこめた気安い挨拶を受けています。まさに絵に書いたような水上の頂点。
一族は安泰だと私の周囲に座る末端の者まで口々に囁きあっています。
私は手の平に爪が食い込み、血が滲む程に握りしめて、黙って座っておりました。私だって、もうすぐあそこに近い場所に座る事が出来る。
いいえ。今だって血筋からすればこんな所に座っているような者ではないのです。次の大祭では新しい夫と可愛い子供と共にあの絵の中にいる事になると、自分を慰めて、何とか私のなかの業火を誤魔化しました。
いよいよ神様を御呼びする段になると、司様の奥様は幼いご長男を連れて退出なさいました。神様に失礼があってはならないからです。5歳になられるお嬢様方は賢く、大人しく祝詞を聞いておられます。私は隣に座るあれが、細かく震えているような気がして、何気なく隣を見やりました。真っ青な顔をした少年が一瞬の後、後方に吹き飛んでいました。狙い撃ちされたように独りだけ吹き飛んで、障子も襖も巻き込んで雨降る庭に転がったその子を私は呆然と見ました。
いったい何が起きたのか・・・激痛に襲われている様子で胸を押さえて転げ回るその子から目が離せなかったのです。数百もの目が少年に集中していました。私たちを我に還らせたのは、水盆の上に顕れていたワダツミの神様です。神様はその美しいお姿にふさわしい威厳ある海の轟くようなお声で、御言葉を述べられました。
「其は水上の地に沈みし焔の神也。肉の身体持つ神は水上に仇なす祟り神と成るモノなり。速く高御座造り、隠し治めて奉るべし。吾が詞違える事あらば水上の血絶える事遠からず。」
私たちにその言葉がしみるまで少しの間がありました。あれが・・・神?続けてワダツミの神様はおっしゃいます。
「かの神封じるは人の身には敵うべからず。吾が授けし神宝をかの神の心臓に。後に社ごと結界すべし。夢吾が詞違えるべからず。速く行動すべし。」
ワダツミの神が去られた水盆の聖水の中に、蒼い青い宝玉が2つ残されておりました。騒然とする大座敷のなか。御当主様が水盆に手を入れて、2つの宝玉を取り出しました。
それからの記憶は曖昧です。混乱のなか、泥まみれで意識を失ったあの子は乱暴に、何処かに引きずられて行って。ただ呆然と座り込んでいた私は、あの子の産みの母として水上の上層部が集まった会議の末席に座らされていました。
ワダツミの神の詞は絶対です。対応が協議されるなか、私はただ呆然とし続けておりました。頻繁に投げつけられる罵倒も、両親の嘆きも、私のなかに留まる事なく流れて行きます。祟り神を産んだ女とかさっさと始末しておけば良かったとか、役立たず以下とか。私に届かない言葉を延々と吐き出す彼らが何だか滑稽で、私は考え出しました。
だって私は神様の母です。私と要様の間には神様が産まれたのですから。
もう一度ワダツミの神の詞を反芻します。何かがおかしい。何故封じろと言ったのかしら?殺してしまえと言わなかった。封じる為の神宝を与える位なら、殺す為の武器だって与えられたはず。まさか・・・殺せない?ワダツミの神では瑩我を殺す事が出来ない?名前を告げなかったのではなく、告げられなかった?力ある神の名は口に出すだけでその神の力を増してしまうから。
日本には八百万の神々がおわします。全知全能の神様はいらっしゃらないけど、様々な神様がいらっしゃって、色んな事で術師に力を貸してくださいます。特に寵愛を受ければ、その力は凄まじく。
でもその神様にも位があります。位の低い神様は、位の高い神様には勝てません。でも位の高い神様は数が少なく、術師に寵愛を与える事も珍しいのです。現在、日本に君臨する4つの一族に地・水・火・風の最高位神がそれぞれ恩恵を与えているのみです。
まして、神様そのものが肉体を持って産まれる等、神話のなかの出来事。当然のようにとても位の低い、人に近い程度の神様が瑩我だと思われていました。でも、もしかしたら違うのかも。水神として最高位にあるワダツミの神が殺せない程に位の高い神様なのではないか?そんな焔の神は・・・まさか・・・。私には心当たりがありました。水上に産まれた者として必須科目だった神話の勉強。その焔の神様は、産まれ落ちる際、母神を殺し、父神に斬り捨てられた・・・。
もしあの神様が瑩我なら、瑩我にかなう神様はどこにもいらっしゃらないでしょう。火神の一族が崇める神すら劣ります。相剋の水神だからワダツミの神は封印出来るのでしょう。まだ神様として産まればかりだったあの子は、水をさける事が出来なかったのでは?
其処まで考えた私は大事な事に気づきました。このままでは瑩我は神様として生きられない。水上にじわじわと飼い殺されて逝くのです。
今、私を罵り、要様を嘲るこの一族に。瑩我と私と要様を暗闇に追いやって、笑顔で過ごしてきた奴らに。そんなことは赦さない。決して。私が瑩我を産んだのは、無駄ではない!
瑩我は、私と要様を踏みにじったこの一族を踏みにじるだけの力を持っている。それは、運命というのでしょう。消されてきた者達の、踏みにじられたモノ達の凝縮されたそのなかに、神が産まれたのですから。
瑩我は水上を滅ぼすでしょう。それだけの事を水上はやって来ました。傲慢と嘲りのつけを払う時が来たのです。
私を置き去りに、会議は瑩我の社と封印を決定して一族総出の結界を張る手筈も整えました。瑩我自身に神宝玉を埋め込むのは、私の役目になりました。皆、神の力で反撃されるのが怖いのです。
瑩我に殺されるであろう役目を、私は黙って受け入れます。瑩我に滅ぼされる水上のなかには、私も確かに含まれているのですから。
瑩我が私を殺せば、ますますあの神様に近い境遇になります。それは瑩我の力を増して、彼のこれからの為になります。最後に私の死に意味を与えてくれた瑩我に、私は愛情しか感じていません。でもそれを知られたら、瑩我は赦してしまうかも。あの子は優しい子だから。私は瑩我に最初に殺される水上になりましょう。そして最後まであの子の憎しみの糧となる母になりましょう。
暗い部屋のなか、あの子は独り泣いていました。私を呼んで、激痛に身悶えながら。首を締められて、怯えて、見開かれた瞳には、蒼い光に照らされた鬼の顔が写っていました。私のなかに住む鬼女の顔。
「あなたを封じます。」
いつの日かあなたが力のままに、水上を滅ぼす日が来ますように。
「あなたなんか産まなければよかった」
あなたを産んでよかった。
蒼く輝く宝玉が、あの子の血に濡れた様に紅く色を変えます。
刹那の間にまるで私を焼いた嫉妬と憎悪の業火が現実に漏れ出したような焔が、私の肉体を端から灰へと代えていきます。灼熱は、一瞬。あとはまるで春のような暖かさしか感じません。やっとあの冬の日から脱け出すことが出来た気がしました。
魂まで焼かれようと私の執念は、業は、地獄の底で、水上が堕ちて来る日を待つことでしょう。
あの神様を産んだ母神のように醜い姿になって、呪いの詞を吐きながら、待つのはそう長い間ではないはず。
私を焼く焔は、瑩我を焼くことはありません。もう原形を留めていない唇で、微笑んで、もう蒸発した瞳に愛しい我が子を映して。地獄の業火に焼かれながら、穏やかに、私のくだらない人生は終わります。
嗚呼。要様。あなたが此処へ堕ちて来るその日が待ち遠しい。私と一緒に、あの子の神生が輝くのを見守りましょう。地上が煉獄へと変わるのを手を叩いて喜びましょう。
私は此処で待っていますから。
次はいよいよ瑩我が外に出る予定です。