契約
話が動き出します。
「あ?なんだって?神殺し?」
「はい。・・・草薙山の異変には気づいていますか?」
「あんなん気づかないわけないだろう?哭き続けて煩くって仕方ない。」
「それに・・父は昨日まで気付きませんでした。もともと鈍い上にもう何年も組織の維持管理にのみ尽力してきたからです。気付いても、それが吉兆なのか凶兆なのか分かりませんでした。」
「おいおい。あんなに不吉な音を・・水上もいい加減年取ったってことか。」
「いいえ。まだ水上の力は健在です。しかし、もう何十年も前から少しずつ力が弱まっている事も事実です。草薙山の凶兆に対処し切れない程度には。」
「ゆっくり滅亡へってか。」
「草薙山の哭き声に誘われて、怪異が頻発しています。そちらに人を取られています。強い力を持った子が産まれづらくなり人員不足、というだけです。現に貴方が産まれていますから。」
「買いかぶりだ。俺は神だって言っても大した力もないぜ?」
「それでも神です。神を殺せるのは神と決まっています。もちろん貴方一人でとは言いません。補佐をつけます。準備の期間も与えます。ここから出てしばらく結界の外に居れば、貴方の力は強まりますので。」
「ふーん。俺にあれを止めろ、と?水上の為に命懸けろって?・・・報酬は?」
「あんたねぇ!!そんなこと言える立場だと思ってんの!?黙ってやればいいのよ!」
それまで黙って話を聞いていた真湖が吠えるが、瑩我は飄々と受け流しわざとらしく肩をすくめながら返した。
「だってなぁ。そりゃ言う事聞くしかないが、やる気の問題だよ。やる気。ご褒美もなく命懸けってテンション下がるだろう?要するに、飴と鞭ってやつだ。」
更に何か怒鳴り返そうとした真湖を制して茉莉が応じた。
「確かにやる気は出して貰わねば困ります。あまりに大きい飴は与えられませんが私の裁量の範囲内ならば、何とかしましょう。」
「じゃあ、成功したら水上から解放・・」
「怪異の前に放り出してもいいのですよ。貴方もさすがに自分が死にかけたらやる気をだすでしょう?」
「冗談だって。少し結界を緩めるだけでいい。少し外からの力を感じられる程度。後1ヶ月に一回外出したい。」
「・・・良いでしょう。結界の件は事が終わればすぐに。外出は制限は掛けさせて頂きますので、少し時間を下さい。そして全ては草薙山の異変が完全に解消されたら、の話です。瑩我。」
「ああ。もちろん。交渉成立ってやつだな。」
「えぇ。ではこれで決まりです。・・・すぐにでもここから出て頂きたいですが、準備もあります。・・・明日の朝また来ます。それまでに準備を終わらせて下さい。」
「俺はどこに住むんだ?」
「本家の離れです。独立した建物になっていますし、洗濯などもできます。食事はこれまで通り用意します。ただ日用品などはありませんし、買い物は私に言って下さい。用意できるものは用意しますので。」
他にもいくつか気になった事を質問し、準備するべき物を決めて行く。結局のところ、いくらかの着替えとすこしばかりの身の回りの品を持って行けば事足りるようだ。もともと物に対するこだわりは少ないし、執着もしない。家には必要な最小限の荷物しかない。数ヵ月留守にするのに大した不都合はないだろう。
「了解。じゃあそこまで送る。」
話が終わり、必要な準備の確認が済んだところで帰る為に立ち上がった茉莉と真湖について家の外に出た瑩我。
一陣の風が巻き上げた黒髪が炎の様に宙に舞う。辺りは傾いた太陽がそろそろ夕陽に変わろうかという時間になっていた。白く精緻に整った顔を台無しにする軽薄な笑みを張り付け、黒い鳥居の下で瑩我が言った。
「じゃあ、また明日。いい夢を。」
「あんたなんかに言われたくない!」石段を数段降りていた真湖が振り返り、上げた叫びに背を向けて瑩我は家に戻る。
「あした・・ね。」笑みを消したその顔は何の感情も浮かんでいない。そしてその呟きは誰にも聞かれる事なくただ空間に溶けて消えた。