変化
長々と続く石段を黙々と登って来た真湖はついに我慢出来なくなったように叫んだ。
「何なのよ!いつまでこんな階段登んなきゃなんないのよ!エスカレーターにでもしろっての!」
無茶苦茶な事を言った真湖に冷ややかな眼差しを向けた茉莉も口を開く。
「無茶を言わないでください。それに、まだ10分程しか経っていませんよ。もう半分以上は来ているはずですから、後少し頑張って下さい。」
「だって〰。茉莉ちゃん〰。つまんないんだよう!景色変わんないし!静か過ぎるし!何でわざわざあんな引きこもり私達が迎えに行かなきゃなんないわけ?あっちを呼び出せばいいじゃん!」
「彼は一人では結界から出られません。密命である以上他の者に迎えに行かせる訳にもいきません。真湖も分かっているでしょう?」
「それはそうだけどさぁ…。あいつ出して何か役にたつわけ?大した力もない出来損ないでしょ?神だって言ったって真名もわかんない様な下級じゃない。」
「今は人手が足りません。猫の手よりは役にたつでしょう。」
「茉莉ちゃんが言うなら…。」
不満げな顔をしながらも真湖は足を止めず、登り続けた。どうやら茉莉には逆らえないらしい。そしてそれは崇拝に近いものであるようだ。
ついに石段が終わった。登りきった場所は少し開けており、黒い鳥居の先へ石畳の小道が伸びている。鳥居の横を通り抜け、石畳の上に立つと木々の間に一件の屋敷が見える。静まり返った屋敷はしかし、人が住んでいる証拠に手入れがされ、なぜかスコップが玄関脇の土に刺さっている。
「ちょっと~!いるの?!」
いきなり真湖が玄関の引戸を全開にする。
「瑩我!!わざわざ来たわよ!瑩我!」
「なんだ。珍しい事もあるもんだな。」
家の奥から音もなく一人の青年が出てきた。
白い肌に漆黒の髪。豊かな髪は膝裏にまで流れ落ちている。相貌は美しく整い、切れ長の黒い目は深紅を孕んで静かにこちらを見ている。身長は高く、180センチ位は有るであろう。全体的に細身だが弱々しい印象は全くなく、鍛え上げられた引き締まった肉体だ。濃紺の甚平を着ていてもはっきりわかった。
端的に言えば非常に美しい男がそこにいた。
瑩我が本家に降りてくる元日の挨拶のおりには幾重にも術のかけられた薄物を頭から被らされている上、一言も言葉を発しない為、真湖が瑩我の声を聞き姿を目にするのは10年以上前の幼い時以来となる。耳に心地よい低音を半ば呆然と聞く。
「何の用だ。当主でも死んだか?」
「いいえ。瑩我。私達は貴方に話しがあり、こうして訪ねて来ています。」
茉莉の冷静な声に我にかえった真湖が、唖然とした自分を恥じるのを誤魔化す様にキツイ眼差しを瑩我へと送る。
「ふん・・・。はなし、ねぇ・・。まぁいい。立ち話もなんだ。上がれよ。」
(えらっそうに・・!)一段と眼差しを険しいものにする真湖を無視して瑩我が家の中へきびすを返し、茉莉が淑やかな仕草で履き物を脱いでそれに続く。
真湖も慌てて家の中へと上がった。
家の中は物が少ない、広々とした印象を受ける空間だった。玄関から続く廊下の両側に襖と障子で仕切られた部屋があり、廊下は更に奥へと続いている。
玄関を上がってすぐの右側の襖を開けると、そこは10畳程の和室で、中央にテーブルが置かれている。
茉莉がそのテーブルの下座に座ると、真湖も茉莉の隣に座った。和服の茉莉が座布団の上にぴしりと正座をすると、真湖も自分の苛立ちは抑え、ここに来た目的の為集中する。
緊張感漂う二人を尻目に瑩我は続き部屋になっている板敷きの台所で、緑茶を用意していた。3つの湯呑みと急須を御盆に乗せ、和室へと戻る。
茉莉達の対面に腰を下ろすと、湯呑みをそれぞれの前におき片手で茶を注ぐ。
瑩我はまだほとんど冷めていないそれを平然と口にしたが、茉莉と真湖はまだ口をつけられない。数秒間の沈黙の後茉莉が口を開く。
「瑩我。私達が今日ここに来た用件をお話します。」
「久々にあった従兄だって言うのに、もう少し会話を楽しもうとは思わんかね。ここは誰も来なくて、見ての通り話相手がいないんだよ。友達もいないしな。退屈極まりないんだ。」
瑩我の父親と茉莉・真湖の父親は兄弟だ。瑩我の父親が次男。茉莉の父親が長男。真湖の父親が三男。ちなみに瑩我の父親だけが腹違いだった。
「誰があんたなんかと・・!」瑩我の言葉に込められた皮肉に真湖が反射的に怒鳴り返そうとするのを、茉莉が冷静に止める。
「真湖。瑩我も心にもないことを言わないでください。」
瑩我は黙って肩をすくめ、真湖も瑩我を睨み付けながらも押し黙った。
「久々の再会に積もる話は後にいたします。まず、話を聞いてください。瑩我・・・。貴方をここから出します。」
「へぇ・・・。」
瑩我の背後に一瞬燃え盛る黒い炎が見えた。「どういう風の吹き回しだ。何があった?」
「完全に解放するわけではありません。それをするには貴方は危険過ぎます。期間限定の解放になるでしょう。それに・・一番の枷は常に貴方と共にあります。」
そう言って瑩我の心臓の辺りに、目を向ける茉莉。瑩我は己の中で荒れ狂う炎を感じながらそれを完璧に圧し殺し、飄々と嘯く。
「なんだ。残念。で、俺に何をやれって?俺は穀潰しの疫病神だぜ?」
「それは・・・神殺しです。」
やっと続きです。