其の一 影武者おあき
時は1500年代、各地の大名や名も無い豪族達が天下を夢見て日々飽くなき死闘を繰り広げていた戦国時代のお話です。
ここ高取城には奈津と言うそれは大変美しい姫が居ました。
しかし美しさとは裏腹に、残酷な面を持っていたので、家臣や平民らからは鬼姫と恐れられていました。
ある日奈津姫は不治の病に倒れ、影武者を探すことになったのです。姫の教育係である政子は家臣達に言いました。「よいか!姫君が不治の病に倒れた事を悟られぬ為にも必ずや影武者を探しだすのじゃ」何日か経ったある日、高取村の百姓の娘 おあきが影武者として高取城に連れてこられました。「ほほう…これは奈津姫様にうりふたつじゃ!さぁ~笑ってみよ」と政子。その笑顔はまさに鬼姫とそっくりでした。
次の日から鬼姫としての言葉使い、歩き方、色々な動作の特訓が始まったのです。少しでも姫君と違った動作をすれば容赦なく鞭を打たれました。「ふむ!ここまではいいじゃろう。では最後の仕上げにかかろうかのぉ」政子はそう言うと、おあきを西側の館へ連れて行きました。そこには高取城唯一の蘭学者である酒井隆之介と言う家臣が高取城下のジオラマを用意しておりました。
「隆之介よ!用意は出来ておるかえ?」「御意!ご覧のとおりにござりまする」にんまりと笑みを浮かべる政子。「さぁ~おあきよ!最後の仕上げじゃ。この高取城下の模型を鬼姫様と同じように壊してみよ」模型を隅々まで見渡してこくりと頷くおあき。
グシャッ!バリバリバリ…おあきの白い足袋履きの足が家屋をまとめて踏み潰す。おあきは口元に冷たい笑みを浮かべながら城下町を次々と踏みにじっていきました。村落や田畑もグチャグチャにして、最後に残った城は天守閣の部分に右手の人差し指を突っ込んで中をメチャメチャにしました。「ホホホ…こんな物はわらわのこの美しい拳で粉々にしてくれるわ~…やぁっ!」グワッシャーン!おあきの拳骨を作った右手が城を真上から粉々に叩き潰してしまいました。「おお!奈津姫様そっくりじゃあ!」おあきが壊したジオラマを食い入るように眺める隆之介。彼には誰にも言えない性癖があったのでした。
「この情け容赦のない壊し方、誠にあっぱれである」扇子を広げて高々に叫ぶ政子。
こうしてその日からおあきは奈津姫の影武者となったのです。