夏休みに海へ
夏休だ。
だが、特に予定はない。いつも通り、宿題やって、麦茶を飲んでテレビをみるという、ありふれた日だ。
正直海とか山とか、いろんな所へ行きたいが、少し無理がある。
一人で行くのは寂しいし、友人達は高校に進学したとたん、違う学校に行ってしまったので、都合が合う日が見つからない。
かといって、家族と行くのは何かが違う気がする。家族旅行と言うよりは「青春の思い出」が欲しいと思う。
丁度、来週は部活もなく、今のペースでいけば宿題は苦しまずに終わる計算なので、個人的には来週がベストだ。
だが、友人はどうやって集めよう。とりあえず一番の親友である、村川に電話をかけてみることにする。
―…おぉ!お前か!久しぶりだなおい!!
「うん、久しぶりだね」
―なんだよ急に電話なんてしてきてよ、あ!まさか、彼女が出来たとかの報告か?くそう!リア充め!!
「違うよ…。それに僕の知ってる女子なんてそんなにいないし…」
―まぁそうだったな、悪かったよ。てか、そろそろ芳沢に告っちまえよ!
芳沢舞香、僕の存在を知っているただ一人の女子だ。
いや、今の言い方は決して中二病とかじゃなく、ただ単純に僕の存在感が薄いだけ。
小学校高学年から何故か中学卒業までクラスが一緒だったっけ…。
芳沢には何度も話しかけてもらって、メールアドレスまで交換してもらった。
正直、僕は芳沢に惚れていた。
でもクラスで一番の美人である芳沢と、その存在すら数名しか気付かれていない僕では釣り合わない。
天秤の片方に純金、片方に発泡スチロールを置くようなものだ。
「何言うんだよ…。別に好きだなんて思ってないし、告白する気なんて無いよ…」
―え~、お前ら仲良かったじゃんかよ!
仲良い、と言うより「話しかけてもらってた」だな。
「そんなことないって、もういい加減にしてよ」
―まあそうだよな。悪かったよ。それに芳沢、彼氏いるしな。
はい、この瞬間、僕の初恋は終った。
「へ…あ……彼氏いるんだ」
―おう、こないだ駅前で見たんだよ!男と一緒に歩いてる所!どうだ?ビッグニュースだろ!?
違う意味でビッグニュースだよ。
「…へぇ、ま、どうでもいいけど」
―そうだったな。で、そもそも何の話だったんだ?
「あぁ、そうだった。今度の週末さ、一緒に…
ブツッと言う音と共に、通話が終了された。恐らく相手の電池が切れたんだろう。あいつはいつも、携帯の電池残量なんて気にしない奴だった。
たまに顔面をぶん殴りたくなってくるが…。憎めないもので、あいつのヘラヘラした笑顔を見るとなんだかこっちもニヤけてしまう。
…とはいえ、一番の親友への連絡が断たれたが、どうすればいいだろうか。
全員に電話するのは面倒だし、訪問するなんてもってのほかだ。なので僕は、メールを送ることにした。
丁度「同級生」というグループでメルアドを交換した同級生をまとめている。…といっても、男子4人だけだが…。とりあえずメールを送ろう。
『久しぶり。 おそらく初めてメール送るよね(笑)
今度の日曜日さ、なにも予定なかったら、一緒に海に行かない?夏休だし、久しぶりに顔も見たいし!
あと一人は寂しいw
夏休の思い出を作ろうぜw』
我ながら自分の文面を見ると死にたくなる。
苦笑しながら僕は送信した。
あとは返信を待つだけだが、無視されたらまァ仕方ない。計画は中止だな。
すると、すぐさま携帯がメールの受信を知らせた。
急いで開くと、親友からだった。
『あー、さっきの電話これだったのかw
でもゴメン!!!その日は部活の大会\(^O^)/
行きてぇぇえええぇぇぇえぇ!!!今度絶対行こうぜ!!!』
相変わらずのおどけた文面に、少し笑ってしまった。だが、一番うまの合う友人が来れないのは残念だ。
すると、立て続けに三件メールが来た。
『無理』
『久しぶりだなwでも来週は夏期講習↓↓
畜生w学校滅びてくれねぇかなw』
『今、村川といるんだけどさ、俺あいつと同じ部活だから行けねぇ…。再来週は行けるから、再来週にいこうぜ!』
まさかの全員からの拒否。だが、楽しみが増えた。再来週に少なくとも三人で海へ行けるんだ。
そう考えると、来週なんて通り越して、さっさと再来週にならないか待ち遠しくなる。
僕はウキウキしながら宿題にとりかかった。すると、後ろから僕の携帯がメールを受信した。
「…?なんか言い忘れたことでもあったのか」
ちらっと送信者を見てみると
「芳沢舞香」
…やっちまった。
忘れてた…。芳沢ともメールアドレス交換してたんだ…。何でこんなこと忘れてたんだよ僕の馬鹿…!!
あの文面を見られたということか…。死にたい…。
どのように僕を蔑む文面が書いてあるのかと思い、恐る恐る内容を見てみた。
『どうしたの?急に』
一番困る内容だ。僕は再び、彼女にメールを送信しなければならない。
『ごめん、友人に送信したつもりが間違えて送信しちゃった。彼氏いるんだよね、ゴメンね』
送信した瞬間、恋が終わったことを知らせるようにアブラゼミの鳴き声が響いた。
…さて、宿題やろう。
ペンを手にした途端、再び鳴り出す携帯。
『村川君が言ったんでしょ。違うよ、あの人は私の従兄妹!
久しぶりに来てたから出かけてただけ!』
まさかの急展開、…そういえば親友と芳沢は同じ高校だったっけ…。目撃した翌日にでもいいふらしたんだろうな。あいつの性格なら…。
『あ、そうだったのか!ますますゴメン…。
では僕はこれでノシ』
少し希望は見えたが、恐らく嫌われているだろう。突然変な内容のメールを送ってきて、更に彼氏がいると誤解して、やれやれ、嫌われるには理由がありすぎるよ…。
今度こそ本当に諦めた。
僕は芳沢一筋だが、この先さらに可愛い女子が現れるかもしれない。
…いや、無理だな。芳沢の可憐さに勝る女子はそうそういない。
僕の夏は終わったな。甲子園で負けた球児のようにフッと笑った。いつもは鬱陶しい夏の風も、今日は心地よく感じた。
すると、携帯がまた鳴った。
どうせ芳沢から『うん、バイバイ』とかの内容だろうと思い、死んだ目で携帯を開いた。
案の定、芳沢からだった。
『待って!海に行く待ち合わせって、来週のいつ、どこに行けばいいの?』
僕は無心で文字を打ち、送信する。
『いや、僕以外来れなくて中止になってね。再来週になったんだ』
さて、さっさと宿題を終わらせよう。あと1ページで数学は終了だ。
するとまたメールが受信された。
初恋の芳沢とは言え、流石にしつこい気もする。
もういいだろう、僕の事はさっさと「嫌い」って言って楽しい高校生活をおくってくれ。
そもそも僕のライフがもう0に限りなく近い。
ため息交じりに僕は携帯のロックを解除した。
『私、来週なら空いてるよ。一緒に行く?』
…どうやら僕の夏はこれから始まるらしい。