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同じ夜の夢は覚めない 番外編  作者: 雪山ユウグレ
番外編 ブロンドブライブルー
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 髪を切った。切ったというと語弊がある。正しく表現するのであればバリカンで1センチ5ミリメートルまで刈った、となる。一度完全に脱色して金色に染めた髪なので、丸刈りにすると余計に厳つい印象になるが仕方がないと諦める。馬鹿なことをしている、と頼成自身も思う。それでも朝目が覚めて顔を洗おうと向かった洗面所の鏡で自身の浮かれた金色の髪を見たときに感じた強烈な違和感に耐えられなかった。その場で鋏を手に取り、できる限り短くその金色に伸びた髪の束を切り刻んだ。その結果があまりにも悲惨な状態であったため、揃えてもらおうと外に出ることにした。

 槍昔頼成、それがこの世界で彼自身を示すための名前だった。生活を共にする友人が行き付けにしている美容室に予約の電話を掛け、“槍昔”という名を伝えようとしたときにまた言い知れない違和感が彼を襲った。頼成は名前を伝えることなく電話を切り、その足で駅の近くの安い床屋に向かった。千円札1枚で、彼の髪は淡い金色の坊主頭になった。

 いくらか軽くなった違和感を連れて頼成は街を歩く。駅から自宅までは彼の足で10分かからない程度の近さだ。普段は便利だと感じるその近さが今はただただ疎ましい。雑踏に紛れて消えてしまいたい。そんな思いが彼の胸の内を満たしていた。

 頼成は元々これほど刹那的、虚無的に生きてきたわけではない。幼くして両親の庇護を失った彼ではあるが、友人とは事情が異なりその愛情を肌に、心に感じることができていた。少なくともその点において彼は幸福だった。ただし育った環境が恵まれていたとは決して言えない。生きてきた。そう、とにかく生き延びるために生きる毎日だった。

 今もそれは変わっていない。彼と友人を窮地から救ったのは柚木阿也乃という名を持つ女性で、普通の人間ではなかった。頼成が生まれた世界、こことは別の世界とこちらの世界とを盤面として勢力争いのゲームを行う“一世”という役割を持った存在。それが阿也乃だった。幼かった頼成と友人・佐羽は彼女に拾われて九死に一生を得たのだが、それはまた別の苦難の始まりでもあった。

 阿也乃は優しかった。頼成達に安全な住居と清潔な衣服、そして衛生的で栄養の豊富な食料を惜しげもなく提供してくれた。小学校に通わせ、中学校にも通わせ、高校にも入学させてくれた。風邪をひけば病院に連れていってくれたし、街のあちこちにある子ども向けの教養施設を案内してくれたこともあった。彼女への恩は2人が一生をかけても返しきれないほどだ。だから頼成達は彼女の命令を断ることなどできなかった。

 あるとき阿也乃は2人に言った。自分の駒となれ、と。待遇はこれまで通りのものを保障しよう、その代わりに自分の目的に適う働きをしてもらう、と。それはこの世界の、この街の人間を絶望させるというものだった。

 頼成は中学2年生のときに初めてその仕事をした。

 そのときに髪も金色に染めた。それまでの自分ではない、と自身に言い聞かせなければ、とてもではないが阿也乃の命令を実行できそうになかった。そして頼成は道を外れた行いに手を染めた。

 街で女性に声をかけ、あるいは夜道で後をつけ、犯罪まがいのことをした。警察に通報されないように脅し、もっとひどいときにはその身体を立ち上がれない程にまでいたぶった。いつの間にかそのような蛮行に対する抵抗感が薄れていた。

 俺は生きたい。その一念と、そして阿也乃への恐怖心に支配されていた。いや、それさえも言い訳にすぎないのだろう。頼成は確かに己の意思で他人を次々と不幸に至らしめていった。その手は消えない赤色に染まり、いくら洗っても血と体液の臭いが消えることはないように思われた。

 そのまま阿也乃の家に帰る気にはとてもなれず、金髪の坊主頭となった頼成は家のあるビルの前を通り過ぎてしばらく行ったところにある寂れた公園に向かった。途中にあるコンビニエンスストアでスポーツドリンクとおにぎりを買い、誰もいない公園のベンチにどっかと居座る。コンビニエンスストアの店員が明らかに挙動不審になっていたのが印象的だった。頼成もよほど不機嫌そうな顔をしていたのだろう。店員は彼の顔を極力見ないようにしながらレジを打ち、緊張のせいか釣銭をカウンターにぶちまけた。頼成は黙ってそれをかき集め、逃げるようにして店を出た。「申し訳ございません!」と脅えた声が聞こえた気がしたが頼成は振り返らなかった。

「……つか、むしろ謝るのは俺の方でしょうよ……お兄さんは別に何もしてねぇし」

 ベンチの上で溜め息と共にそんな言葉を吐き出す。温めてもらったおにぎりにかぶりつくと中からほっくりと柔らかい鮭の身が顔を出す。うまいな、と素直に思う。小さなおにぎりは一瞬のうちに大柄な頼成の胃の中に収まる。不思議なもので、腹に食べ物を入れるとそれだけでいくらか心が落ち着きを取り戻す。疲れも心なしか軽くなった。

 そう、今日の頼成はひどく疲労していた。昨夜見た夢、あるいは頼成にとって本来の現実のせいだ。頼成は彼の生まれた世界でそこそこの腕の戦士として活動していた。仲間は2人。魔術師の佐羽と、そして賢者の湖澄(こずみ)という少年だった。湖澄というのは随分と変わった少年で、年齢は頼成達よりひとつ下だということだったが奇妙に大人びた雰囲気を持っていた。そして何より彼を特徴付けていたのはその揺るぎのない信念であった。

 湖澄は賢者として、その身に呪いを受けていた。治癒術を使った際にその負の影響を術者に返すという呪いである。こちらの世界にはない魔法が存在するあちらの世界では、治癒術が大きな影響力を持つ。身体の傷や病を癒すその魔法は同時に人間の体細胞を作り出す遺伝子に変異をもたらし、結果として傷を癒すどころかその人間を人間ではないものへと変えてしまう可能性を孕んでいた。人間を主食として生きることしかできない化け物、通称“天敵”と呼ばれるそれは実際とても残酷で、そして悲惨な現実の象徴だった。

 だから湖澄は自分が治癒術を使っても相手が“天敵”とならないように自ら望んで呪いを受けたのだ。呪われた賢者の身体は、強い治癒術を使う度にどこかが石へと変わっていく。異形化した細胞が石に置換されることで、術者自身が“天敵”となってしまうことを防いでいるのだ。そして遅かれ早かれ呪われた賢者は全身が石に置き換わる。

 運命と呼ぶにはあまりにも悲しいそれを湖澄は静かに受け容れようとしていた。頼成達はそんな彼をどうすることもできず、ただ近くにいて身体のほとんどが石化した彼の不自由を補う程度のことだけをしていたのだ。そんな日々がしばらく続いていた。終わりへと向かう時間を3人で過ごす内に頼成の中には奇妙に静まり返った諦めの念が湧いてきていた。これでいいのだろう、とどこかで見切りをつけていたのかもしれない。

 所詮人生などこの程度のものなのだと。

 ところが昨夜、1人の少女がそんな頼成の横っ面に平手を食らわすようなことをやってのけた。

 茶色がかった長い髪に赤い鳥の羽根を差し、赤い羽のような形のマントに身を包んだ少女は黒々とした大きな目を見開いて頼成達のいる家へと乗り込んできた。彼女は近くの町で治癒術師をしているのだと言った。そしてどういうわけか湖澄が石化しつつあることを聞きつけて、彼を助けに来たらしかった。

 無理だよ、と言ったのは佐羽だった。佐羽は頼成より諦めが悪く、また頼成よりも湖澄に依存していた。だから彼は敢えてそういう言い方をしたのかもしれない。まるで少女を挑発するかのように、「君の力じゃ湖澄を助けることはできないよ」と。

 そして悲劇の幕が上がる。思い出したくもない、と頼成は独りきりの公園のベンチで頭を抱えた。どうしてもっと強く止めなかったのだろう。どうして無駄だと言えなかったのだろう。助かるものが何もないと分かっていながら少女を止められなかったことが頼成の胸に重くのしかかる。

 目に焼き付いた赤いマントと赤い羽根飾り。印象的な大きく黒い瞳。どこまでも真っ直ぐな眼差し。まだ中学生くらいだったのだろう、あどけない少女が無惨にも赤い肉塊に変わっていく。昨夜見た夢のような現実の世界で。そして今そのことを思い出している頼成の脳裏で。

「あ……あああああ!!」

 頼成は御しきれない感情を持て余し、たまらず慟哭した。

執筆日2014/08/19

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