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野球部には負けたくない

 目上で人を指導する立場で、相手を注意したり叱ったり励ましたりすることの是非は難しいですね。公平性を重視して、規則に沿って一律に立場上の言葉を並べることを必ずしも悪いとは云えないけど、大事なのは、相手を成長させることなのではないでしょうか、などと偉そうなことを云ってみる。愛情のつもりでも、大きなお世話ということもあるので、本音、何が正しくて何が間違ってるのか絶対はないのでしょう。そこで、小さな説としての、小説の出番なんでしょう。

 「騒ぎを起こして、すみませんでした。」放課後、職員室に呼び出されて僕は滝先生の前にいた。

 「まあ、そう気にするな。話しはだいたい聞いたし、坂下を責めるつもりはないよ。」先生は優しく云ってくれた。

 「あの、何か処分とかあるんですか?部活停止とか。」

 「ないよ。何もない。坂下が悪い訳でもないし、手を出した訳でもないだろ。」

 「でも、僕も少し云い過ぎたかもしれません。」

 「そうか、坂下も成長したな。尚更何も云うことはないよ。いいぞ、みんな待ってるだろうから、先に準備運動しといてくれ。俺も後で行くから。」

 「はい、ありがとうございました。」僕はとりあえずほっとして、部活の準備をしてからトレーニングルームに向かった。でも、心の中はすかっと晴れてはいなかった。何故なら、直人に云われた「おまえらバーベル挙げるしか能のない奴。」という言葉がやけに耳にこびりついていて、面白くなかった。正直凄く悔しかった。力の弱かった僕が、県下でも有数の選手に成長するまでには、数えきれない程の激しいトレーニングに明け暮れ、度重なる筋肉痛に耐えてきたから、その自尊心をえぐるように傷つけられた思いがしたのだ。

 「坂下君、こんにちは。」真奈美さんが1番に、それもいつも通り元気に声をかけてくれた。それに対して、

 「こんにちは。」と応えた僕の声は、明らかにトーンが低かった。

 「元気ないね。」

 「うん、ちょっとね。」

 「そうなんだ。」それだけ云うと、真奈美さんは離れて行った。

 「おい、どうしたんだ、優馬。滝のおっちゃんに叱られたか?」春樹だ。

 「いや、先生には何も叱られなかったよ。」

 「じゃあどうしたんだよ?真奈、おまえのこと心配してたんだぞ。」

 「え、俺のことを?」

 「そうだよ、真奈も俺も三田村も園香も、みんな今朝のこと知ってんだ。」

 「聴こえてたのか?」

 「あれだけ大きな声でやり合ったら、隣の教室丸聴こえなんだよ。」

 「じゃあ、真奈美さんは聴いてたのかな?」

 「ああ、俺と真奈は来てたからな。三田村達は真奈から聞いたらしいけど。」

 「そうか、それで気遣って声かけてくれたんだ。」悪いことしたと思った。

 「それにしても、国島の奴許せねえよな。野球部がそんな偉いのかって、俺も聴いてて頭来てさ、飛んでってぶっ飛ばしてやろうと思ったよ。」

 「じゃあ、何で来なかったんだよ?」

 「それって、優馬もあいつに相当切れたな。分かるぜ。でもな、俺は母ちゃんに絶対手だけは出すなって云われてんだよ。俺が暴れたら大変だろ?」

 「その通りだよ。当事者が春樹じゃなく、坂下で良かった。」三田村君だ。

 「本当だ。倉元だったら、パワー部も3日は活動停止だったろうな。」主将の藤堂先輩も加わった。

 「藤堂先輩、御心配かけてすみませんでした。」

 「ドンマイ!」藤堂先輩も優しい。

 「月岡から聞いただけだけど、俺も坂下の悔しさ解るつもりだから、自分1人で抱えるなよな。」三田村君まで。みんな優しい。

 「じゃあ、月岡さんも全部知ってるのか?」

 「ああ、パワー部みんな頑張って、野球部見返してやろうって。あいつ、そういうとこ凄く男っぽいじゃん。仲間馬鹿にされたって、めっちゃ悔しがってたよ。」と三田村君の言葉に更に胸を打たれた。と同時に、さっき真奈美さんにつれない返事をしてしまったことに再度後悔した。

 その日の練習はみんないつになく熱が入り、僕も県大会以来の絶好調だった。

 「坂下君、元気になったみたいだね。」真奈美さんだ。

 「あの、さっきはごめんね。」

 「さっきって、元気なかったこと?」

 「心配してくれてるのに、つれない返事して。」

 「何水臭いこと云ってるの。仲間じゃない。」真奈美さんは笑っていた。

 「そうだよね、ありがとう。」僕も笑った。でも、凄く嬉しい様な、正直ちょっと複雑な気分だった。真奈美さんには女の子らしい感情がないのかなと、思ったりもした。そう云えば、漫画やアニメが好きみたいだけど、少女漫画はほとんど読まないらしく、少年漫画の話しをしているのをよく聞くなと改めて思い出した。それでも、僕はそんな真奈美さんが大好きだ。


 その日自宅に帰ってからの夜のこと、携帯電話の着メロが鳴った。試合前でもないのに夜に着信があるのは珍しいので、鳴った瞬間少し期待してしまった。真奈美さんは、パワー部員はみんな仲間だからと、全員の番号とメールアドレスを知っていたからだ。でも、その期待はすぐに裏切られた。「入間健」の文字。健は親友ではあるけど、待ち合わせの時以外は滅多にかけて来ることはなかったので、意外だった。

 「どうしたんだよ。何かあったのか?」

 「どうしたはないだろう。心配だからかけたんだよ。」

 「心配って、今日のことで健に心配かけたか?」

 「放課後どうだった?職員室で何か云われたか?」

 「別にどうってことなかったよ。」

 「そうか、よかったじゃん。あんな優馬初めてだったから、どうしたか気になってさ。何もなかったならそれでいいよ。」

 「俺、今日変だったか?」

 「いや、変て云うより、優馬ってそういうタイプじゃないからさ。」

 「それより、健はどうしてあの子虐めるんだよ。」

 「虐め?別に虐めた訳じゃないじゃん。」

 「みんなで寄ってたかってあんなに責めるのって、虐めだろ。」

 「そうか、優馬はあれを虐めととるんだ。」

 「当たり前だろ。泣いてただろう。」

 「佐伯はな、はっきり云ってちょっと変なんだよ。みんな前から云ってるぜ。女のくせに頭ぼさぼさでふけ溜めてるし、いつも鼻ずるずるさせて手で拭きまくってるし、女子の間でも嫌われまくってるんだ。高田も物好きだよな。高田くらい頭良くて可愛かったら、友達一杯出来るはずだし、男子からももてるはずなのにさ。」

 「あの子、佐伯っていうのか?」

 「なんだ、知らなかったのか?まあ目立たねえと云えば、目立たないからな。」

 「分かった。それだけ教えてくれたら充分だよ。ありがとう。」そう云って、僕は一方的に電話を切った。どうせそれ以上話していても平行線みたいだったから。それに、少し不愉快だったのも確かだ。それを境に、僕は健と少し距離を置くようになった。その代わり、パワー部での絆をますます強くして行った。


 翌朝、僕は教室で直人に声をかけられた。

 「坂下。俺が甲子園行くか、おまえが世界行くか勝負だ。おまえが勝ったら、おまえを男と認めてやるよ。」

 「分かった。」僕は直人の眼をまじまじと見て、受けた。

 「絶対負けないからな。おまえも頑張れや。」それに対して僕は何も云わず、ただ闘志だけを燃え上がらせた。その後のパワーリフティングのトレーニングで、更に熱を入れるようになったのは云うまでもないことだ。

 ここまでお付き合い下さって、本当にありがとうございました。実は、ここまでが起承転結の”起”なんです。そう物語の出だしに過ぎないんですよ。まあ、これでようやく話しの基盤をお伝え出来たかと思い、ほっとしております。ここからは、話がどんどん発展して面白くなりますので、ここまで我慢してしっかり読んで下さった方ほど、これからの展開は目が離せなくなると、筆者側はわくわくしております。では、”承”も引き続きよろしくお願い申し上げます。尚、この物語はフィクションであり、実在の個人及び団体等とは一切関係ありません。

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