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いじめは許せない

 この物語を思い立ち、一気にあらすじを組み立てたのはもう2年半以上前のことです。その際、今回公開する場面もおおまかに頭の中で出来ていました。滋賀県でいじめを苦に自殺した中学生が話題になったのを発端に、全国的にいじめが大々的に問題視されたのは、その後のことでした。

 それは、埼玉県大会が終わって数日後の朝、授業開始前の2年B組の教室での出来事だった。その時教室に居合わせた主なメンバーは、次の通り。僕の中学生からの親友の入間健いるまたけし、健の中学時代からの彼女で、僕や健と中学の吹奏楽部仲間でもあった貝沢千里かいさわちさと、健や千里と今の高校の吹奏楽部仲間の山野茜やまのあかね、目立たず地味の佐伯美野里さえきみのり、美野里と同様大人しく彼女と仲のいい美少女高田琴美たかだことみ、琴美に気があるらしいバスケット部の荻野太平おぎのたいへい、そして、秀才にして野球部のスラッガー、1年の秋から4番ショートを任されている国島直人くにしまなおとと、僕坂下優馬の8人。

 それは、僕を含む7人とその他の数人がいるところへ、野球部の直人が登校して来たことから始まった。直人は前の戸から教室に入って来ると、窓際後ろの自分の席に向かって教壇の前を通った。その際教壇を避けようとして、左手に持っていた愛用のグローブを最前列の机に引っ掛けて、床に落としてしまった。それを、そこから席が近かった美野里が咄嗟に拾った。

 「おい、おまえ、触んなよ。」それを見るなり、直人が咎めるように叫んだ。すると、それに躊躇ちゅうちょした美野里が一瞬戸惑ってから、拾いかけたグローブを、まだ床から近い位置で手から放した。そこでそのまま離れていればそれ以上何もなかったんだろうけど、次の瞬間、そうそれはまさに一瞬の出来事だった。

 ”ヒ、クシュン!”

 よりによって・・・逸らす間がなく、咄嗟に止めようとしたが、止め切れず、そんな感じだ。よって、結果は最悪。くしゃみと同時に、液体の塊のようなものがはっきり見えたらしい。それも、

 「わー!お、お、おいまじかよ。腐る、俺の命が~!」もう取り乱し、慌てふためく直人に、

 「ごめんなさい。ど、どうしよう。」美野里は、それ以上に動転している。

 「美野里ちゃん、ティッシュ―。」琴美が気を利かせて、美野里に渡す。それを受け取ると、慌ててグローブを拭こうとしていた。同時に周りはにわかにざわつき出し、そっちの方を覗き込んだり、近寄って行く者もいた。

 「もうそれ以上、触んなあ!」直人は、美野里が改めて拾いかけたグローブをひったくった。と同時に、聞いたことのないような素っ頓狂な声を上げて、それを慌てて手放した。そこへ茜が近づいて、

 「う、まじー!これ、きつ。」グローブには、美野里のくしゃみと同時に飛び出した鼻水がべっとり付着していた。そう、見た目はっきり分かるレベルでだ。

 「おい、これどうしてくれるんだ。昨夜わざわざ実家持って帰って、夜通し丹念に手入れしたとこだぞ。」

 「えー、まじー、きったなーい!」千里が茜の後ろから覗き込みながら叫ぶ。

 「おい、貸せ、手じかに触んなよ。」千里の更に後ろからやって来た健が、茫然とする美野里からティッシュ―をひったくるように取って、険しい顔をしてる直人の前で、グローブを拭いてやってる。

 「はは、これはきついな、直人。」太平も覗き込みながら、苦笑いしている。

 「もうこれって、きついなってもんじゃないよ。国島君が可哀そう過ぎ。」茜が美野里の方を冷たい横目で睨みながら喚く。

 「健、大丈夫?手腐らない?」千里がまじ心配している。直人は、健の手元と美野里を交互に睨み付けている。その脇で、美野里が両手で顔を抑えて、しゃがみ込んだ。その手の間からは、涙か鼻水か分からない液体が漏れ出ていた。

 「ちょっとやばいよね。汚物から出た汚物だから、ばい菌の塊だもんね。」茜が更に追い打ちをかけている。

 「直人、すまねえけど、ちょっと限界。ちょっと手洗って来るわ。」健がグローブをそっと置くと、取り囲んだみんなをかき分けるように出て行こうとする。すると、そっちにいた奴らがさっと道を空けるように飛びのき、健は教室の隅にあるゴミ箱に汚れたティッシュ―を捨てて、急いで出て行った。それを見送ってから僕は、そのグローブを拾い上げ、健の後を引き継いで屈んで、持っていたティッシュ―でそれを拭き始めた。

 「拭いたくらいで取れるかな。洗って、消毒してさあ。」茜が喚くし、

 「くそ、時間ねえのに、又手入れし直さねえといけねえじゃん。」直人が、かなりいらいらした感じでぼやいていた。

 「まじ迷惑だよね。学校汚しに来てる人ってさあ。」千里がどぎつく云う。

 「だいたい人間じゃないんじゃない。ただの動く汚物。」千里に続く茜の容赦ない度重なる侮辱に、美野里はすっかり泣き崩れていた。しかし、それにすら直人はいまいましそうな口調で、

 「あーあ、うっとうしい。何でいるんだよお。」そこまで、何とか堪えて黙ってグローブを拭いてやっていた僕だが、流石さすがにそこで切れた。

 「いい加減にしろよ。鼻水くらいで、誰だって出るだろ。」屈んだ姿勢のまま、一瞬みんなが鎮まるくらい大きな声が出てしまった。

 「でもさ、こいつ年中鼻垂れてんよ。それも臭いんよ。」茜がまだ云う。

 「そうだよ、限度ってもんがあるでしょ。この子限度越えてんの。」千里まで。

 「限度越えてるのはお前らの方だろ。これじゃあいじめじゃないか。」

 「うっせんだよ、坂下。おまえは黙って拭いてりゃいんだよ。バーベル上げるだけしか能のねえおまえが説教たれてんじゃねえよ。」直人が僕の前に来て、半屈みになって睨みつけて来た。

 「まあまあ直人、俺らも云い過ぎたみたいじゃねえ。」太平が慌てて、直人をなだめた。

 「荻野、おまえどっちの味方なんだよ。」

 「いや、そういう問題じゃなくってさ。」

 「おい坂下、ちょっとバーベル持てるからって、調子こいてんじゃねえぞ。」太平の制止を無視して、直人は余計つっかかって来た。力が付いたとはいえ、59キロ級の小柄な僕から見て一回りも二回りも大きな体格の奴なので、迫力は半端じゃなかった。もしがちで喧嘩したら、運動能力もトップレベルの強打のスラッガーのこいつ相手に勝ち目はないだろう。しかし、一昔前の僕ならともかく、今の自信のついた僕には、いじめを目の当たりにして放っておくことなんて出来ない。

 「関係ないだろ。逆ギレしてんじゃねえよ。謝れよ、あの子に謝れよ。」正直ちょっとエキサイトもしてたかもしれないが、同時に僕は、庇っている女子の名前すらまだ知らないことを、冷静に考えていたりもした。

 「何だと、おまえ俺に喧嘩売ってんのか?どうなんだあ、おい。」直人の方は完全にエキサイトしてるみたいで、僕の襟首を掴んで来た。

 「離せよ。」

 「おい、てめえ誰に向かってもの云ってんだよ。」

 「まずいよ。誰か2人を止めて。誰か先生呼んで来て、」千里が叫んだ。喧嘩騒ぎを起こした運動部への処分を気遣ってるようだ。特に、甲子園を目指している野球部は、暴力事件が致命的になるらしい。

 「止めろ、国島。坂下から離れろ。」太平が止めに入った。

 「だから、おまえは一体どっちの味方なんだよ。」両手で僕の襟首を掴んでいたうち、右手を離し、半身になってその手で太平の胸の辺りを掴んだ。

 「スポーツマンだろ。甲子園があるだろ。夢があるだろ。それ潰すようなことしてどうすんだよ。落ちつけよ。」

 「おい、何やってんだ、おまえら、国島も、優馬も、荻野の云う通りだろ。」手を洗いに出ていた健が戻って来て、慌てて割って入って来た。

 「こいつが生意気なこと云うから。」直人の言葉に、健はちらっとこっちを見た後、直人に向き直って、

 「俺達も甲子園の応援楽しみにしてんだから、って云っても楽器鳴らせねえけどな。それでもみんなで応援してえんだよ。」

 「そうだよ。応援したいんよ。」千里も同意した。

 「うちらは、何があっても国島君の味方だから、暴力は止めて。」茜も、それまでの暴言とは打って変わって、冷静になっていた。それを聞いて、直人の手の力が急に抜けた。

 「優馬も落ち着けよ。」

 「坂下の云うことにも一理あるんだ。ちょっと俺達、佐伯を責め過ぎたんだ。」太平の言葉にふと美野里の方を見ると、いつの間にか琴美が泣いている美野里に寄り添って、ひたすら背中を撫でてやっていた。そんな空気の中、直人は僕から離れてグローブを拾い上げて背を向け、僕も引いた。

 「もう貴方達、何やってるの?」丁度その時担任の横井時枝先生がやって来た。

 「何で、横井先生なの?普通ここは男の先生が2人以上でかけつけて喧嘩止めるのがお決まりじゃないの?しかも、今頃じゃん。」千里のもっとも?な突っ込み。

 「丁度私が近くにいたのよ。でもよかった。喧嘩収まってるみたいだし。」

 「にしても、遅過ぎじゃね。」茜はやっぱり一言多い。

 「佐伯さん、大丈夫?」横井先生に声をかけられ、美野里がようやく立ち上がって、軽く頷いた。その顔は涙と鼻水でべちょべちょに濡れていたが、彼女はそれを拭おうともしなかった。そこで、僕は持っていた白いハンカチを差し出した。

 「これ、洗ってまだ使ってないから、使っていいよ。」

 「ありがとう。」そう云いながらハンカチを受け取ると、美野里はそれで鼻の下を押さえながら、何か不思議そうに僕の方をじっと見ていた。

 「よかったね、美野里ちゃん。」

 「うん、琴ちゃん、ありがとう。」微かではあるが、ようやく美野里が笑顔を見せ、琴美も笑顔を返していた。そうして教室が落ち着きを取り戻したところへ、やっと男の先生が2人やって来て、事態の事情聴取を始めた。その結果、僕と直人は放課後それぞれの部活の先生に呼び出されることになった。

 その日の午後の授業が終わった後、急きょホームルームが行われた。担任の横井先生は、クラスメートへの思いやりについて問いかけた。しかし、残念ながらみんなの反応は希薄で、上辺だけの話で終わってしまった感じは否めない。それぞれが放課後予定を抱えていたから、あまり時間を引き延ばせない事情で仕方ないと云えばそれまでだけど、僕としては釈然としなかった。

 そのホームルームが終わってから、琴美に付添われるように美野里が僕のところへ寄って来た。それを見て見ぬ振りをするように直人が教室から出て行くのが見えた。

 「今朝はありがとうございました。」美野里がか細い声で云った。

 「私何も出来なかったのに、助かりました。ありがとうございました。」琴美も申し訳なさそうに云った。

 「辛かったよね。でも、元気になったみたいで安心したよ。」僕はその時、心からよかったと思った。

 「あの、こんな私の為にごめんなさい。」

 「気になんかしなくていいよ。全然平気だから。」

 「あの、これちゃんと洗ってあります。本当にありがとうございました。」それは、僕が彼女に貸した白いハンカチだった。随分早い返却だと驚いたが、きっと午前中の家庭科の授業とかで、洗ってアイロンをかけたのだろうと思った。ただ、その時琴美がすごくびっくりしたような顔をしたのが妙に印象的だった。

 読んで頂き、ありがとうございました。この場面を初めに書いて間もなく、いじめが世間で大問題になり、ちょっと複雑な気持ちでした。しかし、話の展開上、その状況に何ら影響されることなく、予定通り話を進めました。云いまわしの手直しを少しはしながらも、既に出来あがってる話をこれからも公開していきます。よかったら、感想や今後の展開の予想もしてみて頂ければ、幸いです。尚、この物語はフィクションであり、実在の個人や団体等とは一切関係ありません。

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