命の選択*その2・・・生きて!
“死”は、誰にとっても避けることの出来ない宿命ですよね。だから、“死”をどう扱うのかは、どんな物語においても、押しも押されない程の重みのあるテーマだと思います。それの扱いで、物語の性質や重みや深さが違って来るものだとも思います。この物語はフィクションではありますが、現実世界をモデルベースにして描いております。従って“死”の概念も、それに準じております。
「母ちゃんはどうしてそんなに優菜のことを気に入ってるんだ。」
「一途でファイトあるだろ。」
「だけど、あいつ独りよがりなんだよな。荻野には別に好きな女がいて、それでもあいついつまでも報われない恋を追いかけてよ。結構痛々しいんだよな。」
そんな優菜の様子が近頃おかしい。パワー部を退部してからすっかり帰宅部になっていた百花と、仲良く下校?優菜は、百花のことを“負け組”と云って馬鹿にしていたはずだ。正直気になった。廊下で会ったアリサから聞いて、優菜がバスケ部のマネージャーを辞めたことを知った。その時、人の恋をずっと客観的に見ていたはずの自分が、そういう風に見れなくなっていることに気付いた。荻野と高田のことを応援してたまでは黒子に成り切れていた俺が、いざ自分自身が表舞台に立つことを意識した途端、勝手が違っていた。
「さては春樹、優菜ちゃんに惚れたな。」日曜日に、家でそのことを云ったら、母ちゃんは笑っていた。
「分らねえよ。俺、人の恋路ばかり見てそれで満足して、自分自身は結局母ちゃんのお気に入りの女しか許してもらえないと思ってたからな。」
「おまえ、馬鹿だね。それを世間ではマザコンて云うんだよ。母ちゃんは、おまえに人の気持ちの分る思いやりのある、それでいて強い男になる様に叩き込んだつもりだったんだ。それを過剰に受け止めて、母ちゃんの云う通りじゃなきゃ駄目だと思い込んでさ。いいんだよ、母ちゃんの想いはもうおまえにちゃんと浸透してるはずだから、後はおまえの思う様に生きな!想う人を好きになりな。」
「今更、急にそんなこと云われてもな。でも、優菜は正直悪くないな。あいつの気持ちよく分るんだ。」
「めでたいじゃないか。おまえの好きになった女の子と、母ちゃんのお気に入りの子がぴったり合ってさ。受け止めてやりな。優菜ちゃんはおまえを必要としてるはずだからさ。」本音は俺もそのつもりだった。それを、母ちゃんの口から聞けて良かった。
「どうして、そんなこと母ちゃんに分るんだよ。」
「それは、優菜ちゃんが若い頃の私にそっくりだからさ。」
「母ちゃんとか?それはちょっと複雑だな。」そう云って笑った。
「春樹、携帯鳴ってるよ。」優馬からの緊急の救援要請だった。
「分った。俺も心当たり当たってみるから、落ち着けよ。」
「何かあったのかい?」
「真奈が優馬と喧嘩して、傷心の末行方不明になったみたいなんだ。」あちこち当たってみた。もちろん、優菜にも聞いてみた。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~何故だろう?あんなに突き放されても、望みを持っていられたのに、いつか必ず振り向かせてみせるって想ってたのに、土下座する太平に、もう何も云えないんだって、底抜けの寂しさを感じたよ。あんなに涙止まらなかったのも、初めてな気がするなあ。本当に好きだったんだ、太平のこと。こんなにかっこいい人、他にはいないから。でも何故か、これで終わったんだだって、自分でもびっくりする程、意外とあっさり諦められた。あんなに純粋に1人の人に恋したこと、後悔はしてないよ。むしろ、最後まで諦めずに1つの恋を貫いた自分を褒めてあげたい。でも、もうほんとにいいや。昨日を振り向かないで、歩いて行こう。
翌週さっそく、2年間頑張って来たバスケ部のマネージャーを辞めた。私なりのけじめと心の整理がしたかった。心にぽっかり穴が開いていた。
「優菜が誘うなんてね。」
「大平とは、別れたんだ。」
「ふーん、それで?」
「バスケ部も辞めた。」
「そうなんだ。」
「百花は、三田村君のことが・・」
「いつの話しなん。もうとっくに忘れたしい。」
「今、何かに熱中してるん?」
「はあ?あんたに関係ないでしょ。聞いたよ、あんた、人のことディスってたっしょ?そんで、自分も同じ負け組になったからって、尻尾振ってんじゃねえよ。」
「だよね。負け組同士だからって・・」
「あのさ、超むかつくんですけどお。あんたが負け組なんは勝手じゃん。けど、人まで同類にすんなよ。」こいつに明日を見付けるヒントをもらおうなんて甘かった。やっぱ、自分の明日は自分で見付けないといけないか。あー、けどな、何か空っぽなんだよね。実の父は遠い場所で別の家庭を持っていて、母と義父と年の離れた妹のいる家庭には、私の居場所はなかった。春樹なら、こんな私の心の穴を埋めてくれるのかな?なんて思った。だけど、私は春樹にいつも甘えてばかりで、彼の為に何もしたことがなかったんだ。そんなの、自分に甘過ぎると思った。自分の明日も、居場所も、やっぱ自分で見付けないといけないんだ。パワー部のマネージャーになろうかな?なんて考えてた矢先、春樹から着信があった。
「どうしたの?春樹からって珍しいじゃん。」
「真奈が行方不明なんんだよ。心当たりがあったら、報せて欲しいんだ。」
「月岡さんが?行方不明って、昨日から帰ってないとか?」
「今朝優馬とディズニーランドへ出かけたけど、そこへ佐伯が現れてトライアングルでもめて、連絡が出来ねえんだ。優馬の奴焦って探してるし、俺も気になるんだ。」
「へえ!大変なことになってるんだねえ。分ったよ。何か分れば連絡する。」自分の不幸を紛らわすのに、人の不幸は興味があったし、何かといつも相談に乗ってくれる春樹には、たまには役に立ちたかった。だから、以前に偶然月岡さんを見かけたことのあるゲームセンターに行ってみた。彼女とは小学校も中学校も隣の学区だった。顔は高校になるまで知らなかったけど、伝説の最強女の噂は有名だった。実際どんな女だろう?と興味はあった。なるほど、負けん気の強い女で、気が合いそうな印象だった。でもクラスは離れてて、縁はなかった。ゲームセンターへ行ってみると楽しくて、1人でも夢中になってしまった。実は、太平と別れてからヒトカラや1人ゲーセンが癖になっていた。知らないうちに時間が経っていて、10時になりかけていた。ちょっと怪しい連中が話しかけて来た。それも、以前太平に教えられていた要注意のナンパ師錠野って奴がリーダー格みたいだった。必死で避けていたけど、しつこく来たのでゲーセンを出ようとした。すると、連中は急にターゲットを変えた。私と同じ様に失恋して?ちょっとやけになってる様な女が1人。連中から離れたくて、ずっと遠目でちら見してた。日頃の印象と違い過ぎたので、まさかそれが月岡さんとは思えなかった。でも気になっていた。もっと早く確かめるべきだった。連中に差し出された紙コップの飲み物を無警戒に飲んでいて、かなりやばいと思った。慌てて確認の電話をかけた。坂下君に確認出来た時は、おぼつかない足取りでゲーセンから連れ出された直後だった。結果、とんでもない事件になってしまった。
「ごめんなさい。私がもっと早く報せていれば、防げたのに・・」
「いやむしろお手柄なんだから、気にするな。それに、優菜が無事でよかった。ごめんな、危ないこと頼んで。ありがとな、見付けてくれて。」春樹の優しい言葉が嬉しかった。~~~~~~~~~~~~~~~~
その時目にした光景はあまりに凄惨だった。爆発のせいで、金属製のものとかが散乱していた。荻野と入間は、壁からチェーンで繋がれた足枷みたいなものをはめられていて、身動きが出来ない状態だったけど、奇跡的に大した怪我はしてなかったし、火傷もましだった。それに引き換え、相手の方は酷かった。全員重症で、2人は落ちて来た鉄板状のもので首が切断されて、それぞれの血だまりの先に生首が1つづつ転がっていた。坂下は無残にやられていた。その横で、月岡がやはり足枷をはめられた状態で、傷付いた坂下に寄り添い泣きじゃくっていた。あまりに可哀そうな状況だった。月岡はほとんど無傷に見えた。全ての衝撃を坂下が身を呈して吸収していたのだろう。正直、坂下はもう助からないと思った。仲間として、どう対処してやればいいのか?それ以前に、あまりの光景に自分自身もトラウマになりそうだった。春樹は、プロレスラーを目指してるだけあって、凄惨な光景にも動じることなく、冷静にガスの始末とかをした後、坂下への出来る限りの応急処置をしていた。間もなくして、救急車と警察が来て、外は大勢の野次馬で騒然となっていた。坂下の乗った救急車に同乗して、救急病院に行った。懸命の治療の甲斐なく、坂下は亡くなった。園香も駆け付けて来たけど、ほぼ同じくらいに横井先生もやって来て、彼女と話す訳にもいかず、しばらく1人でぐったりしていた。月岡は、救急隊員が到着した時気を失った様で、後からの救急車で倉元が付き添って来た。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「気が付いたんだ。大丈夫、真奈美?」園香が泣いていた。病院みたいだった。
「優馬は?」私も、あまりのショックで気を失っていたみたいだ。
「ついさっき。」園香が哀しそうな顔して、首を横に振った。
「嘘でしょ?そんなの・・」
「体中傷だらけで、可哀そうで、もう見ていられなかった。」気が狂いそうだった。~~最低の裏切りを受けて、もう何もかもどうでもよくなって、気持ちの整理なんて全然出来なくて、家にも帰れなくて、憎んだはずなのに、憎めなくて、忘れられなくて、自分がもう分らなくなって、ただただ虚しくて、哀しくて、訳の分らないまま変な処へ連れ込まれて、襲われて、やられると思って、絶望感で一杯になって、そんな時優馬が助けに来てくれた。何故だろう?単純に嬉しくて、命かけて守ってくれてる彼を感じて、やっぱり私の優馬なんだと思えて、やっぱりどんなことをしても2人で生きて行きたいと思って、あいつが云ったことは嘘の様な気がして、無事に逃げるんだと思っていたのに、命に代えて私を守ってくれて、優馬は死んじゃったの?私は呆然としながらも、寝かされていた病室を飛び出して、溢れ出る涙も拭かずに、優馬が眠っている病室を見付けて飛び込んだ。途中、いろんな人に声をかけられた様だけど、ほとんど耳に入らなかった。病室の中は、信じられない光景だった。血の滲んだベッドに、全く動かなくなった優馬が、顔に白いハンカチ?を被せられて横たわっていた。
「優馬!起きて!目を覚まして!こんなの悪い冗談だって云って!嫌だよ、こんなの、絶対に嫌だよ。お願い、目を覚まして!」彼の頭が凄く冷たかった。
「すみません、そのハンカチには触らないでくれませんか?」
「家族の方ですか?」
「妹の風香です。失礼ですが、貴方は、兄とどういうご関係ですか?」妹さんは年があまり変わらないのか、凄くしっかりした子だった。
「月岡真奈美と云います。パワーリフティング部に所属していて、お兄さんと交際させて頂いてました。」
「そうですか。そういうことなんですね。兄は月岡さんを守る為に亡くなったんですね?」
「ごめんなさい。私の為に、ほんとにごめんなさい。」
「それが兄の意志だったんですよね。兄は、大切な人を守れたんですね。」
「風香、間に合わなくてごめんな。」妹さんの彼氏?らしい子が入って来た。
「悟志、来てくれたんだ。お兄ちゃん、死んじゃった。」妹さんは、その彼に泣き付いていた。
「真奈、間に合わなくって、すまない。」間もなく続き様だった。
「倉元君も来てくれたんだ。」
「俺が着いた時、丁度爆発が起こったんだ。」
「じゃあ、優馬と一緒に助けに来てくれたのは?」
「バスケ部の荻野と吹奏楽部の入間だよ。2人共軽傷で済んだ。」優馬だけが亡くなった。底知れない哀しさが、繰り返し襲って来た。
その後、優馬の亡骸は遺体安置室に運ばれて、一時保管されることになった。彼が運ばれて行って間もなく、あいつがのこのこと病院にやって来た。
「貴方さえいなければ、こんなことにはならなかったのに、優馬は2度と帰って来ないんだよ。」自分を抑えることが出来ず、始発電車で来て着いたばかりのあいつに突っかかってしまった。
「ごめんなさい。月岡さんの云う通り全部私が悪いの。ほんとにごめんなさい。優馬君が欲しくて、月岡さんが妬ましかったの。」
「赤ちゃんはどうするの?」
「あれは、月岡さんを諦めさせる為の嘘なの。」
「貴方って、最低!優馬の代わりに貴方が死ねば良かったのよ。」
「止めて、真奈美。もうそれ以上云うのは止めて!」園香が止めてくれていた。
「だって、優馬が。優馬が死んだんだよ。」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
真夜中の急患。夜が明けたら、待望の退院です。太平君のお見舞いは凄い嬉しいけど、彼の優しさのおかげですっかり打ち解けた今、もうそろそろ学校や他でも会いたい!だから、退院が嬉しくて、わくわくして眠れなかったんです。そんな時、急患を運んで来た救急車の音に何か凄い胸騒ぎを覚えたんです。まさか、その救急車に、瀕死の坂下君が乗っていたなんて、訳も分らずしばらくどきどきしていました。しかも、救急車の音はその後にも相次いでありました。一体何があったんだろう?ずっと、どきどきが収まりませんでした。だから、やっと眠りに就けたのは、もう明け方になっていました。美野里ちゃんの夢を見ていました。1人で夜道を歩けない私の為に、手を繋いでくれていました。
「今まで仲良くしてくれて、ありがとう。琴ちゃん、幸せになってね。」そう聞こえた瞬間、握られた手をぎゅっとされました。そして、その手がそっと離れて行くのを感じて目を開けました。すると、ドアの方に向かう美野里ちゃんの後ろ姿が見えました。
「美野里ちゃん!」しかし、彼女は何も云わずに振り向くこともなく、そのままドアを開け、病室から出て行きました。私はすぐに枕元の明かりを点けて、ベッドを出て追いかけようとしました。でも、ドアを開けて廊下を見ても、彼女の姿はもうそこにはありませんでした。追いかけることに一旦躊躇して、病室内に置手紙とかの痕跡がないか確認しようと部屋の照明を点けました。はっとしました。ベッドのすぐ横辺りの床が濡れているのが分ったんです。よく見ると、蒲団の一部には3滴程の湿りがありました。時計を見ると6時過ぎでした。ブラインドを上げると外はすっかり明るくなっていました。置手紙はありませんでした。追いかける勇気が出ないでいると、朝ごはんが来ました。美野里ちゃんに電話をかけてみました。まだ病院内にいるのか?電源が入っていないのメッセージ。とりあえず、朝ごはんを食べました。外がちょっとだけ薄暗くなっていました。曇っているのか?と思いみてみると、晴れていました。不思議な薄暗さ。そう云えば、今日は金環日食だと気付きました。でも、専用眼鏡がありません。その時です。
「おはよう!琴美。」こんな時間に太平君がくるなんて!
「学校じゃないの?」
「いいんだよ、そんなの。それより見てみろよ。今丁度金環になるはずだからさあ。」そう云って、専用眼鏡を渡してくれました。
「あっ、ほんとだ!綺麗に金環日食なってるよ。ほら、太平君も・・」彼を見て愕然としました。号泣していたんです。
「坂下がついさっき、死んだんだ。」凍り付きました。その後2人で抱き合って号泣しました。そして、何があったのか聞きました。ショックでした。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ーーー大宮学園高校グラウンドーーー
「おい、俺にも見せてくれよ。」みんなが口々に、友原が買って持っていた日食観察用グラスに群がっていた。朝練を中断して、金環日食観察会になっていた。
「もう、ほとんど欠けてて、後ちょっとだな。」
「今度、俺見せてくれよ。」
「次は俺な。早く回せよ。」急かしてやった。
「おい、マネージャーにも見せてやろうぜ。」
「リン、知恵、秋保、茜、おまえらも見ないか!」女子マネ全員に呼びかけた。
「おう、世紀の瞬間だぜー!今金環になったぞー!すげー、ワイルドだー!」
「ワイルドは関係ねえだろ。」
「あれ?リン達何か様子おかしくねえ?」
「おい、どうしたんだよ?おまえらも来いよ!」もう1度誘ってみた。
「何だ、あいつらはあいつらで持ってるんだ。」
「今、茜から聞いたんだけど、昨夜大宮区内の板金工場で爆発事故があって、少年3人が死んだらしいんだ。」庄司がマネージャー達の居る所から来て云った。
「その中にうちの学校の奴いたのか?」聞いてみた。
「パワー部の坂下が巻き込まれて、亡くなったらしい。」衝撃だった。
「まじかよ?何で、坂下がそんなとこいたんだ?」気になった。
「坂下だけじゃなく、荻野と入間と月岡もいたらしい。」
「どういうことなんだ?それ。」
「何でも、月岡がさらわれて、坂下達が助けに行って巻き込まれたらしい。」
「それで、他の3人はどうなったんだ?」
「荻野と入間は軽傷で、月岡は坂下がかばって奇跡的に無傷だったらしい。」
「女かばって死んだのかよ。何か、あいつらしいな。」不覚にも、涙が湧いて来た。凄くやられた気がした。男として。
「月岡と2人で世界大会行くはずだったんだよな?」
「せっかく根性で掴んだ栄冠なのに、何てことだよ。」俺はそう云い捨てると、茜の方へ歩み寄った。茜の奴も泣いてやがった。
「何、泣いてんだよ。」
「命がけで女子部員守ってなんて、感動的過ぎて。それに、国島君だって・・」
「女かばって死ぬなんて、やられたなって感じだよな。」
「もうかっこ良過ぎ。国島君は、私のこと命を捨ててまで守ってくれる?」
「俺には出来ねえな。意地でも助けて一緒に逃げて来るよ。」
「敵がいても、戦わずに逃げる?」
「俺達が戦うべき場所はグラウンドだからな。俺はおまえと一緒に甲子園行くんだから、死んでなんかいられねえんだ。」
「だよね。死んだら駄目じゃんね。」
「当り前だろ。やっぱりあいつは馬鹿だよ。最後までかっこつけやがってよ。」~~~~~~~~~~~~
ーーー《少し時間を遡って》大宮区の街の中移動中ーーー
「風香ちゃん、今病院に向かう車の中だよね。」ミノリンからの着信だった。
「ミノリンは無事なの?」
「私は東京の家にいたし、まだ家に居るの。もう少しで準備出来たら行くけど、はっきり云って優馬君は酷い怪我してるから、ショック受けないでね。」
「優が命がけでかばった彼女って、ミノリンじゃないの?」
「ごめんね。話しがややこしくて。でももう時間がないから、説明出来ないの。だから、信じて聞いて。」1泊2日で来た時会っただけなのに、ミノリンのこと、信じることが出来た。
「分った。何でも云って。」
「優馬君が死んだら、優馬君のズボンの後ろの左ポケットに、白いハンカチがあるはずだから、それを布の代わりに顔に被せて。」凄いショックだった。
「優、死んじゃうの?」
「落ち着いて。今、優馬君を助けられるのは、風香ちゃんの信じる心だけなんだよ。白いハンカチはね、優馬君を蘇生させるのに、それまで脳を冷凍保存するのに必要なの。だから、息を引き取っったらすぐに被せて。」素直に受け入れた。
車の中では、ほとんど会話はなかった。運転する父も、助手席の母も、祈っている様に見えた。まもなく病院に着くと、緊急手術の最中だった。すぐに、兄の穿いていたズボンを探した。手術の為に脱がされていたそれに辿り着くのに、意外と苦労した。財布などは大事に保管されていたが、ズボンも、肝心のハンカチも、廃棄物に回されていたのを聞き出して、やっとの思いで回収した。ハンカチはミノリンの云う通りのポケットにあった。ミノリンの、ハンカチへの強い想いを感じた。手術の時間は意外と短かった。もはや手の施しようがなく、後はせめて少しでも意識が一時的にでも戻ることに、微かな望みをかけるだけになった。父も母も、必死で兄に呼びかけていた。病室の前で待機してくれていた兄の部活の人や、友達も入れ替わりで呼びかけてくれた。しかし、兄の意識は1度も戻ることはなく、最期は家族3人が見守る中、息を引き取った。溢れ出る涙を拭う間も惜しんで、すぐに白いハンカチを兄の顔に被せた。両親は何も云わなかった。父は兎も角、母には少し分っていた様にも思う。2人は感情を抑えているのか、それとも傷付いた兄を見ることがもう限界だったのか、死の宣告後すぐに、連絡や葬儀の準備があるからと、その場を私に託して部屋を出た。兄の学校の人達が再び入って来て、みんな次々に手を合わせてくれた。その一通りのお見舞いが一段落したところで、しばし、兄の亡骸と2人きりになった。
「ごめんね、優。あんな酷いことを云って。」何年も前に、生意気にも兄のことを軽蔑して、散々罵声を浴びせてしまった自分を、今更悔いた。あの時、自分が何を云ったのか、一部憶えていた。
「優が死んでも泣かないって、嘘ばっか。ねえ、こんな生意気な妹でごめんね。優・・・優、又返事して笑って。私、その為なら何でもするよ。ミノリンがもし、奇跡起こしてくれるなら・・・」その時、閉めていた病室の扉が開いた。そして、兄と同いくらいの女性が入って来て、必死に兄に呼びかけていた。真奈美さんとの初対面だった。彼女は、自分のせいだと謝っていたが、正直事情がちゃんと呑み込めていなかったので、少し複雑だった。そこへ、学校を休んで悟志が駆け付けてくれた。彼は、この春から通い始めた高校のIT科の同級生で、一か月程前から交際していた。頭脳明晰かつ運動神経も抜群の上、人の気持ちの分る立派な人だ。潔癖症の私が唯一心も体も委ねることの出来る彼に、思わず泣き付いた。
しばらくして、兄の遺体は安置室に一旦移された。たってのお願いで、遺体安置室への同行を許され、悟志と2人で兄の体を見守った。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~病院に着いてまず琴ちゃんにお別れを告げてから、みんなのいる階に行った。すると、月岡さんがさっそく突っかかって来た。辛かったけど、それよりも彼女の気持ちを考えると当然だと思えた。前島さんが間に入ってくれて、その場を離れた。次に荻野君が私を見つけて近寄って来た。
「ごめんな、坂下をしなせてしまって。」渡りに船だった。
「その気持ち持ってくれてれば充分だよ。ちょっと、他の人の目の付かないところへ行って、座ろうよ。ちょっと力が足りないんだよ。」より確実にする為に、力の補充が必要だと思っていた。
「何するつもりなんだ?」問う彼の手を引っ張って、
「兎に角来て。」1階の外来の待合室まで連れて行って座った。早朝なので、他に誰もいなかった。
「おい、一体何を・・」
「ごめん、今は黙って力貸して。」
「今頃になって仕返しか?そんなに琴美が憎いのか?」
「何云ってるの?そんなに嫉妬深くないよ。すぐ分るよ。」その後は黙って精神を集中した。彼のパワーが、流れて来るのを感じた。吸い取られた彼は、やがて眠ってしまい、その彼をそのまま残して、遺体安置室に急いだ。
「ありがとう、風香ちゃん。よく守ってくれたね。」
「じゃあ俺外にいるから、必要だったら呼んでくれ。」風香ちゃんの彼氏が気を利かせて出て行った。2人きりになって、私は彼女に切り出した。そして、そのとんでもない提案を、彼女は特に深く追求することもなく、受け入れてくれた。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「よかった。気が付いたんだね。」美野里がいた。怪我をしているみたいだ。
「大丈夫か?それと、ここは一体?」
「遺体安置室だよ。」
「まさか僕は?もしかして、ミノリンが?」
「うん、優馬君は1度死んだんだよ。ごめんね、間に合わずに痛い思いをさせて。」
「確か、全身ぐちゃぐちゃにやられた気がしたんだけど、こんなパワーを使ってしまって、ミノリンは大丈夫なのか?」腰痛の時が引き換えだったので、心配だった。
「大丈夫な訳ないでしょ。凄く痛いよ。こんなに痛い目に遭ったんだよね。」
「ミノリン、僕を生き返らせるのに、ミノリンは一体?」
「もうこの体は多分持たないと思うんだ。だから、お母さんにはちゃんと今まで育ててくれたお礼と、親より先に死んじゃうお詫びと、お別れを云って来たから大丈夫だよ。」その言葉に、涙がどっと溢れた。
「そんなことして辛くないのか?」
「優馬君が居てくれない方が辛いからね。今、最期の瞬間まで一緒に居てくれるでしょ?痛いの辛いから、さっき薬も飲んだし、もうあまり時間ないんだ。」そう云いながらミノリンも泣いていた。僕の体はほとんど治っていたけど、何故かまだあまり自由が利かなかった。辛くも、傷付いた美野里に寄り添うのがやっとだ。
「どうしてそうまでしてくれるんだよ?」
「優馬君を愛してるから、どうしようもないんだよ。」
「死ぬのは恐くないの?」
「恐くないって云ったら嘘になるけど、優馬君が居てくれるから、大丈夫だよ。」そう云ってる間にも、美野里の体は、おそらく僕が受けていた傷の身代わりの箇所がどんどん傷付いて行き、ぼろぼろになっていくのが分った。
「僕なんかの為にごめんな。ほんとに、哀しい思いさせて、ごめんな。」
「ううん、優馬君が照らしてくれてたから、今日まで生きて来れたんだよ。どうせ、もっともっと早く死んでたのを、神様があの夜優馬君ていう最高のプレゼントをくれて、だから凄く幸せなんだよ。二股させたのも、月岡さんを哀しませて危険な目に遭わせてしまったのも、全部私のせいなの。私がね、いなくなったらきっとみんな上手く行くよ。月岡さんを幸せにしてあげてね。彼女も優馬君のこと凄く愛してるから。・・・そして、優馬君も幸せになってね。・・・ほんとに、今日までありがとう!」
「ミノリン、死なないで!やっぱり生きていてくれよ!」
「無理だよ。もう痛過ぎて限界なの。痛いよ。お願い、抱いて!抱いて、キスして欲しい!」僕は、美野里を抱き締めた。そして、キスをした。涙が、それまで流したのと比べ物にならない程超大量に溢れて来て、美野里の流した大量の涙と混ざって合流して流れた。
「愛してるよ、ミノリン。」唇を微かに離して云った。
「私も愛してる、優馬君。」そして、強く抱き締め合ったまま、又深くキスをした。美野里の辛さや、その身の痛みが少しでも和らぐ様に、強く、深く・・・やがて、美野里の力が急に抜けた。僕は、声をあげて泣いた。
この物語に登場する人物等は、実在の個人及び団体等とは一切関わりございません。さて、本来現実社会の通説になっている概念について、少し触れておこうと思います。いわゆる超能力とか、霊とか、科学では説明出来ない超常現象及び、それに準ずるその類の不思議な現象。それについての見方やご意見は多種多様にお持ちのこととは存じますが、もし、実際その様なことに出くわしたとしたら、貴方ならそれをどう受け止め、どの様な対応をされますか?この現社会が基本、説明の出来ない非論理的なものには否定的に流れている以上、それを信じる者は明らかに異端児なんですよね。しかし、本当の現実は、現在時点で科学で証明されていることよりも、ほんの少しだけずれている様に感じるのは、私だけでしょうか?例えば、血液型や生まれ星座による性格判断は、医学的に云っても科学的に云っても何の根拠もないとされています。現実は果してそうなのでしょうか?私はよく初対面の人の生まれ星座を、相手の生年月日やそれに直接繋がる情報を知らないままに云い当てたりします。その正解率は50%に近い実績を持っています。本来12分の1の確率ですから、かなりの的中率だと思いませんか?なんて、脱線し過ぎましたね。失礼致しました。これくらいにしておきましょう。この度も、お付き合い頂きまして誠にありがとうございました。では、完結に向かって残り2話も、何卒よろしくお願い致します。




