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命の選択*その1・・・命に代えても

 究極の選択と聞いて、何を連想されますか?人は時に、大きな選択に迫られることがあると思います。それが、人生においてとんでもなく重大な選択を、俄かに急いでしなければならない場面ならどうでしょう?自分にとって、本当に大切なものは何なのか?命をかけてでも守らなければいけないものは何なのか?悔いのない選択が出来たらいいですね。

 「優馬君、よかった。ほんとによかったよ。」4月9日、教室に入ってさっと戸を閉めた途端、美野里が飛び付く様に抱き付いて来た。

 「あー、よかったよ。ミノリンと同じクラスでほっとした。」彼女を抱き締めたまま答えた。又同じクラスになれて素直に嬉しいという気持ちの他にも、教室外で美野里と習慣的に会うのはまずいと思っていたので、本当によかった。

 「ほんと、生きててよかった。」その言葉に、前日の彼女からの自殺を仄めかしたメールを思い出し、彼女の左手を取って、目の前に持って来た。その左手首には少しだけ切り傷があった。それもごく最近の傷だった。ぞっとした。

 「ほんとに何やってるんだよ。馬鹿なことするなよ。ミノリンのこと絶対に放したりしないから、もうそんなこと絶対にするなよ。」美野里のことが心配で堪らなくなって、教室だということを忘れて、思わず彼女を強く抱き締めてしまった。正直、後先のことを考える余裕なく、咄嗟の言動だった。

 「坂下君て案外やるねー!それも元カノの見てる前でさー!」以前に琴美から聞いていた、バレー部の戸倉弥生の声だった。まずいと思った。

 「ちょっと来て。」琴美が慌てて弥生の手を引っ張って、教室から出て行った。

 「優馬君、どういうことか説明して欲しいな。」美野里の顔が引きつっていた。琴美の慌てた行動で、美野里はしっかり勘付いている様子だった。

 「ごめん、これには訳があるんだ。」とぼけても通用しないと思った。


 「今の人が云ってた元カノって、この状況から云ってどう考えても琴ちゃんのことだよね?優馬君と琴ちゃんて、私以前に付き合ってたの?」

 「違う。誤解なんだ。」

 「どう誤解なの?・・私が優馬君の頬を思いっ切り叩かないうちにちゃんと説明してよ。」

 「高田さんは夜遅くなったら、手を繋いで家まで送って行かないと1人じゃ帰れないだろう?」

 「それで、夜送って行ったの?」

 「戸倉さんは高田さんの家の近くだから、偶然通りかかって誤解されたんだ。」

 「手を繋いでただけ?」

 「いや、その、高田さんが抱き付いて来て・・」

 「それで、優馬君も抱いてあげたの?」

 「そうしてあげたら落ち着くかなと思って、少しだけ抱き合ったんだ。ほんとごめん。でも、それだけで、丁度そこを通りかかったんだ。」

 「どうして、そういうことになるの?手を繋いで送ってあげてただけで、どうしてそういうことになるの?」初めて見聞きする、美野里のヒステリックで大きな声だった。彼女の不思議な力を知っているだけに、まじで恐かった。

 「ほんとにごめん。でも、信じて欲しい。決してミノリンのことをいい加減に想ってる訳じゃないんだ。」

 「そんなの信じてるよ。でも、どうしてそういうことになるのか納得出来ない。だから、ちゃんと説明してよ。」

 「ミノリンも聞いてる、高田さんのあの秘密を告白されたんだ。そのことを思い出して辛くなって、きっと辛過ぎて耐えられなかったんだと思う。」

 「それで、同情して抱いてあげたって訳?」

 「可哀そうでつい、でもほんとごめんな。」

 「なるほど、優馬君らしいね。」少しは納得してくれたみたいだった。丁度そこへ、弥生が教室に戻って来た。何か、不機嫌そうだった。

 「ねえねえ、どうしたの?弥生。あいつ何だって?」確かバスケ部のマネージャーの子だ。同じクラスになったみたいで、弥生と仲いいみたいだ。

 「見られたのが都合悪かったから、黙ってくれって怒りだすのよ。」

 「それって、あいつが男子とキスしてたって話しだっけ?」

 「あーでも、今それ云わない方がいいらしい。その男子今教室にいるから。」

 「えー、それ誰誰?教えて。今もめてるあれがそうなのかな?」すると弥生が、その子に耳打ちしていた。その会話を黙って聞いていた美野里が涙を流しながら、僕を睨み付けていた。

 「優馬君、叩いていい?」美野里の右手がぶるぶる震えていた。

 「叩いてもいいけど、キスはしてないから。誤解だから。」そう云ったところで、美野里のビンタが本当に飛んで来た。しかも、まじビンタ。前日に真奈美さんの家に行ったばかりだったから、後ろめたさマックスで、泣いてしまった。

 「わお、まじ修羅場!クラス初日からいきなり何か凄いもん見たね。」そのマネージャーの子の声だ。

 「本当にキスはしてないんだ。そういう雰囲気になったけど、それは拒んだんだ。だから、キスしたと思われてるのは誤解なんだ。」

 「もういいよ。そんな当たり前のこと、必死で云わないで!それより、携帯出してよ。」云われるままに、彼女からもらったスマホを差し出した。すると、彼女はさっそくそれをいろいろいじっていた。

 「あれ確か、パワー部の坂下君だよね。この前の全国大会で圧倒的な強さで優勝して、8月世界大会行くって聞いたけど、自分の彼女にはめっちゃびびってんじゃん。超うけるわ。」さっきと同じ子?そんなこと云われていた。強くなって、少々のことではびびらなくなってるはずなのに、その時は本当に震えていた。いつの間にか美野里に支配されてる、そんな自分に気付いた。

 「もう1つの携帯も出して!」そう云って、スマホは返して来た。

 「それは元から僕の携帯だけど、どうする気な・・」

 「つべこべ云わないで、さっさと出してよ!」こんなに怒っている美野里は初めてで、怖くて慌てて云う通りにした。涙も止まらなかった。

 「高田さんには、どうするつもりなんだ?」

 「琴ちゃんのことはもう放っといてよ。もう、優馬君は琴ちゃんには一切近付かないで!口も利かないで!約束して!」

 「分った。守るよ。だから、許して欲しい。」

 「そうだねえ。悪いのは琴ちゃんの方みたいだもんね?ところで、このストラップはどうしたの?誰かから、もらったの?」

 「気に入らなかったら、はずすよ。」

 「そんなこと云ってないよ。誰からもらったのか、聞いてるんだよ。」

 「パワー部の子からもらったんだ。」正直に答えた。

 「その子とも、部活動以外では会わないでね。」そう云いながらも、後から渡した携帯を念入りにチェックしていた。念の為真奈美さんとのメールのやりとりはすぐに消去する様にしていたけど、発信記録や着信記録は見られてしまった。そんな最中、太平が教室に入って来た。

 「おい、高田さんが踊り場のとこで号泣してるんだけど、何かあったのか?」

 「聞いてよ、荻野君。優馬君と琴ちゃんがキスしそうになったんだって、どうしよう。私は女同士で事情聴取するけど、荻野君は優馬君に云ってやって欲しいの。」

 「えー、何かの間違いじゃないのか?」

 「そうでもないみたいだから、もめてるんだよ。」

 「分った。何か、ホームルームどころじゃなさそうだな。坂下、ちょっと顔貸してくれよ。」

 「携帯返すから、持って行って。」携帯を受け取り、太平と屋上に向かった。

 「一体何があったんだ?」太平は落ち着いていた。騒がしい教室じゃなく、ゆっくり話せる様に来たみたいだ。

 「2年の最後の保健体育の授業の後、高田さんが俺にいろいろ打ち明けて来たって話したのを憶えてるだろ?」

 「あー、あの話しのおかげで希望が持てる様になったんだけど、それが?」

 「特にそれであってるんだけど、その高田さんと話したのがその時の2日前で、彼女を送って行く途中だったんだ。」

 「何となく、もう話し見えて来た。坂下だけが唯一甘えられる男子だったから、抱き付いて来たんだろ。」

 「よく分るな。」

 「そりゃ、経験が違うからな。それに、その時坂下がそう云ってただろ。で、その現場を誰かに見られてたのか?」

 「バレー部の戸倉さんが、高田さんと家が近いみたいで、今頃になって暴露されたんだ。それも、彼女達のいる教室で、しかもしてもいないキスという尾びれまで付けて来たから、ミノリンが怒ってビンタして来たって訳。」

 「そりゃきついな。佐伯って、意外と気性が激しいんだ。じゃ、彼氏の前には、親友にもビンタしたのか?」

 「いや、それはまだしてなかった。高田さんは暴露しかけた戸倉さんを、慌てて教室の外へ連れ出して、その後のことは知らないんだ。」

 「なるほどな。後は戸倉の性格から云って、逆切れしたってとこだな。」

 「よく、分るな。まるで春樹みたいだ。」

 「いや、あいつの読みには負けるよ。俺のは単に経験からの憶測に過ぎない。」

 「なあ、怒っていないのか?」

 「野暮なこと聞くなよ。坂下のことは信じてるよ。そんなことでもめてるより、今は琴美さんのことが心配だ。教室に戻ろうぜ。坂下も佐伯をなだめないとな。」琴美さん?距離は縮まってるってこと?

 僕達はすぐに教室に戻った。ホームルームのはずが先生はいなかった。美野里がいきなり抱き付いて来て、

 「ごめんね、感情的になって叩いたりして、ほんとにごめんなさい。」今度は号泣していた。何も云えなかったけど、頭を撫でてやった。

 「おい、琴美さんは戻って来てないのか?」

 「琴美なら、顔ぶつけて怪我して血出したから、先生が保健室に連れて行ったけど。」弥生の答えに、太平は美野里の方を見た。

 「違うよ。琴ちゃんが勝手に転んで怪我しただけ。」いや、それって手は出してなくても、呪いじゃないか?と思い、ぞっとした。

 「血が出たって、そんなに酷いのか?」

 「うん、結構出てたね。お化けみたいになってたよ。見て来てやったら?」でも、太平は行こうとはしなかった。一方、美野里は泣くばかりだった。始業式で体育館に行ってから並ぶ列が少し離れたけど、そこでも彼女は1人で泣いていた。

 「どうして、高田さんとこへ行ってやんないんだ?」

 「顔の怪我は、あまり見られたくないだろうと思ってな、俺には特に見られたくないと思うんだ。でも、やっぱり心配だなあ。」教室に戻っても、琴美はもう早退していなかった。美野里は結局その日はずっと泣いたままだった。

 「坂下、琴美さんの携帯番号とメアド知ってるか?」

 「残念だけど、今朝ミノリンに消去されて、憶えてないよ。」

 「おまえもやられたのか?俺も同じこと、優菜にやられてさ、参ったよ。」

 「じゃあ、ミノリンに聞くしかないな。でも、教えてくれるかな?」

 「それが、泣いてて無理なんだ。」太平は結局その日は諦めていた。美野里は泣いたまま、放課後すぐに帰った。


 「優馬、今日全然元気ないね。一体どうしちゃったの?」その日部活に出て、冴えない顔をしてる僕に、真奈美さんがさっそく声をかけて来た。物凄く複雑な気分だった。美野里とのことで落ち込んだ気持ちを、真奈美さんと話して楽になる面もあるけど、真奈美さんと仲良くしてるのが美野里にばれるのは恐かった。又美野里とのことや、琴美とのことが、真奈美さんの耳に入らないかも心配だった。真奈美さんも美野里もどちらも泣かせたくなかったし、怒らせる怖さも感じていた。得たものの重さは、バーベルよりも遥かに重かった。

 「ちょっと疲れてるんだ。大会まで張り詰めていたし、大会が終わってからもいろいろあり過ぎて、それが今頃急に来たって感じかな。」

 「ごめんね。凄く心配かけて。我儘云って、バイトできついことも云って。そんな真奈美を、優馬は抱いてくれたんだよね。」

 「ごめん、そのことなんだけど、2人だけの秘め事にしてくれないいか?」

 「どうして?大きな声で云うことじゃないけど、そんな風に云われたら何かショックだな。ただのその場限りみたいに聞こえてやだな。」

 「そんな風に思ってる訳ないじゃないか。大切に想ってるからこそ、急進展に戸惑ってるんだよ。真奈美だって、そうじゃないのか?」

 「私は、優馬とあーなったこと、全然後悔してないよ。将来結婚してくれると信じたから、・・優馬しかいないと思ったから、躊躇わなかったんじゃない。」

 「だったら尚更のこと、俺はこれからの付き合い方が大事だと思うんだ。」

 「それは私だってちゃんと考えてるよ。ずるずると甘いだけの関係になって、ここまで築いて来たものを台無しにしたくないじゃない。でも、昨日のことは決して流されたんじゃないよ。どうしても、優馬との絆を確かめたかったんだ。だから、優馬の愛を一杯感じた今日は、又新たな目標に向かって頑張れるんだ。心配なのは優馬だけでしょ?私と付き合ってから、弱くなったなんて云わないでよ。」

 「それは、さすがにもったいない話しだな。ひ弱だった俺がここまで強く成れたのは、真奈美がいたからだからな。」

 「又何嬉しいこと云ってくれてるの。そんなこと云われたら、テンション上がりまくっちゃうじゃない。じゃあねえ、テンション上がりついでに私の方も告白しちゃうけど、この前の大会で逆転優勝出来たのは、優馬がいるからなんだけどな。」

 「で、あんな無理したのか?」

 「あー、どうしてそこでそんなネガティブな方だけ見るんよ。私は死ぬ程優馬のことが好きだから頑張れたの。」確かにネガティブになっていた。

 「でも、あんな無理してほんとに死んだらどうするんだよ?」

 「そしたら、優馬泣いてくれる?」

 「泣くどころか、一生立ち直れないよ。」

 「もう冗談だよー。ほんとに死んだら優馬と一緒に居れなくなっちゃうからやだよー。もう、嘘、泣いてるの?何も泣かなくってもいいじゃない。」

 「人の気も知らないで、よくそんな冗談云えるな。」

 「ごめん。そこまでほんとに心配してくれてるとは、でもそれまじ嬉しいな。」

 「兎に角、無理しない程度に頑張れよな。」

 「うん、そうだね、ありがとう。・・・あのね優馬、上手くは云えないけど、君と共に行こうの歌ね、私の胸に共鳴したんだ。あー、私は生きてるんだ。生まれて来てほんとによかったって、優馬に巡り会えて、同じ夢追っかけてさあ、もうわくわくが収まらないんだ。優馬の頑張りが励みになって、・・・もうあそこまで無理はしないけど、その代わり前より計画的にちゃんと力を伸ばして行きたいし、優馬のアドバイスとかも聞いて、これからも一緒に歩いて行きたいな。」その言葉は僕にとってあまりに感動的で、もう最大限に涙線を刺激されて、もう堪らなかった。それは言葉では到底他の人には通じないものだと思う。2人だけの険しい目標を、来る日も来る日も共に汗を流して超えて来たからこそ、互いに通じ合う根強い想いを込めた言葉だった。

 「俺も同じで、だから通じ合ってたことが嬉し過ぎて・・・」もう自分でも何云ってるのか分らない程、感動していた。

 「優馬、もう止めよ。この話しやばいよ。優馬感動し過ぎだし、私も涙出て来ちゃった。兎に角、今は5月6日の埼玉大会に向けて、頑張らなくっちゃ。」落ち込んで元気がなかった僕のことが話しの発端だったけど、怪我の功名なのか、意外といい風に話しがまとまって来た。ここは、もう一押しと思い、提案した。

 「なあ、大会終わるまでは、又デートとかも我慢して、体調管理に努めようぜ。俺は、この2年間真奈美に近付きたい一心で、休みの日も自分でトレーニングするか、休養に努めるかしてたんだ。」頭の中で、上手く二股をやり過ごす計算をし始めた為か、急に涙が収まって、冷静に云えた。

 「そうか、優馬は一途に私を見てくれてたんだ。」今度は彼女の方が派手に感動していた。だから、それに乗じて話しを進めた。

 「大会には目標を立てて、その目標をクリアした時だけ、ご褒美にぱっとデートするとかさ。それだったら、何か燃えるだろ?」

 「うん、それいいね。じゃあ、どうしよう?どうせ敵いなくて優勝は間違いないだろうし、トータルの目標設定にしようか?」

 「うん、それしかないな。俺は、ちょっと疲れとかもあるし、この前のが出来過ぎだから、現状維持で500キロにするし、真奈美も320キロはどうかな?」

 「優馬の500キロは断トツだから現状維持でも充分かもしれないけど、私は進歩のないのは嫌だな。せめて、325キロ。ほんとは330キロって云いたいんだけど、この前のがぎりぎりだったし、もしクリア出来なくてデートがお預けなんて絶対耐えられないし、ちょっと自分に甘い気はするけど、それで勘弁して。」

 「いいのか、ほんとにそれで?そのノルマはまじで実行するぞ。」

 「うん、いいよ。それで行こ!優馬、私の性格分ってるね。まんまとはまって、さっそく燃えて来ちゃった。じゃあ、クリア出来たら豪華デート実施しようね。あっ、その前に、優馬も早く復活して、ちゃんと目標クリアしてね。」我ながら、上手くコントロール出来たと思った。これで、美野里の云う様に部活以外で、美野里の目に付くところでの真奈美さんとの接触は無くせそうだし、真奈美さんと僕にとっても、向上心を忘れないいいやり方だ。実際、5月6日の大会に向けて、真奈美さんとの雰囲気は凄くよくなって行った。まあ、それはそれとして・・・


 さて、一方の美野里の方はと云えば、本当に自殺してしまうんじゃないかと思う程、酷く落ち込んでいる様子だった。

 「琴ちゃん顔に酷い怪我したのに、それ見て私、いいきみだと思ったんだよ。きっと琴ちゃんだって、凄く後悔してるはずなのに、私には許せない心があって、自分でもどうしようもないの。助けて、優馬君。私、もう駄目だよ。自分の中の醜い心に負けてしまいそうだよ。」その夜=4月9日の夜、心配で電話してみると、そう云って泣き喚いていた。美野里の心の葛藤が痛い程分って凄く辛かった。

 「ミノリンにそんな辛い思いさせてしまって、僕って彼氏失格だな。」

 「そんなこと云わないで。優馬君がいてくれないと生きて行けないよ。」

 「こんな僕でも許してくれるのか?」

 「許すも何も、優馬君を独占したいと思うのはきっと私の我儘なんだよね。でもね、優馬君には私だけの王子様でいて欲しい。優馬君が私に与えてくれてる光が温か過ぎて、心地よ過ぎて、もう誰にも渡したくないの。今日のことで、優馬君が私のことを嫌いになったら、もう駄目だよー。」ずっと涙声だった。

 「愛してるから、絶対に見放したりしないから、死んだりするなよ。」2人の女子とそういう関係を続けていけるはずないのに、僕はそう云うしか仕方なかった。 「うん、優馬君が居てくれる限り、死んだりしないよ。」とりあえず、最悪の事態を防げた気がした。けど、美野里はそれから3日間学校を休んで、金曜になってやっと出て来た。そして、以前と同じ様に僕に甘えて来た。ただ、以前とはっきり違ったのは、僕を束縛する言動が目に見えて増えた。さんざん僕を縛り付けることを云った後、放課後は、まだ休んだままの琴美の家に行くと云って、さっさと帰ってしまった。その日くらいから、部活での調子は上向きになって行った。真奈美さんも頑張っていた。以前の様な爽やかな日々が戻った気がした。でも、その中身ははっきり違っていた様だ。僕との未来を固く信じて止まない、そんな瞳の色を感じた。

 翌日、まだ3日目にして、バイトが絶好調になった。真奈美さんのスペシャルノートのおかげだった。真奈美さんという人が、どれだけ物事に前向きなのかをつくづく感じさせる、即使える実用的な内容だった。真奈美さんとの息はぴったりで、この日から職場で名コンビと呼ばれる様になった。真奈美さんにとってそれはまさに思う壺で、彼女はすっかりご機嫌だった。部活では控えていたキスも、この日は久し振りにした。もちろん人目は避けた。彼女は凄く満足したのか、日曜日は約束通り?会わずに休養に努めた。

 次の週には琴美も学校に出て来たけど、美野里との約束で近付かない様にした。美野里はと云えば、琴美にちょっとお愛想しただけで、ほとんど僕のところに寄って来た。その気持ちも痛いほど分ったので、一生懸命それに応えた。琴美は独りでいることが多くなった。そんな彼女に寄るのは、専ら太平ばかりになって行った。けど、週の中頃から少し様子が変だった。太平が構ってやっていない時の琴美は、何か常に怯えてる様に見えた。ある日、美野里が教室を出た時に琴美が急に話しかけて来た。僕は、美野里の心が乱れるのを恐れて、それを冷たく突き放した。それが酷くショックだったのだろう。琴美はその場で泣き出した。そこへ美野里が戻って来て、そこが僕の机の横だったから、美野里がきつく琴美を咎めていた。そんなぎくしゃくを見て、本当に可哀そうなのは誰なのだろう?とふと思った。きっと、琴美は単純に寂しくて哀しいんだろう?太平も単純に、そんな琴美を慰めたいんだろう?でも、美野里はかなり複雑に苦悩している様に思えた。そんなことを思ってる僕は、本当はもうとっくに混乱し切っていた。混乱しているくせに、結構その場その場の感情に流されていたのだ。3年になってすっかり重苦しくなったクラスから、放課後は解放感があった。少々ハードで苦しくても、目標に向かって単純に頑張れる部活は、凄く爽やかだった。埼玉大会に向かって、真奈美さんも僕もどんどんテンションは上がって行った。そして21日の4日目のバイトで、店長から“お祝い”だと云われて、何とディズニーランドのペアフリーパス券をプレゼントされた。真奈美さんのテンションが更に急上昇したのは云うまでもない。待ち受ける過酷な運命を知る由もなく、僕もどんどん調子を上げて行った。

 ゴールデンウィーク前の最後の週に入って、単純だと思っていた琴美と太平に変化があった。太平の好意を、琴美が不自然に拒む様になったのだ。太平は訳が分らずに戸惑い、琴美は孤立感を深めて行った。でも、僕にはどうすることも出来ず、美野里の手前むしろ無視するしかなかった。美野里は、相変わらず僕に甘えて来ることが多かった。もう僕のことで一杯なのか?親友であるはずの琴美のことは放置していた。異常な状態とは思ったけど、美野里に逆らうことは出来なかった。彼女は更に、ゴールデンウィークの前半は安全日なので会いたいと云い出した。でも、試合前だからと断った。すると、彼女は怒り出した。話しは進学先のことに発展して、まだちゃんと決められず返事していないことを云うと、彼女の苛立ちは頂点に達して、僕は泣いて謝った。すると美野里は我に返って、急に優しくなった。そんな様な事を数回繰り返した気がする。大会まではそんな感じで、それでも酷いことは起こらなかったので、部活では集中することが出来ていた。28日のバイトは、真奈美さんと相談の上、平日同様5時間で切り上げさせてもらった。ただ、仕事量はあったので、かなり連携よく効率アップして、2人して相当濃密に頑張った。バイトが終わってからは、恒例のデートをした。そう、日曜は我慢する代わりに、バイトの後は少し2人で過ごすようにしていたのだ。この日は早く切り上げた分、いつもよりも長くデート出来た。美野里には、バイトの残業とか嘘を付いていた。後ろめたさがなかった訳じゃないけど、真奈美さんが甘えて来たのに流された。ばれないだろうと、甘く見ていた。それでも、大会目前ということで、デートの内容は軽めにして、暗くなるくらいには切り上げた。その代わり。5月20日にディズニーランドへ行って思いっ切り遊ぼうということにした。

 連休に入っても、大会への調整の為の部活があった。その間は、美野里に我慢を納得させた。だから、かなり集中してパワーアップも調整も出来た。真奈美さんも相変わらずハイテンションで、絶好調だった。ただ、何故か園香が珍しく憂鬱そうだった。5月5日の大会前日も、バイトに揃って出た。デートはなしだった。

 迎えた5月6日埼玉大会。桜区の体育館で行われ、スクワット210キロ、ベンチ107.5キロ、デッド190キロのトータル507.5キロで自己記録を更新し、目標クリアした。又真奈美さんも、スクワット125キロ、ベンチ67.5キロ、デッド140キロのトータル332.5キロで、大きく目標をクリアした。彼女の意志の強さを感じた。共に満面の笑みで、断トツの優勝だった。美野里は、その場にはいなかった。気になって、メールでご機嫌をとった。不思議と、単純に信じてくれている様だった。本当は凄く苦悩した末に、必死で信じてくれていたはずなのに、その時はそこまで頭が回らず、目の前の喜びに酔った。しかし、優勝の喜びの余韻が弱まる程に、美野里の苦悩を感じて、僕の苦悩も又爆発的に膨れ上がって行った。早くも大会のあった日の夜には、心の迷走が再び始まっていた。嫉妬に狂った美野里に切り刻まれて殺される夢を見た。一晩にして、目標クリアの喜びが遠い昔へと変わっていた。地獄の始まりを告げていた。

 翌7日の朝、琴美が血を吐いて倒れた。太平が追いかけて病院へ行った。琴美が倒れた途端、美野里が堰を切った様にいらいらし出した。無理して信じていたかの様に、ジェラシーをぶつけて来て怒り出す美野里に、僕はどうしようもなく、ただ泣いて謝った。強い後ろめたさと、痛い程分る美野里の胸の内への想いが混ざり合って、辛くて耐えられなくなった。そして、教室を飛び出した。3時限目が終わった後の休憩時間のことだ。

 「おい、優馬、どうしたんだ?」廊下で、B組の健に呼び止められた。

 「もう、どうしたらいいか分らなくなった。」泣いたままだった。

 「優馬が悩んでるのは、あの件だよな?」

 「あー、そうだよ。だから、ここじゃ何も云えないんだ。」

 「屋上行って話さないか?」

 「4時限目がもうすぐ始まるけど、出なくていいのか?」

 「数学だからな、出たくないんだ。それに俺も一杯話したいことあるしな。」4時限目をさぼることにして、屋上へ行った。

 「俺って、最低だ。真奈美のことも、ミノリンのこともどっちも大切にしたいのに、両方とも傷付けてしまいそうなんだ。もう最悪の二股なんだ。」

 「世間では今、二股は肩身が狭いからな。でも、云っただろう?どっちかを選ばないと、みんな傷付いて大変なことになるって。一体あれからどう進んだんだ?」これまでの進展をおおまかに告白した。さすがに健も呆れ果てていた。

 「どっちも向こうから迫って来たんだ。あんなに・・・・・・とは知らなかったから、止まらなくなって・・」

 「佐伯の時はそうだったんだろうけど、月岡の時は分ってたんだろう?」

 「真奈美があんなに俺のこと想っててくれて、あんなに強引とは思わなかったから、もう流されて行く自分をどうしようもなかったんだ。」

 「そっか、そっか。まあ、親友の俺にだけならいいけど、それ絶対よそでは云うなよ。その事実どっちかに知られたら、何が起こるか分らないぞ。」

 「俺、これから一体どうなるんだろう?」

 「知るかよ。人の忠告聞かずにそこまでやってしまったら、後は自分でケリつけるしかないじゃん。いい思いの裏にはそれ相応の苦しみがあるもんだ。そう云う俺も例外じゃないんだ。十代でパパになっちゃうんだからな。例え親友と云えど、人ごとに構ってる場合じゃねえんだよ。」

 「パパになるって、まさか子供が出来たってことか?」

 「ああ、、3年なってから千里に会ってないだろ?」そう云えば・・

 「学校辞めたのか?」

 「いろいろ大変だったけど、両方の親が納得してくれて、産むことになって、妊婦が高校通う訳にもいかないだろ?云うの遅くなったけど、千里、優馬によろしく云っといてくれって。」

 「元気なのか?」

 「ちょっと悪阻があるけど、俺の子供産めるのが嬉しいみたいで、テンションは高いんだ。こっちは、早く一人前の坊主にならないといけねえから、毎日大変でさ。」

 「けど意外だな。健達はしっかりしてて、高校卒業するまではきちっと避妊すると思ってたから、びっくりしたよ。」

 「やっぱり、あの事故大きかったな。あれで求め合う気持ちが強く成り過ぎて、いつの間にかコントロール出来なくなっていたんだ。優馬も気を付けろよ。俺の場合は千里1人だからちゃんと収まるけど、優馬の場合は最低でも片方に大きな清算をしないといけなくなる。下手すると、両方とも巨大な清算が待ってるぞ。」

 「脅かすなよ、俺、清算なんて出来ないよ。」

 「嫌だったら、最悪でも避妊はきちっとやれってこと。してるんだろ。こんどーさん?もし、ないんだったら、俺のやるぞ。もう要らないからな。」

 「じゃあ、もらっとこうかな。真奈美が持ってるけど、ミノリンは体温測ってるからって、無しなんだ。」

 「聞けば聞く程、優馬の話し恐えよ。」その後、お互い何も云わず、屋上からの景色をぼうっと眺めたり、中学時代の思い出話しをしたり、美野里にメールしたりした。昼休みになって、そろそろ下りようかと云ってるところへ、病院から帰って来ていた太平が上がって来た。琴美は大丈夫らしいので、一安心だったけど、僕のことや健のことを聞いて、太平は凄く驚いていた。慰めはなかった。3人で話していると、美野里が手作り弁当を持ってやって来た。そう云えば、“休み明けに弁当を作って来るから一緒にそれを食べる”みたいなこと云われていたんだ。健と太平は、気を遣って下りて行った。

 「ごめんね、最近私いらいらし過ぎだよね。ただ、こうやって2人で平和に過ごしたいだけなのに、こんなんじゃ駄目だね。」

 「僕は、ミノリンにはいつも笑顔でいて欲しい。いつも笑顔にしたい。それが出来ない自分が憎い。自分で自分が憎い。」

 「ありがとう。信じるよ。でも、自分を責めないで。苦しんでいる優馬君を見るの、辛いの。苦しめてる本人が云うのも変だけど、私も優馬君には笑顔でいて欲しいし、いつも笑顔にしたい。お弁当だって、そう思って作って来たんだよ。」

 「うん、凄く美味しいよ。」丁度おかずの一口目を口にしたところだった。

 「きっとね、これ食べたら凄く元気になるよ。ほんとは試合前に作って来るべきだったんだけど、余裕がなかったから、ごめんね。」その後何も云えず、しばらく黙って食べた。美野里の弁当はどのおかずも凄く美味しかった。強い愛を感じた。そして、いつもの様に又涙が溢れた。

 「ほんとに凄く美味しいよ。」

 「優馬君、最近泣き過ぎ。感動しやすい気質なのは分るけど、こんなによく泣かれると、さすがに哀しくなっちゃうよ。それに、食事中だと撫でてあげることも出来ないし、困るな。」そう云われながらも、僕は涙ぐみながら食べ続けた。彼女の愛情を噛み締める程、涙が湧いて来て止めることが出来なかった。そんな感じで食べていると、涙越しに女生徒が1人屋上に上がって来たのが見えた。

 「舞ちゃん。」美野里が独りごとの様にぽつりと云ったので、それが城崎舞だと分った。舞は、すぐに僕達に気付いて驚いた様子だったけど、ちらっと見ただけで後は無視して外周の手摺まで行き、顔を埋める姿勢でしばらく動かなくなった。よく見ると、少し震えてる風だった。

 「どうしたんだろう?何かあったのかな?」

 「うん、泣いてる様に見えるね。」美野里も気にしていた。

 「城崎さんて、何組だっけ?」

 「A組だよ。月岡さんや前島さんと同じクラス。」A組だけは特進コースで、本来2年から同じクラスなのだが、2年の途中で転校して来た舞は、特別に3年からのコース替えを認められていた様だ。

 「なあ、飛び降りたりしないよな?」

 「えぇ!嫌なこと云うね。さすがにそんな目撃はしたくないなあ。」

 「黙って見てていいのかな?」

 「逆に、声かけるとしたら何て云えばいいの?私は、優しさを優馬君や琴ちゃんから教わって来ただけで、ほんとはどうしたらいいのか分らないんだよね。ただ、自分の寂しさを紛らわす為だけに人と接して来たんだよ。」

 「そんなことないよ。ミノリンは本当に根っから優しい子だよ。」

 「そう云って、信じてくれると嬉しいけど、自信はないよ。嫉妬に狂って優馬君を叩いたり、いらいらして怒ったり、そんな自分が情けないの。時々心が真っ暗になりかけて、今だって、城崎さんより私の方がよっぽど、発作的に飛び降りかねないんだよ。それを食い止めてくれてるのが、優馬君の優しさなの。真っ暗になるのを、優馬君が照らしてくれてるから、生きて行けるんだよ。」

 「分ってるつもりなんだ。だから、照らし続けたい。こんな僕でいいなら、ずっと、ミノリンの傍にいてやりたい。」

 「優馬君じゃなきゃ駄目だよ。優馬君以外の人は愛せないよ。ずっと愛して、傍に居れると信じてるからこそ、少々のことは我慢出来るの。」

 「そうだよな。試合が終わるまで待ってくれって、我慢させてたんだよな。一杯我慢させてごめんな。」

 「そうだよ、我慢で思い出した。バイトには、スマホ持って行ってないでしょ?昼休みに連絡くれると思ってメール入れといても、いつも返事は家帰ってから。凄く寂しい思いしてるんだよ。ちゃんと持って行って、昼休みはチェックしてよ。」何故か、彼女は元々の携帯の方には何1つ連絡して来なくなっていた。

 「分った。次からはちゃんと持って行って、チェックするよ。」その後はたわいない話しを少しして、残りのおかずが僅かになると、

 「後は、優馬君全部食べてね。」と云って、おもむろに立ち上がった。そして、ずっと動かないでいる舞に近付き何やら声をかけていたが、すぐに又こっちに戻って来た。

 「そろそろ教室に戻ろう。優馬君、先教室戻っててくれない?私もすぐ後から行くから。」訳は分らなかったけど、云われるままに、弁当の後片付けをする彼女を残して、下りた。それを、舞が又ちらっと見ていた。

 放課後、美野里は琴美の見舞いに行くと告げてさっさと学校を出た。試合直後だったので、部活は休みだった。真奈美さんが何か云って来ると予想してたけど、何故か何も云って来なかったので、さっさと帰宅した。嫉妬地獄から解放された感じでちょっとほっとした。翌日も、翌々日も部活休みで同様だった。美野里も、休み時間になる度教室を出て行ったりで、あまり僕に寄って来なかった。拍子抜けする程、僕の周辺が静かになった。ちょっと寂しい気もしたけど、やっぱり基本ほっとしていた。水面下で大変なことが起こっていたのも知らずに・・・

 事態が不穏なことは。10日の木曜に部活が再開してから分った。真奈美さんや僕の活躍に憧れて、男女十数人も新入部員が入っていて、女子の1年生部員にきゃーきゃー云われながらトレーニングルームに入った。その声にかき消されて初めは気が付かなかったけど、真奈美さんと園香がもめていた。

 「真奈美、もう止めてよ。あれじゃ、虐めだよ。」

 「自業自得じゃない。それにやってるのは私だけじゃないよ。みんなだって、あーいうことは許せないから、当然の報いなんよ。」強い口調だった。

 「舞ちゃんは1人後から入って来たんだから、私達がかばってあげないと・・」

 「人の物を盗む人をどうかばえって云うの?私は被害者なんだよ。目撃者がいなかったら、ディズニーランドの券は返って来なかったところじゃない。」

 「舞ちゃんは、そんなことする子じゃない。」

 「でも、現にしたじゃない!」

 「それはきっと何か訳があったんだと思うんだ。」

 「行きたかったんでしょ、誰かと。それとも私が優馬と仲いいことに対する妬みかな?舞は優馬と同じクラスだったから、邪魔したいんだ。」

 「舞ちゃんは、私の古い友達なんだよ。」

 「園香は昔からのよしみで、私じゃなく舞の味方なんだね。」

 「もうやだ、私こんなの。私は、真奈美のことも、舞ちゃんのことも大好きなのに、こんなのあんまりよ。」いつも落ち着いている園香が、珍しく取り乱して泣いていた。聞いていて、ことの次第がだいたい分った。舞の狙いは、美野里の嫉妬による力の暴発を防ぎたかったんだ。真奈美さんを想えばこその苦渋の末の行為だったんだ。でも、それを説明することは出来ない。園香がどこまで知っているのか分らなかったけど、園香の胸の内の苦しさも伝わって来て、辛かった。

 「真奈美はどうして、そんな大事なものを学校に持って来たんだい?」話しに割り込んで聞いてみた。

 「私も丁度、ディズニーシーと両方出入り出来るペアフリー券持ってたけど、私も淳もディズニーシーは行ったことあるから、次はランドの方だけでよかったの。そしたら、真奈美丁度そっちだけのチケット持ってるって云うから、両方行けるチケットと交換したの。それがこんなことになるなんて。」

 「こんな情けない話し、優馬には聞かせたくなかったけど、仕方ないね。」

 「うん、正直云って、凄いショックだよ。許してあげることは出来ないのか?」

 「優馬が許せって云うなら考えてもいいけど、私が許しても、みんなのしかとは続くと思うけどな。それに、優馬も舞をかばいたがるのは気になるな。」

 「悪い子というより、心が病んでる風で可哀そうじゃないか。友達なら、そこんとこ根気よく付き合ってあげて欲しい。」

 「さすが坂下君、いいこと云うね。」

 「何か、私が悪役みたいで面白くないな。分ったわよ。世話やけそうだけど、根気よく付き合えばいいんでしょ。でも、それには条件があるの。」

 「条件て何だよ?」

 「園香がいるとこじゃ云えない。あっち行ってよ、園香。」と云われ、彼女は苦笑いしながらその場を離れた。

 「まさか、デートを条件にする気じゃないだろうな。」

 「え、何?優馬、私とデートするの嫌なの?」

 「そんなこと云ってないけど、それとこれとは違うだろって。」

 「違わない。チケット盗まれて、むしゃくしゃしてんだから、優馬とぱっと遊ばないと収まらないの。」

 「デートなら、ディズニーランド行くじゃん。」

 「それは来週でしょ。その時には、もっと晴れやかな気持ちで行きたいの。」

 「13日は家で掃除とか、用事溜まってるのやりたいし。」

 「あさって、バイト終わってから付き合ってよ。それも、ちょっと公園寄ってくみたいなせこいんじゃなくて、一杯一緒にいて!」という訳で、12日バイトが終わってから、真奈美さんと夜遅くまでデートした。でもまさか、すぐ近くで美野里に監視されていたとは全く気付かなかった。後から考えたら、その次の週の美野里は、知っててとぼけて芝居をしていたんだな。ひたすら教室で僕に甘えて来ては、可愛い彼女を演じていた。その裏に、あんな計画があったなんて・・・


 運命の5月20日、約束通り真奈美さんと大宮駅で待ち合わせて、千葉県の浦安へ向かった。彼女は、ポニーテールにリボンで手を加えて、純白のブラウスとベージュ色の変わった形のスカートで、少し化粧もして、思いっ切り可愛くして来た。もちろん、超ご機嫌だった。しかし、それはディズニーランドに着くまでのことだった。その入り口には、信じられない別の地獄の入口が待っていたのだ。それは、何の前触れもなく襲って来た。あろうことか、突然美野里が、真奈美さんと僕の前に現れた。えっ!?っと思った次の瞬間、

 「優馬君の赤ちゃんが出来ちゃった。」あまりのことに仰天し、動揺し焦った。

 「安全日だって、云ってたじゃないか。」咄嗟に云ってはならない言葉を云い返していた。けど、もう取り返しがつかない。

 「ねえ、どういうこと?」真奈美さんが一気に切れた感じだった。最悪!

 「月岡さん、悪いけど、優馬君は渡せないよ。」

 「舞といい、あんたといい、一体何なの?優馬は私を騙してたの?」

 「そうだよ。騙してたんだよ。」

 「あんたに聞いてないよ。どうなんよ、優馬?」

 「ごめん、どっちも好きなんだ。」真奈美さんの目から一気に涙が溢れ出た。

 「そういうことだよ。だから、月岡さんが諦めてくれたら、解決するんだよ。私は絶対に諦めないからね。優馬君の赤ちゃん、産むんだからね。」

 「好きにすればいいじゃない!」真奈美さんは持っていたハンドバッグで思いっ切り僕を叩いた後、人込みの中に消えて行った。止める間もない一瞬の出来事だった。赤ちゃんが出来たという美野里を置いても行けず、あっと云う間に真奈美さんを完全に見失った。チケットは、この時僕が持っていた。すぐに携帯にかけた。でも応答はなく、やがて電源を切られた。もうどうしようもなくなった。そんな様子を、美野里はじっと見ていた。

 「どうして、こんなことをするんだよ。」

 「それより、先に謝ってよ。優馬君、私も騙してたでしょ?昨日どこに行ったのか、知ってるんだよ。」

 「昨日はバイトしか行ってないよ。」

 「月岡さんと一緒のバイトだよね。部活以外では会わないって約束したのに。」

 「その約束の前から、同じとこに行ってたんだ。それに、バイト終わってすぐに帰って、連絡も入れたし。」

 「じゃあその前の週、メールもらってもなかなか返さなかったの何故か知らないでしょ?」美野里からの返信が遅かったけど、その時は気にも留めなかった。

 「あの時だって、ちゃんと連絡入れたはずで、・・・まさか?」

 「月岡さんの目を盗んでくれたメールに、返事する気になんかならなかったよ。どうせ、お邪魔で迷惑そうだったしね。」

 「見てたのか?」それにはもう答えず、

 「優馬君がいないと生きて行けないって云ったのを、優馬君はずっと一緒に居てくれるって云ってくれたでしょ?私はずっと信じてるんだよ。今でも信じてるんだよ。それしか私には道がないんだよ。私は何があっても、優馬君を愛し続けるの。月岡さんみたいに、投げ出して逃げたりしないよ。」

 「本当に、妊娠してるのか?」

 「妊娠は嘘だよ。この前生理あったもん。」

 「ミノリン、僕はミノリンのこと好きだけど、真奈美の心が痛いのも胸が張り裂けそうなんだ。ミノリンが、1人じゃ生きて行けないと云うのと同じくらい、ミノリンも、真奈美もどっちが傷付いても、死にたくなる程苦しいんだ。ミノリンが嘘を付いたのなら、今は真奈美を追いかけたい。」その言葉に、今度は美野里が声をあげて泣き出した。もう最悪を通り越して、最悪を更新し続けていた。もちろん、僕も涙を抑えきれずにいた。周りは幸せな人ばかりなのに、僕はどん底からまだ落下しかけていた。刻一刻と時は流れて、決断を焦った。真奈美さんを追いかけるのには既に手遅れかもしれないのに、まだ迷っていた。美野里を置いて行くことにも、迷っていた。気が狂いそうだった。分身したかった。せめて、どちらかだけでも、心を救わなくちゃいけないと思った。自分のことより、真奈美さんと美野里のことが大事だった。本当にそうだった。

 「今から、私の家に来て欲しい。」迷った。必死で考えた。

 「分ったよ。家までは送って行くよ。でも、その後は真奈美を探す。例え、このまま真奈美と終わってもいいけど、彼女が傷付いたまま放って置くことは出来ないんだ。彼女が落ち着いたら、ミノリンのところへ戻って来るよ。きっと真奈美はもう僕を許してはくれないだろうから。でもこんな形じゃなく、ちゃんと別れを云いたいんだ。彼女が立ち直れるだけの言葉をちゃんと云いたいんだ。」

 「無理だよ。もう何を云っても、火に油注ぐだけだよ。もう、放って置くしかないんだよ。立ち直れるかどうかは、もう月岡さんだけの問題なんだよ。ここで追いかけても、もう何にもならないよ。」美野里が必死に説得していた。でも、その間にも真奈美さんが雑踏の中を泣きながら彷徨っているんだと思うと、居ても立ってもいられなかった。

 「兎に角ミノリンを送って行くよ。」すぐに、美野里のマンションに向かった。着くまでの間、美野里はずっと必死で説得を続けていた。説得の内容は終始変わっていなかったと思う。追いかけても無駄だからもう行くなと、ただひたすら同じことを繰り返していたのを、もうほとんど聞かなくなっていた。真奈美さんのことが心配で一杯だった。マンションに着いた時、美野里を抱き締めてキスをして、戻って来ることを約束してから去った。不安そうだったけど、納得してくれたと思い込んだ。素早く元来た道を引き返し出した僕を、彼女はもう追って来なかった。とりあえず、もう1度元の入り口まで戻ってみた。もうお昼くらいだったろうか?それから、何時間も必死で真奈美さんを探し回った。でも、見つからなかった。

 夕方、僕は落ち込んだまま、さいたまに戻って来た。美野里から着信があった。

 「見つかったの?」

 「携帯は電源切られたままで見つからないんだ。」

 「家に帰ってるんじゃないの?」

 「自宅にかけてみるよ、じゃあ。」切ってすぐに、真奈美に前もって教えてもらっていた自宅の番号にかけてみた。

 「はい、月岡ですが。」

 「すみません、坂下ですけど、真奈美さんは帰ってますか?」

 「あら、優馬君、もう帰って来たの?真奈美から、今日は深夜になるって聞いてたんだけど、何かあったの?」

 「ご心配おかけしてすみません。喧嘩して、はぐれて連絡取れなくなってしまったんです。携帯は電源切られてて、もし帰ってたら謝ろうと思ってかけてみたんです。」

 「えっ、そうなの。どうしてるのかしら?朝出て行ったきりで全然連絡ないんだけど、優馬君心当たりないの?」

 「分りました。すみません、他の心当たり当たってみます。」

 「もし分ったら教えて。あっ、それと待って、優馬君の番号を教えてもらえるかな?もし、こっちで分ったら教えるから。」

 それから園香や春樹のところへもかけてみたけど、全く見当もつかない様子だった。ただいたずらに、みんなに心配をかけてる様な気がした。やがて日が暮れて、わらをも掴む気持ちで健を訪ねた。そして、経緯を話した。

 「冷静になってよく考えてみろよ。こんな時月岡が行きそうな場所ってどこだ?月岡とちょっとでも交流のある人間をもっと片っ端から当たってみろよ。心配なんだろ?月岡のこと1番知ってる優馬が心配って云うなら、とことん探せ。俺もおまえの話しからして、月岡の性格だと、自宅に素直に帰る気がしない。」そう云われて、もう1度園香にかけてみた。

 「私も心配で、クラスの友達とか、それとなく当たってみたのよ。けど、誰も知らないって云うのよ。ねえ、さっきの話しだけど、坂下君はほんとに二股をかけてたの?あんなに真奈美と仲良さそうにしてて、佐伯さんとも付き合ってたの?」

 「前島さんは、美野里のこと、どこまで知ってるんだよ?」

 「舞ちゃんに口止めされてるから何も云えない。でも、そのことが坂下君の二股の原因なのかな?はっきり云って、最近舞ちゃんも分らないし、佐伯さんもも1つ理解出来ない。ただ、彼女が普通じゃないことは、舞ちゃんから聞かなくても分るしね。」

 「それって、真奈美が倒れた時に気付いたんじゃないか?」

 「そう、だって息してなかったから、急いでAED取って来たら、佐伯さんが真奈美から離れるとこだったんよ。だから、舞ちゃんの話し信じたんだけど、最近の出来事でもう混乱してるの。一体何がどうなってるのか?訳分らない。どうして、佐伯さんが真奈美をを傷付けたりするのか?坂下君のしてることも理解出来ない。真奈美が可哀そう過ぎ。あんなに一途で頑張り屋の彼女を裏切ったら、罰当たるよ、」

 「耳が痛いよ。でも今は兎に角真奈美にちゃんと云いたいんだ。こんな形のままだと、真奈美の気持ちはぐちゃぐちゃだと思うから。」

 「何か、今ので真奈美がどれ程傷付いてるか分った気がするな。もし何かあったら、きっと私も坂下君を許せないかもしれない。」

 「真奈美さえ無事だったら、俺はもう許してもらえなくてもいいよ。それより、城崎さんにも聞いてくれたのか?」

 「聞いたけど、舞ちゃんももうパニックになってるし、どうしたらいいのよ?」

 「分った。お互い何か分り次第教え合うってことで切るな。」携帯を切って、健に園香との会話を説明した。真奈美さんが倒れた時の美野里の対処を聞いて、健は凄く驚いていた。

 それから、太平にもかけて聞いてみたり、もう1度真奈美さんの自宅にかけてみたりしたけど、全く何の情報も得られないまま時間ばかりが過ぎて行った。時計を見ると、10時を過ぎていた。嫌な予感がどんどん増して行った。そんな時、意外な人物から着信があった。未登録の番号だ。

 「坂下君だよね?」

 「そうだけど、君は誰?」

 「飯岡優菜です。ちょっと説明してる余裕ないから直に聞くけど、月岡さんはどんな服装か教えてくんない?」

 「ポニーテールにリボン付けてて、純白のブラウスとベージュ色のスカートを穿いてる。」

 「今さ、ゲームセンターに来てて、彼女さっきまでここにいたよ。」

 「それどこのゲームセンター?」

 「大宮駅の近くだけど、事態はかなりやばいかもしれない。春樹から聞いててだいたいの事情は分ったけど、問題は月岡さんと一緒にいた奴がかなりやばいんだ。前に太平とデートした時に偶然会った錠野って奴で、太平の中学ん時のダチでさ、女をおもちゃにするどうしようもない奴だから、あいつにだけは気を付けろと教わって憶えてたんだ。仲間と一緒に月岡さんをどこかに連れて行ったんだけど、彼女の足取りからして、何か変な物でも飲まされてた可能性あるね。」

 「荻野君はそこにはいないのか?」悪い予感が的中した様で、動転していた。

 「太平とは別れたんだ。悪いけど、私も怖かったし近付けないで見失ったから、後は坂下君が太平に連絡取って、月岡さんを助けてあげて。じゃあ、急いで!」切って、すぐに太平にかけた。

 「もうすぐそっちに着くとこだけど、何か分ったか?」

 「今飯岡さんから情報が入ったんだ。大宮駅近くのゲームセンターから、錠野って奴に仲間と一緒にどこか連れて行かれたんだ。」

 「分った。錠野に連絡取って、探り入れてみるから、切るな。」相当に驚いてる声だったけど、事態を即断して機転を利かせてくれた。しばらくして、太平が直接やって来た。

 「おい、すぐに今から月岡救出に行くぞ。」健と太平と3人でタクシーに乗った。太平が行き先を告げて、タクシーは走り出した。

 「随分手際がいいな。」健は落ち着いていた。

 「急がないと間に合わないからな。錠野にかけた後、すぐにタクシー呼んだんだ。坂下、聞きたいんだけど、伝説の最強女って聞いたことあるか?」

 「真奈美のことだ。」

 「やっぱりそうか。ちょっと話しややこしくなるけど、黙って聞いてくれ。錠野って奴が仲間と一緒に月岡を連れて行ったことは聞いたな。錠野は、俺の中学ん時のダチだけど、小学校は大宮で月岡と同じクラスだったんだ。錠野の奴はどすけべで、小学ん時から女子にすけべな悪戯ばかりしてたらしい。それを見かねた女子のリーダー格の月岡が錠野にタイマン勝負を挑んで、錠野をぼこぼこにしたんだ。それまでの錠野は番長みたいな奴で手を付けられなかったから、その小学校では月岡のことが伝説化されたんだ。負けた錠野の方はそれ以来馬鹿にされる様になって、俺にも悔しい思い出としてよく云ってたんだ。奴は親の離婚で、中学は母方の実家の岩槻に来て俺と出会って、学校中の女誘ってすけべなことやりまくってたんだ。錠野には彼女いたけど、その女も超が付く好きもんで、彼女と云うより☓フレで、お互い相手をとっかえひっかえしても平気な奴らだった。俺はそういうことが嫌になって今は琴美一筋だけど、錠野は懲りずに続けていて、高校中退してからは、父親の板金屋の手伝いをしているらしい。そんな奴が、さっき偶然にゲームセンターで傷心の月岡と再会して、昔の復讐を兼ねて、仲間と一緒に月岡を廻す気なんだ。月岡が俺と同じ高校で、親友の彼女になってることも知らずに、得意気に云ってやがったから、父親の板金工場に連れ込むことまで聞き出せたんだ。」

 「その板金工場の場所は分るのか?」もう居ても立ってもいられない気持ちで、僕が聞いた。

 「知ってるからこれから行くんじゃないか。中学ん時、女連れ込むのに1度行ったことあるのを憶えてるんだ。」

 「荻野って、どれだけ遊んでたんだ。」健が呆れていた。

 「それを云うなって。今は心入れ替えてるんだから。」

 「なあ、相手は何人くらいいるんだ?」

 「錠野を入れて5人らしい。うち1人は、麹原っていうその頃の悪友だ。」

 「これって、警察に通報した方がいいんじゃないか?」

 「疑いだけでは警察には云えないし、昔のダチだから、説得したいんだ。」

 「分った。でも、健まで巻き込んでいいのかな?荻野君と俺は当事者としても、健には関係ないだろ?危険な目に遇わす訳にはいかないよ。千里とお腹の中の子供の為にも、健には下りてもらわないと。」

 「この期に及んで水臭いこと云うなよ。俺達親友だろ?あの時は凄い世話になってるし、それに相手が5人なら、いくらおまえらでも2人じゃきついだろ?」

 「すまない、健。」

 「気にすんな。それより、優馬、他の心配してくれてる仲間とかに連絡しなくていいのか?」そう云われて、園香と春樹に連絡を入れた。春樹に聞かれたらしく、太平が詳しい場所を教えていた。そうする間にタクシーは着いた。11時になろうとしていた。

 「おい、錠野。荻野だ。いるんだろう?開けてくれよ。」間もなくして開いた。

 「おう、久し振りじゃんかよ。何だこいつら?こいつらもやりてえのか?まあいいや、入れよ。」意外とあっさり入れてくれて、中から鍵を閉めてた。

 「親父さんらは慰安旅行でも行ってるのか?」

 「おう、よく知ってんじゃねえか。そういやあ、おまえ前にここ来たのも、慰安旅行の時だったよな。でもよお、このタイミングでまさかあんな最高の獲物に会えるなんて、付いてるよな。」

 「その獲物はどうしたんだ?」

 「それがよう、あいつ高校とかでも何かやってやがんのか、前にも増して力強くて、なかなか落ちねえんだ。もうぼちぼち、麹がやってると思うんだけどな。」

 「いやー!止めて!」

 「あっちだ。」太平の指差す方へ3人で走り出した。」

 「てめえら、人んちで勝手に動くんじゃねえよ。くそ、おら、待てよ!」無視して、一気に真奈美さんが襲われてる現場に辿り着いた。辛くも間に合ったのか?4人の男囲まれて、仰向きに上半身は裸で胸が露になっていたけど、下はスカートが捲り上げられてはいるが、パンツは死守していた。右足の足首に輪っかみたいなのがはめられていて、それにチェーンが付いているのが分った。完全に拘束されていて、逃げ出せない?

 「何だ、おあまえら!」そんな声を無視して一気の飛び込み、真奈美さんの体を覆った。

 「真奈美!」

 「優馬、助けに来てくれたんだ。」

 「おい、荻野じゃねえか?」

 「麹、おめえら、そいつら女を助けに来やがったんだ。やっちまえ!」あっと云う間に乱闘になった。健と太平は錠野以外の4人を相手にしてくれて、錠野はこっちに襲いかかって来た。それを力で払いのけた。

 「おい、こっち1人回ってくれ!こいつ化けもんみたいに力強ええ!」

 「無理云うな!こっちの2人も4人じゃねえと無理だ。何とかすっから、それまで女利用して、持ちこたえろ!」奴らがそんなこと云ってる間に、真奈美さんの上半身に僕の上着を着せたが、すかさずそこを後ろから固いもので頭を殴られた。

 「優馬ー!」その声も空しく、かなりのダメージを受けた。

 「おい、錠野!こんなことして、おまえら全員どうなるか分ってんのか?」

 「うっせー!へたれ先こみたいなこと云ってんじゃねえ!」

 「荻野よお、おめえの相手してやってんのは俺だろ。よそ構ってんじゃねえよ。忘れたのか、冷てえなあ。」

 「麹原、おまえはもうこういうの止めるって云ってたんじゃないのか?」

 「はあ?くそ、荻野又仲間にして女誘おうって、錠野の寝言聞いてこの様か。」

 「人んちに世話なってる奴が、ぐだぐだ云ってんじゃねえよ。もうそんな奴やっちまえ!」」

 「おい、錠野、何かガス臭いぞ。」

 「その手には乗らねえよ。昔のダチだと思ってたら、騙しやがって、おまえら4人共生きて返さねえからな。」

 「ったく。てめえの甘さでこんな面倒させやがってよ。」

 「うわー!」

 「入間!大丈夫か?」

 「人のこと心配してる場合じゃねえだろ?」

 「足に何かはめられた。足枷に拘束されたみたいだ。気を付けろ、荻野、こいつら・・」

 「うっせんだよ!おめえは黙ってろよ!」

 「くそ、麹原、卑怯だぞ。」

 「勝てば何でもいいんだよ、喧嘩ってやつはよ。おまえらみたいに喧嘩慣れしてねえ奴等に、この俺達の庭で勝てるはずないだろ。」

 「すまねえ、俺もやられた。」

 「これで、こいつらは動けねえ。どうだ、俺の手作りは効果抜群だろ?」

 「優馬、悪い。俺も荻野も、足枷みたいな金具に拘束されて動けない。何とか逃げろ!」

 「逃げれるか、馬鹿か。ま、おまえらも後でゆっくり始末してやるよ。」

 「おい、麹、血はそこらで流すなよ。いくら後始末する時間あっても、血液は面倒臭えからな。」

 「おう、分ってるよ。おい、おまえら、ここは俺1人でいいから、錠野のとこ行ってやれ。」頭がくらくらしながらも黙って必死で耐えていたけど、加勢が来て4人に囲まれてからは、一気に状勢は悪化した。真奈美さんをかばっている僕は集中攻撃を受け、応戦したけど、隙を突かれ、ガチャっという音と共に、僕も左足首に金具をはめ込まれた。しまった!と思う間もなく、手繰り寄せられたチェーンによって、どんどん拘束されていった。再び襲われかけた真奈美さんに咄嗟に覆い被さって、それ以上の手繰り寄せから踏ん張った。すかさず袋叩きの目に遭い、応戦が難しくなった。真奈美さんをかばうのが精一杯だった。そこを更に、容赦なくぼこられた。そんな時ポケットの中のスマホが振動した。それを手で探ると通話状態になり、美野里の声が微かに聴こえた。

 「優馬君、大丈夫?」

 「優馬!もう止めて、優馬が死んじゃう。」

 「おい、錠野。ほんとにやっちまうと、やば過ぎねえか?」麹原という奴がこっちに向かって云っていた。

 「しゃーねえだろ。こうなったら、後戻り出来ねえよ。」僕はぼこられ続けた。どうやら連中は、スマホが通話状態になっているのに気付いていない様だった。ただひたすら、僕をぼこっていた。殺されると覚悟した。目が見えなくなって行き、闇の中から微かに健と太平の声も聴こえていたけど、もはや何を云ってるのかも分らなかった。ただ、体中激しい痛みが増して行って、意識が遠ざかって行く感じだった。

 「優馬、ごめんね。私の為に。」

 「何云ってるんだよ。真奈美は俺の命より大切なんだ。命に代えても守るよ。」薄れ行く意識の中で、何とか云えた。

 「こいつ、何寝言を云ってんだよ。おまえらは全員死ぬんだよ。」完全に狂気になっていた。

 「おい、ガス臭くねえ?」麹原の声が聞こえた次の瞬間、大爆発が起こり、いろんな物が体に飛んで来て当たった。真奈美さんに当たらない様に、必死で覆った。

 「優馬ー!死なないでー!優馬ー!」そんな彼女の悲痛な叫びを耳にしたのを最後に、間もなく完全に意識が無くなった。そして、その数時間後、意識が戻ることなく、僕は息を引き取った。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 この物語はフィクションであり、登場する人物等は、実在の個人、団体等とは一切関わりございません。さて、前回少し予告させて頂きましたが、今回は“主人公の死”という事態で切らせて頂きました。“死”の概念は様々ありますが、基本生き物にとって“死”は、物理的な全ての終わりを意味すると思います。名誉とか、他の人の記憶に残ることは否定しませんが、自分以外の誰かの命を守る為に、自分の命を盾にする行為は、愛なくして出来ることではないと思います。そんな、自分の命を盾にしてでも守りたい人と出会えたなら、とても幸せなことだと思いませんか?お付き合い頂きまして、ありがとうございました。

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