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助けて!荻野君

 話しの展開がどんどん過激になって来たと思ってはいます。それは、綺麗事ではない、人間の本性をありのままに表現したい想いからです。どうせ人間なんてと思えば、ある意味楽なのかもしれませんが、それではいけないと、人間としての尊厳というものを大事にすることも、又否定しがたいはずです。ここからは、しばらく表向きの主人公から離れた視点で進めて行きますので、よろしくお願い申し上げます。

 4月9日1学期始業式の日。生理が近いせいか体が重かったです。それに、心がどんよりすることばかりでした。親友の美野里ちゃんの得体の知れない力は、知らないうちに私を助けてくれたりもしたけど、やっぱり恐過ぎました。友達のいない寂しい私にとって、何でも話せると信頼していた彼女は、今や私の付いていけない人になりつつありました。あんなに私の家に泊まりがけで遊びに来てくれていたのに、めっきり来てくれる回数も減りました。今年に入って2月の初めくらいまではまだ来てくれていたのですが、2月の半ば以降では、3月19日の終業式の日だけ久し振りに泊りに来てくれただけです。それも主目的は耳鼻科でした。寝る時なんか、以前はあんなにくっ付いて寝ていたのに、キスを1回しただけで、美野里ちゃんはあっさり寝てしまいました。そのキスにしたって、美野里ちゃんにとって私は特別な存在だと思っていたのに、中学では友達同士平気でキスしていて、そんなえっちなとこから、“さえっち”と呼ばれていたんです。一方荻野君とは、少し話せる様になったけど、彼からのデートの誘いに応える勇気まではまだありませんでした。それにクラス替えで、美野里ちゃんや荻野君、それと坂下君らとクラスが離れてしまうかもしれないという不安もありました。そんな重苦しい気持ちのまま、川口駅のホームで電車を待っていたんです。乗るべき電車の扉が開いても、ぼうーっとしていたんです。

 「琴ちゃーん!」あ、美野里ちゃんだ!珍しく行きの電車に乗って来た彼女に会いました。私を呼ぶのに、わざわざ一旦ホームに下りて呼んでくれました。凄く嬉しかったです。

 「おはよう!よく分ったね。」

 「おはよう。ホームに琴ちゃんいないか見てたら、丁度目に入ったんだよ。」

 「坂下君の応援に行って、足怪我したって云ってたけど、大丈夫なの?」

 「うん、ちょっとましになったかな?」

 「座れないのに大丈夫?」私達は吊り革を持って立ちました。

 「さっきまで座ってたから、大丈夫だよ。」

 「え、じゃあ私を呼ぶのにみすみす席立ったの?」

 「だって、早く琴ちゃんと話したかったんだもん。」

 「ごめんね、私の為に。」

 「謝らなくても大丈夫だよ。私が好きでやったことだから。」

 「ありがとう。嬉しい。でも一体どうして怪我したの?」

 「内緒だよ。って云っても見てた人がいるからいずればれるかな?けど、それでも内緒。」

 「何、それ?気になるな。どうして焦らすの?」

 「それより、クラス又一緒になれたらいいね。琴ちゃんと優馬君とはずっと一緒にいたいな。」

 「ねえ、坂下君とはどうなったの?世界大会が決まるまでは我慢て云ってたでしょ?」大会の結果は既に彼女からのメールとかで知ってました。

 「この前の嵐の日ね。優馬君の家に泊ってしちゃった。」耳元で小声でした。

 「え、それってもしかして?」

 「うん、最後までしたんだよ。だからね、私もう処・じゃないんだ。」耳元で聞いた途端凄いショックを感じました。単に処・の喪失なら、私は12歳で済んでいたんですが、その1度のレイプ体験以外には全く何もない私にとって、彼氏と愛し合っての美野里ちゃんの経験が凄く羨ましかったんです。それも、あの強くて優しい坂下君だと余計です。“私も好きだったんだ”って、云えない苦しさもありました。

 「よかったね。」

 「ほんとは琴ちゃんに云うべきか迷ったんだよ。自慢みたいで、琴ちゃんを羨ましがらせるだけだからよそうとも思ったけど、隠し事してるのも琴ちゃんとぎこちなくなりそうで嫌だったから、云うことにしたの。それに、琴ちゃんが荻野君と打ち解けるのももう時間の問題だしね。」

 「美野里ちゃんの予言なら、期待していいのかな?」

 「期待していいよ。ハワイの時みたいに、早くダブルデートしよ。」

 「ねえ、美野里ちゃんて凄く可愛くなったね。1年前とは別人みたい。」ふと、そう思いました。私がいろいろアドバイスをしてあげたり、実際にお洒落な髪形にしてあげたりもしたのですが、いつの間にかそんなことよりも遥かに可愛くなっていたんです。例えば、よく見ないと見破れない程巧みに、ワンポイントの軽いお化粧もする様になっていたり、身嗜みが格段に急上昇していたんです。

 「琴ちゃんには全然敵わないよ。それに、可愛くなれたのは、ほとんど琴ちゃんのおかげだよ。」

 「それは違うよ。坂下君の存在が美野里ちゃんを可愛くしたんだよ。」

 「それ云うなら、琴ちゃんが美少女なのこそ、男子を意識してるからだよ。」

 「私は今でも、男なんて大嫌いなの。」

 「嘘だね。琴ちゃんは半分わざと嘘ついてるし、半分は無意識で嘘ついてるよ。琴ちゃんがほんとに苦しかったのは痛いほど知ってるよ、でもそれは、ほんとは男子と愛し合えない自分が悲しいからで、ほんとの琴ちゃんの心はむしろ強く求めてるね。だから、そんなに羨ましいほど綺麗なんだよ。心がほんとに男嫌いなら、そんなに綺麗じゃいられないよ。」凄く耳の痛い囁きです。美野里ちゃんはいつからこんなに鋭くなったんでしょう?のんびりした、無邪気でただ優しい子だと思っていたのに、それともとぼけていただけなのかな?と思いました。私はもう何も云い返せずに、黙ってしまいました。そして、いつもの様に涙を流してしまいました。そしたら、美野里ちゃんが無理に体を伸ばして渾身の力で鞄を網棚に乗せて、吊り革を持つ手を持ち替えて、いつもの様に私の背中を撫でてくれました。そういうところは以前と全然変わらず、優しい美野里ちゃんです。そうされているうちに、辛口のコメントも、私のことを思えばこそ云ってくれたのかなと思えて来ました。

 「やっぱり美野里ちゃんは優しいんだね。」

 「云ったでしょ。琴ちゃんはずっと親友だって。それと、大好きな人には優しく出来るんだよ。」正直、とても複雑な気持ちでした。何故なら、私は美野里ちゃんの警告を聞かずに、2度も彼女の信頼を裏切っていたからです。美野里ちゃんの云う通りの男子を求める心が、よりによって美野里ちゃんの彼氏の坂下君を横取りしようとしたんです。

 2つのどきどきを抱えながらも、久し振りに親友の彼女と仲良く登校しました。その2つのうち1つは、彼女も同じ様な気持ちでどきどきしていたと思います。そのどきどきがクライマックスに達した次の瞬間、私達は手を取り合って喜んでいました。3年でも、私は美野里ちゃんと同じクラスになれたのです。しかも、坂下君と荻野君も同じクラスです。4人揃ってD組。この瞬間は本当に嬉しかったです。いろいろあった不安を、この一瞬だけは忘れられていたと思います。けど、それは本当に一瞬だけでした。D組には、中学からの友達の戸倉弥生ちゃんの名前もあったのです。弥生ちゃんには、1カ月前に坂下君と抱き合ってキスしそうになったところを見られてしまっています。弥生ちゃんは、大人しい私と違いとても活発な子です。背が高くて、バレー部のエースです。中1の夏休みに近所に引っ越して来たんですが、2学期からの転校生だった彼女は、得意のバレーボールで、瞬く間に新天地の中学のバレー部に溶け込んで行きました。夜道の帰宅を恐れて放課後さっさと下校し、友達付き合いもしなくなってすっかり暗い性格になっていた私と違い、彼女には友達も一杯いて、彼氏とかもすぐ出来て、別れてもすぐ又新しい彼氏が出来る様な子です。そんな彼女が何故か、近所のよしみということなのか?私の数少ない友達の1人なんです。中1の2学期からと中3で同じクラスだった彼女は、バレーの特待生で、偶然同じ大宮学園に進学して、ここでも1年の時は同じA組だった為、すっかり顔馴染みではありました。でも、所詮生活が違い過ぎます。独りぼっちでいる私に、たまに気を遣ってか気まぐれかで話しかけてくれるぐらいです。荻野君が私の歌を初めて聴いてくれたというカラオケも、去年のゴールデンウィークに、足をくじいて部活を休んでいた彼女が、近所のスーパーで偶然会った時に誘ってくれたものだったのです。以前に私がヒトカラしてるのを見られていて、カラオケ好きなら1度一緒に行こうということになったんです。定期券があるから、彼女の行きつけの大宮駅近くのカラオケでした。凄く上手いって褒めてくれて、又行こうねと云ってはくれたけど、その1回きりで、既にクラスも別れていたから、普通に話すことすらほとんどしてませんでした。そんな彼女が、私達と同じ教室にいることの不安はやっぱり大きかったです。そして、その不安はその日のうちの、それもすぐに現実になりました。

 「優馬君、よかった。ほんとによかったよ。」後から教室に入って来てさっと戸を閉めた坂下君に、美野里ちゃんが飛び付く様に抱き付いたのです。しかも、教室にはその直前に来ていた弥生ちゃんがいました。いきなり嫌な予感がしました。

 「あー、よかったよ。ミノリンと同じクラスでほっとした。」美野里ちゃんを抱き締めたまま、坂下君が答えていました。弥生ちゃんは、その様子を食い入る様に見ていました。まずい!一応口止めしてあるけど、ちゃんと憶えてくれていればいいけどと焦りました。もう1度念を押そうとも思いました。けど、咄嗟に云いに行って藪蛇になるかもしれないと思い、躊躇してしまいました。

 「ほんと、生きててよかった。」美野里ちゃんのその言葉に反応した様に、坂下君が右手で美野里ちゃんの左手を取って目の前に持って来ました。すると、美野里ちゃんの左手首に切り傷がありました。私の背中を撫でる為に持ち替えて吊り革を掴んだ方の手です。泣いて、ほとんど俯いていたから気が付かなかったその傷が、たまたまその時は私からも見えました。

 「ほんとに何やってるんだよ。馬鹿なことするなよ。ミノリンのこと絶対に離したりしないから、もう2度とそんなことするなよ。」美野里ちゃんのことがとても心配になったあまりに、彼は教室であることを忘れたかの様に彼女を強く抱き締めてしまいました。ちょっとショックでした。けど、最早そういう問題じゃなかったんです。

 「坂下君て案外やるねー!それも元カノの見てる前でさー!」少し口の軽めの子だと思ってはいたけど、弥生ちゃんて最悪!

 「ちょっと来て。」私は慌てて弥生ちゃんの手を引いて、目一杯の力で体の一回り大きな彼女を廊下に連れ出して、そこを駆け出しました。

 「何ー!どこまで行くのよ。」

 「もう少し来て!」私は強引にそのまま廊下を駆け抜けて、更に階段を少し下りて、踊り場のところまで来ました。

 「もう危ないなー。何するのさ、琴美。」

 「云わないって、約束してくれたこと忘れたの?」

 「あーそう云えば、そうだったね、ごめん、ごめん。ついうっかり。」

 「それに、坂下君の本当の彼女は美野里ちゃんだって説明したはずよ。」

 「そうだったっけ?あの時は電車焦ってたし、よく聞こえなかったんだわ。ほんでもって、あれがそのほんとの彼女なんだ。うん、今何となく分ったわ。」

 「お願いだから、もう2度とあの時のことが人に分る様なことは云わないで。」

 「あの時って、琴美と坂下君が抱き合ってた時のことだよね?」最悪!丁度その時、階段を上がって来た入間君達に、弥生ちゃんが云ったことが聞こえてしまったみたいです。2人共“えっ?”って感じでこっちを見て行きました。その時、同時に私も“えっ?”と思いました。一緒にいた女子が貝沢さんじゃなかったんです。確か同じ吹奏楽部の人で名前は知りません。でも、そんなことどうだっていい。兎に角、弥生ちゃんの無神経さにぷちっと来ました。

 「そうに決まってるじゃない。云わないでって云ったら云わないでよ!」つい強い口調で云ってしまいました。

 「何それ?それが人にもの頼む時の口の利き方?私も悪かったかもしれないけどさ、元々自分が悪かったのを、見られてたから黙ってて下さいってことなんじゃないの?なのに何?気に入らなかったら、そういうこと云うんだ。」

 「ご、ごめんなさい、つい・・・」私はべそかいてました。

 「琴美さあ、云っといてあげるけど、あんたそんなんじゃあ、ずっと友達出来ないよ、女子の間じゃあみんな云ってんだよ。高田は顔がいいからって、人のこと見下してるって。大人しい振りして、実は密かに何人も男と寝てるって。荻野君とはセフレだろうって、専らの噂よ。そんなあんたとこそこそ話してたらねえ、今度は私が何云われるか分らないわ。じゃあね、そういうことだから。」弥生ちゃんは完全に怒って、先に教室の方に帰って行きました。私はその場にしゃがみ込んで、顔を抑えてわあわあ泣きました。そんな私の前を、次々にみんな通り過ぎて行きました。そんな中、

 「一体どうしたんだ、こんなところで。」そう云って差し伸べてくれた男子の手を、荻野君だと気付かずに、思い切り払いのけてしまいました。

 「大平、何してるの?あー又こいつか?しかも、太平又こいつと同じクラスなんて許せない。って、今さ、こいつ太平の好意を思い切り振り払ってなかった?」

 「おまえには関係ないだろ。」

 「関係あるよ。愛する太平が傷付けられて、知らん振りは出来ないじゃん。」

 「俺は別に傷付いてないさ。」

 「でも、こいつに思い切り拒絶されて、太平立場ないじゃん。どう見てもショック受けてるじゃん。私はどんな時も、太平のこと大切に思ってるんだよ。それに、こいつさ、太平が思ってる様な女じゃないのにさ。」

 「それ、どういう意味だよ?」

 「大人しい振りして、夜になったら人が変わって男なら誰でも誘うんだって。」

 「いい加減な噂だろ?見たことねえくせに。」

 「バレー部の弥生は見たって、何かこいつに口止めされてて相手の名前云えないけど、男と抱き合ってキスしてたんだって。太平は私としたんだから、もうこんな奴放っておいて行こう。それとも、二股かける気?」

 「したって、キスをちょっとしただけじゃないか。」

 「ぎゅっと抱き締めてくれて、あれだけ熱いキスしておきな・」

 「それ以上云うなよ、こっち来いよ、優菜。」

 「今度は来いって、太平の我儘にはかなわないな。せっかくいい機会に、こいつにもっと聞かせてやろうと思ったのにさ。」声は遠ざかって行きました。私は、もう気が狂った様に泣きました。

 「おい、どうしたんだ?高田。何で、こんなとこで泣いてんだよ?」

 「もう、ちょっと待ってー!はー、はー、国島君足早過ぎー!」

 「茜が遅過ぎなんだよ。野球部のマネージャーがそんなことじゃ困るな。」

 「誰?どうして泣いてるの?」

 「高田なんだけど、何でかまでは知らねえよ。おい、どこか痛いのか?」泣きながら首を横に振りました。

 「国島君、こんな訳分らない女放っといて行こ行こ。」

 「おう、俺達C組だったよな。」

 「そう同じC組。国島君ともう1年一緒なんて、超ラッキー!」

 「俺はアンラッキーだけどな。」

 「もう、又意地悪云う・・・」

 私だけが独りなんだと身に沁みました。そんな私を慰めてくれたのは予想外の人でした。

 「高田さん、どうしたの?」初めは、その声が誰だか分りませんでした。

 「放っておいて下さい。」

 「どうする?舞ちゃん。放っておいて下さいだって。」1人は城崎さん?

 「お願い、園香ちゃん、助けてあげて。」もう1人は、1年の時のクラスメートで、パワー部の前島さんだ。そう云えば、この2人ピアノ繋がりなんだ。

 「助けてあげてと云われてもねえ?」そんな前島さんの声と共に、階段を上がって離れて行く足音と、下から上がって来る足音がして、

 「おい、園香何やってんだ?園香が泣かしたのか?」誰?この男子?けど、泣いて伏せた顔を上げようとはしませんでした。

 「な訳ないでしょ。ずっと前から泣いてたの。」

 「高田だよな?」自分で頷いて答えました。

 「俺はパワー部の倉元て云うんだけど、知ってるか?」一応大きな人だと知っていたので、頷きました。

 「倉元君は誰にでも興味持つんだね。」

 「そういう訳じゃねえけど、高田は荻野の奴の大のお気に入りで、高田もほんとはそれに応えたいけど、飯岡優菜が邪魔してるんだよな。」どうして、この人そんなこと知ってるの?パワー部で坂下君が私のこと噂してるの?坂下君て、そんなに口が軽いの?もう誰も信じられないの?

 「ねえねえ、倉元君のそのおせっかいな恋愛カウンセリングが、高田さんに通用するとは思えないんだけど、・・ほら、高田さん引いてるじゃない。」恋愛カウンセリング?一体どういうこと?何か混乱して訳が分らない。

 「心配するな。高田は荻野と同じD組だろ。優菜は俺と同じC組なんだ。優菜はうちの母ちゃんのお気に入りなんだぜ。」一体何云ってるの?この人。

 「倉元君、まさか?」

 「ああ、俺には優菜の心が手に取る様に分る。あいつはもうすぐ俺の女になる。ただそれには、俺の予想通り高田と荻野が結び付く必要がある。なあ、利害一致ということで、共同戦線を張らねえか?」そういうことか。この人は、飯岡優菜のこと好きなんだ。けど、それってどれだけ信用出来るの?それに、共同戦線て、一体何をすればいいんだろう?

 「共同戦線て、どうする気?」何て質問するこの前島さんて人の意志は特にないのかな?美野里ちゃんのことで秘密を共有している城崎さんの差し金?もう、その城崎さんの声がしないけど、どこかに行ったのかな?顔を伏せている私には分らない。今は顔を上げて確かめる勇気もない。何故なら、誰も信用し切れないからだ。城崎さんは、これ以上恐いことが起こるのを防ぎたいみたいなこと云っていたけども、一方では自分の保身を考えている。自分が美野里ちゃんの秘密をばらしたことが彼女に知られることを恐れて、私に直接接して来れない人なんだ。そんなことを考えていました。

 「モーションは、同時に起こす方が効果があるんだ。ちぐはぐじゃ、時間がかかるぜ。それは誰の為にもならねえ。まあ、急に云って信用しろっていうのも、高田の性格考えたら無理だろうから、まあ荻野のことは絶対に諦めずに頑張れよな。俺は高田の味方だぜ。」信用なんて出来る訳ありませんでした。私のことを勝手に知ってる様な気持ち悪い人です。坂下君が私のことをぺらぺら喋っているとしても嫌だし、そうではないのにこの人が勝手に知っていたとしたらきも過ぎました。考えているうちに人の声もしなくなり、私は泣き止み、顔を上げました。すると、驚いたことに、前島さんだけがまだそこにいました。

 「どうして?」

 「私にも分らないな。舞ちゃんは云えることに限界があるって云って、結局中途半端なことしか教えてくれないんだわ。それすらも、人に云うなって云うんだよ。高田さんも知っていることが分ればまずいんでしょ?」前島さんは、かなり接近して小声で云いました。彼女は一体城崎さんから何を聞いて知っているのだろう?

 「何がしたいんですか?」

 「私はただ、友達を守りたいだけ。それ以上は云えないな。高田さんも口止めされてるんでしょ。それを聞き出すのも禁止されてるのよ。酷いでしょ、それで高田さんの話しを聞いてあげてって云われてもねえ。」と苦笑いしてます。

 「前島さんが守りたい友達って?」

 「パワー部の月岡真奈美知ってるよね。」

 「やっぱりそうなんだ。」

 「真奈美が、この前の全国大会で倒れたこと知ってる?」初耳で、物凄くショックでした。城崎さんが1番怖れてたことだからです。

 「どうなったんですか?」

 「意識無くなって、救急車で運ばれたんだけど、今はすっかり元気よ。」

 「あの、もっと詳しく教えて下さい。」

 「じゃあ、高田さんが泣いてた訳教えてくれる?」

 「ギブアンドテイクって訳ですか?その時、始業の鐘が鳴りました。

 「そういうこと。又、携帯に連絡入れるから。じゃあ、早く戻らないと間に合わないよ。」彼女は、先にさっと階段を上がって、D組の教室とは反対の右側に曲がって行きました。そう云えば、月岡さんも前島さんもA組です。3年になって、特別進学コースのA組だけが教室が離れてるみたいでした。実際、後で分ったんですが、A組の人達はほとんどが1つ手前にあったもう一つの階段を上がる様でした。

 「あの、私のメアドとかは?」と慌てて聞きかけて、きっと城崎さんから既に教えてもらってるんだと納得しました。それよりD組の教室は左側の1番奥だから、急がないと間に合いません。私は人通りの途絶えた階段をダッシュで駆け上がろうとしました。すると、けつまづいてしまい、段の上の方に右の頬をしたたか打ちつけてしまいました。凄く痛かったけど、痛がっている余裕がなかったので、B組C組の教室の前を走り抜け、自分の教室に戻りました。教室には、D組の担任になった横井先生が来ておられて、既にホームルームが始まっていました。

 「どうしたの?高田さん、血が出てるじゃない。」その言葉に右の頬を触り、その右手を見て愕然としました。べっとりと真っ赤な血が手の平一杯に付いていました。こんなに出血していたなんて、私の顔今どうなってるの?鏡が見たいと思いました。

 「琴ちゃん、はい、鏡だよ。」笑いながら手鏡を渡してくれた美野里ちゃんに、私は初めて直接強い恐怖を感じました。美野里ちゃんがこんな時笑ったりするはずがありません。本気で怒ってさえいなければ・・・そう思いながら鏡を見て、その恐怖は更に膨れ上がりました。思っていたよりもずっと酷い怪我だったんです。なのに、横井先生以外は誰も心配して駆け寄って来てはくれませんでした。美野里ちゃんも、坂下君も、荻野君でさえも、え?坂下君がいない?荻野君も見付けられない。

 「ちょっと困ったわね。誰か、高田さんを保健室まで連れて行ってあげてくれませんか?」そう云いながら、先生はとりあえずハンカチを渡してくれました。

 「すみません。」さっそくそれで抑えてみましたが、ハンカチはみるみる赤く染まって行く様でした。でも、誰も名乗ってくれませんでした。美野里ちゃんを見たら、こっちを見ずに俯いていて、何か独りごとを云ってる様にも見えました。体じゅうが震えて来て、止まらなくなりました。

 「仕方ないので、私が行って来ますから、みんなは9時までに体育館に行く様にして下さい。」先生に連れられて、保健室に向かいました。

 「一体、何があったの?」

 「遅くなってしまい、慌てて教室に戻ろうとして、階段でつまづいてしまったんです。」赤く染まったハンカチで右頬を抑えながら答えました。

 「痛くない?」

 「ぶつけた時はとても痛かったです。」

 「そりゃあ、それだけの怪我だものね。今はどうなの?」

 「今も少し痛いです。でも、まさかこんなになってるとは思いませんでした。」

 「それと、佐伯さんの様子がおかしいんだけど、高田さんと佐伯さんは仲良しじゃなかったの?何かあったの?荻野君と坂下君はちょっと嫌な雰囲気で教室を出て行ったって云うし、新学期早々一体どうなっているの?」掴み合いの喧嘩。私の脳裏にそんな不安がよぎりました。せっかく4人同じクラスになれたというのに、こんなことになる為に4人が一緒になったんじゃない!全部私が悪いんだ。だから、私が罰を受けるのは当然なんだ。強い自責の念と、罰に対する恐怖で一杯になりました。そして、何も返事出来ないまま、号泣してしまいました。

 「とりあえず、応急処置はしておくけど、今日はもう帰ってすぐにお医者さんに行きなさい。貴方ほど綺麗な子が、顔に跡が残る様な傷になったら大変でしょ。」保健室の先生に云われました。それに従い、教室に戻るとさっさと帰り仕度をして帰宅しました。私は4年以上もの間、放課後の帰り仕度には定評があるほど早かったので、この日もその習慣からあっという間に学校を後にしました。みんなはまだ体育館で始業式をしているうちのことで、誰にも会わず終いでした。荻野君と坂下君が争っていたとしたら私のせいなのに、暴力が恐くて大嫌いだったので、卑怯な私は、何も確かめもしませんでした。顔の怪我は幸い打撲だけで、骨には異常はなく、処置も早かったから、跡に残ることもないだろうと診断されました。でも、私は翌日から学校を休みました。パパもママもその怪我を酷く嘆いて、心配してくれて、不登校になった私を悲しく見守ってくれました。レイプされた時でさえ独りで抱え込み、親には心配かけまいとした私が、高3にもなって挫けてしまいました。1日経ち、2日経っても、先生以外は誰からもお見舞いメールの1つも来ませんでした。坂下君は私を避け、荻野君にはもう嫌われたみたいで、美野里ちゃんとの信頼関係が完全に壊れて憎まれていると思いました。そのせいで、もう完全に恐怖に怯える様になっていました。そんな中、11日の夜になってやっとメールが入りました。未登録の人からのメールだったので、本文を開いて見るまでは、“誰?”と思いました。

 『パワー部の前島です。出来ればお話ししたいので、発信してもいいですか?』

 『待っています。』藁をもすがる気持ちですぐに返信しました。すると、あっと云う間に着うたが鳴りました。

 「あの後、怪我したんだって?大丈夫?A組ってさ、1クラスだけ隔離されてる感があって、そんでもって、このクラスは自分の進路のことしか頭にない人の集まりだから、情報入って来なくって、今日聞いてびっくりしたんだよね。」

 「気にかけて下さって、ありがとうございます。怪我は大丈夫です。」

 「よかった。鐘が鳴るまで私と話してたから、怪我酷かったらどうしよう?って責任感じちゃった。真奈美の時もそうだったけど、気にしない訳にはいかないんだよね。」

 「前島さんのせいじゃありませんよ。それよりも、月岡さんはどうだったんですか?」おとといはその話しが中途半端で終わってしまい、気になっていました。

 「それはちょっとこっちの話しなんだ。ただ、私が責任感じる様な経緯の末倒れたんで、それで落ち込んでたら、舞ちゃんがとんでもない話しするじゃない。」

 「何を聞いて知ってるんですか?」

 「それは云えないな。舞ちゃんにさ、お互い何知ってるかの情報交換は絶対にしないでって、涙ながらにお願いされてるから云えないんだ。でもそれじゃ、何も話し出来ないよね。私も、それでどうしろって云うのって聞いたら、自分は身動き出来ないから、代わりに私に、高田さんの様子とパワー部の様子を探って知らせろって云うんだよ。それって、スパイだよね。」

 「見返りって、あるんですか?」

 「ないなあ。ボランティアだね、これって。でも、友達の危機を救いたかったらやってって。それ、まるで新興宗教の勧誘って感じだよね。」彼女の云う友達って、間違いなく月岡さんのことだ。

 「それでも、前島さんは城崎さんを信じてるんですか?」

 「それは、聞いて知ってるでしょ。舞ちゃんとは永い付き合いなんだ。それにさ、以前パワー部の練習中に血を吐いて倒れた部員が、後に死んでるんだよね。あまり仲も良くなかったし、退部してから大分経ってたから、その時は、若いのに可哀そうだなって、人ごとだったんだけど、今になって思うとさ・・」きっと前島さんも、呪いとかの力を意識して云ってるんだと思いました。

 「それって、もしかして樫木さんて人じゃないですか?」

 「そう、やっぱり知ってたんだ。」

 「2年になった時、同学年の女子が病気で亡くなったと聞いたくらいです。その人がパワー部だったことも、どういう病気だったかも知りません。」

 「胃癌だったんだって、普通はもっと年取ってからなりやすいんだけど、若くでなった分進行が早かったらしいよ。」それはそれでショックでした。そして、このまま独りで抱えることに、絶望的な恐怖を感じました。だから、私も渡りに舟って感じで、すがる様な気持になって、話しを聞いてもらおうと思いました。

 「分りました。それで、私は一体何を教えればいいんですか?」

 「高田さんがおととい泣いていた訳が、坂下君と関係があるかどうか?」

 「あります。私が坂下君と抱き合っていたところを、バレー部の戸倉さんに見られたのが原因です。すみませんでした。」坂下君のことは、親友の彼氏というだけじゃなく、月岡さんに対しても後ろめたいという複雑な事情がありました。既に二股で悩んでいた彼を、三股にしてしまうところだったんです。

 「高田さんも、坂下君のことが好きなの?」

 「はい、好きです。でももう諦めました。」

 「ふーん、高田さんみたいな超美少女がねえ。坂下君て意外ともてるんだ。」

 「彼、優しいからつい甘えてしまったんです。丁度それを見られてて。」

 「それはいつのこと?」

 「3月7日の夜です。私、訳あって夜が恐いんです。誰かに手繋いでもらわないと夜道歩けないから、遅くなって彼に手繋いでもらって、その途中で甘えてしまいました。でも、それだけだったんです。それを弥生ちゃんに見られて、尾びれが付いて、誤解されて、だから泣いてました。」

 「なるほどね。だいたい分ったわ。じゃあ、ギブアンドテイクのこっちから教えられることを云うね。3月25日のパワーの大会で、真奈美の優勝が決まった後、一緒に坂下君を応援してたのね。途中から気分が悪そうにしてたんだけど、真奈美は彼の優勝を見届けるんだって云って聞かなくって、そのまま我慢してたみたい。坂下君の優勝が決まった途端、私のすぐ横でどさって音立てて倒れて、そのまま意識が無くなったの。その時は私も気が動転してて気が付かなかったんだけど、観客席で見ていた佐伯さんが2階くらいの高さのある観客席から飛び降りて、いち早く倒れた真奈美に駆け寄って、何かまるで気功みたいな不思議なことを真剣にやってたの。」もう、びっくりすることに慣れてるはずなのに、それでも又びっくりしました。

 「城崎さんもそこにいたんですか?」

 「舞ちゃんの見てる前で飛び降りたのを、後で教えてくれたのよ。病院へは舞ちゃんと佐伯さんと3人で駆け付けて、数時間で真奈美が気が付いたのを確認したらすぐに、佐伯さんは帰って行ったのよ。そんなとこかな?何か質問ある?」

 「多分、それ以上はタブーですよね、きっと。」

 「じゃあ、そういうことで、お大事にね。」結局、責めも、慰めもありませんでした。ただ、ひたすら情報の交換。それも裏事情に触れず、淡々と表向きの事実だけ?少しだけ、憂鬱が紛れた様な、余計不安が募った様な感じで、翌日も引き続き学校を休みました。美野里ちゃんのことを恐いという気持ちはほとんど変わっていなくて、彼女から何も云って来ないことが、不安をより増大させていました。結局、その週はもう登校出来ませんでした。すると、13日金曜日の昼過ぎになって、着うたが鳴りました。期待と不安の入り混じった気持ちで見ると、『荻野太平』。期待と不安でどきどきでした。

 「琴美です。」

 「怪我の具合、悪いのか?」優しい声でした。凄く嬉しかったです。でも、何て云っていいか分りませんでした。

 「う、うん、大丈夫。・・・あの、・・・ごめんなさい。」

 「俺の方こそ、ごめんな。琴美さんのこと、心配だったのに、連絡が今頃になって。けど、わざとじゃないんだ。優菜の奴に携帯取られて、琴美さんのデータ消去されて、坂下に聞いたら、あいつはあいつで佐伯に同じことされてて、その佐伯に聞こうとしても、泣いてばかりで教えてもらえなかったんだ。更に、佐伯も翌日から昨日まで休んでたから、今日になってやっと教えてもらってな。」

 「そうだったんだ。」

 「迷惑だったか?」

 「ううん、かけて来てくれて嬉しい。」

 「怪我どうなんだ?」

 「顔に傷ある子だったら嫌だよね。」

 「そんなこと云ってないよ。でも、傷残るのか?残ったりしたら、琴美さんが辛いだろうと思って、何て慰めたらいいのか分らなくて、ごめんな。」

 「ありがとう、凄く嬉しいの。顔の傷はね、ほんと大丈夫よ。傷は残らないって。」

 「本当か?よかった。でも、学校はまだ出て来れないのか?」

 「行くのが恐いの。」

 「くだらねえ噂してる奴らなんかほっとけよ。俺はあいつらが云ってる様なデマなんて、全然信じてないから。」

 「坂下君と喧嘩したんじゃないよね?」

 「どうして俺が坂下と喧嘩しなきゃならないんだよ。ただ、確かめたんだよ。琴美さんが唯一素直になれる奴ってあいつくらいしかいないと思って、抱き合ってた話し、確かめたんだ。」

 「ごめんなさい。荻野君の気持ち嬉しいのに、体が硬直する自分が苦しくて、寂しかったの。」

 「もういいよ、そんなこと。でも、ファーストキスは取って置いてくれたんだろ?あいつ、馬鹿正直に教えてくれたぞ。正直嬉しかった。むしろ俺の方こそ、琴美さんを傷付けたんじゃないか、心配なんだ。」

 「荻野君はもてるし、遊んでいそう。」

 「そう云うなよ。琴美さんがショック受けたことは土下座してでも謝りたいんだ。遊んでたことは否定しないけど、もうそういうの虚しいんだ。琴美さんへの想いは、ほんとにまじなんだよ。こんなにまじで人を好きになったの初めてなんだ。何があっても、俺が守ってやるから、来週から学校来いよ。」

 「うん、ありがとう。でも、美野里ちゃんが怒ってるから。」

 「佐伯は佐伯で辛いんだ。嫉妬して琴美さんに冷たくしたことを凄く後悔してるみたいで、自分を責め続けてるんだぜ。坂下も必死で謝ってるし、素直になって許したいけど、自分の気持ちが勝手に暴れるって、泣いてばかりいるよ。」

 「荻野君、勝手に人のこと云わないで。私が直接琴ちゃんと話したいから、そっちの携帯切ってくれない?」携帯越しに、美野里ちゃんの声がしました。

 「ああ、・・佐伯さんの声聞こえただろ?直接話したいって。そんな訳で切るな。」すぐに切れて、こっちも待ちにして間がなく、新たな着うた、『美野里ちゃん』。

 「ごめんなさい。許して、お願い。ごめんなさい。・・・・・・ねえ、どうして何も云ってくれないの。」私は号泣してました。

 「いきなり謝られて、それって裏切りを認めるってことなのかなって、辛いよ。これって下手したら、彼氏と親友両方無くしちゃうんだよ。」美野里ちゃんも泣き声でした。

 「ほんとにごめんなさい。どうしたら許してもらえるの?」

 「兎に角、携帯で話していても辛くなるだけだね。すぐにでも琴ちゃんと会って話したいよ。今日帰り行っちゃ駄目?」

 「うん、来て。私も会ってちゃんと謝りたいの。出来たら、泊って行って欲しい。」

 「分った。念の為泊りの準備もして来たし、そうさせてもらうよ。家族の人にはちゃんと云っておいてね。夕飯は食べてから行くから、よろしくね。」

 その日の夕方、予告通り美野里ちゃんが来ました。食欲なかったので、軽く夕飯を済ませて待ってたところへ、

 「お邪魔します。」懐かしい響きというには、少しトーンが低かったです。

 「久し振りだね。2階上がって。」挨拶だけで、すぐに私の部屋に入ってもらいました。

 「何か懐かしい、琴ちゃんの部屋。」

 「ほんとにごめんなさい。」部屋の戸を閉めてすぐに、私は抱き付いて泣いて謝りました。それに対して、彼女も抱いてくれて、泣いてました。

 「琴ちゃん、私ね、何度も死のうと思ったんだよ。」

 「駄目、私の為に死んじゃ駄目。お願い、そんなこと思わないで!」

 「うん、私もね、それは出来なかった。やっぱり、死にたくなかった。でも、凄く苦しかったの。のたうち回ったんだよ。」

 「ごめんなさい。ほんとにごめんなさい。」

 「琴ちゃん、さっきからそればっかり。どうして?どうしても分らないの。夜道が恐い琴ちゃんが、暗くなるまでその日は何してたんだろうって?7日の日は私が休んでて、何のチャンスだったんだろうって?優馬君もいい加減なこと云って誤魔化すんだよ。2人のこと信じてた私がどれだけ不安か分る?答えて、その日2人で一体何してたのか?教えてよ。」困りました。何故その日がばれたのかまでは分りませんが、その日のことは、城崎さんとの約束で云えないんです。適当に嘘を云っても、坂下君が美野里ちゃんに何て云ったか分らないし、辻褄が合わなければ、余計美野里ちゃんの疑念は深まるでしょう。かと云って、このまま黙っている訳にもいきませんでした。辻褄合わなくても、美野里ちゃんが納得してくれればいいんだとも思いました。でも、坂下君に罪を着せる訳にもいかず、

 「私が誘ったの。荻野君の前では男性恐怖症が出て、体が強張って震えるの。それが坂下君の前だけ体も素直になれたの。寂しくって堪らなかったから、一緒にいて欲しいってお願いしたの。でも、キスはしてないよ。信じて。」

 「当たり前だよ。親友の彼氏と知ってて、隠れてキスして許せる訳ないじゃない。琴ちゃんて、頭おかしいんじゃない?それとも、琴ちゃんは心の障害者だと思って理解した方がいいのかな?」

 「心の障害者?」

 「そうだよ。心の傷が深過ぎて、それが永いこと続いた為に、普通にものを考えられなくなってるんだよ。そう理解すれば、せめて納得出来るよ。」

 「厳しいんだね。」

 「琴ちゃん、私がどうして死にたくなったか分る?死ねなくて、どうしてのたうち回ったか分る?」

 「私が美野里ちゃんを苦しめたんだね。」

 「違うよ。私を苦しめてることから。琴ちゃんはずっと解放してくれてたんだよ。苦しみから守ってくれてたんだよ。」

 「今は守ってあげれてないってことなの?」

 「頬の傷痛い?」まだ、絆創膏とガーゼが貼ってありました。

 「美野里ちゃんの心の痛みと比べたら、何ともないよ。」

 「けど、ぶつけた時は痛かったでしょ?なのに、私はその時可哀そうとは思わなかったんだよ。それどころか、ざまあ見ろって思ったんだよ。私の心はほんとは凄く醜いの。妬みとか、憎しみとか、恨みとか、人を攻撃する気持ちばかり。自分を苦しめるものなんて、みんな消えてしまえばいいって・・」

 「もういいよ。そんなに自分を虐めなくても、みんなそうだよ。他のみんなだって、ほんとはそうだよ。誰だって自分は幸せになりたいし、楽しい気持ちでいたいもん。自分の幸せを阻むものを排除したいのは、誰だって当然だよ。美野里ちゃんだけじゃないよ。」その裏にある本当の訳を知っていたのに、その時は夢中でそう云いました。彼女の苦しみを少しでも和らげようと必死だったんです。

 「そうだね、そうかもしれないね。でもね、私はそれじゃあいけないんだよ。私がね、琴ちゃんといて凄く平和な気持ちになれたのはね、優しい気持ちになれるからなんだよ。琴ちゃんも、私に凄く優しくて、それが凄く嬉しくて、だから私も凄く優しくなれるんだよ。」彼女の気持ちが痛いほど分って、もう涙が止まらなくなっていました。

 「ごめんなさい。ずっと、優しくさせてあげれなくて、ごめんなさい。」

 「何故それが私にとって凄く大事なことなのか、そうまでは分らないでしょ?何故、私が死のうと悩まなくてはならないか分らないでしょ?」分るよ。それを分っていながら、ほんとにごめんなさいと、云いたくても云えませんでした。まあ、実際云わない方が良かったのかもしれません。それでもつい、

 「美野里ちゃんて、私には分らない不思議な力がある様に思うの。だから、その分、私には分らない苦しみがあるんだね。辛いんだよね。」

 「琴ちゃんも薄々分ってくれてるんだね。まあ、最近の私はちょっと不思議なことし過ぎてるから、ばれてもしょうがないね。」

 「美野里ちゃんは、やっぱり超能力者なの?」

 「さあね?私って一体何なんだろうね?本当は自分でもよく分らないんだよ。分らないから、恐くて真っ暗なの。」

 「どういうこと?」

 「ごめん、それ以上云うことは出来ないよ。」

 「ねえ、そのこと坂下君は知ってるの?」美野里ちゃんがどこまで感付いているのか気になって、とぼけて聞いてみました。

 「きっと、琴ちゃんと同じくらい感付いてるんじゃないかな。ねえ琴ちゃん、もういいよ、その話しは。ちょっと気持ちが落ち着いて来たから、話題替えて、もっと楽しくなる話しとか、ことをしよう。」

 「私のこと、許してくれるの?」

 「琴ちゃんが優馬君を誘惑したのがその1回きりで、もう2度と誘惑しないと約束してくれたら、多分許せるよ。キスはしてないって云ったもんね。」3月7日の1回きりってこと?けど本当は、1月10日美野里ちゃんの家の帰りに、それも『優馬君取ったら、いくら琴ちゃんでも許さないよ。』と云われた直後に、私は美野里ちゃんを裏切って、坂下君を誘惑してしまっていたんです。けど、今更それを申告する勇気はありませんでした。最早、心の中では本気で美野里ちゃんを恐がっていました。何故あの時あんなことをしてしまったんだろうって、いくら後悔しても後の祭りです。

 「多分許せるって、許せなくなるかもってこと?」

 「どうしてそんなにネガティブなの?さっきも云った様に私はほんとは優しくないんだよ。だから、どう気が変わるか自分でも分らないんだよね。そこへ、琴ちゃんまでそんなネガティブだと、余計不安になるじゃない。」

 「そうなんだ。急に許せなくなることもあるんだ。」真剣に怯えていました。

 「だから、そういう気持ちが起こらない様に、琴ちゃんとは少しでも仲良くいたいし、楽しくしたいんだよ。」

 「じゃあ、何の話しするの?」

 「やっぱり、話しより、琴ちゃんと云えばお琴だよ。久し振りに琴ちゃんのお琴聴きたいな。そう云えば、前回は終業式の後、2人で買い物をしてから家に来て、疲れたからと長い間昼寝して、夜は雑談だけで、今度は私が眠くて早く寝たから、美野里ちゃんの前でお琴を弾くのは2カ月以上振りでした。私は完全に不安を解消することが出来ずに、物凄く複雑な気持ちでお琴を弾き始めました。

 「何か今一盛り上がらないね。今日の演奏、何か堅いよ。琴ちゃん、まだ私に隠し事があるんじゃないの?」鋭く云われて、どきっとしました。

 「信じてくれないの?」

 「あ、そうだ。そろそろ下空いて来たかな?」

 「えっ、下って?」

 「せっかく琴ちゃんとこ来たんだから、やっぱり鼻診といてもらわないとね。次はいつ来れるか分らないし、もしかしたらこれが最後かもしれないしね。」

 「どうして、そんな寂しいこと云うの?」

 「ごめん、本心じゃないよ。私だってそんなことになったら嫌だよ。けど、今はぱっと明るくなれないみたいだし、ちょっと行って来るね。」彼女は下りて行きました。それから、しばらく1人で泣きました。

 「遅かったね?」美野里ちゃんが戻って来たのは、1時間以上経ってからでした。

 「思ったよりも混んでたの。でも、行って来てよかった。ちょっとむずむずしかけてたのがすっきりしたから。」

 「ねえ、美野里ちゃんが私と仲良しになってくれたのは、私が耳鼻科の娘だから?そうじゃなかったらどうしてた?」

 「何か、今日の琴ちゃん陰気臭いよ。そんなことばっかり云ってたら、全然楽しくならないよ。」

 「ごめんなさい。でも、今日の美野里ちゃん、いつもみたいに優しくないから。」

 「そうだね。琴ちゃんに対する優しい気持ちを思い出そうとして、私も焦ってるんだけどねえ、一体どうしたらいいのかな?琴ちゃん。」

 「ごめんなさい。お願い、嫌いにならないで。」又、泣いてしまいました。

 「もう、しょうがないなあ。ずっと一緒だよ。」そう云いながら美野里ちゃんは、今度は私の背中を撫でてくれました。気持ち良くて、ちょっとほっとしました。

 「ありがとう、凄く気持ちいいし、ほっとするよ。」

 「これね、実は猿真似なんだよ。国島君に意地悪云われた時、琴ちゃんにこうやって背中撫でてもらって、この人なんて優しいんだろうって、凄く感動したんだよ。だから、お返しにやってあげたの。」

 「私の真似だったの?」

 「そうだよ。琴ちゃんと出会う前は、そんなこと1度もしたことないよ。」

 「そうだったんだ。じゃあ、女子同士で抱き合ったりするのもそうなの?」

 「あー、それは私のオリジナルだよ。私は親にあまり抱かれたことないみたいで、人肌に飢えてるの。それが大きくなった今になって、スキンシップを求める心として出るんだよ。」

 「ねえ、抱き合わない?」

 「抱き合うって、あんなことや、そんなこともしていいの?」

 「それで又優しくなれて、仲良くなれるなら何でもいい。」

 「琴ちゃん、レズみたいなこと嫌いだったんじゃないの?無理しなくても。」

 「いいの。このまま美野里ちゃんと仲直り出来ないくらいなら、何でもする。」

 「分った。でも、お風呂入ってからね。せっかくだから、体綺麗にして思い切りしよ。」

 「じゃあ、お風呂の用意しなくちゃ。」

 「ご家族の人の方が先だよ。私達は最後にゆっくりと入ろ。」という訳で、お風呂の順番が来るまで、又私がお琴を弾くことになりました。ただ、私ののりは今一でした。けど、今度は美野里ちゃんが一生懸命盛り上げようとしてくれました。それに釣られて、私も少しづつのって来ました。

 「琴ちゃん、やっと調子出て来たね。」

 「美野里ちゃんが盛り上げてくれるから、楽しくなって来たの。」

 「よーし、いいよ。その調子だよ、琴ちゃん。」

 「何か、美野里ちゃん、今度は異様に楽しそうだね。」

 「うん、楽しみが出来たからね。」

 「それって、スキンシップのこと?」

 「スキンシップと云うより、もっと激しいけどね。」

 「えぇ、激しくするの?」

 「するんだよ。さっき琴ちゃん、何でもするって云ったじゃない。」

 「云ったけど、どうしてそんなにしたいの?」

 「ほんとはね、今日あたり優馬君としたかったの。正直ね、あんなに・・・。初めはね、優馬君あまり乗り気じゃなかったんだけど、私の愛で・・・、そしたら彼も・・・、愛し合って・・」聞きたくもないことを、平気で云われ、

 「もういい加減にして、そんな話し。」つい云い返しちゃいました。すると、

 「ごめん、調子に乗り過ぎちゃった。ごめんね、ほんとに。」素直に謝ってきました。そこで、

 「つまり、そんな彼氏」“の代わりなのね”と思わず云いかけて、「より、今日は私を優先させてくれたんだね?」と慌てて云いました。なのに、

 「まあ、それもあるけど、今危険日に入って来てるんだよね。」

 「妊娠の危険日ってこと?」

 「そうだよ。他に何があるの?」

 「じゃあ、もし安全日なら、坂下君とこへ行ってたんだね?」結局、ネガティブな一言を又云ってしまいました。

 「又そういうこと云う。それ止めた方がいいよ。せっかく上がりかけたテンションをミスミス下げちゃうよ。そんなこと云うくらいなら、今は唄おう!」そもそも、テンションが下がることを云い始めたのは美野里ちゃんの方でしょ、と思いながらも、元々私が悪いので、もう逆らわない様にしました。云われるままにお琴を弾いたり、一緒に唄ったりして、お風呂が空くのを待ちました。1時間程唄ったくらいで、お風呂が空いた報せがありました。美野里ちゃんは妙に嬉しそうでしたが、私は少し引き気味でした。

 「じゃあ、一緒に入ろう。」予想はしてましたが、やっぱり云って来ました。もちろん、断ることは出来ませんでした。

 「ねえ、どうしてそんなにじろじろ見るの?」お風呂場に入ったら、彼女がよく私の体を見ていました。女子同士でも、あまり見られるとさすがに恥ずかしかったんです。

 「優馬君がどんな目で見てたのかなと思って。」又それ?と思いました。

 「電気点けてたの?」

 「1回目は昼間だったんだよ。だから、丸見え。」

 「恥ずかしくなかったの?」

 「優馬君も裸だったんだよ。私一人っ子で、見たことなかったから、凄く感激したよ。きっと私のも感激して見てくれてるんだと思うと、恥ずかしさよりも、嬉しさの方がずっと大きかったの。」

 「女子同士は経験あるの?」

 「ないよー。琴ちゃんは一体私を何だと思ってるの?友達同士でしてたのはキスと、服の上からの胸タッチくらいだよ。直に触ったのは1回だけ。」

 「1回はあるんだ。」

 「その子Eカップで、柔らかくて気持ち良さそうだったから、頼んで触らせてもらったの。」美野里ちゃんは、そんな話しだと嬉しそうにしていました。それに合わせてるうちに、私も何か変な気持ちになって来て、お風呂場と寝室で、ちょっと人には云えないことをしてしまいました。多分、人はそれを“レズ”と云うのでしょう。私達は、久し振りに抱き合って眠りました。正直、それで凄く安心出来ました。翌朝、美野里ちゃんが私の頬に手を当てて、傷をほとんど治してくれました。

 「その力で、自分自身の鼻や腰は治せないの?」

 「もうそれは追及しないで。私はやっぱり、こうやって琴ちゃんのことを大好きでいたいの。それだけでいいんだよ。」結局、美野里ちゃんは謎のままでした。

 「もう、私のこと許してくれるの?」

 「それには条件があるんだよ。もう、優馬君と話ししないで!優馬君と接しないで!優馬君に近付かないで!嘘はつかないで!隠し事はしないで!それだけ約束してくれたら充分だし、学校休んでる人とあまり遊んでる訳にいかないし、もう帰るね。月曜から、学校で会おうね。」彼女は、雨の中帰って行きました。見送る私の心の中はとても複雑でした。美野里ちゃんと仲直り出来た喜びよりも、彼女が出した条件に対する不安の方が大きいくらいだったからです。それに、仲直りの決め手がレズ行為だったことが、新たな憂鬱を生んでいました。男性恐怖症で、男子と接しようとすると体が強張ってしまう私が、唯一リラックス出来る坂下君と接することを禁じられ、自分は同性愛しか出来ない体なんだと痛感しました。せっかく来てくれたんですが、一旦少し安心した半面、逆に更に心が重くなってしまった感じでした。強い不安で食欲も落ち、胃の痛みが続く様になりました。それでも、顔の傷がよくなったことと、親にこれ以上の心配かけられない思いで、16日の月曜から学校に行きました。唯一の救いは、荻野君が守ってくれるということでした。しかし、それすらも、そのことのせいで逆に私は追い詰められることになりました。

 新しいクラスで私のことを構ってくれたのは、本当に荻野君だけでした。美野里ちゃんは挨拶だけで、私のことを放っておいて、坂下君とべったりくっ付いていました。だから、いつも私は独りで居るか、荻野君に構ってもらうかのどちらかでした。美野里ちゃんはどうして、坂下君とばかりいて、私のところへは来てくれないの?そう思っても、坂下君には近付くなと釘を刺されている私には、どうすることも出来ませんでした。そんな私に、荻野君は目一杯気を遣って話しかけてくれました。そんなことが2、3日続いた水曜日の4時限目の体育の時間のことでした。体育はC組の女子とも合同なんですが、C組には飯岡さんがいました。授業内容はこの日からテニスだったんですが、基本動作の説明を聞いてる頃から彼女の睨みつける様な視線を感じて、とても嫌な予感がしていました。美野里ちゃんとは生憎別の班に分けられていて、美野里ちゃん達の班がコート内で練習をしている時、私はいつの間にか、飯岡さんの仲良しグループに囲まれていました。

 「ちょっと顔貸してくんない?」飯岡さんに云われたと同時に、その友達2人に両腕を抱えられて、テニスコートの脇の植木の茂みの陰に連れて来られました。

 「おまえさあ、あんまし調子こいてんじゃねえよ。」怯えて何も云えないでいる私に、飯岡さんは普段聞いたことのないどすの利いた声で云いました。

 「こいつ、凄いびびってんじゃん。」

 「優菜のその演技、まじ恐!さすが元演劇部。」

 「アリサ、余計なこと云うんじゃないよ。」

 「わ、まじ成り切ってる。」

 「おまえにさあ、太平の何が分んのさ?太平はバスケに命懸けてんだよ。バスケやってる太平を知ってんのか?あたいは、バスケやってる太平のいつも傍にいて、夢に向かって必死で戦ってる太平を支えてんだ。だからさ、いつも甘えてるおまえみたいなの、超むかつくんだよ。」体操服の襟元を掴んで来ました。

 「暴力は止めて下さい。」

 「そんなださいことすっかよ。おまえにはさあ、もっと屈辱的なことしてやるからさ、嫌なら、もう太平に2度と近付くんじゃねえからな。」

 「屈辱的なことって、何するんですか?」

 「知りたきゃ、今ここでやってやろうか?」本気の雰囲気感じたので、もう恐くって、思い切り泣き出してしまいました。

 「泣いてろ、馬鹿野郎!・・・行こ!」3人は、泣いている私を残して、先にテニスコートに戻って行きました。そして、その時から私への陰湿な虐めが始まりました。飯岡さんと一緒にいた2人は彼女と同じバスケ部のマネージャーで、2人共私と同じD組だったんです。彼女たちの陰湿なやり方は、教科書やノートの表紙には一切せず、それらの中身に酷いことを書かれてたり、耳元で本当に何か知ってるかの様に私の秘密をみんなにばらすと脅して来たり、私以外の人には、虐められてることが分りにくいものばかりでした。それも、必ず荻野君のいない時ばかりに仕掛けて来ては、『もし荻野君にちくったら、学校に来れない様にするからね。』と脅されました。ある日、美野里ちゃんがやっと気付いてくれて、聞いてくれましたが、彼女らが知っている私の秘密というのが、美野里ちゃんに知られたらまずい事かもしれないので、相談することも出来ませんでした。それどころか、知られてはいけないことが美野里ちゃんにばれないかびくびくしていましたから、何でもないととぼけ通しました。特に1月10日に坂下君に甘えてしまった事実が、今更ながら気になって、八方塞がりになって行きました。荻野君と親しくすることも恐くて避けてしまい、私は日に日に孤立感を深め、胃の痛みも慢性化していきました。そんな中、ついに耐えかねて、坂下君ともう1度口裏を揃えておきたくて、彼に話しかけてしまいました。美野里ちゃんがトイレに行ったと思い込み、うかつにも教室でです。もう独りぼっちで追い詰められていたので、思考力も落ちてました。

 「3学期の始業式の日に、美野里ちゃんとこへ行った日のことなんだけど・・」

 「何だよ?話しかけて来るなよ。」自分の耳を疑う程、冷たい反応でした。後で考えれば、彼も美野里ちゃんに脅されて怯えていたんでしょう。でも、人の気持ちを考える余裕のなかった私は、兎に角ショックで、彼の前で泣いてしまいました。すると、美野里ちゃんに見つかるのを恐れたのか、彼はすぐにその場から離れました。でもそこは、坂下君の机の前だったので、意外と早く教室に戻って来た美野里ちゃんに見つかってしまいました。

 「琴ちゃん、何でここで泣いてるの?ねえ、私の云ったこと、もう忘れたの?」今まで私にしたことのない恐い顔でした。もう恐怖に引きつってしまい、首を横に振りながら逃げました。そして、その夜決定的な夢を見ました。

 「殺さないで。死にたくないの。お願い、殺さないで!」

 「逃げても、無駄だよ。琴ちゃんも舞ちゃんと同じ。だから、同じ様に殺してあげるよ。でも安心して。舞ちゃんも親友だったからあっさり首切ってあげたら、苦しまなくて死んだんだよ。琴ちゃんもあっさりやってあげるね。」すると、美野里ちゃんが持っているナイフと、そのナイフを持っている手がみるみる大きくなり、私に向かって振り・・

 「く、ぐっわふあー!」一瞬息が止まった様になり目が覚めて、声がちゃんと出せないで、うめきながら叫んで飛び起きました。実際それ程大きな声は出ていなかったみたいで、パパもママも弟も気付いていませんでした。私は、やっぱりパパやママを悲しませたくないんです。だから、苦しく辛くても、ゴールデンウィークまでは何とか頑張って登校しました。けど悪夢は、連休に入ってほっとしたつもりだった私に、毎晩の様に襲って来ました。

 そして迎えた連休明けの5月7日、憂鬱の極みで登校した私は、1時限目の授業中、その絶望的なプレッシャーに堪え切れず、激しい胃痛とむかつきに襲われました。気が遠くなり、目の前が暗くなって来て、もう限界と思った次の瞬間、喉に不穏な感じの液体が込み上げて来て、思わず抑えた手に真っ赤な血が漏れているのがはっきり分りました。以前に血を吐いて倒れて死んだという人のことが頭を過ぎりました。その人は、1年の時美野里ちゃんと同じクラスで、彼女のことを“教室の汚物”と云ったらしいと聞いたことがあります。“死”、殺される。例え様のないどん底の恐怖に気が狂いそうでした。次から次へと込み上げて来る血を吐き続け、ほとんど暗くなっていた目の前がどんどん真っ暗になっていき、涙を流しながら床に倒れ込みました。

 「琴美!」荻野君の声。助けて!荻野君、恐い。死んじゃう、助けて!


 ***** 補足3・・・3年時クラス割 *****


     A組=特別進学コース

 月岡真奈美・・・ヒロイン

 三田村淳・・・パワー部主将

 前島園香・・・淳の彼女

 城崎舞・・・友達想いのピアニスト


     B組

 入間健・・・優馬の親友

 尾瀬志津代・・・元パワー部員

 田嶋果菜・・・ゴシップ好き

 庄司和明・・・野球部員

 友原健太郎・・・野球部員

 梶木基樹・・・バスケ部員


     C組

 飯岡優菜・・・バスケ部マネージャー→パワー部マネージャー

 倉元春樹・・・パワー部員

 国島直人・・・野球部の主砲

 山野茜・・・野球部マネージャー

 元田百花・・・元パワー部員

 渡瀬芽繰・・・ゴシップ好き

 篠田リン・・・野球部マネージャー


     D組

 坂下優馬・・・主人公

 佐伯美野里・・・謎の超能力者

 高田琴美・・・美少女

 荻野太平・・・イケメンのバスケ部員

 戸倉弥生・・・バレー部のエース

 葛城アリサ・・・優菜の親友

 この物語はフィクションであり、実在の個人及び団体とは一切関係ありませんとまずはお決まりのお断りをさせて頂きます。それは形式的というよりも、心からそれを宣言致します。実は、今回の展開を書き始めた頃、現実に同姓同名の方がいらっしゃるか、気になって検索してみたことがあります。そして、そこで驚くべき偶然と出くわしてしまいました。それはツウィッターだったんですが、ある病気で入院されたみたいな記述がありました。既に決めていた展開と重なるその記述は、さすがに衝撃的でした。これ以上はもう公表出来ないので、これくらいにしておきますが、そのことで、おそらく他の小説を書かれる方には経験のない、特殊な思いで物語を描く色合いが濃くなりました。などと、今回は謎の言葉になってしまいましたが、この長い話しにお付き合い頂いていることに感謝致し、後書きとさせて頂きます。誠に、ありがとうございました。尚、2015年7月5日に、クラス割を補足しました。1・2年時のクラス割は、第5部明日に向かって再始動にて補足させて頂いてます。

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