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選び切れない不誠実

 究極の選択なんて言葉があります。どうしても捨て切れない2つの大切な物、もしくは2人の大切な人のうち、必ずどちらかを選らばなくてはいけなくなった時、どちらか一方には、心を鬼にしなくてはならなくなったりすることもあると思うんです。でもそれって、やっぱり辛いですよね。

 朝目が覚めると、世界が違っていた。本当は周りは前とほとんど同じだったのかもしれないけど、僕には今までとは別の次元に来た様な感覚があった。きっと、もう元には戻れないんだろうと思った。昨日までの目覚めが、遠い過去の映像だった気がした。僕の蒲団の中には、美野里の甘い香りが染み付いていた。その世界を変えた張本人の姿はそこにはなかった。時計を見ると、後5分で7時になるところだった。部活に行く時は、いつもこれより10分くらいは早く起きてゆっくり用意をして、8時前に出発する習慣で、かなり早めに学校に着いて準備をする様にしていた。それが、“今日もやるぞ!”という自分のリズムだったはずだ。けど最早、そのリズムを刻むだけの気力に欠けていた。一体、昨日までの自分は何を目標に頑張って来たのだろう?と思ったりもした。正直、物凄く気持ちよかった。愛するよりも、遥かに愛された気がした。それまでに全く味わったことのない感覚だった。でも、又すぐにそれを味わいたいとは思わなかった。どんなに美味しい物でも、食べて満腹になればしばらくは要らないというのと同じ様なものだろうか?どんな美味しい物でも繰り返し食べれば飽きる様に、美野里とのことも繰り返せば飽きてしまう時が来るのだろうか?とか、そんなことを考えたりした。時計の針は更に進み、7時を数分周ってしまった。とりあえず、起きなければいけない。階段を恐る恐る下りて行くにつれ、話し声が聞こえて来た。

 「知ってます。去年は久し振りに三冠馬が誕生したんですよね。」美野里の声だが、話しの内容から云って、相手は間違いなくお父さんだ。

 「美野里さんはよく知ってるんだね。」

 「秋の菊花賞の時は私も見てました。」

 「それがね、お父さんたら、京都まで見に行くのよ。それだけならいいけど、レースのない時もたまに調教を見に行ったりするの。信じられないでしょう。」

 「えー、栗東までいらっしゃるんですか?」

 「本当によく知ってるね。何か感心だなあ。」

 「優駿のレースも凄かったですよね。あの不良馬場の中でも、皐月賞の時と変わらない強さを見せた時は感動しました。」

 「いやー、驚いたな。どうして、そんなに詳しいの?女子高生でそんなことに詳しい子がいるなんてなあ。それも優馬の彼女がねえ。」

 「ただの彼女じゃありませんよ、お父様。」

 「いやー、ほんとに美野里さんが優馬のお嫁さんになって来てくれたら楽しいだろうなあ。」

 「そんなこと云われたら凄く嬉しいです。あー、今気が付いたんですけど、優馬君の名前。そういうことだったんですか?」

 「父親の趣味から名付けられた息子だよ。」

 「あ、おはよう、優馬君。眠れた?」美野里は先に朝食を食べていた。

 「おはよう。おかげで、よく眠れたよ。」

 「あーいけない、もうこんな時間か。早く行かないと!じゃあ、ゆっくりしていってね。」お父さんが立ち上がった。

 「ありがとうございます。あの、いってらっしゃいませ。」

 「もう、お父さんたら、すっかり喜んじゃって、息子の彼女に鼻の下伸ばして、ごめんなさいね、美野里さん。」

 「私の方こそ、朝の忙しい時間にお邪魔しちゃってすみません。」

 「こちらこそ、すっかり朝から手伝ってもらっちゃって、本当に頼もしいわ。」

 「どうしてミノリン、あんなに競馬のこと詳しいんだよ?僕だって、お父さんからさんざん聞かされても憶えてないのに、お父さんは感心させるし、風香よりもパソコン出来るし、・・・」

 「買い物や料理は出来るし、食の知識は豊富ですものねえ。」

 「しかも、ミノリンはこの前の社会のテストで100点満点だったんだ。」

 「えー、優馬が25点だった、あの難しいテストのこと?」

 「そうだよ。25点は余計だけどね。ミノリンて、初めは取り柄ないみたいな振りして、実は何だって出来る天才なんだよな。」

 「優馬君に相応しい女性になる為に努力した結果だって云ったら、信じてもらえないかな?」

 「信じるわよ。愛する人の為に目一杯の努力が出来る素敵な女性よ、美野里さんは。」

 「ありがとうございます。お母様にそう云って頂けると、もう感激して涙が出ちゃいます。」

 「優馬も、こんな美野里さんの気持ちにちゃんと応えられる男性にならないといけないわね。頑張りなさいよ。それで、こんなにのんびりしてていいの?今日は部活ないの?」

 「あるよ。」

 「じゃあ、早く顔洗って、着替えて来なさい。」云われるままに一旦ダイニングを出た。それにしても、美野里の、この家族への溶け込み様はどうだろう?もう超現実の世界を見ている様だ。美野里は電光石火の早業で、僕の全てに溶け込んでいた。

 「おはよう、優。」洗面とトイレを済ませて、着替えの為に自分の部屋に戻る為に階段を上がったところで、2階のトイレから出て来たパジャマ姿の妹に遇った。

 「珍しいな、風香が『おはよう』なんて云うなんて。」普段は2階で会った時は無視していたから、本当に意外だった。

 「昨夜、凄かったね。」壁1つ隔てただけの部屋で、妹は聞き耳を立てていた?

 「聴こえてたのか?」その問いに対して妹は少し顔を赤らめて頷くと、恥ずかしそうに小走りで自分の部屋に帰って行った。明らかにそれまでの妹と違っていた。僕もかなり照れ臭かった。それでいて、妙な満足感があった。

 着替えてから、2台の携帯にそれぞれ専用のストラップを付けて鞄にしまってから、ダイニングに戻った時は、もう7時半を回っていた。

 「優馬君、ご飯一杯食べるでしょ?」既に食べ終わっていた美野里が、炊飯器から山盛り装ってくれた。何故か、お母さんはいなかった。

 「何か、ほんとに奥さんみたい。」

 「ずっと、憧れてたの。ずっとこんな温かい家庭に憧れてたんだよ。」そう云いながら、次は味噌汁を僕の前に装ってくれた。その横顔には、見慣れた一筋の涙が光っていた。

 「又、泣いてるの?」

 「うん、優馬君といると感激することが多くて、すぐ涙が出ちゃうの。お味噌汁の隠し味に入ってるかもしれないよ。」今度は僕の横に座って来た。その時階段を上がる音がした。どたばたと大きく複雑な足音だった。

 「掃除にでも行くのかな?掃除機でも持ってる様な音だな。」

 「何か凄く悪いな。お母さん、私の足の怪我とても気にして下さって、役割分担だって、ここを任せるからって云ってくれたんだよ。」

 「まるで、ほんとのお嫁さん扱いだな。」

 「うん、私もすっかりそんな気分なの。」

 「まじでお嫁に来るのか?」

 「もらってくれないの?」

 「ミノリンといると幸せ過ぎるんだよな。」

 「気持ち良かったでしょ?私も凄く良かったの。お昼の時は初め少し痛かったけど、夜はもう最高だったよ。」そんなことを、凄い無邪気に笑いながら云うのだ。

 「よくそういうこと、ストレートに云えるな。僕は凄く照れ臭いのに。」

 「ごめんなさい。普通ならもっと恥ずかしそうにしないと駄目だよね。でも、ほんとに嬉しかったの。優馬君と☓☓つになれて、心の底から嬉しかったから、恥ずかしいとか気にならなかったの。」

 「参ったな。ミノリンて可愛過ぎて、もう何でも受け入れてしまいそうだよ。」

 「嬉しいな。あ、でも優馬君時間大丈夫なの?」

 「あー、いつもよりは遅いけど、いつもが余裕持ち過ぎてるから、これでもまだ全然大丈夫だよ。それよりミノリンは、今日どうするんだ?」

 「ちょっと寂しいけど、いい加減東京に帰らないといけないから、優馬君が帰って来る頃はもういないよ。だから、今キスして。」

 「口の中にまだ卵焼きがあるから、ちょっと待ってくれるかな。」

 「やだ!卵焼きの味がしてもいいよ。」そう云うなり、食事中の僕に強引にキスして来た。仕方なく食事を一時中断して、彼女を抱き締めて改めてキスをした。

 「わお!凄いラブラブー!」振り返ると、風香がいた。

 「風香ちゃん、おはよう!ごめんね、朝から見せつけて。」

 「全然平気だよ。ミノリン、おはよう。でも、何かやっぱり刺激強いね。私も早く彼氏欲しくなっちゃった。」妹は可愛くて人気があり、男子からかなりもてるみたいだったけど、理想が高過ぎて、中学までは全部振っていた様だった。

 「どうして、いつの間にいるんだよ?てっきりまだ2階にいると想ってたよ。」

 「お母さんと入れ替わりにさっき下りて来たんだよ。」そう云えば、どたばたとややこしい足音だった。

 「もっと寝てたらいいのに、だいたいいつからそこにいたんだよ?」

 「歯磨いて、顔洗って今来たばっかだよ。」

 「風香ちゃん、ご飯どれくらい食べる?」

 「お茶碗に半分くらいでいいんだけど、どうして私のお茶碗知ってるの?」

 「さっき、お母さんに教えてもらったの。」

 「何か、もうすっかり優のお嫁さんだね。」

 「風香ちゃんも認めてくれるの?」

 「うん、もちろんだよ。」

 「ありがとう!お味噌汁、普通に入れていい?」

 「今日の具はなーに?」

 「しじみだよ。」

 「へえ珍しいなあ。私貝のお味噌汁大好きなんだ。一杯欲しいな。」

 「良かった。喜んでもらえて。買って来た甲斐あったよ。」

 「これもミノリン買って来てくれたの?」

 「本当は昨日のお昼に作らせてもらって出そうと思ってたのを、お母さんの計らいで今朝作らせてもらったの。ビタミンとミネラルが豊富だから、優馬君に食べてもらいたかったの。」

 「うわー、凄く美味しい。えーこれやばいよ。ねえ、優も飲んだ?」

 「ああほんとだ。何か味に深みがあるっていうか凄いな。」

 「そんなに褒めてもらったら、涙出ちゃうよ。」

 「ミノリン感激してるの。可愛い!ミノリンて、出来る女性で、それでいて凄く可愛い。憧れちゃうな。ねえ、ほんとにうちのお嫁に来てね。」

 「うん、優馬君さえ浮気しなければ絶対来るから、よろしくね。」

 「ミノリンみたいな素敵な彼女がいて、浮気はないよね、優?」

 「は、は、ないだろう。」もう冷や汗もんだった。

 「大丈夫だよ、ミノリン。そんなことしたら、妹の私が許さないから。」怖!

 「優馬君、おかわりたくさん食べてね。夜頑張ったからお腹空いてるでしょ?」その途端、妹も僕も吹き出。

 「もう、優きたないなあ!」

 「そういう風香だって、人のこと云えないだろう。」

 「だって、ミノリンがさりげなく凄いこと云うんだもん。」

 「ごめんなさい。気を付けるから許して。」と云いながら、美野里は、僕等兄妹が吹き出したテーブルの上を布巾で拭いてくれた。

 「こちらこそ、ごめんなさい。」風香が少し恥ずかしそうにしていた。

 「優馬君、おかず足りる?」

 「卵焼き、風香の少しくれないか?」

 「嫌だよ。これも凄く美味しいから、やれないよ。普段食べるのとは一味違うから、これもミノリンでしょ?」

 「分かるの?嬉しいな。じゃあ、優馬君のおかわり、急いで作るね。」と云いながら、とっくに冷蔵庫から出した卵を2個割って、手早く調味料を加えて、サラダ油を引いた卵焼き機でさっさと焼いてくれた。

 「何か、神業の様に手早いよね。」

 「小さい時から、卵焼きは大の得意なんだよ。」ほんとに凄く美味しかった。家族だけではなく、僕本人もすっかりミノリンと一緒に暮らしたいと思う様に洗脳された挙句、その花嫁候補に見送られて家を出た。

 「行ってらっしゃい。」と玄関前で、自転車で出かける僕に手を振る美野里は、完全に妻に成り切っていた。そんなことを感心しながらも、少し走ったところで思い出し、一旦自転車を止めて、美野里から持たされた携帯をマナーモードに切り替えた。

 そして、いつもの部活へ。

 「おはよう、優馬。世界大会に向かって頑張ろうね。」以前の爽やかな真奈美さんの様だった。真奈美さんもやっぱり素敵だった。

 「今日はもう体大丈夫なのか?」不倫願望の妻帯者になった様な錯覚を感じた。

 「うん、もう大丈夫。今日から又がんがんやるよ。優馬とはやっぱりしっかり前向いていたいからさ。」そう云われただけで、涙が湧いて来そうになった。『心臓が止まっていた。』と云う美野里の言葉を思い出したからだ。

 「でも、あまり無理するなよ。」

 「大丈夫。生理って云っても個人差あるみたいで、私のは大したことないみたいなの。初日だけ乗り切れば後は軽いんだ。でも、ありがとう。やっぱり優馬にそう云ってもらうと、めっちゃ嬉しいし、何か勇気出るんだよね。」

 「そんなこと云われたら、俺も負けていられないじゃないか。」

 「そう来なくっちゃ。次の埼玉県大会まで後1カ月しか無いしね。それに、竹宮さんに差を付けられたくないしさ。同じ大学の仲間になった時、差を付けられてたら悔しいからね。」正直、真奈美さんらしさを取り戻していたことは嬉しかった。女子らしい真奈美さんはそれはそれで可愛いけど、彼女の持ち味が影を潜めたみたいで少し心配だったからだ。それでこそ、“僕もやるぞー!”という気持ちになれた。そして、彼女と励む日が再開した。“君と共に行こう”の日々だ。ただ、以前の様に純粋に2人の明日を追い求めた日々ではとうになくなっていたことを、心の中に重く感じる様になっていた。巨大な隠し事を抱えた偽りの再始動だった。それでも、4日、5日、6日と気持ちのいい汗を共に流した。美野里の料理にバレンタインチョコの様な魔法があるのか、それとも真奈美さんとの絆が純粋にそうさせていたのか、4日の目覚めで感じた様な気だるさなんて吹き飛ばして、熱く強くなることが出来た。真奈美さんも又同様、精力的に練習に打ち込んでいた。ただ、練習を終わってからは必ず1度、2人きりになれるところをひたすら探してキスを求めて来た。キスさえすれば納得してくれて、その後は“予定がある”ことを告げて、あっさり帰宅した。そんなで迎えた7日の土曜日は、バイトの2日目で、先輩である真奈美さんの指導を受けた。

 「優馬、後ここにあるのは全部台車に乗せて、C列に並べるから手伝って。」

 「もう少し丁寧に扱わないと駄目!」

 「そんなゆっくりだと終わらないわよ!」正直、仕事では厳しかった。でも、僕は割り切って、黙って彼女に従った。

 「ねえ、彼氏なんでしょ。もう少し優しく云ってあげてもいいんじゃない。」と云う声もあったけど、真奈美さんは厳しかった。

 「ごめんね、きつい云い方ばかりして。」

 「いいよ、別に。仕事だからしょうがないよ。」と、一応強がってみた。

 「でも、さっきちょっと涙目になってたでしょ?」

 「そんなことないよ。」

 「バイト中に泣かないでよ。私は、あの歌を初めて聴いた時以外はバイト中に泣いたことなんてないんだから。」

 「だから、泣いてないって。」

 「ならいいけど、優馬には早く仕事憶えてもらって、2人でばりばり働きたいんだよね。」

 「何か、真奈美ともし結婚したら、尻に敷かれそう。」

 「私が優馬を尻に敷く?そんな訳ないでしょ。今はまだ初心者だから、私が偉そうに云ってるけど、仕事憶えてしまったら、優馬真面目で頑張り屋だから、私より仕事出来る様になるよ。」

 「ならいいんだけど、あんなにがみがみばかり云われたら、憶えるもんも憶えられないよ。」つい本音を云ってしまった。

 「それは優馬が私を彼女だと思って甘えてるからじゃないの?」

 「そういう云い方ないだろ?俺だってプライドあるんだ。」むきになってしまった。

 「あのさあ、せっかく信用して一緒に仕事させてもらってるんだから、それに応えて2人でしっかり仕事しないと、慣れ合いでやってたら、“あいつらくっ付けとくと駄目だ”って云われて引き離されちゃうじゃない。私がどれだけ優馬と一緒にいたいか知らないで、文句云わないでよね。」

 「分かったよ。我慢すればいいんだな。」

 「そうだよ、我慢して。」とは云われたが、その後は少し気を遣ってくれて、丁寧に仕事を教えてくれる様になった。僕もそれに応えて、必死で仕事を憶えた。

 「あの、これ、優馬に早く仕事憶えて欲しくて、まとめて来たんだ。」その日の仕事が終わってから、彼女が1冊の大学ノートを渡してくれた。ぺらぺらとめくってみると、ノート一杯に、文やら、絵やら、図やら、表やら、いろいろ書いてあった。それはつまり、彼女がどれだけ僕と一緒にいたいか、それも共に前を向いて一緒に歩いて行きたいかの表れだった。

 「ありがとう。こんなにやってくれてたんだ。」

 「なかなか出来なくて、やっと昨日の夜完成したんだ。これでも、練習終わった後速攻で帰って、アニメ見るのも我慢して、毎晩遅くまでかかったんだからね。」

 「ごめん、とろくって、いろいろ面倒かけて、体無理させてたんだな。」

 「こっちこそごめんね、本当に。私、性格がこんなだから、やっぱり可愛くないよね。ほんとにごめんなさい。つい一生懸命になると、あーなっちゃうんだ。あー嫌だな。私ってやっぱり女子らしさに欠けるんだ。気を付けて直すから、お願い!嫌いにならないで!」

 「もういいよ、ほんとに。」

 「え、いいってどういうこと?諦めるってこと?嫌だよ、私のこと、諦めて離れて行っちゃったら、絶対嫌だからね。」又涙が溢れてた。

 「そんなことないよ。大丈夫、離れてなんか行かないから。ちゃんと早く仕事憶えるから、心配するなよ。それと、真奈美ちょっとした言葉に過剰に反応し過ぎだよ。パワーやってる時みたいに、明るく元気な真奈美でいて欲しいんだ。」

 「そうだね、こんなの私らしくないよね。でもね、私が私らしくいられるのは、優馬がいてくれるからなんだよ。パワー部に入って優馬に出会えたこと、めっちゃ感謝してるんだから。」涙と笑顔でそう云われて、

 「愛してるよ。真奈美のこと、ずっと愛してるよ。」僕は女子の涙に弱い。つい又出任せを云ってしまった。

 「本当?信じていいの?」

 「ああ、信じていいよ。愛してるよ、真奈美。」そして、お決まりの様にこの日も抱き締めてキスをしてから別れた。嘘もあったけど、ほとんどは本心だった。

 自宅に帰ってから見ると、ノートには、僕が見やすくかつ早く仕事を憶えやすい様にかなりの工夫がしてあった。さっそくそれを活用して、この日の復習をした。ノートを見てるうちに眠くなって、真奈美さんのことを想いながら眠りに就いた。

 「優馬君、気持ちいいよ。」裸で美野里と抱き合っていた。2人共凄く興奮していて、激しく愛し合っていた。そんな2人をもう1人の僕が見ていた。すると、裸だったはずの裸の女子が、いつの間にか真奈美さんに変わっていた。その途端目が覚めた。気が咎める夢だった。それなのに少し興奮していた。最低。自分は最低。強い自己嫌悪。胸が痛く、凄く苦しかった。真奈美さんの気持ちを考えて、涙が溢れた。美野里の気持ちも考えて、涙が止まらなかった。気が付いたら、声を挙げて泣いていた。泥沼だった。それなのに、どちらとも別れたいと思えなかった。もちろん、真奈美さんの気持ちになり、美野里と別れなければと思ったりもした。けどそれと同じくらい、美野里の気持ちになり、真奈美さんと別れなければいけないとも思った。答えを出すことが出来ずに、延々と泣き続けた。外はまだ暗かった。泣き疲れてか、いつの間にか又眠っていた。

 「このまま、あやふやなまま2人と付き合うんですか?逃げるんですか?」

 「許して。もうどうしようもないんだ。」責める琴美に泣いて訴える僕。

 「許して欲しかったら、手を繋いで下さい。夜が怖いの。」

 「もういい加減にしてくれよ。どうしたら、許してくれるんだよ。」するとバイクが追いかけて来た。いくら逃げても追いかけて来て、後ろから跳ね飛ばされた。地面に叩き付けられて、血まみれになって、僕の体の下に真っ赤な血がどんどん広がって行くのが分かった。琴美と舞が殺されて、首が転がっていた。

 「優馬君も許さないよ。」美野里が叫びながら手を振り下ろす振りをした。すると、上から大きな刃物が僕の首めがけて落ちて来た。

 「うわー!」かなり大きな声で叫びながら目が開いた時は、明るくなっていた。

 「優!どうしたの?」風香がどたばたと部屋に飛び込んで来た。妹が部屋に入って来るなんて、何年振りだろう?

 「おい、一体どうしたんだ?」下からはお父さんの声がした。

 「ねえ、何があったの?」

 「ごめん、夢見てたんだ。」

 「何だ、夢?・・・何でもないみたい。恐い夢見てたんだって!」階段の下に向かって云っていた。

 「寝ぼけてたらしい。」お父さんの声が微かに聞こえた。

 「もう、寝てられないじゃない。夜中に泣いてるし、大きな声で叫ぶし、一体どんな夢見てたの?」

 「夜中も聞こえてたのか?」

 「あれだけ泣いてたら、そりゃ聞こえるわよ。もう、どんな夢見たらあーなっちゃう訳?」そう云いながら部屋から出た行った。朝食の時も家族に聞かれたけど、その夢の内容も訳も何も云わなかった。お父さんもお母さんも、云いたくなければ云わなくてもいいという感じだった。僕は、食べ終わるとさっさと部屋に戻った。

 「優、ちょっといいかな?」

 「どうしてずっと避けてたくせに、今頃になって人に寄って来るんだ?」

 「思春期の反抗期だったんだと思う。もう高校生だし、そんなの卒業かなって感じなんだよねえ。」まあ、だいたい訳は想像出来た。

 「それで、何の用なんだ?」

 「何か気になるんだよねえ。最近の優。」

 「夜中泣いてたこととか、朝叫んだことか?」

 「それも気になるけど、やっぱりミノリン存在が大きいかな。」

 「正直、突然来るとは思ってなかったし、風香があんなに気に入るとも思わなかった。」

 「ミノリン云ってたよ。優がどれだけかっこ良くて、どれだけ優しくて誠実か。ミノリンて凄く素敵なお姉さんだから、そのミノリンにそこまで云わせる優のことは、何か凄く見直したって云うかさぁ。」

 「いいよ今更、風香にそんな褒めてもらわなくても。第一、気持ち悪い。」

 「正直、不安なんだ。今度行く高校、誰も知ってる人いないし、友達出来るか心配で最近眠れなくて、そんな時に優とミノリンのラブラブ見せ付けられて、何か刺激されてもやもやしてるんだよね。」

 「脱ぐなよ。妹とそんな関係になるのは嫌だぞ。」

 「嫌だ、優のすけべ。・・・けど恋人同士ってやっぱりそれが普通なのかな?きっと、優の彼女がつまらない人だったら、そんなこと絶対思わなかったと思うんだけど、ミノリン凄く素敵だから、興味持っちゃった。」

 「何興味持ったんだよ?この部屋でミノリンとしてたことか?」

 「正直それも少しはあるかな?ねえ、どっちが先にしようって云ったの?」

 「そのことはミノリンに聞かなかったのか?」

 「それは聞く勇気なかった。」

 「実の兄には聞く勇気が出たのは何故だ?」

 「まあそこは兄妹だしさあ。恥ずかしいけど、男子の目から見てどうなのかなって。」

 「何がどうなのかななんだ?」

 「私って、男子の目から見てどうなのかな?」

 「風香は、もてるんだろ?そんなの僕に聞く必要ないじゃないか。」

 「どういうつもりで、好きとか云って来るのか知りたいの。単にしたいだけ?」

 「そんな訳ないだろ。逆にそんな奴には妹はやれないよ。」どうしてそんな自信持った返事出来たのか、自分でも不思議だ。後に同じことを聞かれても、きっとこうは答えられなかっただろう。

 「へへ、何か安心した。それだけ聞いたら充分かな?」

 「ほんとにそれで納得したのか?」

 「うん、これでいいの。」果して何をどう納得してくれたのか?よく分からなかったけど、アドバイザーの兄として、何かこっちも満足した。

 「じゃあ、用はそれで終わりだな?」

 「ねえ、どうして夜中あんなに泣いてたの?昔のひ弱だった時の優なら兎も角、ミノリンみたいに素敵な彼女が出来た今の優が、何であんなに泣くことがあるの?ミノリンと何かあったの?」

 「何もないよ。第一、あれから会ってないし、着信もメールもないよ。」

 「それが原因?」

 「まさか。ミノリンは元々携帯で話したり、メールするのが好きじゃないんだ。連絡ないからって、問題じゃないよ。」

 「ふーん、信頼し合ってるんだあ。やっぱり素敵。私も早くそんな恋がしたいなあ。」丁度そこへ着うたが鳴った。

 「あ、噂してたらミノリンじゃない?」ではないと思った。ミノリンなら、秘密のスマホの方にして来ると思ったからだ。そのスマホはマナーモードにしてあるので、鳴るはずはないし、未だに着うたが何かも知らなかった。従って、この着信は別の人間のはず。真奈美さんからの可能性が大きかった。

 「ねえ、どうして出ないの?切れちゃうよ。」何も云わずに、携帯に触ろうともしない僕にやきもきして、風香の奴おせっかいに人の携帯に触って来た。

 「人の携帯に勝手に触るなよ。」と云った時は遅かった。まずい!

 「風香です。・・・・・ううん、こちらこそありがとう。・・・・・ごめん、丁度一緒にいたの。今、優に代わるね。はい、ミノリンから。」Why?

 「どうしたんだい?」

 「何度もメールしたのに返信ないから気になったの。」

 「あ、ごめん。マナーモードにしてから見てなかったんだ。後で確認するよ。」

 「もう、しょうがないなあ。マナーモードにするのは、内緒の携帯だから仕方ないけど、たまにはチェックしてくれないと、返信全然なくて泣いてたんだよ。」

 「ほんと、ごめんな。これからは気を付けるよ。」最後に確認したのが、6日の練習が終わって帰宅してすぐだったから、その後から来たのだろう?4日と5日は帰宅直後と寝る前にちゃんとチェックしてたけど、何も来てなかったから、元々携帯が好きじゃない美野里は滅多にかけて来ないだろうと思い込んで、6日の夜省略してから、7日は真奈美さんのことばかり考えて忘れていたのだ。本当に美野里に悪いと思った。

 「済んだことはもういいけど、これからはたまにちゃんと見て欲しい。」

 「ほんとに何て謝ったらいいか分からないよ。ほんとにごめん。」

 「だから、それはもういいよ。ところで、明日から学校だね。」

 「クラス替え、どきどきするな。」特別進学コースを選んでいるA組だけはそのままA組になるはずだけど、残りの3クラスはどう替わるか分からず、確立は3分の1だ。

 「もうねえ、一生懸命お祈りしてるの。」

 「じゃあ大丈夫だな。ミノリンの祈りは効くからな。」

 「だといいんだけどね。そういうのは自信ないんだ。」

 「それにしてもミノリンて不思議だね。何か凄過ぎるよ。」

 「ごめんね。こんなきもい子で。きもいからって、見離さないでね。」

 「見離せる訳ないだろ。もうこんな仲になってるのに。」

 「よかった。迷いは元々なかったけど、ほんと良かった。」

 「ねえ、ミノリン何て?」風香が口を挟んで来た。

 「何でまだいるんだよ?」

 「風香ちゃん、まだそこにいるの?ちょっと代わって欲しいな。」

 「風香、ミノリンが話したいって。」間髪入れずに携帯を取られた。

 「ねえ、次はいつ来てくれるの?」“風香の奴、本当にミノリンのこと根っから気に入ってるんだ。やっぱり、将来美野里と結婚するのかな?そうしかないな。”

 「うん、じゃあ楽しみに待ってるね。」

 「まるで、風香の友達みたいだな。」

 「何云ってるの。ミノリンは優のこと、真剣に愛してるよ。冷たくなんかしちゃあ、ミノリンが可哀そうだよ。」

 「分かったよ。分かったから、もうこれで用は済んだろう?いい加減ぬ出て行けよ。」

 「まだ、何で泣いてたのか聞いてないよ。」

 「それは風香と関係ないだろ?夜うるさくして悪かったな。」

 「ま、いいか。1番気になることは解決したしね。」

 「はいはい、じゃあな。人のこと、さんざんうざいって云ってたくせに、何なんだ、一体?」妹を部屋から追い出して、さっそくスマホを確認した。

 『愛する優馬君❤この前は急に押しかけてほんとにごめんなさい!でも、家族みんなで優しく出迎えてくれて凄く感謝してます。お父様にも、お母様にも、風香ちゃんにもよろしく伝えといてね!それと、ちょっと照れちゃうけど優馬君との感動の❤❤❤もう最高だよ。もう死ぬまで一緒だよ。愛してるよ優馬君❤』04/06 14:55 “チェックしたちょっと後に来てたんだ。”

 『今頃優馬君はバイトかな?バイト終わったらメール見て、返信くれること待ってるね。今夜は寝ずにずっとずっと待ってるから絶対返信してね❤』04/07 15:23 凄く心が痛んだ。更に、

 『どうして何も云ってくれないの?もう涙が止まらないよ。1つに成れたのに、これじゃあせつな過ぎるよ。カッターナイフを右手に持って、この左手を切ってしまえば悲しさは無くなるけど、もう2度と優馬君に会えなくなるなって、ミノリンはそんな悲しいことを考えてる。寂しくて辛いよー(TT)』04/08 03:03ーーー本当に寝ずに待ってたんだ。どんなに切なかっただろう?美野里は僕がいなければ真っ暗になってしまうんだ。もう離さない。離せない。

 『ミノリン。ミノリン。ミノリン。ほんとにゴメンネ!もう2度と悲しい思いさせないよ。愛してるよ、ずっと、ずっと、ずっと・・・・・』送信。04/08 10:51 僕の感情は流されやすい。マナーモードを解除した。

 皮肉なことに、間もなくして聴き慣れたメール受信設定の着うたが鳴った。今度こそ、真奈美さんからだった。

 『1人でいると寂しくって、ねえ今から会わない?今日は駄目かな?もしOKなら電話して、待ってるね。』美野里の手前、すぐには返事出来なかった。すると、間もなくして今度は美野里からの返信だ。いきものクラブの曲がなった。

 『優馬君、優馬君、優馬君、ミノリンも優馬君のこと、凄ーーーーーーく愛してるよ。ずっと、ずーーーーーーっと愛してるよ。ありがとう、これで安心して寝られるよ。もう、これの返信はいらないよ。期待して待ってるのは辛いから、これで眠いので、寝るね。安心して、眠くて思考がとまるよー。おやすみなさい❤』それを読んだ途端、僕の心は悪魔が忍び込んだように不埒になり、1つ整理がついた気がした。しばらくして、今度は通常着信の着うたが鳴った。これは、1度真奈美の真似して“君と共に行こう”に設定してみたことがあるが、何か嫌な予感がして元の着うたに戻していた。だから、さっき風香がいた時なんかの為には正解だった。

 「ごめん、優馬、忙しかった?」真奈美さんが焦れてかけて来たんだ。

 「真奈美のくれたスペシャルノートで勉強する時間が必要なんだけどな。」

 「それだけ?もしそれだけなら、会いたいな。」

 「けど、せっかく時間かけてこれだけ俺の為に書いてくれたんだから、勉強しないと、バイトのお姉さん、めっちゃ恐いんだよな。」

 「もう、意地悪ー!もう絶対怒ったりしにないから、会って欲しい。」

 「真奈美がこんな甘えん坊だとは思わなかったな。」

 「誰がこんな甘えん坊にしたと思ってるの?責任とってよねー。」

 「分かった。でも、どこで会うんだ?」

 「外で会うとお金使うし、せっかくバイトして貯めてるのもったいないから、私の家に来て。この前、お爺ちゃんお婆ちゃんやお兄ちゃんに会ってもらったけど、今度はうちの両親にも優馬を、付き合ってる彼氏だって紹介したいんだ。後弟もいるけどね。ま、一兄いちにいから聞いてみんな知ってるけどね。1度連れておいでって、うるさいんだよね。」

 「え、真奈美の家か、緊張するな。」

 「大丈夫。一兄にキスしてるとこ見せ付けたでしょ。もううちの家族、それなりの関係って思ってるから。恋人として堂々と来てくれたらいいからさ。」

 「えぇ、それなりの関係ってなんだよ、それ。」

 「お母さんはもう結構進んでると思ってるし、私もあえて否定してないんだ。外でこそこそ会って赤ちゃんでも出来たら大変だし、うちに連れて来なさいって。」

 「ちょっと待ってくれよ。どうしてそういうことになるんだよ。」

 「私の家来るのがそんなに嫌なら、私が優馬の家に行こうか?優馬の家族にも挨拶したいしさ。」って、それは最悪だろう。恐すぎ!

 「分かったよ、俺が行くよ。」何か、どんどん誘い込まれてないか?これって、ますます泥沼なんじゃないか?でも断る勇気は皆無の駄目な僕。二股交際をして、どちらかに絞れず、どんどん二股の深みにはまって行く不誠実な僕だった。

 「来るって!・・・じゃあ何時頃来れる?」って、もうとっくにその気で待ち構えてるんじゃん!

 「お昼食べてから行くし・」云いかけたのを遮って、

 「駄目!お昼用意して待ってるから、早めに来て!家の場所は知ってるでしょ。前に藤堂さんに送ってもらった時見てたって云ってたもんね。あ、それとね、何も手土産とか要らないし、手ぶらで来てね。お昼みんなで食べるの待ってるから、早く来てね。」“うわー!!!どうしよう?心の準備してない。急過ぎて出来ない。行って、何て云えばいいんだ?このままだと、僕の意志を強引に引っ張る様に、話しが進展してしまうんじゃないか?でも、もう今更断れない。兎に角、行くしかない。時計は、11時43分。急いで適当な服に着替えて、美野里専用の携帯を片付けて、本来の自分の携帯の履歴から、美野里に関する記録を全て削除して、ポケットに入れて、部屋を出た。

 「ちょっと、友達のところ行って来るよ。」

 「お昼はどうするの?」

 「そいつの家で用意してるから、早く来いって云われてるんだ。夜には帰る。」

 「じゃあ、夕飯も分からないわね。分かったら電話頂戴ね。」

 「分かった。じゃあ、・・・」お母さんに見送られて、自転車をこぎ出した。

 走ること、十数分。“月岡”と書かれた表札の見覚えのある家の前。携帯で確かめたら、12時12分。超どきどきだった。ファーストキスとかとは又違った緊張感だ。いきなり呼び鈴を押すことが億劫で、まず携帯で真奈美さんを呼び出すことにした。

 「今、家の前に来てるんだ。」

 「分かった。玄関前で待ってて。」携帯を切って、がちがちに固まってると、程無く真奈美さんが出て来た。玄関が開くと同時に、♪キン・コン・カン・キンコンカンコンカンという鐘の音が聴こえて来た。

 「いらっしゃい。あがって。」

 『みなさんこんにちは、明るく楽しく元気よく、NHKのど自慢、司会の徳○章です。今日は石川県の加賀市からの生放送・・』凄く大きなテレビのボリュームだ。

 「お邪魔します。」

 「よく来てくれたわね。いらっしゃい。」彼女のお母さんだ。

 「あの、俺じゃなく僕、坂下優馬といいます。」

 「真奈美からよく聞かされてるわよ。真奈美の云う通り素敵な男の子ね。いつも真奈美がごめんなさいね。この子、何でも自分で好きな様にシナリオ書いて、そのシナリオ通りに突っ走るところあるでしょ。今日は大袈裟に考えないで、気楽にして行ってね。」真奈美さんは、意外と何も云わずにこにこしていた。

 「お世話になります。あ、あのお邪魔してます。」お父さんも出て来られたので、とりあえず挨拶した感じだった。

 「あー、いらっしゃい。よく来てくれたねえ。君には、真奈美がとてもお世話になって、何て云うか、これからもよろしくしてやって下さい。」

 「あのこちらこそ、よろしくお願いします。」

 「さあさ、固い挨拶はそれくらいにして、お昼の準備出来てるから入って。」とお母さんに云われて、大音量でNHKのど自慢が付けられたテレビのある応接間に通されて、真奈美さんと一緒に入った。そこは8畳の和室で、御膳が2つくっ付けてあり、御膳の上にはお寿司の大きな盛り合わせといくつかのお皿に盛られた料理があり、御膳の前には、病室で会ったお爺さんとお婆さんがおられた。

 「こんにちは、お邪魔してます。」

 「あら、こんにちは、さあさ、座って。」と座布団をくれた。

 「おー、よう来てくれたの、真奈美のボーイフレンドさん。」

 「いや、お爺ちゃん、ボーイフレンドなんて今は云わないし。それと、テレビうるさいから小さくするね。」と、真奈美さんがテレビの音量を一気に下げた。そして、一旦部屋から出て行ってしまった。お母さんも案内しただけで、入っては来てなかった。お父さんの姿も見えなかった。

 「歌は唄わんのか?坂田君は。」

 「僕は歌は苦手で、下手なんです。」

 「いや、下手でもええ。歌は楽しい唄えばええんじゃ。今度なこれに出るんでな、ちょっと参考に見とこ思うてな。」

 「え、NHKのど自慢に出演されるんですか?」の問いにお婆さんんが、

 「こんなテレビでやってる本番じゃなくて、今度の土曜の予選会なのよ。本番に出られるのは、そのほんの一部の人だけで、このお爺ちゃんじゃ無理よ。」

 「まあ、挑戦じゃ、挑戦。」次週は、埼玉県の川越でであるらしかった。

 「でも、凄いですね。」

 「凄くなんかないわよ。凄いのは、坂田君と真奈美の方が凄いわよ。世界大会なんて大きな舞台、そうは行けるもんじゃないわ。」

 「ありがとうございます。」そこへ、この部屋に向かって来る複数の足音が聞こえて、間もなく、

 「こんにちは。」初めて見る中学生くらいの男子と、病室で会ったお兄さんが入って来た。お兄さんは、会釈だけだった。続いてお父さんも入って来られた。

 「こんにちは。お邪魔してます。」これで真奈美さんから予め聞いていた、家族の人全員と挨拶を交わしたことになる。程無くして、お鍋を持った真奈美さんと、茶碗蒸しなどが乗ったお盆を持ったお母さんが入って来た。

 「全員揃ったので、改めて紹介するね。この前の大宮武道館の大会で男子の優勝をした彼氏の坂下優馬君よ。ちなみに女子では私が優勝して、2人共世界大会に行くんだよ。男子はね、女子よりもずっと競争激しい中で、彼は圧倒的な強さで優勝を勝ち取ったの。並みの力持ちとはね、格が違うんだからね。」やけに得意気だ。

 「真奈美さんとお付き合いさせて頂いてます、坂下優馬です。お世話になります。」

 「うちの家族なんだけど、もう見た目の通りで、お爺ちゃん、お婆ちゃん、お父さん、お母さん、大学生の兄の真一しんいち、中3の弟の真次しんじ」それぞれ会釈し合った。

 「今日はな、真奈美に待望の恋人が出来たことと、彼氏の坂下君と真奈美が揃って全国大会の優勝と、世界大会出場を決めたことのお祝いなんだ。坂下君のひた向きな努力はな、真奈美にとっても大きな励みになってたことに、称賛と感謝を込めての招待なんだから、遠慮なく、又気楽にして、一杯食べて行って下さい。」

 「ありがとうございます。」

 「さあさ、今日は主役の2人が未成年ということでアルコールは無しで、ジュースとかお茶になるけど、乾杯して始めよう。」ということで、僕は真奈美さんの家族全員に大っぴらに彼氏として紹介されて、お祝いの宴会に参加させてもらった。

 「遠慮しないで、一杯食べてね。」とお母さん。真奈美さんは堂々と彼氏だと紹介出来たからか、終始笑顔で僕の横にぴたっとくっ付いていた。

 「坂下君も、京都の大学に進学するのかい?」お父さんに問われ、一瞬考えた。

 「あ、はい、又そこで真奈美さんとご一緒させて頂く予定です。」

 「後5年か?永い付き合いになるなあ。」

 「お父さんまで、そんなこと。若いからまだ何がどうなるか分らないでしょ。」

 「お母さんは、又どうしてそんな嫌なこと云うかな。優馬と私の絆はそんな柔じゃないわよ。ねえ、優馬。」

 「うん、そうだね。」もう、ここでも冷や汗ものの会話の連続だ。

 「でもな、真奈っちにまじでこんな彼氏出来るって意外だったな。真奈っちのおかげで、俺何度も友達に云われたもんな。『恐怖の暴力姉ちゃん』とか、真奈っちが卒業した後も、ずっと小学校の伝説の最強女の弟だよ。」

 「ほんとうるさいな、真次は。いつまで、そんな済んだこと云ってんのよ。」

 「坂下君さあ、ほんとこれからすまないな。こんな妹の世話させてさ。」

 「一兄まで、そんなこと云うなんて信じられない。いーーだ!」

 「見ただろ。これが妹の正体だよ。」

 「優馬、この人達の云うこと真に受けちゃ駄目だよ。人のことさんざん誇張して馬鹿にするんだからさ。」

 「真奈美、坂下君の前では女らしくするんじゃなかったの?」

 「だって、一兄や真次がさあ・・・・・ごめんね優馬、こんなので。直すから、努力して直すから、ね。」真奈美さんの家庭の雰囲気がだいたい分った気がした。

 「真奈美のこと、愛してるから。」そう云えば上手く収まると思い、つい又調子の良過ぎることを云ってしまった。すると案の定、

 「ほらみんな聞いてくれた?彼は私のこと、ちゃんと愛してくれてるんだよ。」と、彼女はすっかり調子付いてしまった。

 「こんな娘だけど、これからもよろしくね。」お母さんが頭を下げられた。

 「よろしく頼むな。」続いてお父さんまでも、頭を下げられた。だから、

 「はい、目一杯大切にします。」こう云うしかなかった。と云うか、そう云わされた気がする。そんな成り行き?にすっかり流されて、僕はますます深みにはまって行った。

 2時頃まで応接間で家族の人といた後、真奈美さんの部屋で2人きりになった。彼女の部屋は、ベッドのある6畳分の洋室だった。芳香剤の香りが凄かった。その香りに酔う間もなく、彼女はいきなり抱き付いて来た。それも又、僕の胸に顔を埋めて泣き出して、いろいろ我慢して来たんだと云わんばかりの号泣になった。もうすっかり、女子に泣いて抱き付かれることに慣れてしまった僕だったけど、やっぱりずっと憧れていた彼女だけに、真奈美さんは又格別に可愛かった。すっかり不埒な習慣が身に付いた僕は、そんな彼女を慰めようとキスをしてあげた。すると、抱き付いていた両手を僕の首の後ろに回して来て、唇をしばらく離さない様にして来た。キスをしながら、眼が動く限り部屋を見回せば、取って付けた様に俄かに女子らしい飾り付けをした様な部屋だ。長いキスをした後、僕達はベッドの上で横並びに座った。ほんの数日前に美野里と体験したのと同じシチュエーションに、心の中は例え様のない複雑な状態になった。それでいて、どきどきわくわくと興奮していた。何故だか分からないが、家族の人達が相次いで車で出掛ける様な声や音がした後、家の中が急に誰も居なくなった様に静かになっていた。

 「何か、どきどきするね。」

 「家族の人は、出掛けたのかな?」

 「お父さんとお母さんとお婆ちゃんと真次は、車で買い物に行ったし、一兄は、その前に友達が車で迎えに来て出掛けたよ。だから、耳の遠いお爺ちゃんだけが、下で昼寝してるだけ。」

 「お爺さんはいらっしゃるんだ。」

 「お爺ちゃんは、いつもお昼ご飯食べたら昼寝して、1時間半は起きないし、みんな夕方まで帰って来ないよ。」

 「え、それやばいんじゃないか?」

 「平気だよ。私、優馬とならいいから。」

 「でも、まだ生理中じゃなかったっけ?」

 「優馬にしては大胆なこと云うね。ちょっとびっくりしちゃった。でもいいよ、このまま押し倒して襲ってくれても。私は怪力女子だけど、優馬はそれを遥かに凌ぐ超怪力だから、私を襲えるでしょ?女の子はもうほとんど終わってるんだ。優馬にメールする前にお風呂入ったから大丈夫だよ。」

 「初めて来た真奈美の家でそんなこと。」

 「平気だよ。家族はもう優馬のこと、彼氏って認めてるし、お母さんはこれくれたんだ。」と云って彼女が枕元から僕に差し出して来たものには驚いた。修学旅行のハワイのホテルの部屋で太平が、『一応念の為に持って来たんだ。名前が荻野だけに、避妊対策は万全にしとかないとな。』と云って見せてくれたのと同じ物だ。

 「どうしてそんな物を?」

 「うちの馬鹿お兄ね、人には偉そうにからかうくせに、自分は付き合ってた彼女を妊娠中絶させてるんだよ。うちの両親が向こうの両親に謝りに行って、大変だったんだよね。だから、どうせ若さで抑えられないんなら、せめて避妊だけはちゃんとしなさいってうるさいんだ。普通の親は娘にこんなもの渡さないとは思うけど、お母さんは私の性格知ってるからさ。」目標に向かって突っ走る性格?

 そして、彼女のその性格を僕は止め切ることが出来ず、その日の出来事は、僕達の秘め事になった。

 互いを求め合う行為って、どこまで神聖なのか?それとも単なる欲の果てなのか?はっきり後者と判定出来る事例についてはそうなのでしょうが、・・・

尚、この物語はフィクションであり、実在の個人及び団体等とは一切関係ありません。誠に、ありがとうございました。

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