美野里の決行
大きな想いや目的を持っているのは、必ずしも特定の人だけとは限りません。ある人間に関わっている複数の人間が、大きく対立する想いを抱いていることだってよくあることだと思います。片方で想いが叶えられた時、同時に別の一方でも、想いを叶えようと大きなモーションをかけようとしているかもしれません。
『優馬君に会いたい❤会いたくて死にそう。会いたいよー!でも、体が痛くていうことを利かないの。本当云うと、優馬君が浮気してないかも心配なの。浮気してないよね?してないって云って!お願い!ミノリンだけの優馬君でいて。ミノリンのところまで会いに来てよー!❤」初めてバイトに行って、その日も別れ際に真奈美さんとキスをした31日。夕方家に帰って幸せの余韻に浸っている僕に、その夜、美野里からのメールが届いた。胸が張り裂けそうだった。やっぱり美野里は無理したんだ。無我夢中で観客席から飛び降りて、自分を犠牲にして真奈美さんに自分の何らかのエネルギーを与えて、辛い心と体で1人東京へ帰ったんだ。真奈美さんと幸せ一杯になれているのは、美野里のおかげかもしれないのに、僕は美野里のことを考えようともせずに無視してたんだ。美野里のことも一杯愛さなければいけないと思った。でも、返信メールを打つことが出来なかった。何て返信していいか分からず、初バイトの疲れに負けて眠ってしまった。
『私もずっと坂下君のこと好きだったの。』真奈美さんに逆告白されて、僕は彼女を強く抱き締めてキスをした。真奈美さんはとても幸せそうなのに、僕は泣いていた。気が付くと、真奈美さんとキスをしている自分をもう1人の僕が見ていた。そして、僕は抱き合ってる僕達を置いて、隣の部屋の扉を開き、そこで満身創痍になってる美野里を見つけて、何か訳の分からないことを叫んでいた。すると、美野里がそんな僕に近付いて来て、辛い自分の体を顧みず、献身的に僕の体ぢゅうを撫で回してくれた。僕はその温かさに次第に落ち着いて来て、静かに目が覚めた。時計はまだ3時28分だった。目が開いたついでにトイレに行って、戻って来てから携帯を開いた。新たな着信やメールは届いていなかった。日付は4月1日。思い立って、メールを打った。
『返信遅くなってごめんね!体大丈夫かい?ミノリンのことが心配だよ。浮気なんかしてないよ。昨日からバイト始めたんだ。慣れなくて疲れたからメールを打ってる途中で眠ってしまった。今日なら、ミノリンの家に行けるけどどうかな?』姑息なやり方だったかもしれないけど、エイプリルフールを利用した嘘つきメールを送信して、再び眠りに就いた。
朝起きたら、美野里からの返信メールが届いていた。
『嬉し過ぎてミノリンは涙が止まらないよ。今すぐでも会って優馬君と結ばれたいけど、今日はもうすぐ夜勤明けのお母さんが帰って来て寝るの。お母さんが寝てる横でも平気なら来て欲しいけどな。』
『何大胆なこと云ってるのかな?いくらなんでも、それは出来ないよ。月曜から金曜まで午前中トレーニングがあるから、2日か3日で午後行けたら行くよ。』
『分かったよ。寂しいけど、湿布とか貼りまくって、会える日の為に安静にしてるから、優馬君も無理しないで!優馬君はたった1人の大切な人だから。」そんなメールのやりとりをしていると、今度は真奈美さんからメールが来た。
『今日はエイプリルフールだね。でも、私達2人には嘘はなしだよ。あーあ、今日は会えないのかな?会ってる時の幸福感にすっかりはまってしまった真奈美なのだ。でも今日1日くらいは我慢した方がいいよね?このまま自分に負けて行くのはいけないので、今日は部屋の片付けや掃除をして過ごすぞ!って訳で、優馬も明日からの練習再開に向けて、たまにはゆっくりしてね!明日から又よろしく!」
『一緒にいる幸せに浸っているのは、僕も同じだよ。ずっと憧れの真奈美さんが今では身近でめっちゃ可愛い彼女真奈美なんだよな。ほんとに夢みたいな毎日。もう愛しくてしょうがないよ。でも僕も今日は我慢。真奈美に習って、僕も掃除しよっと。こちらこそ、明日から又よろしく!』
翌日部活に行くと、もう僕達2人がすっかり、ヒーロー&ヒロインだった。
「おはよう、優馬。一緒にポーランドでは頑張ろうね!」
「おはよう、真奈美。すっかり元気になって嬉しいよ!」
「何、あんた達、すっかり恋人同士の雰囲気じゃん。」
「そうだよーん。優馬と真奈美はラブラブなんだ。ねえ、園香。今度さ、三田村君も一緒にダブルデートしようか?」
「もう怒ってないよね、真奈美。」
「怒ってなんかないよ。純粋に4人で遊びに行くのも楽しいかなって思ったんだよ。私こそ、誤解しててごめん。正直自分が凄い子供だったと思うと恥ずかしいんだ。」よくは分からないが、病院で真奈美さんが目覚めた時、それまでわだかまっていたことが、解けたみたいだ。
「気にすることないよ、真奈。私は全然気になんかしてないよ。それよりもね、真奈美が元気になったことが何よりじゃない。まじ心配してたんだよ。真奈美意地っ張りだから、人の云うこと全然聞いてくれなくて、無理ばっかりしてさ。」
「ほんとにごめんね。それと、ありがとう。」
「これで、みんなめでたしめでたしって感じだな。」三田村君が話しに入った。
「俺にはも1つ話しが理解出来ないんだけど、三田村君と園香はやっぱり付き合っているのか?」
「まあ、そういうことだな。」
「ほんとに2組揃ってよお、俺の立場はどうなるんだよ?」春樹まで来た。
「倉元君にはいないの?とてもそうは見えないけどね。」
「真奈さ、自分に彼氏出来たからって、調子乗り過ぎなんじゃないか?」
「ごめん、ほんとごめん。倉元君、傷付いた?」
「冗談だよ。俺はそんな柔じゃねえよ。俺だって、彼女候補は一杯いるんだぜ。1人に絞るのに苦労してただけで、そのうちみんなに紹介してやるよ。きっと驚くぞ。特に優馬はな。」謎の言葉を残して、春樹は1人練習の準備を始めた。
「坂下君、私が淳と付き合ってること、絶対人に云わないでね。」
「やっぱり何か訳があって隠してたんだな。」
「え、気付いてたのは倉元君だけじゃなかったの?」
「いや僕は気付いてなかったけど、1年程前に春樹に教えてもらったんだ。」
「ええ、じゃあ私が1番情報遅れてた訳?それって何か悔しいな。園香と三田村君て一体いつから付き合ってたの?」
「1年のゴールデンウィークだったよな、初めは?」
「あの頃はまだその気なかったよ。淳だけが勝手に盛り上がってさ。」
「そうだったっけ。まあ今じゃ俺達もラブラブだけどな。」
「けど、こうなるまでいろいろあったよね、淳。」
「倉元は兎も角、他のみんなには、俺達がいつラブラブでいつ危機だったか分からないだろう?」
「分かる訳ないじゃない。あんた達のことなんかさ。」真奈美さんは、笑いながらおどける様な感じだ。
「園香に口止めされて、誰にも云わないっていうのが交際条件だったからな。」
「全ては、叔母ちゃんに知られない為なのよ。」
「叔母ちゃんて、横井先生のこと?」同じことを云おうとした僕より一瞬先に、真奈美さんが聞いた。
「私ね、高校卒業したら横井園香になることになってるらしいんだよね。」
「なってるらしいって?」今度は僕が突っ込んで聞き返した。
「親達が、私の意志を無視して勝手に決めてるんだよね。叔母ちゃんは学校では結構慕われてていい先生なんだけど、姪の私には凄くうるさいの。だから、坂下君も、真奈美も、絶対私達の交際は仲間うちだけの秘密にしといてね。」
「うん、それならそう云ってくれたら、私何にも云わないよ。」
「本当はね、仲間にもそんな余計な気を遣わせちゃ悪いと思うの。だから、誰にも知られない様にしてたんだけど、結局それがかえって真奈美を傷付けて、意地にさせて、ごめんね。真奈が倒れた時さ・・・」園香が珍しく泣いた。初めて見る彼女の泣き顔だった気がする。よほど責任を感じたんだろう。
「だから、それは園香のせいじゃないってば。私は純粋に勝ちたかったし、優馬が好きなの。その両方をどうしても勝ち取りたかったから、無理して、それで倒れたのに、どうして園香が責任感じてる訳?」
「責任とかそんなんじゃないよ。・・友達が倒れて、心配で、もう誰が悪かったとかどうでもよくて、ただ、真奈美が元気になってほんとによかった。」泣きながら、途切れ途切れの言葉だった。きっと、初め5人入った同年の女子部員で、たった2人だけ残った自分達だからこその想いがあったのだろう。誰ももう口には出さなかったけど、退部した3人のうちの1人は吐血して倒れて、その後亡くなってしまった苦い思い出もあったから、園香は彼女なりにそれを重く受け止めていたのだと思う。そんな園香の気持ちが解っているのか、
「園香、私達はずっと友達だよ。これからもよろしくね。」真奈美さんは、園香の手を取って微笑んで、園香も涙ながら笑顔で頷いて返していた。
「まあ、俺達のことはそんな事情だったんだけど、坂下と月岡はいつから付き合ってるんだよ?」
「全国大会が終わってから、俺がその夜病院に駆け付けた時からなんだ。」
「それでもうこんなラブラブなのか?早くないか?」
「私達の場合は下積みが永かったの。その分絆はめっちゃ強いんだから。」
「月岡らしいな。」
「どういう意味それ?三田村君。」
「真奈美って、何でも対抗心旺盛で、負けず嫌いの塊みたいなとこあるでしょ?」
「そうかな?負けるの嫌いなのはみんな同じでしょ。」
「いや、月岡の根性と云うか、執念は半端じゃないと思うよ。」
「坂下君も、真奈美のそういうとこ、苦労するんじゃない?」
「そうなの?優馬、こんな私じゃ嫌?」
「嫌な訳ないじゃん。僕は真奈美の全てが好きなんだ。」
「云うわねえ。参ったなあ。でも、よかったじゃない、真奈美。こうまで云ってくれる人に巡り会えるなんて、幸せだよ。」
「分かるでしょ。もう優馬以外考えられないんだよね。でもさ、どうして優馬は1人称が“僕”なん?たまに“俺”って云ってる時の優馬ってかっこいいなと思うのに、どうして私と話す時は“僕”としか云わないでしょ?」
「男同士の時は“俺”で、女子と話す時は“僕”にしてるんだ。」
「それって、何の意味あるの?」
「意味って・・・」答えに困ってると、
「“僕”の方がソフトな感じだから、女子に優しい坂下君らしい考えでしょ。」と、園香がフォローしてくれた。
「いいよ、そんなの。私は“俺”って云ってくれた方がずっといい。それに、もう他の女子に優しくする必要ないでしょ。優しくしてたら、妬きもち妬くよ。」
「何かのろけにしか聞こえないね。ご馳走様でしたって感じ。」
「と云うことで、そろそろ練習始めようか?」三田村キャプテンの言葉に、
「そうだな、新たなスタート切らないとな。」と答えたら、
「うん、又頑張ろうね!」と、真奈美さんらしい相槌だ。
この日の練習は、久し振りというのもあって、軽めで終わった。練習自体は正午過ぎに終わったが、真奈美さんと僕は、練習の後滝先生に呼び出された。
「ご迷惑とご心配かけて、すみませんでした。」
「取り乱して、すみませんでした。」
「何ともなくてよかったなあ。正直俺も焦ったよ。けどな、今日呼んだのは、そのことじゃないんだ。もちろん、責めることは何もないよ。実はな、お前らの進路のことなんだ。3年ということで、もういろいろ考えてることと思うけど、もしお前らが大学でパワーリフティンを続ける気があるなら、決して悪い話しじゃないと思う。この前の全国大会で出した坂下の記録も、月岡の記録も、ずば抜けた好記録だったから、2人共複数の大学から学費免除の特待優遇入学の話しが来てるんだ。坂下は、東京順徳大学と京都グローバル大学から、月岡は、南大阪外国語大学と京都グローバル大学から、それぞれ授業料全額免除で誘いが来てるんだ。それがそれぞれの大学の入学案内書だから、これを参考に保護者の方とも相談してよく考えておいてくれ。返事の期限は、だいたい5月末くらいになると思う。一応俺のお薦めはを云えば、お前らが本気でパワー強くなりたいならばの話しだが、京都グローバル大学がいいと思う。あそこはこの春から、京都酪農高校を率いてた三原さんがパワー部の監督に就任されることが決まっている。三原さんは、パワーリフティングの指導者として超一流の方で、選手1人1人の力を引き出すことに長けていらっしゃる。坂下も、月岡も、三原さんの指導があれば、まだまだ伸びる。」滝先生は、僕達にそれぞれの大学の入学案内書を渡して、更に世界大会んへの出場の話しをされてから終わった。
「優馬、お昼どこかで食べて行かない?進路のことで話しもしたいしさ。」
「うん、そうだね。どこで食べる?」
「練習軽めであんまりお腹空いてないし、ゆっくり落ち着いて話しもしたいし、茶店がいいな。」という訳で、学校の帰りに2人で喫茶店に入って、1番奥のテーブルの席に座った。
「ここ、サンドイッチが美味しいんだ。」
「よく来るのか?このお店。」
「舞ちゃんと1度来たことあるの。優馬何する?」丁度店員が水を持って来た。
「真奈美のお薦めのサンドイッチとホットコーヒーでいいよ。」
「ミックスサンドとカツサンドとホットコーヒー2つお願いします。」
「同じのにしないんだ。」
「いろいろ食べたいじゃない。この前に来た時はタマゴサンドしか食べてないんだ。それがめっちゃ美味しいかったから、機会があれば他のサンドも食べたいなと思ってたの。2人で半分づつ食べよ。」
「城崎さんとは半分こしなかったのか?」
「したよ。2人で1つしかサンドイッチ頼まなかったんだ。」
「彼女とは仲いいのか?」
「何かね、私のこと凄く興味持ってくれてて、友達になりたいって、その日だって、私が部活終わるの待って誘って来たんだよ。初めは変わった子だなと思ったけどね、お父さんが転勤族だから、転校を繰り返してるうちに、そうやって積極的に友達作る習性が身に付いたって云ってた。」
「その時僕のことも話したのか?」
「僕じゃなく、俺でしょ。僕って云われると、草食系男子みたいで嫌だ。」
「草食系は嫌なのか?」
「私をこんな女子らしい気持ちにしたのは優馬だけなんだよ。肉食系がいい訳じゃないけど、草食系だと何か寂しいんだ。・・・ぐっと抱き締めてくれてキスしてくれた時、凄く嬉しかったんだ。あーやっぱり私は女子なんだって思えたしさ。」
「真奈美がそんな気持ちで今まで生きて来たって知らなかったからな。」
「あの話し聞いて、どん引きしなかった?」
「男子に怪我させたって話しか?」
「私って、意地っ張りで、少年漫画オタクで、女子なのに乱暴で、こんな本性知られたら優馬に嫌われるって、ずっと怖かったんだ。」
「心配しなくても、誰だって1つや2つは恥ずかしい過去や失敗あるから、気にもしてないよ。俺にとって、真奈美はめっちゃ可愛いし、大好きだよ。」
「もうほんとやばいなあ。優馬にそこまで云われたら、全部あげてしまいたくなっちゃうじゃない。」
「鼻血出そうなこと云うんだな。そんなこと云われたらほんとに肉食系になっちゃうぞ。」
「いいよ、優馬なら。」彼女の顔が赤くなった。僕もどきどきしていた。
「俺、初めてなんだ。」
「私だって、初めてに決まってるじゃない。」
「いや、そんなこと疑ってないし、そんなんじゃなくて、真奈美のことはもっと大切にしたいんだ。」
「う、うん、ありがとう。でも、少しでも一緒にいたい。ルナさんの話し聞いてて、優馬とは離れ離れにはなりたくないなって、疑心暗鬼は嫌。こうやって優馬の心を近くに感じていたいの。」彼女の目が又うるうるしていた。
「大学の案内書見ないか?」
「うん、でも、東京のはみないで。欲しい、けど、そんなこと優馬の将来のことだし、云っちゃいけないよね。私も大阪の見るなって云われても困るし・・・」
「どっちかの大学に行くのか?」
「私は早く親から離れて自立したいの。だから、関西の大学からの話し、めっちゃ嬉しいんだ。それも京都の大学は優馬も呼ばれてるし、2人でそこでパワー続けられたら云うことないじゃない。」
「じゃあ、2人で京都の大学のを見よう。京都グローバル大学の案内書を2人で一緒に見始めた。すると程無く、2種類のサンドイッチと2杯のコーヒーが来た。仕方なく案内書を一旦閉じて、2種類のサンドイッチをテーブルの真ん中に横並べに置き直して、とりあえず食事を始めた。
「酪農高校の先生が赴任するんだったら、竹宮しずかも来るのかな?」
「その可能性は高いな。あの先生の元で力付けたって感じだから、俺達と同じ待遇で呼ばれて来るんじゃないかな。あの子と仲間になるの嫌なのか?」
「ううん、嫌とかじゃなくて、身近にあんなライバルがいたら又意地になっちゃうなと思ってさ。」
「素朴な疑問なんだけど、女子らしくないってコンプレックスがあったのなら、どうしてこんな普通の女子らしからぬ力の付く、パワーリフティングて競技を始めようと思ったんだい?」
「1つは諦めかな?どうせ女子らしくなれないなら、大好きな少年漫画みたいに、自分も、友情と努力と勝利の世界に酔っていたかった。自立して、世界に羽ばたきたいって夢もあるしね。けどね、今はこれが運命だと思ってる。パワーがあったから、こうして優馬と出会えたんだって。あ、そうだ、優馬も英会話始めない?一緒に世界に羽ばたくんだから、きっと役に立つよ。」
「英会話か、これから社会に出ても大事だよな。けどそれだったら、早くから英会話やってて、それを少しでも伸ばそうと思うなら、真奈美にとって、大阪の外国語大学の方がよっぽどいいんじゃないかな?将来の為にさ。」コーヒーカップに手をかけていた彼女の手が震え、少しだけ浮かしかけていたカップと受け皿が軽くぶつかる“ガシャン!”という音がした。
「よく今そういうことが云えるね。」見ると丁度、彼女の頬に2筋の涙が流れ落ちて来る瞬間だった。
「ごめん。それは俺だって、真奈美と離れたくないさ。でも1年も先のことなんだよ。少なくとも1年は一緒にいられる。」
「優馬、想いがちゃんと通じなくて苦しかった時間がどれだけだったか全然分かってくれてないじゃない。その分これからはずっと一緒にいたいって気持ち全然分かってくれてないじゃない。何で今話したいかっていう気持ち全然分かってくれてないじゃない。優馬は私のことずっと好きだったって云ってくれたけど、私もその間ずっと優馬のこと大好きだったんだよ。ただ、傷付くのが怖くって、自分に素直になれなかっただけなんだよ。せっかく素直になってるのに、どうして?」
「そんなに想っててくれたんだ。」
「ねえ、こんなに素直になってるのに、そんなに私の気持ち信じてくれないの?それとも、私に女子としての魅力がないのかな?」そう云われて、僕の頭は混乱していた。真奈美さんと恋人同士になれたことはそれ自体は文句なしに嬉しいのに、将来のことまで考えると、美野里が僕から離れて生きて行くとは思えなかった。だから、心のどこかで真奈美さんとはいつか別れようと思っていた自分に気が付いたのだ。元々は僕の片想いだから、感動した勢いだけで今しばらくだけの付き合いを想定していた様に思う。本命は真奈美さんだと一応は思っていたのに、最終的には美野里を選ぶんだと自分に言い聞かせていた自分自身の深層心理が掘り起こされた揚句、掻き回されたみたいで、もう訳が分からなくなっていた。
「辛いんだ。俺だって、凄く辛い。」
「それって、東京の大学を選ぶってこと?それとも就職とか考えてるの?」
「違う。まだ何も決めてないよ。今はどの道選ぶかなんて約束出来ない。」
「でも、これから案内書見たら、ある程度答えが出るでしょ?」
「そうかもしれないけど・・・」
「もう私食べられない。後優馬全部食べて。」彼女は再び案内書に目を通し始めた。それは真剣そのものだった。初めは京都の大学のだけを見ていたのが、そのうち大阪の方のと見比べる様になり、やがてその両方を閉じた。
「私は、優馬が京都の大学にするなら京都の大学にする。」
「どうして、そんなに簡単に決めるんだよ。」
「大学の魅力に大差ないんだ。それなら、優馬と一緒にいられる方を選ぶのは当然でしょ。この2つの大学って、さいたまと横浜くらい距離あるんだよ。そんなの絶対に嫌だ!ねえ、さっさと食べて、優馬も答え出してよ。」急かされて、最後の一口を無理矢理口に入れて、コーヒーを流し込み、案内書を見始めた。
「京都の大学も悪くないでしょ?私はそこの外国語学科にしようと思ってるの。優馬の気に入る学科ないかな?」無くはないけど、絶対にこれがいいとか、将来に繋がるものがはっきり見えた訳ではなかった。
「一応こっちのも見とくな。」もう一方のを開いた。彼女はそれを恐い顔をして見ていた。皮肉なことに、京都の大学の方では見付けられなかった興味深い学部と学科が見つかってしまった。丁度その時、携帯が振動していることに気が付いた。真奈美さんと会う時はマナーモードにする様にしていた。気にはなったけど、相手がが誰か想像してまずいと思い、確認も出来なかった。
「ねえ、黙って見てないで何か云ってよ。」
「もう少し待って、集中させてくれないか?」
「じゃあ、ちょっとトイレ行って来るから、その間に何か答え出してね。」トイレに立った彼女を見届けると、さっそく携帯を確認した。やっぱり、美野里からのメールだった。
『今日は来てくれないの?早く逢いたいよ~❤優馬く~ん❤』
『ごめん、今日は行けない。』返信を急いで打って送信して、携帯を直した。間一髪で、真奈美さんが戻って来た。
「何か答え出た?」真奈美さんに問われながら、東京の大学が美野里の家からかなり近いなと考えていた。正直云って、気持ちが東京の大学に傾きかけていた。しかし、それを告げたら、この日の真奈美さんの様子からしてただでは済まないことは、想像するまでもないことだった。案の定、
「ごめん、もう少し時間くれないか?」そう云った途端、彼女の顔がみるみる泣き顔に変わって行った。もう信じられない光景であり、意外な展開だ。僕の片想いだったはずが、いつから逆転したんだろう?正直云って、この時点で僕が真奈美さんや美野里を必要としているよりも、遥かに大きくそれぞれの女子から必要とされてる気がした。全然もてなくて、女子にもてたくて落ち込んでいた僕が、全く信じられないことに、2人の女子に対して、振ったら可哀そうだと思う様になっていた。だから、
「もう泣くなよ。はっきり約束出来ないけど、俺も京都の大学にしようと思ってるんだからさ。俺だって、真奈美と別れたくはないよ。」口から出任せを云った。
「ずっと一緒にいられるんだね?」“何聞いてるんだよ?約束出来ないという不都合なことは聞こえないのか?もう面倒臭いな。どうせ出任せの嘘だ。”
「そうだよ、ずっと一緒だよ。」真奈美さんの顔が、涙で濡れたまま今度はみるみる笑顔になった。とりあえずほっとした。機嫌が直った真奈美さんと、その後カラオケに行き、又一杯キスしてから、夕方やっと別れた。
翌日、真奈美さんは体調が悪そうだった。練習も、僕は少しづつ上り調子だったが、真奈美さんはよほど調子悪いのか冴えないで、大して挙げられないでいた。
「どうしたんだい?一体。」
「ごめんね、心配かけて。今日から女の子なんだ。何か全国大会終わって緊張解けたせいか、今日は特に体が重いの。天気も悪そうだし、練習終わったら、今日は大人しく家に帰るね。昨日は我儘云ってごめんなさい。」彼女の云う通り、その日は低気圧が異常に急速に発達して、風がどんどん強くなって来ていた。僕も家路を急いだ。
「ただいま。」
「よかった、おかえり。彼女がお待ちかねなのに、又昨日みたいに遅かったらどうしようかと思ったわ。」お母さんが何か変なこと云ってる!
「彼女って、誰か来てるの?」正直、どっちなのか確信はなかった。
「優馬、彼女何人もいるの?」
「いや、そういう意味じゃなくて、で、彼女はどこにいるの?」
「風香の部屋で、風香にパソコン教えてくれてるのよ。」
「風香にパソコンって、逆じゃないの?風香がパソコンで人に教わることなんてあるとは思えないけどな。」妹は僕から見て天才で、パソコンの操作は達人の域だと思っていた。その特技を更に伸ばそうと、この4月から情報処理科のある高校に進学して、コンピューターを極めるつもりらしい。その妹が、丁度階段を下りて来た。
「あ、優、帰ってたの。ミノリン待ってるよ。それにしても、ミノリンて凄いねー!パソコンの操作で、私でも知らないこと知ってるし、タイピングは私より早いんだよ。高校チャンピオンの優も凄いけど、優の彼女も凄過ぎ。」滅多なことでは人を褒めることのない妹が、まさかの絶賛だ。やっぱり美野里は化け物だ。
「ミノリンは何してるんだ?」
「怪我してて凄く痛そうで、あまり階段の上り下りしたく」ないんだって。それなのに、優に会いたいからって、東京から無理してわざわざ来たんだよ。もう、あんな凄い人が夢中なんて、優ってどれだけもてるのよ?」最早女子にもてることのありがたみの感覚が、完全に麻痺しそうだった。しかも、美野里は次会ったらえっちしたいなんて云ってたけど、“まさかな?”。
「風香、もしかしてミノリンのこと気に入ったのか?」
「うん、もちろん。ミノリンがお姉さんなら云うことないよ。優、結婚するんでしょ?ミノリンと。ラブラブのプリクラも見せてもらったよ。」正直、風香が気に入るとしたら真奈美さんくらいだと思っていたから、その前に美野里のことを気に入るとは、超意外だった。これはきっと美野里の魔力による“根回し”という奴としか思えなかった。しかも、
「料理も得意って云ってたわよ。今日は怪我してて無理だけど、次来たら台所も手伝わせて下さいって、優馬には出来過ぎた子ね。」この先、もうまともな神経では生きては行けないと思った。もう普通じゃ無さ過ぎるのだ。
「早く行ってあげて。お昼だって、優を待って一緒に食べたいって、待ってくれてるんだよ。」
「風香の部屋にいるんだろ。風香の部屋に入ってもいいのか?」普段は、僕には立ち入り禁止とされていたからだ。
「ミノリンに免じて許してあげる。」
「何が“ミノリンに免じて許してあげるだよ。だいたい風香は日頃俺に対して生意気過ぎるんだよ。」
「ごめんなさい。気を付けます。」何故か妹が素直でしおらしい。“何の異変?これも美野里の力によるものなのか?”
「優馬、いいから早く行きなさい。何だったら、お昼ご飯も2階持って行ってあげるから。」
「そこまでしてくれなくていいよ。」そう云いながら、階段を上がりかけた。
「優馬の為じゃないわよ。彼女のこと考えてあげなさい。」無視して階段を上がり、2階の風香の部屋に向かった。
「優馬君、おかえりなさい。」僕が部屋に入りかけたところで、僕が声をかけるより早く、彼女が声をかけて来た。階段の音で分かっていてか、ギャザースカートの彼女が回転椅子で予めこっちを向いて座りながら、満面の笑みを浮かべていた。
「随分驚かせてくれるんだね。」
「30分程前携帯にかけたんだよ。けど応答なかったの。どうして?」きっと、僕が東京に向かったりして行き違いにならない様に、練習が終わった頃を見計らってかけたんだろうが、丁度着替えてる最中で気が付かなかったみたいだ。問題は、携帯が鳴ってややこしいことになるのを恐れるあまり、マナーモードにしたまま上着のポケットに入れてチェックも怠ったことだ。実際その携帯を、美野里と顔を合わせてるこの時にまだポケットの中に、真奈美さんからもらったストラップを付けた状態で持っていた。もちろん、この場で確認することも出来ない。美野里からもらったストラップは。既に使わなくなった携帯に付いていて、下に置いて来た鞄の中に入っていた。
「ごめんな。マナーモードにしたまま元に戻すの忘れてて、気が付かなかった。なあ、お昼食べるの待っててくれたんだってな。一緒に食べよ。まだ帰って来て手も洗ってないんで、洗面所行ってからもう1度迎えに来るよ。」そんな取って付けた訳を云ってすぐに下に戻り、こっそりストラップを付け替えてから、美野里からの不在着信と“今、優馬君の部屋からかけてるの。”という留守電を確認した。一体どんな経緯で僕の部屋に入り、その後風香の部屋でパソコンをする様になったのか?疑問やら不安やらを抱きながら洗面所を済ませ、お昼の用意が出来ていることを確認して、美野里を連れて下りて来ることを宣言してから2階に戻った。
「何だ、風香戻ってたのか?」妹は、美野里の横で予備の椅子に座っていた。
「だってここ私の部屋だもん。そんでもって、ミノリンとは仲良しだもんね。」
「ねー、風香ちゃん。」初対面とは思えない程、意気投合していた。
「ミノリンは一体何時から来てるんだい?」
「10時半頃かな?優馬君のお昼ご飯作ってようと思ったけど、大宮武道館でひびいった足が痛そうだったから、お母さんが無理しない様にって云って下さって、お言葉に甘えちゃったの。」
「おかげで、私はミノリンの技をたくさん教えてもらっちゃった。」
「そっか。よかったな。でも、それくらいにしといて、下行ってお昼食べよ。おぶってやるよ。」
「大袈裟だね。ゆっくりなら、自分で下りれるよ。風香ちゃん、ありがとう。又後でね。」美野里は立ち上がり、足を引きずりながら、ゆっくり歩き出した。
「うん、ミノリン、こちらこそありがとう。」
「無理しないで、素直につかまれよ。」そう云うと、
「うん、ありがとう。やっぱり優馬君に寄り掛かると安心して歩きやすいし、温かいね。ずっと恋しかったんだ、この温もり。」今度は、思いっ切りくっ付いて来た。あまりに極端に甘えて来たので、
「あのさ。妹が見てるから、ちょっとは遠慮しろよな。」
「だってー、優馬君のこと愛してるし、恋しいんだもん。」振り返って確かめてないけど、きっと妹は唖然として見てたことだろう。その妹を2階に残して、僕達は、お母さんがお昼を用意してくれたダイニングキッチンに来た。
「すみません、急に押しかけて来て、すっかりお世話になっちゃって。」食べ始めてから、美野里が切り出した。
「ううん、気にしないで。痛い足で、料理の材料一杯買って来てくれて、意欲はよく分かるわよ。冷蔵庫の中ががらがらだったし、丁度買い物に行かないといけなかったの。天気悪いから凄く助かったわ。それと、優馬のことこんなに想ってくれてること、母親として嬉しいの。こんな気立てのいい、可愛い彼女が出来てたなんて、優馬何も云ってくれてないのよ。こんな子だけど、これからもお願いね。」
「はい、お母さん。私将来、優馬君のお嫁さんになりたいので、よろしくお願いします。」
「ミノリンて、ほんとに大胆だね。こんなに積極的だとは思わなかったよ。」
「愛する優馬君にだけだよ。こんなに素直になれるのは。」
「あらまー、云うわねー!ところで、美野里さんのご両親は、優馬と付き合ってることご存知かしら?」
「すみません。父は早くに亡くなっていて、母1人子1人なんです。ちゃんとした家庭じゃない負い目はあります。でも、優馬君を愛してる気持ちには自信あります。優馬君に相応しい女性になることには何でも努力しますから、どうか結婚を前提としたお付き合いを許して下さい。」
「お母さんは御存じなの?」
「母は看護師一筋で私を育ててくれたんですが、忙しくてなかなか私のことを構う余裕はありません。でも、優馬君のことは時々話しています。」
「優馬はお会いしたことあるの?」
「いや、まだあったことないよ。」
「今度1度会ってもらいます。母は、恵まれない家庭に育った私を不憫に思ってくれているので、私が温かい家庭に恵まれて幸せになることを願っています。私はそんな母の想いに感謝しています。そして、それに応えてちゃんと幸せを掴みたいんです。優馬君となら、幸せな家庭を築く自信があります。母もそんな私の気持ちを分かってくれていて、応援してくれています。」
「苗字は佐伯さんだったかしら?」
「はい、佐伯美野里です。よろしくお願いします。」
「ほんとにしっかりした聡明なお嬢さんね。優馬も同じ考えなの?」
「僕はまだ結婚する自信はないけど、ミノリンのことはずっと大事にしたい。」
「ねえ、どんなお付き合いしてるの?野暮かもしれないけど、もし赤ちゃんとか出来たら大変だから、一応聞いておきたいの。」
「ちゃんと避妊しますから、大丈夫です。信じて下さい。」
「もうそういう仲なのね。子供はいつまでも子供ではないってことね。よく分かったわ。貴方達のこと信じるから、くれぐれも間違いは起こさないでね。」話しの展開が予想外かつあまりに過激で、はらはらしっ放しの食事だったけど、ここから先は料理の話しへと移行していったから、とりあえず一難去った感じだった。それにしても、美野里はやっぱり只者じゃ無さ過ぎる。お母さんは、すっかり美野里のペースに乗せられしまってるのだ。テーブルで仲良く食べてる僕達に背を向け、お母さんはひたすらデザートのフルーツを剥いていた。
「凄く美味しかったです。ご馳走様でした。」
「材料がよかったのよ。買い物上手ね。後、美野里さんが買って来てくれたグレープフルーツが剥いてあるから、みんなで食べましょうか。」
「じゃあ、風香ちゃんも呼んであげて下さい。」
「そうね、ちょっと呼んで来るわね。」お母さんはさっそく2階に上がって行った。
「なあ、今日は何時までいようと思ってる?」
「ほんとはずっと一緒にいたいけど、それじゃいけないだろうから、夕方になったら帰るよ。」
「ミノリンといると楽しいし、一緒にいたいのは同じだけど、ミノリン大胆過ぎるからな。『避妊しますから』って、どういうことだよ。僕はほんとに経験なくて出来ないよ。お母さんまで勝手に納得して、まだキスしかしてないのにさ。」
「どうせ超えなくちゃいけない大人への道でしょ?早くひ・・」美野里の言葉の途中で、2階から2人が下りて来て、最後ははっきり聞きとれなかった。
「うわ、嬉しい。私、ピンクのグレープフルーツ大好きなの。ミノリン、いただきます。」大きなお皿に、完全に剥かれたグレープフルーツが盛られていて、それを4人で、爪楊枝を使って突っ突きあった。
「風香珍しいな。こうやって突っ突きあって食べるの嫌いじゃなかったっけ?」
「何故かこのメンバーなら大丈夫だよ。」
「意味分かんないよ。」
「風香はすっかり美野里さんのこと好きになったみたいね?」
「だって、ミノリンて、頭いいし、器用だし、可愛いし、何で優とラブラブなんか分からないけど、何かこっちまで興奮しちゃう。」
「どういう意味だよ?」
「お母さん、ほんとにラブラブなんだよ。あっこまで見せつけられたら、こっちまで鼻血出そう。」
「お母さんも、風香も、すっかりミノリンに洗脳されてやしないか?」こう云えば、もしかしたら美野里の魔力が解けるんじゃないかと、試しに云ってみた。ところが、意外にもいきなり美野里自身が、
「一途なだけの純愛少女に、それは酷いな、優馬君。」と云い返して来て、それに同調してるのか風香が、
「そうだよ。ミノリンはほんとに優のこと想ってくれてるんだよ。もったいないよ。ちゃんと応えて大事にしてあげないと、天罰下るよ。」何て、的のド芯を突いた様なことを云うのだ。だから仕方なく、
「そうだな、ミノリンより大切な人いないな。」と、僕までそのペースにすっかり乗せられたコメントを云うはめになった。更に会話は加速して、
「まあ、妬けちゃうわねえ。実の母親も、将来の花嫁には敵わないわね。」
「えー、やっぱり結婚するのー!ミノリン、お姉さんになるんだ。」
「ありがとうございます。坂下家の嫁として頑張ります。」
「ほんとに美野里さんは憎めないわね。今日はゆっくりして行きなさい。」やっぱり洗脳されてる。もう苦笑いするしかなかった。ミノリンは凄い!
「ところで、優馬君は高校卒業したらどうするの?」
「どうして、今そんなこと聞くんだよ?」
「優馬君を待ってる間、少しだけ優馬君の部屋にいたんだけど、大学の入学案内書見ちゃったの。」
「そう云えば、そんなの置いてあったわね。」親にはまだ云ってなかった。
「勝手に部屋に入られて、さすがに見られたら恥ずかしかったんだけど。」
「大丈夫だよ。えっちな本とか、そういうのは無かったよ。」
「そういう問題じゃなくって、もう、いろんなとこ見たのか?」
「見ないよ。そんな非常識なことしないよ。大学のは、たまたま目に入って、気になっただけだよ。」
「優馬、進学するつもりなの?」
「ごめん、云うの遅れて。あれ、昨日滝先生に渡されたんだ。この前の全国大会の成績を見て、学費免除の優遇入学を誘って来た大学の入学案内書なんだ。」
「東京順徳大学と京都グローバル大学の2つだよね。」美野里は、やっぱりしっかりチェックしてる。
「うん、大学行ってパワー続けたいから、どっちかに進学したいんだ。」
「順徳なら、私の家からすぐで嬉しいけど、京都なら遠過ぎるよ。」
「そうねえ。京都なら下宿したり、往復の交通費とかもばかにならないわね。その点東京なら、通えるから賛成ね。」
「順徳なら、私のところからも近いな。ミノリンと優と近いんだ。」風香の通う高校も、偶然近かった。
「私の家に下宿してくれてもいいしね。」
「ミノリンとこはマンションで、部屋ないし、ベッドだって、お母さんとの2つしかないじゃないか。」
「優、ミノリンところへ行ったことあるの?」
「泊って行ったこともあるよ。」
「えー、ほんと?いつの間に?」
「おい、何暴露してるんだよ!」
「クリスマスイブはね、優馬君と私の記念日なの。」
「そう云えば、珍しく外泊して朝帰って来たわね。でも、お母さんいらしたんじゃないの?さっきはまだ会ってないって云ってたわよね。」
「その夜、母は夜勤だったんです。若い看護師さんはイブの夜勤嫌がるから、毎年イブは母の出番なんです。」
「なるほどねえ。それで、2人きりだったって訳ね。」
「ごめんね。ベッドシングルだったから狭かったね。優馬君がうちに下宿してくれたら、ダブルベッドに買い替えるね。」
「うわー、何かいつの間にか進展してたんだね。」風香が何故か興奮してる。
「風香、それ何か誤解してるよ。そんなに進展してないから。」
「もう、優馬君たら、そんなに照れなくていいじゃない。」
「優、照れてるんだ。もう、意外とやるな。」
「来年の春からは、毎晩一緒に寝れるんだよ。照れてる場合じゃないよ。」
「まあ、よかったわね。」“お母さんと風香は、美野里の本気が分ってるんだろうか?冗談だと誤解しているんじゃないか?本気と分かっていてこの会話なら、それはそれで怖いけどな・・・”
「ところでさ、優、さっきから汗臭いよ。」そう云えば、いつも部活から帰ったらシャワーしていたが、この日は美野里の急な訪問のせいで後回しになっていた。
「私は汗臭い優馬君でも全然平気だよ。愛してるから。」
「え、嘘!もうミノリンの愛って、底抜けなの!」
「それでもやっぱり、入って来なさい。」お母さんに云われて、僕は3人をDKに残して、着替えを用意してシャワーを浴びに行った。
その後、2階の自分の部屋に戻ると美野里が待っていて、2人きりになった。戸を閉めて密室になった途端美野里が抱き付いて来て、痛いはずの足で背伸びしていきなりキスして来た。真奈美さんともキスする様になってからは初めての美野里とのキスだった。いつの間にかこういうのが日常茶飯事になっていて、女子と密着することにすっかり慣れてしまい、急速に感動がなくなって来ていた。思えば、生まれて初めてキスを経験してからまだ20日しか経っていなかった。。人の忠告も聞かずに、2人の女子と急進展してしまった悪い奴だ。けれど、成り行き上こうするしか仕方なかったんだと、自分に云い訳をしてみたりした。目の前には、今美野里がいる。やっぱりこの子は可愛い。もうそれは、まるで魔力の様に僕の心を惹き付けて来た。でも一方では、真奈美さんのことを思うと胸が張り裂けそうだった。
「優馬君、何か悲しそう。あ、ごめんね。会ったら、ちゃんとお祝いするって云ってたのに、忘れてたね。優勝、おめでとう!ほんとに凄かったよ。優馬君て超人みたい。凄く感動したよ。それと、これ優勝祝いのプレゼントだよ。」差し出された物は、どう見ても最新機種らしいスマホだった。
「え、携帯がプレゼント?そんなのもらっていいのか?」
「プレゼントだから、もらってもらわないと困るんだけどな。優馬君、まだスマホ持ってないでしょ。」
「使用料とか、どうするんだよ?契約はミノリンところなんだろ?それじゃ、何か悪いよ。」そう云いながら、美野里をベッドに腰かけさせて、僕もその横に座った。
「もちろん、条件付きだよ。私との連絡専用にしてね。」渡りに船だった。
「分かったよ、ありがとう。」
「それと、これは2人だけの秘密だよ。内緒で使ってね。」
「でも高かったんじゃあ?」
「愛する優馬君の為に、内職して頑張ったんだから、気にしないで。その分、私を愛してくれたらいいんだからね。」
「それとミノリン、大宮武道館で凄い無理したんだってな。びっくりしたよ。あんなところから飛び降りるなんて無茶はもう2度とするなよ。」
「うん、2度としないで済むならしないよ。でも、あの時はあーするより仕方なかったの。あーしないと大変なことになってたよ。」
「どういうことだい?」
「観客席から見てて月岡さんの様子が凄く変だったから、もう嫌な予感して、そしたら的中したの。ここだけの話しだけど、私が1番に駆け寄った時月岡さんの心臓止まってたんだよ。」その言葉と同時に、全身に寒気が走った。
「嘘だろ、そんなの。素人のミノリンにどうしてそんなこと・・?」
「嘘なんかじゃないよ。看護師のお母さんからいろいろ教えてもらって知ってるし、脈があるかないかなんて簡単に分かることだよ。AEDで蘇生とか、心臓マッサージとかあるけど、そこまでの騒ぎになったら、せっかく命がけで優勝したのに、月岡さんが目標にしてた世界大会に行けなくなっちゃうよ。だから、無茶もする必要があったの。」
「じゃあ、ただの過労じゃなかったのか?」
「うん、過労が引き金になった心不全だよ。もっと自分の体大事にしないと駄目だよ。見てられないよ。」
「ミノリン、真奈美さんのこと・・?」
「ライバルだってこと分かってるよ。ライバルだけど、好きなの。こんな私の気持ち、優馬君、解る?」
「ミノリン。」いつの間にか美野里は号泣していた。もしかして、美野里はほんとは全てを見抜いてるのじゃないかとも思った。
「優馬君、抱いて!キスして!一杯我慢して、凄く寂しかったんだよ。」そう云って再び抱き付いて来た。僕は又も、美野里のことを愛しいと想う気持ちを抑え切れずに、抱き締めてキスをした。そして、そのままどちらからともなくベッドに寝転んだ。2人きりのベッドの上で強く抱き合ったまま、更に彼女は今までしたことのない様な深いキスをして来た。あまり執拗にして来るので、1度それを拒んだ。
「ミノリン、本気でするのか?」
「もちろん、本気だよ。前にも云ったでしょ。次会ったらえっちしよって。」
「避妊とかの仕方も自信ないし、準備もないんだよ。」
「大丈夫、安全日なの。排卵日とか分かる様に体温測ってちゃんと確かめてあるから、今日しても妊娠の心配はないよ。それより早くしないと、明日くらいから生理始まっちゃったら、次いつチャンスあるか分からないの。変に焦って、危ない日にして赤ちゃん出来たら大変だから。」
「僕はまだそんなこと焦ってないよ。キスで充分だよ。」本当にそうだった。きっと、それより先を期待する気持ちよりも、これ以上の泥沼を恐れる不安の方が勝っていたと云った方が正解かもしれない。
「私は少しでも早く優馬君と1つになりたい。それに、優馬君の体だってほんとはしたいはずだよ。素直に自分の体の声を聴かなきゃ。優馬君シャワー浴びたでしょ。私も出て来る時体綺麗に洗って来たから、臭くならないうちにしたいの。」
「ミノリンて、えっちだね。」
「うん、男子とは優馬君が初めてだけど、中学では友達から“さえっち”って呼ばれてたの。私、親にあまり構ってもらってないから、体の温もりに飢えてて、よく女子同士ではキスしたり、胸の大きい子のおっぱい触ってたんだよ。」
「高校生のうちにそんな関係になっていいのかな?」
「私がいいからいいじゃない。私は、優馬君に全てあげるって決めてるし、それに、優馬君のお母さんも云ってたでしょ。信用するけど、赤ちゃんだけは作らないでねって。ちゃんと頭使ってコントロールすれば大丈夫だよ。危険日にうっかりするくらいなら、安全日は変に我慢しない方がいいんだよ。」けれど、どう云われても、僕の心の中には真奈美さんのことがあったから、そんな理屈は受け入れられなかった。だからといって、それを口にする訳にもいかず、
「ミノリンのことは、ほんとに愛してるし、大切にしたいんだ。」とりあえずそんな言葉で満足させようと試みたが、それで納得するはずもなく、
「分かった。理性が邪魔してるんだね。私がもっと自分の体に正直になる様にしてあげるね。男子との経験はないけど、男子が喜ぶ壺、一杯勉強して来たから。」そう云うなり、再度濃厚なキスをして来て、同時に僕の体を触り出した。正直、だんだん気持ちよくなって来て、《もう年齢制限の都合でそこから先は表現出来なくなった。》やがて、僕は美野里と○○ばれた。外は風が強いみたいで、窓硝子ががたがた鳴っていた。
日が傾く時間には、もうその光の元がどこなのか分からない程かき曇っていて、夕方には大荒れの様相となり、急激に悪化した天候のせいで電車の運休の報せが入った。美野里は帰れなくなり、結局その夜は僕の部屋に泊って行くことになった。2人共それぞれお風呂に入り直し、同じ屋根の下に家族がいるのに、僕達は再び2人きりの夜を過ごした。それは、初めての夜とは違う夜だった。
正直、どこまでの表現が許されるのか、難しい場面ってありますよね。私は決して、官能的なものを表現したくて書いてる訳ではありませんが、かと云って避けて通って話しの流れを変えたくもありません。描きたいのは、限りなく“心”です。上辺だけ見て、“エロい”とか非難を受けるのは困惑しますが、登場人物の想いを理解して下さる読者様には、大変感謝致します。誠に、ありがとうございます。尚、この物語はフィクションであり、実在の個人及び団体等とは一切関係ありません。




