新年の誓い
互いの心の中身なんて、正直に明言すれば別ですが、はっきり云わないとちゃんと通じなかったりしますね。心を開け合えば分かり合えたのに、みすみすすれ違ったりもします。誰か1人を一途に想い続けるのって、困難が一杯で、大半はどちらか片方が離脱したり、自然消滅して、誰かを信じることに疲れたり、諦めたりして、そのくせ孤独に苛まれたりするんですよね。それを乗り越えて信じ合えて、互いを想うことで成長し合えたら素敵ですね。
着うたが鳴り響きました。バイトから帰って、夕飯を食べて、ほっとして、「あー、今夜はクリスマスイブなんだ。」と独り言。そんな時でした。『三田村淳』。
「はい、月岡です。」
「パワー部の三田村です。今、いい?」
「いいけど、どうしたの?」
「大晦日の夜なんだけど、月岡さん空いてる?」
「何それ?デートの誘い?」すると、「違うよ。」と云わんばかりの笑い声。
「パワー部の2年だけ、一緒に年越ししないか、と思ってさ。」
「いいね、それ。どうせ、1人でつまらないと思ってたところだから。けど、どうして1年は誘わないの?」
「あいつら誘っても、どうせ気兼ねするだろ。」
「それもそうだね。じゃあ5人で行くの?」
「月岡さんが初めだから、あと3人に聞かないといけないんだけど、前島さんと坂下には、月岡さん聞いてくれないか?」
「何で、何で?全部三田村君が確認してくれたらいいんじゃない?携帯番号知ってるんでしょ?」
「番号だけで、メールアドレス知らないんだ。それだと、通じなかった時面倒だから、全員のアドレス知ってる月岡さんが頼りなんだ。」嘘つき!どうせ、園香とデート中に決めた話しのくせに、大晦日だって2人でいたらいいじゃない。何てこと、思ってても云いません。
「うん、分かった。返事来たら、又メールで知らせるね。」
「じゃあ、詳しいことはその後決めるよ。でも、初詣も行くことは伝えといてよ。」
「OK!じゃあね。」切って、すぐに園香に発信しました。
「あ、真奈美、メリークリスマス!」周りの音は違う?
「今ね、三田村君から、年越しと初詣をパワー部の2年のメンバーでしないかって、着信あったんだけど、園香どうする?」
「そうねえ、行ってもいいね。」しらじらしい!
「じゃあ、園香は参加ってことでいいね?」
「うん、行くって伝えといて。あ、ごめん、今ちょっと手が離せなくって。集合場所と時間分かったらメールして。じゃ、ごめんね。」自分でしろよ!そんなこと想いながら、今度は坂下君に発進しました。そう云えば、坂下君とは1度全国大会の後に向こうからメールが来て、それ返信しただけで、こっちから発信するの初めてだな思いました。けど、出ません。寝たのかな?まだ早いし、お風呂かな?何て詮索。未だに自分の気持ちが分かりません。ただ、今まで1度も発信しなかったのは、こんな風に出てくれない時の自分の気持ちが重そうだから、かけませんでした。好きなら、はっきり云って欲しい。けど、告られてちゃんと返事出来るかな?曖昧な自分のくせに、彼のことが気になります。仲間の1人?私も嘘つき!今夜はクリスマスイブだぞ、真奈美。素直になってみろよ。もう1人の自分に云われて、メールを送りました。
翌朝、目が覚めると枕が濡れていました。とても悲しい夢を見ていました。坂下君が急にパワー部を辞めてしまい、私がいくら理由を聞いても返事してくれないんです。気になって、すぐに携帯を見ました。けど、返信はありませんでした。どうしたんだろう?気になります。でも、もう1度聞いてみる勇気はありません。今日も10時からバイトがあるのに、気になったまま行きたくないななんて思って、出かける直前の9時半に、勇気を振り絞って発信。なのに、電源が入ってないか圏外のメッセージ。もう私に興味なくなって、他の子と会ってたりとか、ネガティブに考えてしまう自分が悲しい。もういい加減出かけないと遅刻なのに、鏡で自分の顔を見る。見慣れた、冴えない顔。綺麗になりたい。真奈美、泣いちゃ駄目、そんなの全然おまえに似合わないぞ!溢れかけてた涙を拭いて、バイトに出かけました。
「月岡さん、お疲れさん。」午後3時、優しい店長の一言。バイトではいつも通り元気一杯働けた自分に、自分で褒めてみたりして、着替えのロッカーで携帯を恐る恐る確認。来てたー!にんまりする。
『返信遅くなってごめん!返信打ってたら、電池切れて、なかなか充電できなくて・・。年越し&初詣、もちろん行きます。新年早々真奈美さんに会えるなんて、とても嬉しいです。」だって、もう心配かけないでよね。プチクリスマスプレゼントに、プチ嬉し涙のクリスマスでした。
「みんな、早ーい!」大晦日の23時45分、私が集合ビリでした。
「真奈美、紅白遅くまで見てたんでしょ。」
「ばれたか。ごめんね。つい、例年の習慣でさ。でも、こうやって仲間と年越してみたかったんだ。」全員コート姿です。私はそのコートも含めて、何着て行くかぎりぎりまで迷いました。
「7年ぶりで、紅組優勝だって。」三田村君が携帯の字幕を見て云いました。
「へえ、紅組勝ったんだ。」園香はやっぱり音楽系は興味あるんですよね。
「優馬、あんまり元気ないけど、どうしたんだよ。」
「そんなことないよ。元気だよ。」でも、倉元君の云う通りちょっと心配です。
「除夜の鐘が聴こえるね。」かすかに聴こえる鐘の音を、園香が聴いたみたいです。
「ほんとだね、聴こえる。」坂下君が云いました。
「おまえら、耳いいな。」
「何だ、春樹聴こえないのか?」
「三田村は聴こえるのか?」
「あー、さっきから気が付いてたよ。」
「じゃあ、云えよな。」
「みんな、気付いてると思ってたよ。」
「今年も後10分程で終わるんだね。」やっと聴こえた私が、感慨深く云いました。
「いろいろあったよな。」
「あー、いろいろあったな。」
「うん、いろいろあったな。」
「ほんとに、いろいろあったね。」みんなが口々に云うのと、かすかな鐘の音を聴きながら、私は1人でこの1年を振り返っていた。
去年の年越しは、自宅で家族と一緒に迎え、お兄ちゃんや弟にからかわれながらも、心の中で誓ったんだ。絶対頑張って世界大会行くって。なのに、全国大会直前の大震災で凄く恐い思いして、思い出すだけで体が震えて、練習も出来なくなったな。世界どころじゃなくなってて、もうパワー辞めちゃおうかと思ったっけ。けどやっぱり、そのまま負けてしまうことが悔しくて、立ち直らなくちゃって思って、そうそんな時だった。ここにいる仲間達が、私の心を支えてくれてることに気付いたのは。中でも坂下君の頑張りは、私の1番の励みになっていたんだ。彼ほど頑張って力を付けた人はいない。やっぱり男の子は凄いなと思ったよ。いつしか、彼と同じ目標を持って汗流すことが喜びになってた。けど結果は男子には厳しくて、私だけが世界に行くことになった。それから東北に行ったりして、その頃からかな、私の中に坂下君への想いが芽生えてることに気付いたのは。腰痛になった時は辛かったな。世界大会に向けて力を付けなきゃいけないのに、ベンチしか出来なくなって、挙句全国大会で京都の子に負けた時の悔しさは今でも忘れない。だけど、そんな時くれた坂下君からのメールはほんとに嬉しかったな。それから私に優しくしてくれて、私の中でどんどん彼が大きくなって、なのにはっきり云ってくれなくて、見送られて行く世界大会って、大事な物置き忘れて来たみたいな旅立ちだったな。私がどんな気持ちで、飛行機の窓から離れて行く日本を見てたか、彼は知らないんだ。けど、感傷に浸ってる場合じゃない。私は日本代表の1人だから。恥ずかしい成績では帰れないぞって、自分に言い聞かせてたな。そんな私を優しく支えてくれたのが、藤堂さんだった。坂下君への想いは時々胸を苦しくしたけど、藤堂さんといると心が落ち着いて行くのを感じたな。藤堂さんもアニメ好きで、話しているととても楽しくて、世界大会での成績が思う様に伸びなかったことに落ち込んでた私を、楽にしてくれたんだ。まあ、目標を高く設定し過ぎてたのもあるけど、世界の壁にぶつかって、悔しくて涙が止まらなかった私を笑顔にしてくれたな。日本帰ってからも、一緒に秋葉原に行ったり、免許取れたって車で送ってもらったり、本や漫画とかもたくさん貸してもらったんだ。藤堂さんは、幼い頃にお母さんを病気で亡くしてて、時々寂しそうな面もあって、そんなとこに少し惹かれたりもしたな。けど、結局そこまでだった。『俺は月岡の中に、母ちゃんの面影を見てた気がするんだ。』って云われて、言葉の真意も分からないはずなのに、泣いちゃったな。何だろう、自分の気持ちの曖昧なところに気付いてなかったから、訳も分からないままの納得行かないままのお別れだった。今から思うと、藤堂さんは私自身より先に気付いてたんだ。私の心の奥にいつも坂下君がいることを。坂下君と上手く心が通わない苛立ちからの、偽りの腰掛けの恋だということを。だから、キスもしないままさよならしたんだね。藤堂さんは春から自衛隊員。日本を守りたいって、自分のやるべきことをしっかり見据えた素敵な先輩だったな。ありがとう!そして、お元気で。私はまだ具体的な進路を決められずにいますが、今はやっぱり、坂下君と同じ夢を追っていたいです。彼氏と云える日が来るのかどうか分からないけど、もう自分の正直な気持ちから逃げたくはないな。
「いよいよカウントダウンに入るよ。」三田村君の号令で、みんな一斉に、「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0、ハッピーニューイヤー!」2012年の始まりです。その後私達は、氷川神社へ初詣に行きました。
「凄い大勢の人だね。」園香が云ったのに、
「はぐれるなよ。」倉元君が返しました。
「1番背が高い三田村君を目標にして行こう。」私が云いました。
「私は1番でかい倉元君を見て行くわ。」園香は又何云ってるんでしょう。
「倉元君、ますます太ったんじゃない?」私が指摘すると、
「100キロ超えたしな。」自白しました。
「じゃあ、全国大会じゃあ超級になるね。」と云ってあげました。
「世界行ったら、105キロか120キロ級になるな。」三田村君が云うと、
「世界か、俺には関係ないな。」
「どうして?春樹なら、結構いい線行くんじゃないか?」坂下君が云うと、
「俺は元々世界に興味ないんだ。」
「そっか、そう云えば春樹は、トレーニング自体が目的なんだよな。」
「そう、俺の目標はプロレスラーだからな。パワーリフティングは、その為の体作りで入ったんだ。」
「他のみんなは階級維持出来てるか?三田村君も少し太ったんじゃないか?」
「ずき!俺は甘い物に目がないからな。」それからスイーツの話しとかで大いに盛り上がりました。そういう話しをしていると、人込みも気にならないで、いつの間にか賽銭場まで来ていました。初めに園香がお参りして、2列だったので、すぐに倉元君がその隣に入りました。そして、私と坂下君の番がほとんど同時に来ました。彼と一緒にお賽銭を放り込んで、ガランガランと鳴らして柏手を打ちました。それから手を合わせて、自分に負けないことを誓って、彼と一緒に世界大会へ行けます様にお願いしました。ちらっと横を見ると、彼はまだ手を合わせています。彼は一体何を誓って、何をお願いしてるんでしょうか?~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今、隣で真奈美さんが僕と一緒に手を合わせている。彼女が何をお願いしているのか、僕には分からない。「好きなんだ。」そう心でいくら叫んでも届くはずもないんだ。今年こそ、一緒に世界大会行きを決めて告白したい!思えば、去年は彼女にとっても、僕にとってもそれぞれ激動の年だった。彼女がいたから、ここまで歩んで来れた。彼女がいたから、ここまで強くなれた。だけど、彼女が辛い時、苦しい時、僕は何もしてあげられなかった気がする。今年こそは、お互いの喜びも、悲しみも分かち合える様になりたい!しかし、それは僕だけの独りよがりな願望に過ぎないのかもしれない。彼女にとって、僕は所詮仲間の1人に過ぎず、彼女が本当に好きなのは藤堂先輩なんだろう、きっと。だけど、そんなネガティブな考えから別の子によそ見して、その子の熱意に押されて、危うく過ちを犯してしまうところだった。中途半端な優しさで、結局その子をかえって酷く傷付けてしまった。ごめんね、ミノリン。僕は君のこと、決して嫌いじゃないけど、やっぱり君の想いに応えることは出来ない。僕は、この真奈美さんが好きなんだ。真奈美さんと同じ明日を見たい!一緒に汗流して、頑張って頑張って、夢をこの手で掴んで、笑い合いたい。許されるものなら、抱き締め合いたいんだ。
「優馬、何祈ってたんだよ。」待っていた春樹に聞かれた。
「内緒だよ。」
「当ててやろうか?」
「いいよ、云うなよ、春樹。」
「分かったよ。云わねえよ。」
「でも、坂下君の願い、何となく分かるよね。」園香も余計なことを。
「私は、園香の願い事が分かる気がする。」
「真奈美、最近性格変わったよね。」
「変わらないよ。変わったのは園香じゃないの?」最近、この2人って、果して仲いいんだろうか?と思うことが多く、ちょっと心配だ。
「みんな、お腹空かないか?何か甘いもんでも食べに行こうよ。」最後にお参りを終えた三田村君が、2人の会話を遮る様にして来た。
「その前に、おみくじしていかない?」園香が云い出した。
「行こ、行こう。」真奈美さんも同意して、さっさと2人でおみくじの方へ向かった。その意気投合している姿に、仲を疑ったことが取り越し苦労かと思った。
「追いかけないと、はぐれちゃうな。俺達も行こうか。」三田村君に促され、僕達男子も、後から行った。
「園香には、負けたくないな。」真奈美さんがそう云いながら、八角形のおみくじ箱を振っていた。まじな対抗心?
「私だって、負けないよ。」と云う園香は笑っているので、受け流してる様だ。女子に続いて、男子も全員おみくじを引いた。その結果は、真奈美さんと僕が“大吉”で、三田村君が“吉”で、春樹が“中吉”で、園香が“凶”だった。
「やったー!」真奈美さんはおおはしゃぎだ。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦って云うでしょ。」と、園香はあまり気にしていない様子で、良かった。
「吉と中吉じゃ、どっちがいいんだろう?」
「さあな、どっちでもいんじゃねえ。」
「それもそうだな。じゃあ、そういうことで、甘いもの食べに行こう。」
「行こ、行こう。」真奈美さんは、どこでも行くのが好きみたいだ。
「私は、パフェ食べたいな。」流石園香は人に合わせて切り替えが早い。
「この近くでパフェの美味しいお店知ってるから、そこ行かない?」この寒い時にパフェを食べたいという季節感の無さが理解出来なかったけど、みんなそれで盛り上がってるので、話しを合わせて、春樹と横に並んで付いて行った。
「良かったな、優馬と真奈が大吉でさ。」
「は、は、たまたまだよ。」
「真奈も、凄い喜んでたな。」
「そうだね。子供みたいにはしゃいでたな。」
「真奈って、ちょっと天然だよな。」
「そうかもしれないな。」
「そんな真奈が好きなんだろ?」
「まあな。けどあー見えても彼女はやることはちゃんとやってるし、しっかりした女子だと思うけどな。成績もトップクラスみたいだし・・」
「おまえら、きっと上手く行くよ。似合ってるよ。」
「ありがとう。」僕等2人の会話は、少し離れて前を歩いていた真奈美さん達には聞こえていないと思う。
その後、僕達は真奈美さんのお気に入りのスイーツ店に行って、甘い物を食べ、更に24時間営業のカラオケ店に行って、夜明け頃まで唄ったり、仮眠したりして過ごした。やっぱり、音楽の得意な園香と、ミュージシャンを目指している三田村君は上手かった。僕と春樹は少しだけ付き合って唄っただけで、後は聴き手に回ったりした。真奈美さんとカラオケに行ったのはこれが初めてで、彼女も歌はあまり得意じゃないみたいだった。それでも、大好きなアニソンを、楽しそうに唄っていた。美野里と一緒にカラオケに行ったばかりだったので、気分はちょっと複雑だった。表向きには一緒にのりのりで楽しんでいたが、睡魔に負けていつの間にか眠ってしまい、気が付くと、すぐ横で真奈美さんも寝ていた。その時、初めて彼女の寝顔を見た。唄っている真奈美さんも、寝顔の彼女も、やっぱりとても可愛い。そんな彼女と同じ夢を追って頑張れる僕は幸せ者だ。2人の夢が叶って、告白して、彼女と呼べる日が来ます様に、改めてしみじみと願った。やっぱり僕は、真奈美さんが大好きだ。カラオケ店を出たら丁度夜明け間近で、みんなで拝んだ初日の出は、誓いも新たに、とても感慨深いものになった。
貴方も、この1年がどんなだったか振り返って、新たな1年の抱負に胸を膨らませていらっしゃることでしょう。辛いことに負けることなく、前向いて歩いていきましょう。これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。尚、この物語はフィクションであり、実在の個人及び団体等とは一切関係ありません。




