X’マスイブの涙
聖夜に愛する人と2人きりでいられたら幸せですよね。その上、永遠の愛を誓い合えたなら素敵ですね。貴方は、愛する人とこの素敵な夜を分かち合ってますか?それとも意中の人とすれ違っているのでしょうか?想いが伝わればいいですね。
「おい、優馬、なかなかいい感じだったな。」修学旅行から帰って数日後、旅行後の初練習に出た時、一段と大きくなった春樹が云って来た。
「いい感じって、何が?」
「サンセットビーチで、ラヴラヴだったろう。」
「見てたのか?」
「たまたまな。あれ、同じ班の子だろう?」
「真奈美さんも見てたのかな?」
「さあな?真奈に直接聞いてみろよ。」聞ける訳ないだろ。まあ、ポジティブに考えて、見られてはいなかったとして、
「云うなよ。他の誰にも云わないでくれよな。」
「分かったけど、見てたの多分俺だけじゃないぜ。」
「まあ、キスしてた訳でも、抱き合ってた訳でもないし、問題ないとは思うけども、真奈美さんには知られたくないな。」
「それって、上手くいけば二股かけるつもりかよ?抱き合ってはいなかったけど、あの絵の中、2人まじ見つめ合ってる様子は、普通に恋人同士に見えるぜ。」
「告られてたんだ。」
「ふーん、それで返事はどうしたんだ?」
「春樹には関係ないだろ。」
「まあいいけど、二股かけて泣かすなよ。」
「なあ、前から聞こうと思ってたんだけど、春樹は何でそうやって恋愛カウンセラーみたいなことやってるんだよ?」
「カウンセラーか。」そう云って苦笑いして、
「親の影響かな?母ちゃんあんなのにも拘わらず、父ちゃんの前では女になるんだよな。俺はそれをガキん時から見てるからさ、男と女って面白いと思って育ったから、いつからか人の恋を観察する癖付いてな。
「ふーん、そんなもんか。」
「これはこれで結構大変なこともあるんだぜ。バスケ部の荻野が優菜ともめて、謝りに来ただろう。」
「マウイ島の話しか。」
「ああ、あの後大変だったんだぜ。」
「春樹と飯岡さんは同じ班だったっけ。」
「あいつさ、荻野のことしか見てないからさ、勝手な行動ばかりして、みんなからブーイングされてたんだよ。俺はいつの間にかあいつの相談役にされてたから、あいつが何かやる度俺がとばっちり食うんだよ。」
「相談に乗ってやって、何でとばっちり食うんだ?」
「あいつ自分のこと棚に上げて、上手く行かなかったら全部俺のせいにするし、八つ当たりするんだぜ。泣き喚いて戻って来たと思ったら、俺が頑丈なのいいことに叩きまくるし、荻野が素直に謝ったら、今度はみんなに優菜が悪いって云われていじけまくるし、俺の修学旅行の思い出は、あいつの世話に始まり、あいつの世話に終わったんだ。」結局、春樹のぼやきになった。
その夜、春樹に云われたことを考えてみた。特に”二股”の言葉には、胸が痛かった。元は真奈美さん1人しかいなかった僕の心には、今確かに2人の女の子がいる。けどそれは僕の意志でそうなったんじゃなく、向こうの熱い想いに押されてのことと、自分に云い訳したりした。それに、真奈美さんのことをどんなに思ってみても、叶う恋とは思えなかった。ハワイのホームステイ先での出来事を楽しそうに話す彼女が、僕に合ってるとは思えないのだ。それに、美野里にしたって、気まぐれかもしれない。第一彼女は、僕のいい面しかみていないし、デートしたいと云ってくれるのは嬉しいけど、そこでぼろが出てがっかりされるかもしれないんだ。もてない僕が、仮にどんなに頑張ってみても、どちらとも恋人になれる気がしなかった。そう、この時点の僕には、彼女が出来るなんて夢みたいなものだった。結局、1人の男子としては全然自信なかったんだ。正直、考えれば考える程、そんな恋に自信のない自分が悲しかった。それなら、今は素直に、僕のことを大好きと云ってくれる美野里の気持ちを大事にしたい、なんて思ってるうちに眠ってしまった。
「佐伯さん、イブの日だけど・・」終業式の日、僕から話しかけた。
「都合悪くなったんですか?」悲しそうに聞き返して来た。
「そうじゃなくって、イブってことは夜だよね。」
「夜じゃ駄目ですか?」まだ、不安そうな顔だ。
「駄目とかじゃなくて、佐伯さんて東京だよね。」
「遠いってことですか?さいたまからの帰り道なら、毎日通ってるんで、大丈夫です。そんなこと心配しないで下さい。」
「男として、女の子にそんなことさせられないよ。僕が東京へ行くってことじゃ駄目かな?」
「私の為に来てくれるんですか?」にわかに嬉しそうな顔になった。
「佐伯さんさえ良ければ、僕はその方がいいよ。」
「ありがとう。凄く嬉しいです。」
「待ち合わせ場所は、新宿アルタ前でどうかな?」
「え、新宿!はい、全然OKです。あのそれなら、どうしても一緒に行って欲しい場所あるんですけど、時間と行き先決めちゃいけませんか?」更にテンションがぐっと上がった。
「いいけど、どこへ行くの?」
「それは当日のお楽しみです。それに、予約取れるか分からないので、取れたら又メールします。」
「分かったよ。楽しみにしてるよ。」
その夜、『愛しの坂下優馬様、24日イブデートは夜7時15分新宿アルタ前❤会ったらミノリンと呼んで下さいね❤』とメールが入り、僕は『OK!ミノリン様』と返信した。
12月24日午後7時10分頃、僕はアルタ前に着いた。ここを待ち合わせ場所にしたのが果して良かったのかと思う程、とても大勢の待ち人で、彼女が来ているのかどうかすら分からなかった。どきどきそわそわして、心の中で”ミノリンと呼ばなきゃ”と思いながら周りを見回してみた。しかし分からず、少し心配になったところへ、少し派手な感じの女の子が近付いて来た。
「坂下君、美野里です。」そう云ってにこにこ笑う彼女に、僕は唖然とした。普段の彼女とは全く別人の様な、はっきり云って”けばい”子だ。かなり厚化粧をしていたのだ。顔はかなり白い上に頬紅、真っ赤な口紅で、付けまつ毛にアイシャドーまで付けて、髪は普通に長かったはずなのに、アフロ風のちりちりパーマで、かなり着こんだ感じの派手目のコートを着て、ブーツを履き、コギャルが持つ様なハンドバッグを持っていた。
「ミノリン?」きっと驚きの表情は隠せなかったと思うが、何とかそう呼んでみた。
「ありがとう。ちゃんと呼んでくれて、・・あの、びっくりしました?」
「あんまり普段と違うから。本当にミノリンだよね?」
「本物のミノリン、だよ。」そう云って微笑む彼女は、確かに美野里だった。
「どうしてこんなって云うか、これが本当のミノリンなのかい?」
「ごめんなさい、訳は後で話すので、今は聞かないで。」何か、僕のことを既に彼氏みたいに思ってる様な云い方に聞こえた。
「分かった。それで、これからどこ行くの?」僕も、彼女のノリに合わせた。
「こっちだよ。」そう云った途端、僕の手を握って引っ張り始めた。それは、積極的な女性というより、無邪気な女の子という感じだった。引っ張られるままに、夜の新宿の雑踏を進んで行く。彼女はまるでその街に慣れているかの様に、黙ったままぐいぐい引っ張って行った。僕はふと、彼女の学校での顔は偽りで、実は2つ程年上で、僕は騙されていて、このまま怪しいお店に連れ込まれるんじゃないかと不安になった。
「一体、どこに連れて行くんだよ?」つい強い口調で聞いてしまった。
「もうすぐそこだよ。」すると、余計急ぐ様に引っ張るのだ。
「ミノリンってほんとは?・・」怖くなって、疑惑を投げかけようとしたが、
「着いたよ。ここだよ。」その場所は意外にも、
「カラオケ?」それは、丁度2年前の同じイブに健達と来たカラオケ店だった。
「私、歌が好きなの。」もうすっかり彼女になった様な口調だ。
「僕は、歌下手だよ。」
「そんなこと、全然問題じゃない。」云いながら、店の中に引っ張り込んだ。そして、さっさと受付に並び、僕をまじまじ見て、何か得意気に笑っていた。
「実は僕、このカラオケ店来たことあるんだよ。それも・・」云いかけた時に丁度受付の順番が回って来た。そして、会員証を出しながら、
「7時半に予約しておいた高田琴美です。」びっくりした。何故偽名?それも友達の名前を語って?
「2名様で3時間のご利用ですね。」遅くまでいるんだなと思った。
「長過ぎるかな?」聞いて来たが、
「いいよ、別に。」終電に間に合いさえすればいいと思った。
「それで、お願いします。」
「延長は出来ませんのでご注意下さい。10分前に電話でお知らせします。2階の233号室です。」受付を済ませ、階段で2階に上がった。
「233号室はそっちじゃないよ。」美野里は何故か案内の矢印とは逆の方へ行こうとした。それも僕の云うのを無視して、やがて廊下の途中で立ち止まった。
「下の名前で呼んでいいですか?」
「いいけど、一体どうしたの?」
「優馬君、憶えてくれてる?この場所だよ。それも2年前の今日と同じイブのこれくらいの時間だよ。」この時やっと分かった。そして、2年前の記憶が微かに蘇った。
「ミノリンて、まさかあの時の?」泣いていた女の子だったなんて!
「憶えててくれて嬉しい!それもこの同じ場所の、同じイブの、同じ時間に又一緒にいれるなんて、私もう死んでもいいほど嬉しいの。」彼女は心底感極まっている様で、僕を見詰めてる厚化粧の目からはみるみる涙が溢れて来ていた。そこへ、お店の人が料理や飲み物を持って通りかかった。それに気を遣って、
「部屋に入って、ゆっくり話したいんだけど・・」それに、彼女は頷いた。今度は僕が彼女の手を引っ張って、部屋まで導いた。
「僕のことを知ってて、大宮学園に来てくれたの?」
「違うよ。偶然だったの。私が気付いたのは、このハンカチを渡してくれた時なの。あの瞬間、神様は本当にいるんだと思った。」ハンドバッグから白いハンカチが取り出された。
「それは2年前のとは違うの?」
「2年前のは、あの日に返した方だよ。あの日までお守りとして、大切に持ってたの。」
「使わずに?」
「大切な宝物だから使えなかったの。使ったのはここで使っただけだよ。」
「どうして?たったの2、3分だった様に思うけど、そんなに思っててくれたの?」
「真っ暗だったの。あの瞬間まで、暗闇の中にいたんだよ。優馬君が照らしてくれるまで、独りで寂しくって、悲しくって、だからあの数分の思い出が、私にとってたった一つの光だった。」
「何があったか、聞いちゃ駄目かな?」
「本当は聞いて欲しいんだけど、云っちゃいけない気がするの。」
「どうしてそう思うの?」
「恐いの。凄く恐いの。もう思い出したら、又暗闇に落ちちゃう。」
「じゃあ、何も云わなくていいよ。それに、あんまり泣くと、化粧落ちちゃうよ。」
「そうだね。」云いながらも、次から次へと溢れ出る涙を手で拭っていた。少し手遅れの様で、化粧が崩れかけていた。
「どうしてお化粧して来たの?」
「ごめんなさい。こんなの全然私らしくないよね。優馬君はこんな子だったら、嫌だよね。けど、分かっててもこうするしか考えつかなかったの。」
「自分らしくないって分かってても、そうしないといけなかったのかい?」
「どうしても、中学の時のクラスメートに会いたくなかったの。もし会っても、私と気付かれたくなかったの。」
「高田さんの会員証使ったのも同じ理由?」
「もし知ってる子がここでバイトしてたら、ばれちゃうでしょ。」
「用心深いんだね。そうまでしても、会いたくないんだ。だから高校もさいたまにして、遠いところまで通ってるんだね。」
「うん、・・でもまさかそこで優馬君に会えるなんて思ってなかった。ずっと、東京の子だと思ってた。同じ年とも分からなかったし、手掛かりは『ゆうま』という名前だけで、探して又会えるとは思えないし、ただ祈るだけで夢みてたの。」
「どうして、名前知ってたの?」
「友達が呼んでたでしょ。泣きながらでも、名前ははっきり聞こえたから。」
「そう云えば、健が廊下まで呼びに出てくれてたんだっけ。」
「あれやっぱり入間君と貝沢さんだったんだね。」
「それも憶えてたの?」
「優馬君は気付いてなかったかもしれないけど、あの後受付とか、お店出たところとかで又会ったんだよ。又会いたいと思ったから、一生懸命記憶に焼き付けたの。」実際その記憶と照らし合わせたのは、あのグローブ事件の後だった様だ。
「それ凄いね。でももう1人女子がいたの分かった?」
「うん、4人組だなと思ったから、一応憶えてるけど、その人は分からない。その人もクラスにいるの?」
「もう1人の女子は、絆のカエデだよ。」
「歌手のカエデ?」さほど感激してない様子だ。
「そう、カエデとカラオケしてたんだよ。嫌だったけど。」
「カエデと中学一緒だったの?」
「カエデは健達と仲良かったから、僕は付き合わされてただけで、あの後1人で寂しくさいたま帰ったんだ。」
「優馬君、可哀そう。今日は絶対そんな寂しい思いはさせないよ。」
「ありがとう。ミノリンは優しいんだね。」
「うん、大好きな人には優しくなれるの。大好きな人は、優馬君と琴ちゃんだけだけどね。」
「そんなに云ってくれると嬉しいんだけど、どうして僕なんかを思ってくれるの?クラスで会った時がっかりしなかった?」
「むしろ逆だよ。思い焦がれてた人が、思っていたよりももっと素敵な人だったから、感動して胸のどきどきがずっと止まらなかったの。」
「僕といて、楽しい?」
「凄く楽しいし、凄く幸せで、夢みたいなの。優馬君が今私だけの傍にいてくれてるのなんて、これ自体最高のクリスマスプレゼントだよ。」
「大切にしなきゃいけないね。ミノリンのこと大切にしなきゃ・・」
「ありがとう!もう優馬君さえいてくれれば何もいらない。」
「でも、お腹は空かない?」
「うん、私も一緒に食べたり、唄ったりしたかったから、何も食べてないの。」
「何か頼もう。メニュー、ミノリンから見て。」
「一緒に見よ」そう云うと、彼女は正面から移動して右側にくっ付いて来た。十代になってから、こんなに女子とくっ付いたのは初めてだ。
「何しようかな。僕は好き嫌いなく何でも食べるから迷うな。」
「じゃあ私の好きなの適当に選んでいい?同じもの一緒に食べたいから。」
「いいよ。ミノリンが選んだもの、何でも食べるよ。」
「じゃあね、これとね、これと、ねえ優馬君、これ食べる?」凄く嬉しそうな笑顔で、僕にぴったりくっ付きながら料理を選ぶ美野里だった。まさか初めてのデートで、こんなに楽しそうな彼女と、こんなに話しが弾んで盛り上がるとは思わなかった。僕は、彼女が選んだものをしっかり記憶して、電話で注文した。
「お料理来るまで、何か唄おう。」
「僕は本当に歌下手だよ。」
「いいの。優馬君の声で唄ってくれたら、それは私にとって最高の歌だから。」なんて煽てられて、僕は早速唄うはめになった。仕方ないので、数少ないレパートリーの中から、ラブソングを選んで唄ってあげた。すると彼女は、唄っている僕にもたれかかる様に聴いていた。もう完全に恋人の様だ。そして彼女が唄う時は、あつあつのラブソングを、僕を見詰めたりしながら唄うのだ。2人きりになったら、きっとお互い照れくさくて、思ったことをちゃんと云えなかったりすると思っていたのに、この展開に僕のテンションも知らず上がって行った。コラボしたり、動画を撮ったり、もうラヴラブの恋人同士の様に笑い合って、完全に2人の心が溶けて混ざって行く様な錯覚を感じていた。しかし、その最中、丁度彼女が熱唱している時に、僕の携帯が左のポケットの中で鳴った。それには彼女は気付いていない。それを何となく、彼女の死角でそっと開いて見た。その瞬間我が目を疑った。着信画面に”月岡真奈美”の文字。今まで1度も真奈美さんの方から着信もメールもきたことがなかったのに、よりによってこんな時に着信とメールなんて!僕は気になって、すぐにトイレに行く振りをして、廊下に出て、部屋から少し離れてメールを見た。
『メリークリスマス☆坂下君はどんなイブを過ごしていますか?私は、来年こそ一緒にポーランドへ行けることを思い描きながら、1人きりのイブです(-_-;)。さっき三田村君から着信あって、パワー部の仲間で集まって年越し&初詣しないかって。私は大賛成でもちろん参加です。坂下君も来てね\(^o^)/」僕が着信に気付かなかったので、仕方なくメールして来てくれたみたいだ。そのメールを見て、僕は強い罪悪感を覚えた。カナダ土産のストラップが辛かった。しかも、更に偶然は重なった。真奈美さんへの返信を入力してる最中に、再びメールが届いた。次は、『カエデ』からだった。真奈美さんへの返信を中断して、そのメールを見た。
『メリークリスマス!この前はとっても懐かしかったよ&感動の話しありがとうね。そんでもって、イブにビッグニュースだよ。君がしてくれた話しが、何と次のシングル曲のモデルになりました。今日はその歌詞だけ送るね 題名は“君と共に行こう”だよ。では歌詞です→♪追い越し際の‘おはよう’に僕の胸はときめく 君の声は僕の胸の奥深く届いてその応えを探してる だけど僕の声はまだ小さくて君に届くはずもない 限りなく遠い君の背中に僕は少しでも近付きたくて 来る日も来る日もただ追い続けたただひたすらに 流れる汗のその向こうには眩しく輝く君の姿がある 手を延ばせば届きそうな距離でも君に触れることは夢でも出来ない でも諦めたりしないよきっといつか追い付くから 憧れが苦しさを超えて僕は歩き続けるから 遥か遠い夢の彼方に想いを乗せて 君と共に行こう明日をこの手に掴む為に 遥か遠い空の彼方に想いを馳せて 君と共に飛ぼう未来が拡がるあの世界に 君と共に行こう2人の笑顔重ねる為に♪ 途中2番の歌詞は発売の日までのお楽しみということで省略ね じゃあ楽しみに待っててね(^_-)-☆』涙が込み上げて来て、溢れて止まらなくなった。とても、美野里が待ってる部屋に戻れない。そう、この1年8カ月の間僕は真奈美さんとの明日を夢見て、それを励みにただひたすら苦しく辛い練習に耐えて、今の自分を創って来たんだ。それは決して軽くはない、重く尊い時間を超えて来たのだ。その魂の根底を刺激された様で、涙は止まるどころか、ますます勢いを増して溢れて来て、どうしようもなくなった。
「どうしちゃったの?あんまり遅いから見に来たら、優馬君が号泣してるの。このハンカチをこんな形で返すのなんて、想像もしてなかったよ。」泣き顔を美野里に見られてしまい、凄く恥ずかしかった。けど、それよりも心が痛くて辛かった。人が通りかかっても気にせずに背中を撫でてくれたりして、その優しさを受ける資格があるのか後ろめたくなり、それを隠す為にも渡されたハンカチで顔を覆った。そんな僕に、彼女は余計優しくなって、
「私が辛い時、優馬君は救ってくれたんだよ。寂しい時、辛い時、この2年間私はいつも優馬君を思い浮かべて、耐えて来れたんだよ。だから、今は私が貴方の傍にいるの。」しかし、その言葉は火に油を注ぐ様だった。
「ごめんね、こんなところで泣いたりして。」
「気になんかしなくていいよ。でも、もう部屋に戻ろう。」泣きながら、今度は手を引かれて部屋に戻った。戻ってからも、何があったのか聞きもせず、ただひたすら背中を撫で続けてくれたのだ。そして更に、
「優馬君、愛してるよ。笑ってる時の優馬君も、泣いてる優馬君も、私には同じ変わらない優馬君だよ。」限りなく一途な気持ちをぶつけて来た。
「ごめん、涙が止まらない。せっかくのデートなのに、ごめん。」
「私は優馬君と居れさえすれば幸せだよ。気が済むまで泣いていいよ。」そこまで優しくされたり云われたりして、もう頭の中は大パニックだった。真奈美さんと築いて来た青春の日々と、美野里の想いの狭間で、僕の心はもうその置き場所がなくなっていて、ただ目の前の美野里の優しさに負けて、彼女を抱き締めてしまいたい衝動にかられたりした。
「ミノリンはどうしてそんなに優しいの?」
「優馬君が優しいからだよ。私が優しくいられるのは、優馬君のお蔭なの。」
「そんなに思ってもらえて、幸せ過ぎて、心が溢れてどうしていいか分からない。」もう自分で何を云ってるのか分からなくなっていた。ただ、真奈美さんへの想いと美野里への想いの両方を同時に抱えきれないと、心で叫んでいた。しかし、美野里にはその真意が通じるはずもなく、彼女はもう、僕と心がしっかり通ってるもんだと思ってる様に見えた。泣き止まない僕の為に、彼女は今度はとても優しい歌を選んで唄ってくれた。それも、マイクを持っていない方の手で、相変わらず背中を撫でてくれるのだ。歌声はやたら優しくて、結構上手くて、何よりも心が凄くこもっていた。混乱してるはずなのに、その歌の力もあって、何だか次第に心が落ち着いて来て、いつしか又一緒に歌を口ずさんでいた。そして、再び歌で盛り上がって、すっかり2つのメールへの返信を忘れてしまった。そのまま歌の、それとも美野里の魔力に酔ったまま3時間が経ち、僕等はカラオケルームを出た。
「ねえ、プリクラ撮ろう。」受付の横に設置してあるプリクラ機に反応して、せがんで来た。そろそろ帰りの電車が気になり始めていたので、少し渋ったが、彼女は聞かなかった。仕方なくそれに付き合うと、彼女は相変わらずご機嫌で、化粧が少々崩れているのもお構いなしで、ツーショットで撮りまくったのだ。それから、女の子をこんなに遅くに1人で返す訳にもいかず、彼女を家まで送って行くことにした。しかし、それは既に彼女の思う壺だった様だ。新宿駅前のタクシー乗り場は凄い行列なので、仕方なく、彼女の最寄りだという目白まで山手線に乗り、そこからは歩いてすぐと云うので歩くと、結構歩かされた。途中で携帯を見れば、“11:23”。彼女を無事に家に送り届けてから、拾えるかどうか分からないタクシーを探して拾うか、目白駅までのよく憶えていない道を戻って、そこから上野駅まで行って、高崎線の最終電車に乗るのは絶望的だと思えた。実際は上野まで出なくても、池袋からでも帰れたのだが、あまり東京に出たことのない僕は、まだその経路を知らなかった。そんな無知なところまでも、美野里に利用されたのだろう。
「もう間に合わないね。」申し訳無さそうには聞こえなかった。むしろ嬉しそうだったのだ。
「でも、何とかして帰らなくちゃ。」焦る僕に彼女は立ち止って、
「うちなら、大丈夫だよ。泊って行って。」なんてこと云われても、初デートで彼女の家に泊めてもらうなんて出来ないと思った。しかし、もう彼女はその気でいたみたいで、わざとゆっくり歩いて焦らしたりしてきた。ついには僕はそれに根負けして、失態とは分かっていながら仕方なく折れて、自宅に外泊を伝えた。その電話を横で聞いていた彼女は、してやったりと云わんばかりの顔をしていた。
美野里の家はマンションの2階で、家の人はもう寝ているのか真っ暗だった。彼女に促されて玄関に入ると、彼女は明かりを点けて、すぐに玄関の鍵をかけてしまった。その入ってすぐそこがダイニングキッチンになっていた。
「気楽にしてくれたらいいよ。」
「お父さんやお母さんはもう寝てらっしゃるんだよね。」
「私、お父さんいないよ。母子家庭でお母さんと2人きりなの。」
「じゃあ、お母さんを起こさない様に静かにしないとね。」
「お母さんは今日夜勤なの。後そっちに一部屋あるだけで、誰もいないよ。」
「じゃあ、朝まで2人きりってこと?」
「そうだよ。2人で寝よ。」まんまと美野里にやられた。
「いくら何でも、それはやばいよ。」そう云って、玄関の鍵に手をかけた。
「お願い、帰らないで。今から出てっても間に合わないよ。」
「でも、朝まで2人きりなんてまずいよ。」
「平気だよ。私、優馬君に全てをあげるつもりだから。」爆弾発言だ。
「僕達まだ高校生だよ。」
「もう17歳だよ。好きな人と結ばれて、どうしていけないの?」
「僕はまだ16だし、こんな経験ないし、困るよ。」
「私だって初めてなのよ。優馬君だからいいの。」
「ごめん、僕はまだそういうことになる自信ないんだ。朝まで何もしないと約束してくれないと泊れないよ。」
「何か反対みたいだね。普通は女の子が云うセリフみたい。きっと、優馬君は私のこと、そんな子だと思ってるんだね。こんなこと、絶対他の男の人にはしないのに、優馬君とただ一緒にいたいだけなのに、何か酷いよ。」彼女は泣き出してしまった。
「ごめん、今日会うまではミノリンがこんな積極的な子だとは思わなかったから。」
「当り前でしょ。私はほんとにずっと独りで、優馬君だけが心の支えだったんだから、もう手放したくないの。ずっと傍にいたいの。愛してるの。」もう泣き喚く様な口調だった。
「分かったよ。疑って悪かったよ。一緒に寝よ。」又も僕は折れた。
「じゃあ、お風呂の用意するね。」すぐにあっさり泣き止んで、元栓を捻ってからお湯を溜める為に風呂場に入った。
「お風呂はいいよ。」ちょっと大きめの声で云ってみたが、
「寒かったから、ちゃんと温まってから寝た方がいいよ。優馬君の着替えも準備してあるから、ね。」風呂場から出て来てそう云うと、下着とパジャマを出して来た。もうそれって、完全に計画的としか思えない状況だった。
「そんなに僕のことを思ってくれてるんだ。」
「そうだよ。愛してるんだから。お風呂は先に入ってね。うちのお風呂は小さいからすぐ溜まるし、もうぼちぼち行って、冷めないうちに入って。」
「先入るけど、後から入って来ちゃ駄目だよ。」正直、凄く恥ずかしかった。
「狭いから入らないよ。どうしてそんなこと云うの?」
「今日のミノリンなら、やりかねないからさ。」
「大丈夫だよ。優馬君が入ってる間にお化粧とってるから。」風呂場が大きくて化粧してなかったら、本当に平気で入って来そうな気がした。だから、入るには入ったけど、落ち着いてゆっくりはしてられず、さっと体を洗うと、少しだけ湯船に浸かって上がった。そして、用意してくれた下着を急いで付けて、パジャマを着ようとしていると、彼女が入って来て脱ぎ出した。僕はもう焦って下だけはくと、上の方を持って脱衣所から出た。そのせいで、元着ていた服装は中に置き去りになった。つまりは、逃げ出し防止の為の作戦だったのかもしれない。着替えと元着ていた服装とはわざと離して置いてあったし、実際彼女は、僕が服を回収出来ない場所で脱ぎ初めていたのだ。もう完全に観念するしかなかった。ダイニングは湯冷めしない様にしっかり暖房が効いていたし、とりあえずキッチンの横にあったソファに腰かけた。正直、大人しい美野里しか見ていなかったから、舐めていたんだなと反省したりもした。もう過激な展開にならない様に祈った。
お風呂から上がって来た美野里は、化粧がとれていて、少しショートカットにはなっていたが、見た目大人しそうな女の子に戻っていた。
「やっぱりミノリンはその方がいいよ。」
「ありがとう。ねえ、何か飲まない?お料理辛かったから、喉渇いちゃった。」
「そうだね。何でもいいから、何かもらえたら嬉しいな。」
「遠慮なんかしないで。缶チューハイもあるよ。」
「未成年が、それはいけないんじゃないかな。」
「少しくらいは平気だよ、半分こしよ。」
「本当にそれは止めとくよ。お茶かジュースにしようよ。」
「分かった、優馬君がそう云うならジュースにするよ。」ペットボトルのジュースを、2人でソファに座って、コップに1杯づつ飲んだ。その時も少し僕に寄りかかる様にして来た彼女に、これからどうなるんだろうと思っていると、
「疲れちゃった。寝よ。」美野里が戸を開けて導いた寝室は、キッチンよりも暖房を効かせてあった。良く見ると、キッチンの暖房はいつの間にか切られていた。気が付かなかったことからいって、タイマーで知らない間に切れたのだろう。既に室温が下がり始めていた。寝室は、枕元の明かりでほのかに照らされていて、多分美野里のらしい明かりの点いてるベッドと、それと1メートルくらい離したもう1つのベッドがあった。
「そっちのはお母さんのだから、使わないで。私のベッドで一緒に寝よ。」やられたと思った。徹底的に僕と密着したいみたいだ。駄目と云われたベッドや蒲団を勝手に使う訳にはいかないし、ベッド以外には蒲団や毛布はなかった。しかもこっちの方もタイマーだったのか既に暖房は切れていた。床はフローリングのままで、カーペットは敷かれていないので、冷えて来るのは時間の問題だ。初めのうちは躊躇していた僕も、少しづつ温もりの誘惑に惹かれて来て、
「何してるの?風邪引いちゃうよ。早く入って。」と、蒲団を開けて待っている彼女を無視出来ず、ついに同じ蒲団の中に誘い込まれてしまった。カラオケ店で既に体をすり合わせていた分、抵抗も減っていたのかもしれない。
「そんなに僕に蒲団くれたら、ミノリンが寒いんじゃないか。」
「寒いよ、もっとくっ付いて。」明かりを消した為、真っ暗な中で彼女と2人きりで、しかも1つの蒲団の中で密着していた。
「ミノリン、恐いね。どこまでやる気なんだい?」
「キスして。」天井を向いている僕にせがんで来る彼女は、こっちを向いてる様だった。彼女の右手が、僕の胸に置かれてた。更に左手が、催促する様に、僕の右の上腕辺りを突っついて来た。
「ミノリン。今日は成り行きでこうしてるけど、もうこんなこと止めて欲しい。」彼女の左手の動きが止まり、何の反応もなく、何も云わなくなった。しばらくして、すすり泣く声が聞こえて来た。僕も辛かった。2人きりで、1つのベッドの1つの蒲団の中で、クラスの女子と密着するという特異?な状況だ。それも決して嫌いじゃなく、どちらかというと好きな子で、愛しているとまで云われているのだ。この状況で何もしないでいるのは普通じゃないのかもしれない。しかし、僕は何も出来なかった。真奈美さんの笑顔が浮かんでいた。キスをしてしまったら、その瞬間にその大事なものを失う気がして、彼女に背を向けた。そんな僕に、彼女は後ろから抱き付いて来て、ずっと泣いていた。その心の痛みも伝わって来て、僕の目からも涙が溢れていたが、疲れていたのもあって、いつの間にか眠っていた。
翌朝、目覚めた僕にも美野里はキスをせがんで来たが、結局拒み続け、泣いて引き止める彼女を残し、マンションを飛び出した。すぐに彼女から着信があったが、無視した。すると今度はメールが来た。『戻って来て(泣)』。それも1度見た後返信もせずに、電源を切った。後ろ髪を引かれるのを振り切る為に、心を鬼にして帰ったのだ。これが僕の、世にも奇妙な初デートの全容だ。
好きな人が辛い思いをしている時、その心を救ってあげられなかったら、重苦しいですよね。自分に出来る最善を必死で探すけど、なかなか正解を見つけられない。そもそも1つの決まった正解なんてないのかもしれません。よりよい未来を切り開く為にはどうすればいいでしょうね。ま、何はともあれ、こんな話しにお付き合い頂きありがとうございました。尚、この物語はフィクションであり、実在の個人及び団体等とは一切関係ありません。




