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真奈美の試練

 同じ世界で同じ時、同じところにいて同じ風景を見ていても、その瞳に映る世界は微妙に違って見えているかもしれません。感じ方、想いは人それぞれですからね。この章では、その視点を又別の人物にしてみました。果して、彼女から見た景色はどうでしょう?

 私の名前は、月岡真奈美つきおかまなみといいます。大宮学園高校2年A組で、部活動はパワーリフティングに所属しています。家族は、祖父母、両親、兄と弟の7人家族です。男兄弟に挟まれたせいか、少年漫画やアニメが大好きで、将来の夢は、得意の英語力を活かして日本のアニメ文化を世界に広める仕事がしたいと思っています。確かに既に日本アニメは世界の広い範囲で受け入れられ、広まっていますが、これからまだまだその需要は増え、きっと私が活躍出来る場所は無限に近くあると思います。今はまだ自分の可能性を探っている段階で、その中の具体的な何という事まで絞れてはいません。ただ、早く自立したい。自分の人生は、自分で切り開きたいんです。だから、先日勝ち取った、パワーリフティングのサブジュニア女子57キロ級での世界大会出場権には、誇りを持っています。

 「月岡さん。」それは6月も終盤に入ったある日の午前中の休み時間のこと、同じクラスで同じパワー部の三田村淳君でした。

 「パソコン持ってるよね。確か前に買ったって云ってたもんね。」

 「うん、バイト頑張って買ったんだ。」

 「じゃあ、ネットも出来る?」

 「もちろん。出来なきゃ買った意味ないからね。」

 「これ、去年のチェコ大会の時の見方が書いてあるんだ。」そう云ってメモを渡してくれました。

 「去年の世界大会の動画があるって云ってたやつ?」

 「そう、その手順で検索して行けば、動画見れるはず。実際試しにやってみたから、途中で解らなかったら、電話でもメールでもしてくれたら教えるから。」さすがパワー部1の優等生三田村君は頼りになります。

 「ありがとう。嬉しい。見てみたかったんだ。世界大会ってどんな感じか。きっと、国内の大会とは比べ物にならない程緊張するんだろうなって。その様子が予め分かってれば、少しは覚悟も出来るし、メンタル面にプラスになるよ。」

 「そうだね、雰囲気に飲まれない様にすれば、月岡さんならメダル狙えるし、頑張ってね。月岡さんは、我が部の誇りだから。」

 「うん、ありがとう!みんなの声援をしっかり胸に受け止めて行くね。」

 「あ、あのそれと、今日の練習もちろん出るよね。」

 「世界に向けて、どんどん力付けないといけないもんね。」

 「ごめん、俺、今日ちょっと用事があるんだ。」

 「そう、分かった。滝先生と藤堂先輩に伝えとくね。」彼は、将来ミュージシャンになる夢を持ってるらしく、私も1度彼が路上でギター弾いて唄ってるのを見かけたことがあるんです。だから、用事と聞いてふとそれの関係と思いました。同じ競技をやってても、将来の夢とか進む道は様々です。私が自分の夢実現の為に、英会話教室に通ったり、バイトしたりするのと同じで、みんなそれぞれ頑張ってるんだなと思いました。だから、仲間として理解して応援してあげたいんです。私達パワー部の2年生は、彼と私を入れてたった5人だけしかいないから、共に励まし合って、切磋琢磨する貴重で大切な仲間同士なんです。お母さんと同じプロレスラーを目指している倉元君も、兎に角強くなりたいと世界大会出場を目指している坂下君も同じ仲間だし、ただ1人同性の同学年部員園香とは大の仲好しです。入部当時全部で5人いた女子の中でたった2人残った園香と私は、クラスも一緒で、お互い何でも相談し合える大親友と云っても過言ではありません。

 それは、三田村君に世界大会の動画を見る為の手順のメモをもらった日の昼休みのことです。私はいつも通り、園香と一緒にお弁当を食べようとしていました。

 「へえ、今日のはピアノの鍵盤だね。」

 「今日はシンプルにまとめてみました。」少しおどけた口調で微笑む園香は、いつも通りさりげなく開けたお弁当を、私の方に向けて見せてくれました。園香は茶目っけのあるところがあって、毎日の様にお弁当の飾りに工夫を凝らして来るんです。いつも私としか食べないから、ほとんど私しか見ないはずなのに、楽しいからってお弁当を飾って盛って来るので、

 「ほら見て!三田村君、今日の園香のお弁当。」せっかくなので、私はそれを1度取って、決まって仲間の三田村君に見せてあげるんです。すると、

 「あ、ほんとだ、今日も凝ってるね。」ちょっと大袈裟かなと思うようなリアクションで応えてくれました。恒例になった私の行為に、彼もすっかり心得てくれているみたいです。私はそれで充分満足して、園香のところへ戻ってお弁当を返しました。園香はそれをにっこり笑って受け取ると、私が席に着いてお箸を持つのを待ってから、合わせる様に一緒に食べ始めました。

 「ねえ、どうして園香は三田村君と話さないの?」誰とでも分け隔てなく話す彼女なのに、何故か同じ部の三田村君にはよそよそしいんです。だから、それもあって私はせっせと彼女の作品を三田村君に見せに行くんです。少しでも仲間同士のコミュニケーションを活性化させたいから。この2人だけのランチタイムも、私の押しで園香が折れてくれたものなのかもしれません。人見知りというのとどう違うのか分かりませんが、私は人の好き嫌いが少し激しいのかもしれないし、仲間とそうでない人との区別は確かにしてるな、って自己診断してます。園香は大人で、そんな私に上手く合わせてくれているみたいです。

 「園香は、いい先生になるね。」

 「何、急に。」

 「え、何となくそんな気がしてさ。」

 「ふーん、あ、ところで今日なんだけど、私ちょっと用事があるんだ。」彼女の場合は、きっと音楽教師になるのに必要な用事なんでしょう。ただ、

 「分かった。云っておいてあげるけど、園香もか。」単純に思いました。

 「えー、他にも誰か練習休むの。」

 「三田村君もさっきそう云って来たんだよ。」

 「そうなの。ところでさ、その後坂下君とどうなの?」え、どうして急にその話しなのか?と思い、

 「どうって、何でもないよ、全然。」と、とぼけました。本当はほんのちょっと気になり始めてたから、ちょっとどきっとしたんです。

 「ふーん、でも何となく分かるでしょ。坂下君が真奈美に気があるなって。あ、又あの子だ。」私達がお弁当を食べていたのは、廊下側の後ろの戸の近くの席なんです。

 「あの子って?」

 「ほら、坂下君が以前国島君と言い争いになった時、そのきっかけになった佐伯美野里って子。」

 「じゃあ、聞かれたんじゃない、今の。もう、園香、その話しする時は声のトーン落としてよ。」私はその時、何となく胸騒ぎを感じました。その佐伯さんに聞かれたことが、何か心に引っかかったんです。園香も、私が気にしているのを感じてか、すっかりその話しをする空気ではなくなって、その後は静かにお弁当を食べました。食べながら私は、坂下君のことを考えていました。正直云って、東北に行ってから坂下君のことを考えることが多くなりました。好きなのかな?本当は自分でもよく分からないんです。元々は仲間の1人として見ていたし、園香に指摘されるまでは特に意識したことはなかったんです。私は将来の夢に向かって一杯やりたいこと、やらなくてはいけないことがあります。実際、金曜には英会話教室があります。土・日は大会の遠征費を稼ぐのに、アルバイトがあります。勉強や宿題などの提出物をおろそかにすることは出来ません。それに今は何よりも、パワーリフティングの記録を伸ばしたいんです。恋愛感情に溺れて、それらの大事なことを見失うことが怖いんです。ただ臆病なだけかもしれないとも思います。でも、パワー部のみんなは、坂下君に限らず大切な仲間なんです。意識して不自然になったり、ぎくしゃくするのはやっぱり嫌なんです。

 「こんにちは、坂下君。」放課後部活に行って、私はいつも通り笑顔で云いました。

 「こんにちは。」坂下君も普段通り笑顔で返してくれました。私は、そんな爽やかで明るい毎日が好きなんだなと改めて感じました。ところがです。

 「あれ、真奈、三田村と園香は?」

 「2人とも、今日用事があるんだって。」

 「2人してか?」

 「違うよ。それぞれ別々の用事で休むって云って来たんだよ。」

 「それは真奈が勝手にそう思ってるだけなんだろ?」

 「えっ?どういうこと。」倉元君が何を云おうとしているのか分かりませんでした。

 「あいつら、とうとう2人一緒に休みやがったな。」

 「えっ、まさかデート?」

 「ずっと、あいつら怪しいと思ってたんだよな。」

 「でも、2人ともそんなそぶり全然見せないよ。今日は偶然じゃないの?」

 「そこがあいつらの上手いとこなんだよ。携帯とかでも、周りに勘付かれる様な手段では、連絡を取り合わない。1度失敗したら、もう2度失敗しない様に工夫するみてえだしな。さすがの俺も一時は勘違いだったかなと思わせるほどの徹底ぶりだぜ。」

 「えっ、どういうこと?」

 「百花が三田村のこと好きだったの憶えてるだろ。」

 「でも、元田さんは諦めてパワー部辞めたんじゃあ。」

 「いや、あいつら3人とも1年A組だったから、あの後もクラスで睨み合いがあったらしいんだ。て云っても、攻撃的だったのは百花の方だけだけどな。」

 「え、そうなの。」

 「そんで、あいつは人の携帯までチェックして、三田村と園香が連絡取り合ってることを嗅ぎ付けたらしい。」

 「で、どうして倉元君、そんなこと知ってるの?」

 「1年A組だった中に、今俺と同じC組でお喋りが1人いるんだよ。」

 「それって、もしかしてバレー部の・・・」戸倉弥生とくらやよい。親がテレビ局に勤めているらしい、背の高い運動神経抜群の子です。1年の時は、体育の授業で、何かと私のライバルだったので印象の強い人です。

 「ああ、ミスゴシップと云われるあいつに掻き回された人間は数知れずだから、俺も鵜呑みにはしてなかったんだ。でもな、そういう環境にいたあいつらだから、用心する様になったのは頷ける。」

 「どうやって連絡取り合ってるんだろう?クラスでも話してるの見ないし、家の電話かな?」

 「いや、それもないと思うぜ。これも弥生からの情報なんだが、園香の家は異性関係にうるさくって、とても男子からの電話を受けられないらしい。」

 「うーん、なら園香が公衆電話から、三田村君の家にかける。」

 「なるほどな。真奈、それあいつらに教えてやれよ。」

 「やだ、人の恋の手助けなんて、密会の手伝いなんてさあ。仲間に内緒で付き合ってるなら、何かやだな。」

 「まあ、教えたところで実行しないだろうけどな。園香の家は門限厳しくて、三田村が自宅にいる頃には、園香は大概家にいるから不便だろう。それに、夜のうちに決めても、翌日事情変わった時に対応しきれないし、息揃えて部活休んで待ち合わせるには、もっと直前で確実なやりとりがあるはずだ。」

 「じゃあ、どうやって待ち合わせとかするんだろ?」

 「あいつらだけの暗号の様なやりとりがあるはずだけど、真奈、何か心当たりはねえか?」

 「心当たりって、そんなのある訳ないじゃない。」

 「そうか、よく考えてみな。何か不自然なやりとりで、かつ毎日の様に確実にやってることはないか?」

 「毎日の様にやってることねえ?そんなのあの2人にあるかな。私が間に入ってることならあるけどさあ。」

 「真奈が間に入ってるって、何だそれ?」

 「いやね、園香が毎日の様に凝ったお弁当作って来るんで、私がそれを三田村君に見てもらってるの。」

 「それだ。もっと詳しく教えてくれ。」そこで詳しく話しました。すると、

 「それで間違いないだろうな。初めは真奈の云う通り、園香の純粋な茶目っけだったのかも知れねえけど、真奈が嬉しがって三田村に見せる様になって、その習慣を利用するようになったんだろう。弁当には必ず音階みたいなものがあって、更にある音のところに印があった。」

 「うん、そうそう、確かにあった。音楽好きな園香らしいと思ってたんだ。」

 「実は、”ド”なら会えるとか、”レ”なら今日は無理とか、予め決めてあったんだろうな。実際は、場所や大まかな時間とかも決めてたかもな。」

 「でも、お弁当入れるのは普通家出て来る前でしょ。」

 「しかも、その音の印だけは直前に簡単に移動出来た。」

 「あ、そうか。その通りだよ。えぇ、じゃあ私はその連絡に知らないうちにまんまと利用されてたの?」別に、誰が誰と付き合おうと自由なんだけど、この場合は何か違いました。同じ仲間だと思っていた2人に騙されていたことに加え、利用されていたことが凄くショックでした。大親友だと思っていた園香に裏切られた様な気分にもなったし、何も信じられなくなりそうでした。

 そして、その日1番の悲劇はそれとは別に、その後の練習中に起きました。それは、デッドリフトの自己記録に挑戦していた時でした。私はいつも通り、少なくともそのつもりで渾身の力で、床の上のバーベルを持ち上げかけた瞬間です。ズキっとした腰に痛みを感じたかと思うと、今までに経験のない違和感を覚えたんです。

 「月岡、大丈夫か?」すぐに滝先生が駆け寄ってくれました。少し遅れて藤堂先輩や坂下君、倉元君も集まって来てくれました。初めはそれほどには大袈裟なものではないと思ったんですが、とても練習を継続出来る状態ではありませんでした。すぐに練習を中止して、保健室に連れて行かれて、湿布を貼ってもらいました。少し落ち着くと歩けない程ではなかったので、さっさと着替えて帰宅し、先生に云われていたので、早速お医者さんに行きました。診断の結果は軽いヘルニアでした。先生に報告すると、パワーリフティングはしばらく休むようにということです。世界大会まで後2カ月余りという時に、何てことでしょう。悲しくて、涙が止まりませんでした。お医者さんから帰宅してからも、せっかく教えてもらっていた去年の世界大会の動画を見る気にもならないで、考え事ばかりしてしまいました。倉元君の云ったことに始まり、三田村君と園香のこと、そして坂下君のことです。”みんな仲間”そう思っていたのは私だけで、ただの1人よがりなのかって思いました。気になる異性として坂下君に会いたいとか、彼に慰めて欲しいとか、今まで気付かなかった気持ちが自分の心の片隅にいました。こんな時にもし、彼からお見舞いのメールでももらったら何て返信しようかなんて考えたりもしました。怪我での落胆と様々な想いが重なって、自分らしさをすっかり見失った、この夜の私でした。

 翌朝、「私だって、女の子なんだよ。馬鹿にしないでよ!」って叫びながら園香の頬を思いっきり引っ叩いたところで、目が覚めました。遅れていた女の子になっていました。

 まずは、ありがとうございました。さて、人にはそれぞれ事情があり、様々な制約の中で生きていますよね。その制約のせいで、本来仲よかった人と上手くいかなくなったり、信頼関係が壊れたり、そんなことはありませんか?生きること。出会った人を大切にすること。愛する人を守ること。全て上手くいけば云うことはないんですが、現実は時に意地悪ですよね。尚、この物語はフィクションであり、実在の個人及び団体等とは関係ありません。

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