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星から出でて、俯瞰を手に入れられたとでも思い上がったのか――
「魔法使いの次は宇宙人ですか」
「次じゃあない。初めから宇宙人が魔法使いだ。宇宙のどこからか、地球までやって来るのも魔法の力ってヤツだ」
服や物に魔法をかけて綺麗にしたり、思い通りの物に変えたり、人を深い眠りにつかせたりと、村山は魔法なんて童話やマンガの物だと思っている。ただ、得体の知れないモノを相手にした経験から考えると、もう何が出てもおかしくはない気もする。
だからと言って宇宙人は……
「魔法使いという云い方も、向こうが云い出したことだ。まあ、それが一番しっくりくる。あいつらの正確な呼び方は俺たちからすればやっぱり、宇宙人が正しい」
「デルシェリムさんが宇宙人だと? でも、警視や滝川警部も魔法使いなんですよね。宇宙人って――」
「俺は一応、地球人だ。ただ、少しだけ宇宙人の血が入ってるってだけだ。遙か彼方の大昔に、少しだけな」
「う、宇宙人と交配できるんですか?」
そもそも地球外生命体ならば人間に宇宙人の血を分けることが出来ないはずだ。犬と猫では自然には子供が作れないように、人間だって他の動物と自然に子供は作れない。
確か塩基がどうのって記憶しているが。
「元々人間は宇宙人、魔法使いをベースに作られた実験体だ。云ったろう、俺たちはモルモットだって。ただ、実験用に作ったものの、情が移って人間に荷担した魔法使いが居たそうだ。その子々孫々が俺達って事だな」
車に警察官三名、職業不詳の男一名、正体不明一名を乗せてひた走る。東都の外れ、高規格道路に乗ってどんどんと都心から離れて行く。この道が弓張の実家に続いているらしい。
「モルモットって。じゃあ山梨和世が死んだアレも、真珠も、昨日の肉の塊も宇宙から来たとか云う魔法使いがやったって云うんですか」
「いや、多分地球生まれの人間。人間の魔法使いがやったんだろうな。宇宙人側の魔法使いに聞いたところ、向こうで使われている術式とは違うものらしい。そうだな、使っている型が違うとでも云えば分かり易いか」
「わかりませんよ」
童話や漫画に出てくる魔法に型があるのだろうか。村山はあまりゲームをしないが、流石にゲームに出てくる魔法や不思議な力が攻撃や防御、補助や回復に用いられているのは何となくわかる。だが、それ個々に型などと言うものが有るのかどうか知ったことではない。しかも童話やマンガ、ゲームの話ではないと言い出す。
「俺は神道系の術式体系だが、まりねは仙道系の術式らしい。ガヤはなんだった」
「あ、ああ? 俺? 俺は師匠があちらさんだから、向こうの術式体系を組んでるな。自分で使うのは殆ど自己流だけどな」
「三人で俺のことバカにしてませんか?」
ふと、コレは俗に言う新人いじめではないのかと思いつき、村山はそう口にしたのだが、
「お前をおちょくる為に人なんて殺さねぇし、遺体を弄ぶような事はしない」
「……」
景色が村山の知っている東都からかけ離れて行く。三十分程しか走っていない気がするが、それでも東都の中心部から徐々に外れて行っているらしく、外を眺めれば山や森が目に付く。田園風景が広がるような場所ではないらしく、山々の間を高規格道路が貫いていて隣の州に向かっているようだった。だが、村山の予想は外れ、東都内の小さな町で高規格道路を降りてしまった。
山と山の間に家々が点在している。道のような線が見えるだけで、正直緑色の方が多いので人が住んでいるのか疑わしく思うのだが、そんな場所に高規格道路の、高速の降り口が施設されているのだ。国も何を考えてこんなド田舎に降り口なぞ作ったのだろうか。
普通なら国道や国道付近に作られるであろう高規格道路降り口だが、村山が見た限り、看板には都道と記されていてどう考えても政治屋の口添え道路なのだろうと思ったのだ。
胡散臭い人間が運転する車で、胡散臭い道路を通って、胡散臭い話をされて、胡散臭い上司の実家とやらに向かっている。
宇宙人や魔法使いなどよりも、上司と上司の実家との関係の方が心配だ。これで着いた矢先に帰れなどと言われた日にはどうすればいいのだろうか。
だがそこからが長かった。延々と山道を走り続け、一時間も山間部をキャブワゴンタイプの車で走った。どんどんと山に分け入っている気がしてならず、上司の実家が不安になってきた頃、四輪駆動のキャブワゴンが減速して、停止した。
一番初めに車を降りたのは意外のも蛭ヶ谷だった。普通なら弓張が行くべきだが、どうにも降りたくないらしい。
上司が降りないのだが、ここが目的地ならば降りても問題ないはずである。スライドの扉を開け、村山が降り、続いて真珠と滝川が降車した。弓張は一向に降りる気配がないものの、蛭ヶ谷が荷物も降ろすように指示してきたのでこの場所が弓張の実家らしい。
アスファルトの路面が丁度途切れていて、道路の正面には休工中の看板が立っている。長年放置されて錆びてしまっているのだが、放置された経年を感じさせる。
ここまでアスファルトで道路が引いてあると言うことは、ここまでに意味があったのだという事なのだろうが、その敷設理由が、弓張家が見あたらない。
「警視の実家はどこに……」
「信じる者だけがたどり着けるんだよ」
どうしてか降りてこず、弓張は車の窓を開けたままそんなことを言い出した。哲学的な言い回しをしても面白いとは思わないのだが、どうにも難しい顔をしてそんな事を言うものだから、村山はやはり上司のことを不審に思いつつ眺めた。
「お前が信じないって顔をしてるから教えてやったんだ。ちなみにマジで云ってるからな」
「そんなわけ――」
「ああ、それとガヤ。鍵寄越せ」
「は、なんで」
「忘れ物した。村山に運転させるから問題ないだろう」
「えっ! 俺が運転して戻るんですかっ」
唐突にふざけた事を言い出す上司だったが、明らかに実家に戻るのを避けているのが解る。車から降りずに窓を開けて話しかけてきたのもこの辺りを踏みたくないと言う想いの表れだろう。実際、蛭ヶ谷がなんのかんのと言って降りるように促すものの、断固として降りようとはしない。
「ガヤ、お前は入り方知ってるだろ。まりねと真珠を連れて先に行け。こゆりを忘れた」
「お前な、そりゃあ酷いだろう」
「うるせーな、さっさと行けよ」
「……」
最初は嫌な顔で固定されていた蛭ヶ谷だったのだが、どうにも表情を崩さない頑なさに、どうしてか納得らしい。なんで納得できるのか解らないが、兎に角、上司を連れて戻らなくてはならないらしい。面倒なことこの上ない、それに村山は今来た道をそれほど覚えてはいない。
嫌な顔をしたまま村山に鍵を投げて、蛭ヶ谷が歩き出す。向かった方向は休工看板の方ではなく、藪ばかりのような場所で、良く足下を見ると獣道の様な細い土色の小径があった。一見しただけでは絶対に見落とすであろう道。村山は見落としたが、弓張や蛭ヶ谷はその存在を知っていたらしい。
「ああ、そうだな。真珠、気を付けろよ」
「わ、わたくしもお兄様と一緒が――」
「悪いがお前まで守れる程の能力が俺にはない。悔しいが俺の家にはまあまあ使えるヤツらが居るから安心して待ってろ」
車に乗せろと弓張に直訴したところ、真珠はダメらしい。そして実家にいる人は上司にはなにやら悔しい人間だそうだ。どういう過去があって実家の人間を『悔しい』などと言うのか理解出来ないが、村山的には魔法使いを信じるよりは幾分簡単だろうと、至極簡単に考えていた。
「おい、お嬢ちゃん。いくぞ」
「ふぇっ」
滝川の荷物を持った蛭ヶ谷が真珠を呼ぶ。足は既に土色の小径に踏み出していて、戻る気はさらさら無いようである。
逡巡の果てに真珠は怒られることを回避して蛭ヶ谷の後を追うことにした。真珠が付いてこないならば村山は安泰であるが、上司を上手くコントロール出来る自信はなく、ある意味で悩みのタネは一緒だった。
わざとタヌキを忘れてきたのではないのかとも思ったのだが、どうにも上司の顔色が悪い。意外にも本気で忘れたのではないかとも思えたのだが、蛭ヶ谷と真珠、滝川が藪の中に進んで姿が見えなくなると顔色が悪いまま弓張が言う。
「道解らないだろうから俺が途中まで運転する。お前は黙って乗ってろ」
「……それじゃあ俺が行く意味無いんじゃあ――」
「いや。お前の装備調達も兼ねる」
「装備、調達?」
警察官ならば体が資本である。そう言ってやりたいのだが、なんなら昨日の肉と接近戦をやれなどと言われれば断固拒否したい。この言に関しては上司の弓張も同意してくれるであろうと村山は思っているのだが、警察官がどういった装備を調えて得体の知れないモノや神出鬼没な三島に対抗しようというのか。
横着して降りることなく助手席から運転席へスライドした上司を眺めつつ、助手席の扉を開けて村山は乗り込む。
シートベルトを締めて弓張に鍵を渡し、知らない道の運転を任せることにした。
ギアをバックに入れてアクセルを踏んだのだが……
ガガガガガガリッ
「……」
「……もしかして、警視運転下手ですか」
「あはー、デカイ車は苦手でさー」
明らかに悪びれる様子もなく、蛭ヶ谷の車を道路脇の樹木に思い切り擦り当てた。絶対に悪ふざけで当てたのだろうが、これでも立派な事故である。警察官ならば見逃してはならないのだが、上司曰く蛭ヶ谷の車だからノーカンらしい。誰の車であっても単体事故であればちゃんと届け出るように。
何度か切り返しで木々に当てたような気がするがこの際どうでもよい。問題は嬉々としてハンドルを取り回す上司の方である。
「み、道教えて貰えれば俺が運転しますって……」
「え、そうだな。面倒だし替われ」
上司に運転させて進んだのはマイナス三メートル程度で、下手をすれば街に着く頃には日が暮れる。ふざけた理由で戻るのだから安全が確保されるのなら急いだ方が村山の身の為である。
絶対に降りる事を拒絶し続ける上司はもうそう言うものだと認識して村山は一度助手席から降り、運転席側に回り込む。無論上手くスライドし直して上司は助手席側に居た。
「変なところで器用なんですから運転くらい上手くやって下さいよ」
「まあ、俺、大型免許も持ってるんだけどねぇ」
「メチャクチャわざと当ててるんじゃないですか」
タヌキの為にわざわざ戻らないとならないことが苦痛で仕方ない。ただあのタヌキの有用性は一応知っていつもりだ。靴を集めていた得体の知れないモノを退けたのは他でもないあのエセタヌキだし、力が出なかったとは言っていた気がするが、肉の塊とも戦えていたのは上司の弓張ではなく、やはりエセタヌキの方である。
そんな大切なタヌキが居ないにも関わらず、どうして上司は平然としていられたのか理解できない。
昼間だというのに山間部の道は両脇に木々が生い茂って暗く、舗装されて久しいのか路面の状態も良くはない。そんな道を両手でしがみつくようにハンドルを持った村山が苦心して運転していたのだが、上司は横で背もたれを倒してくつろいでいる。良くこんな悪路でくつろぐ気になるものだと呆れ半分と、ある意味で尊敬の念を抱いた。おそらく上司はどんな場所でも眠れるような強心臓を持っているに違いないのだから、尊ぶ程に羨んでも良いはずである。
「あの、タヌキを忘れたって云うのはわざとですよね」
「……半分な」
気になる言い方をしたのだが、気にしないことにした。タヌキを忘れたことが故意である事が分かったのだから村山にはそれだけで十分である。
どうしても実家に行くタイミングをずらしたかったのだろう。どうにも蛭ヶ谷は弓張の実家に来たことが有るようで、弓張は蛭ヶ谷に実家への説明をさせるつもりなのだろう。その後に実家へ戻り、説明をした蛭ヶ谷からの頼みという事にして自分は仕方なく訪れたことにする。上司の思惑としてはそんな所だろう。
とことん実家を毛嫌いしているらしい無駄にプライドの高い上司をどう扱ったらら良いものか村山は困ってしまうのだが、結局この上司は他人が扱えるような人間ではないので好きにさせるしかないだろう。
上司に指示された道を走る。来た道を戻っているのだが、蛭ヶ谷が走っていた速度よりも幾分早いので村山としては急く気持ちに実感が伴ってくるので幾分か気分が楽になる。
来るのに一時間半は要した気がするのだが、村山が運転して同じ道を戻るのに一時間程で済んだ。ただ弓張が東都都内の繁華な街にたどり着いてすぐ、指示した場所は統括第一警察署では無かった。タヌキを警察署で見なかったので自宅に置いてきたのだろうとは思ったのだが、どうにも車を止めるように言われた場所は民家の有りそうな場所ではない。
正直、野郎二人で訪れるには少々気まずい場所である。淫靡な蛍光色のネオン管が誇張するように形を成し、店であることを主張していて、その店々に出入りするのはどうにも落ち着きのない男性ばかり。それも他人と目を合わせないようにこそこそと、それほど広くない道を往来しているので、逆に彼らの中で堂々と直立した二人が浮いていた。
「あのぉ、タヌキがここに居るんですか」
「居るわけ無いだろ」
大通りに面したコインパーキングに擦り傷とへこみを増した蛭ヶ谷の車を駐め、こんな怪しい場所まで歩いてきたのだが、目的のタヌキは居ないと断言する上司。なんの為に訪れたのかわかったものではない。
アイスの木の棒を咥えたまま上司が狭く淫靡な道を征く。どうにもその姿を見て他の男達が恐れたらしく、近寄らないように路肩に体を寄せ、祟られぬ様に避けていく。
スムーズな進行のおかげでまだ午後三時で、ここに居る男達の職業を片っ端から問うて見たくなったが管轄違いなので止めておこう。ここは中央管轄の統括第二警察署所管である。村山達が所属する統括第一警察署本部長の小太り――小結が最も嫌う第二警察所管内で越境行為は許されない。
こういう怪しげな場所にどういった者が集まるのかは何となく理解しているつもりだが、その人間の何人が法に背いているのかなど解りはしない。越境してまで職務云々とは言えない状況下にあるので無視する以外にやることはない。
後ろ暗いのか単純に他人に対する忌避からか誰もが俯いたまま通り過ぎる。まだ明るいというのにネオン管が爛々と通電し続けている様はどうにも村山には理解しがたい。そういう店ならばもう少し深い時間に開店して然るべきであろうに、どうにもこの辺りの店は「許可」を得た店には思えないのだ。
「こっちだ」
「はあ……」
弓張に呼ばれてそそくさと狭い通りを歩いていくと、どこかの裏口とでも言うような古めかしい汚れた扉があった。扉は一見すると木製のようにも見えるのだがどうにもそれはプリントされた木目のようで、異音を立てて開く。ドアノブを握った弓張は躊躇いなく中に入って行く。
上司の背を追う以外に村山には選べる選択肢はない。
入ってすぐに上司が突っ立っていた。入ったところはどうにも薄暗く狭いようで、入り口に二人で立てば弓張の背中を眺める以外になにも見えない。肩越しに中をうかがってみるが村山の予想通りその先も薄暗くて何も解らない。天井からいくつか垂れ幕のような物が下がっていて顔にかかって鬱陶しいことこの上ないのだが、この場所を維持管理している人間の趣味らしいので勝手に取り払うわけにも行かないだろう。
「よお」
「あら」
弓張の向こう側から艶っぽい女性の声が聞こえたのだが見えない。勝手に入ってきた手前、挨拶しなければ失礼に当たるのではないかと思うのだが、上司はそこから動く気がないらしい。
「式札の補充がしたい。それと、コイツの武器も」
「いきなり入ってきたと思ったら用件だけ? みーちゃんもせっかちなんだから」
「みーちゃん?」
「……」
振り向いた上司の顔は暗がりでよく見えなかったが、あまりいい顔をしていたようには思えない。何たって舌打ちの音が聞こえてから、こちらに振り返っているような状況だったからだ。
弓張は余計なことを言った村山を一瞥した後、正面を向いて奥に入っていく。それに追従して狭い通路のような場所から奥に移動したのだが、村山の眼前には、あまりにも目の毒が広がっていた。
「あら、結構がっしりした良い体つきの男の子ね」
「……」
明かりは裸電球が提げられていて、無機質な灰色をした壁の部屋。いくつか木製の家具が雑然と並んでいる。
そこに、ほぼ全裸の女性。局部を何か小さな白い紙のような物で隠しているだけ、それ以外は肌色ばかり、そんな女性が不敵な笑みを浮かべ、ベッドに寝そべっていた。村山はあまり女性の歳を量るのは得意ではない。だが弓張と同年代くらいには思える。村山よりも幾分か歳を重ねた落ち着きだけを纏って、その豊満な胸を掻き抱いて半身で寝そべっている。
部屋の中央には天蓋付きの赤い、豪奢なベッド。その上にはかなりきわどい格好をした女性が一人寝そべっていて、平然と弓張と会話をしている。もちろん、村山は平静を――
「なんですか、痴女ですか。早く警察に――」
「待て、落ち着け。お前も警察官だ。大体この人は店主だ。ここは店だ、店」
店の店主がほぼ全裸で客を迎えるのはどういう事か、風営法違反か、いやそういう事か。などと納得しかけたところで上司の言葉を思い出す。シキフダ、コイツノブキ。
上司のやる気があるのだか無いのだか良く分からない言葉をずっと拾っていれば、この店がいかがわしい店だと判断しても村山の汚点にはならないだろう。だが、上司の言葉を全てまともな者の言葉として拾った場合はいかがわしい店だとは断定しかねる。
「……魔法、使いですか」
「あら? 一般の子だって云ってなかったかしら、みーちゃん」
「そうだが、さっきほとんど説明した」
「あら、そうなの。この格好も違和感なく受け入れて貰えそうね」
「いや、それはちょっと……」
流石に目の毒である。何をどう解釈すれば女性のほぼ全裸状態を納得して受け入れられるのか。おそらく真面目な上司の顔色からいかがわしい店ではないだろうし、会話の内容からうさんくささを感じても『いかがわしい店』だとは思えなかった。
村山の困惑を余所に、二人は話を続ける。
「連環式札を一つ。木札を十枚、一セット。あと、あの拳銃だな」
「あら、戦争でもするのかしら」
「ああ。似たようなモンだ」
「どこに行ってもみーちゃんはタイヘンね」
「一番の悩みのタネがここで動けないって云うんだから、楽なモンだよ」
「学生時代はいっぱいお世話してあげたのに、酷い云いようね」
「変な云い方しないでくれ」
苦手なタイプが居ないようにも思える上司だったのだが、この女性にはどうにも頭が上がらないと言ったところか。しかも学生時代と言うのだからかなり長い付き合いのようで、それなりに親しい間柄だと思って間違いない。現にどんな言葉であろうとも二人は気分を害することなく話し続けている。単純に歳を重ねて動揺しなくなっただけだとも考えられるが、言いたいことを言う上司を見てきた村山からすればこのやりとりは珍しい光景だった。
まあ、物理的にもだが。
目の前でほぼ全裸の美人が物憂い顔で姿勢を変える。動けば動く程に危ういのだが、そのあたりは本人は自覚しているようで、どう動けば「見えない」のか熟知している風だった。
見えないように見せつける、とでも言おうか。そうやって人の興味や関心を惹いてどうしたいのか全く村山には理解できないが、自身の目の毒に違いないのでその女性から目を反らしていた。
「あら、そちらの子はシャイなのかしら」
にまにまと笑う美人ほど恐ろしいモノはない。そちらの子などと扱われて内心反抗してやりたくなったのだが、ちらとそちらを見やれば、やはりあられもない姿で寝そべっている。直視したくはないのだが、目を見て喋らねば彼女は失礼ではないのかと問いかけるような視線を村山に寄越してくる。
「とも、それくらいにしてくれ。からかうのは無しだ」
「あら、みーちゃんにしてはつれない言葉ね」
「何たって戦争するからな」
「んー、分かったわよ」
半分笑ってからかっていた人が、弓張の言葉を聞いて急に真顔になった。いつも通り上司はなんともしまりのない話し方をしているのに、村山よりも付き合いが長いであろうこの女性が何かを感じ取ったらしい。女の勘というヤツだろうか。上司の態度からも、女性の格好からしても、どちらもふざけているようにしか村山には見えないのだが、これで物事、進むらしい。
「拳銃って云っても三十八口径と四十五口径の――」
「四十五の方だ」
「みーちゃんが使う訳じゃあ無いのよね」
「俺は使わないよ。こいつだ、こいつ」
「どちらが良いかしら」
黙って聞いていたのだが、本気だろうかと村山は困惑する。拳銃など持ち歩いて良いはずがない。警察官だって拳銃携行には細心の注意を――
「ほれほれ」
「んもう。ここには無いわよ、いきなり出せるはずないじゃない」
手をひらひらと振って上司は女性に向かって催促し始める。拳銃をこんな場所で取り扱っているというのはまず間違いなく不法行為である。だが、管轄外だ。それにまともじゃない人間が二人、拳銃の話をいきなり始めたのだから確実にまともな拳銃など出てこないだろう。ちゃんと『取り締まれる拳銃』であるかどうかも疑わしい。
「それで、あなたはどちらが良いのかしら」
完全に話しかけている弓張を無視して、女性は村山に視線を向けて艶っぽい笑顔を向けてくる。故意にそうしていると分かるように、その女性は村山自身をからかって楽しんでいると一目で分かる。
「どちらと云われましても……」
「威力高い方にしとけ、どうせ効かねーし」
「……何云ってるんですか、効かないなら持たなくても良いじゃないですか。そもそも署に戻れば官給品の銃があるのでそれで――」
強ければいいなどと言う上司の言葉に反して、ごく普通に思い至ったことを口にしたのだが、村山の言に不満を抱いたのはその上司ではなく、
「あら、うちの商品と警察の拳銃を同じに見ないでいただきたいわ」
少し困ったような顔をして女性はベッドの上でうつぶせに転がって、両腕を組んで顎を乗せ、まじまじと村山を見上げてくる。
「うちで取り扱っているのは世にも珍しい無限に撃てる拳銃よ」
「むげ、ん?」
「んー、正確にはいくつか制約があるのだけど。まあ、そうね。無限に撃てる魔法の拳銃と考えて貰って差し支えないわ」
世の中どこを探したってずっと撃ち続けられる銃などと言うものは存在しない。弾と火薬と、それを入れておく薬莢。物理的に大量に持って撃ち続ける事は出来ても、無限には撃てない。いつかかならず弾が切れるのだから。
「まあ、向うの魔法使いには効かないと思うけれど、人間の魔法使いになら効くかもしれないわね」
先ほどから聞いていれば魔法使いとやらには拳銃が効かないらしい。それはもう魔法使いとか、宇宙人とか言っていられる様なレベルではない。既に化け物か幽霊の域にまで達するのではないか。化け物相手に口径の大小など何を気にする必要性があるのか。
「もう、どっちでも良いですよ……」
「じゃあ、四十五で決まりな」
「はいはい、用意します。かずあきっ! せいじっ!」
先ほどから女性の言動を見るにあまり大声を出しそうにない人だったのだが、どこかへ向かって大声を張り上げた。誰かを呼んでいるのだろうとは思うのだが、変な線形から入室したため、この部屋の間取りが分からない。彼女が居るベッドの後ろには大きな木製の家具が雑然としていてどこに誰かが隠れていても分からないだろう。
だが隠れていた訳ではなく、家具に隠れた奥の扉から二人男が出てきた。こんな場所には似つかわしくない男が出てきて村山はまた困惑することになる。
「よ、呼びましたか」
「ええ。白鳥の上から二段目、桐の箱に入っている式札と三段目に入ってる木札十五枚。それと黒檀の三段目に入っている拳銃の大きい方」
「わ、わかりました」
見分けの付かない顔をした男二人がベッドを挟んだ向う側でそれぞれ違うタンスに歩み寄って指示されたモノを取り出し始める。指示通りに上から二段目、黒い鳥が描かれた白いタンスを開ける左の男。小さな白い兎が描かれた真っ黒なタンスの三段目を開ける男。
その見まがう程に似た顔をした二人の男、そのどちらも中高生程度なのだ。
「……こ、これで良いでしょうか」
ベッドを回り込んで、二人しておずおずと両手に乗せたモノを彼女に差し出す様はどうにも面白かった。なんせ村山と似たような状態である。二人は女性を直視しないように目を泳がせているらしく、女性の不敵な笑みで気がついた。この二人を使っている理由はおそらく面白いからとか、そういう理由だろう。なんとなく、この目の前で痴態を晒している女性は上司と近しいだけではなく、似たような人間なのだろうと村山は考えに至る。
「うん、よしよし。良い子ね」
完全に子供扱いされているが、二人ともそろいも揃って童顔なのでやはりこの女性に弄ばれるのは必至らしい。何となく、村山は酷く親近感を覚える。
「おい、札が多いぞ」
「良いのよ。戦争するんでしょう、餞別よ」
弓張は嫌そうな顔をして木箱を二つ受ける。
「そう云う言い方すると死ぬみたいじゃねぇか」
「似たようなモノでしょう」
「……」
半分笑って、半分困った様に肩をすくめておどけている。おどけている様に見えて実際はかなり的を射ている発言に文句なしと、それこそお手上げなのだろう。本当に上司の、弓張の扱いを心得ているからこそ出来る話し方だろう。村山には出来ないし、したくもないが。
「そっちの子には拳銃を渡してね」
「は、はい」
おっかなびっくり一人が近づいてきてうやうやしく拳銃を両手で掲げながら差し出してきた。村山の目の前に居るのが『かずあき』なのか『せいじ』なのか解りはしないが、普通なら中高生が手にするようなモノではない拳銃に気後れしているらしい。もちろん、警察学校で五連装のリボルバーを扱ったことは有るのだが、四十五口径のオートマチック拳銃など手にする事になるとは思いも寄らなかった。
早く受け取ってやらねば村山の目の前の彼が可哀想で仕方ない。
それに、一般人の手に拳銃を持たせておける程、村山の職務に対する姿勢は崩れていないと自負している。
「安全装置はかかってると思うけど、気を付けてね。人に向けたりしないで」
村山は誰かに向ける気は全くないのだが、手に持ったからにはどうにも意識してしまう。試しにマガジンを抜いてみるのだが、本当に実弾が装填されているらしく銅色の弾丸と真鍮の薬莢が見えた。拳銃自体のハンマーは起こされていないのでスライドを一度引かなければ弾は撃てない状態だったのだが、遊び半分のおもちゃではないと念を押されたのは理解できた。
同時に、ここはどう足掻いても言い訳できない店だと言うことも。
「流石、警察官。使い方は大丈夫そうね。それはコルト社のM1911A1ね、大戦時に使っていたモノよ」
「大戦時って、四十年前の――」
「違うわ。千三百年前の第一次、第二次大戦よ」
「そんな馬鹿な話……」
千年前の拳銃が使える状態で存在するはずがない。見た目が同じモノでもどうせレプリカだろう。販売権を売却する事も可能だし、今でも古くさい型の拳銃を好んで使う人間も多い。だからと言って村山の手元に有る拳銃が千年前の拳銃などで有るはずがない。物理的な劣化に耐えうるはずがないのだから、それも大戦時に製造されたのなら使用されていて当然なのだから、千年も保つはずは――
「持ち主は特定できているの。貴方が三人目よ」
「……三人目?」
千年前から存在するという拳銃なのに、三人目の持ち主とはどういう事なのか不思議で仕方がない。戦時下に開発されたのなら実戦投入されているであろうモノなのに長期間放置されていたと考えるのはどうにも――
「向うの人たちが大切に集めていたみたいなの。それで、知り合いから買い取ったのよ」
「向うの人たちって云うのは……」
「あら、その話はしてないのかしら」
「したぞ、宇宙人だって」
「き、聞きましたけどそんな話――」
「んー、まあいきなり聞いたら信じられないだろうけど。そのうち馴れるわ」
村山はなんとなくそうだろうとは思っていたのだが、やはり村山の求める説明をしてくれる人間は周りには居ないらしい。皆で一人を騙して貶めるなどと言うことは考えにくいのだが、各個人、皆、説明や回答を忌避している様な気がしてならない。喋ってはいけない部分でもあるのか、核心的な部分など村山には伝える気がないのだろう。そうしなければならない理由があるらしい。
「向うの人たちは人間よりも寿命が十倍くらい長いから、モノを長く使うのよ」
「十倍ですか……」
村山の知る限り魔法使いとやらは数人。弓張、滝川、蛭ヶ谷、
「そう、十倍。同じモノを長く使っているらしいから、古いモノでも残ってるのよ」
彼女は使っていると言ったのだが、村山の手元にある拳銃には傷など一つも有りはしない。
とにかく曰く付きの拳銃とやらを手に入れたのだが、村山は扱いに困る。ただ持って歩く訳にはいくまいと、とりあえずズボンの背中側に突っ込んでみたのだが、意外に拳銃のシルエットが上着に浮き出てしまいこれはこれで目立ってしまう。
なにが悲しくて違法な手段で手に入れた拳銃を背中で見せびらかさなければならないのか。仕方ないので抜き、右手で取りやすいように右腰に突っ込んでおくことにした。
なんとか上着を密着させないように意識して銃の形が浮きでないように気を遣う。
村山が手渡された拳銃と格闘していると、目の前の女性が両手を伸ばしてだらしない格好でうつぶせになっていた。やる気がないとか面倒になったとかそう言う訳ではないらしいのだが、人の前に有って格好から態度までとにかく普通とは異なるので一挙手一投足が気になる。
「魔法使い御用達だからその銃は何度でも撃てるわ」
「……御用達なら何度でも撃てるって意味が分からないんですけど」
ベッドの上でうつぶせに転がったままシーツの上でもがもがと何か話し始めたので聞き逃しはしまいと、村山が眉間に皺を寄せて耳をそばだてる。
「うーん、良く分からないのだけれど。なんか魔法で弾が戻ってくるらしいのよ。私は向うの人たちが使う魔術式を読み解けるだけの能力はないから、模倣品も作れないわ。それは一点物よ」
「弾が戻ってくるって――」
「撃ってみれば良い」
「どこにですか……」
怪しい通路を十歩程入ってたどり着いた部屋には中央に女性の寝そべるベッド。ベッドの周りには家具が並んでいて、家具の間には挟まるように双子の男が女性を直視しないように俯いて小さくなっている。ベッドの真向かいには村山と弓張が突っ立っているのだが、そこから『拳銃を撃っても構わない場所』など見あたるはずがない。
そもそも拳銃を所持することも違法である国で『撃つ』ことが許されるはずがない。
上司の発言に言いようのない疑問と不満が沸いたのだが、言ったところで無意味だろう。
「撃って良いのは一度に三十発が限界よ。ほんの数秒で良いらしいんだけれど、冷却の為に休憩を入れないと銃身が溶けるとかなんとか云っていたから、気を付けてね。それとみーちゃん、支払いはいつも通りで良いのかしら」
「あいあい、いつも通りで」
そう言いながら踵を返すや、弓張は上着のポケットに受け取った札や箱を入れて帰ろうとする。村山としては渡された拳銃に文句を言いたいのだが、上司の態度は「付き合わない」と言い切ったようなもので、村山の不満はどこにも撃てない。
「せいじ、背中揉んで。ずっと寝てたら痛くなったの」
「……ま、またですか」
訳の分からない人間の下に付くと大概、似たような目に遭うらしい。