9歳びびり。少女と出会う。
ハリコットグマはすぐにただの黒い塊となった。
肉が焼ける匂いよりも、生臭くつい顔を背けたくなる臭いが体を包んでいた。
目の前の動かぬ物体を見て、ようやく俺は剣を握らなくていいことに気が付く。
「あんたたち何してんの?」
背後からの冷たく鋭くせまる声に俺は息を詰まらせた。
そうだ、ハリコットグマから助けてくれた方がいるのだ。
お礼を言わねば。
振り返ると、女性に襲い掛かる兄上と虫を見るような目で兄上を見る女性の姿が見えた。
「岩石・盾<ロッシュ・シルト>」
女性がそう叫ぶと地面から岩が現れ、兄上と女性の間に盾ができるはずだったのだろう。
兄上の瞬発力は並ではない。
重たい両手剣を持たず、身軽となった兄上はさながら突風のような勢いで女性に襲い掛かろうとしている。
両者ともに素早かったのだ。
特に兄上が速すぎた。
兄上は盾となるはずの岩に下から突き上げられ、岩の上で気絶している。
兄上を助けなければ。
その一心で俺は足を動かし、兄上に近づこうとしたが足に力が入らずただ地面に倒れるだけとなった。
それでもほふく前進の要領で動いていると岩の向こうから声が聞こえた。
「なんでこうなるの!」
先ほどの声とはまた印象の違う幼い子供のような声だった。
俺があっけにとられていると兄上を持ち上げている岩はするすると地面に戻っていった。
女性の姿がはっきりと見える。
俺と同じか年下の少女が顔を赤らめて立っていた。
どストライク。完璧美少女だった。
俺は剣をしまい、彼女は息を整えていた。
彼女が落ち着くのを待ち、謝礼の言葉を口にする。
「ありがとうございます」
「ごめんなさい」
少女の謝罪を聞きながら俺は次になんと言っていいか言葉を探していた。
理由はいくつかある。
まず彼女はハリコットグマから助けてくれた。
これに対しては客人として我が家に案内すべき事柄だろう。
そして兄上が彼女に襲い掛かったこと。
兄上は錯乱状態にあったのか彼女を見るなり敵意をむき出しにしていた。
これには俺としてはかなり申し訳ない気持ちになっていた。
助けられただけでなく恩をあだで返す形になってしまった。
我が家へどうぞと言ったところで彼女が気分を害している可能性もある。
もう一つ、これが彼女が俺に謝る原因となっているのだが。
兄上が彼女の魔法によって完璧に昏倒状態になってしまっていること。
もちろん彼女は悪くない。
襲い掛かったのは兄上だし、彼女は身を守ろうとしただけ。
ただ彼女の心境としては、兄上を傷つけてしまったことに変わりなく、ありがとう、どういたしましてとすんなりいかなくなっていた。
さらにもう一つ、これは完全に俺だけの問題なのだが、彼女がかわいすぎてよく考えられないのだ。
透き通るような金髪やまだ赤さの残る頬。
かわいすぎる!
兄上の具合を見ようとその小さな手で兄上のでこを触っている姿など気が触れたふりをして抱きしめたいくらいだ。
どうにか今後ともよろしくしたい。
遅ればせながら自己紹介をして親密度を上げる。
兄上などこの際ほっておいてもいい。
俺は知っている。兄上はあの程度で死には至らない。
祖父のボディーブロー。あれを受けた時に比べれば、まだまだ。
骨も見えてないし、血も吐いてない。体も痙攣してないし。
ただ気を失ってるだけだろう。
寝れば治る。
今はむしろこの少女の連絡先を聞き出す方が先だ。
「私の名前はグラタン・エブラール。グラタンとお呼びください」
「ネイディーン・リフェンシュタール。ナディと呼んで下さい」