30歳童貞。赤ん坊になる。
目を開けると木で組まれた屋根が見える。
あれ?俺の部屋こんなかんじだっけ?
周りを確認しようとするがなんとも動きづらい。からだに力が入らない。
手を目の前にかざすと、見覚えのない小さな手が見えた。
俺の体こんなんだっけ?
なんとか全身を確かめようにもからだが起きない。
おいおい。困ったなー。誰か呼んでも来ないしなー。と思っているとドアが開いた。
現れたのはゆったりとしたワンピースの腰のあたりをひもで締めた服を着た女性だった。
見るからにおばちゃんという感じで、親戚にいたんじゃないかなーとさえ思える。
しかしサイズに違和感がある。
おかしい。遠近法なんて問題じゃない。でかい。部屋に入ってきたときからでかいんだ。
「****、****!」
まるで赤ちゃんに話すような猫なで声を出しながら近づく巨大な女性。
こえーよ!
「ぎゃああああああ」
俺ののどから叫び声が聞こえる。
女性は近づくにつれさらに大きさを増し、ひょいと俺のからだを持ち上げる。
やばい。巨人に持ち上げられた後に続くいいイメージが無さすぎる。
食われるか、握りつぶされるかしか浮かばん。
なにやらこの巨人おばさんはにこやかなので好意的とも見れるが、ただ単純に食料を前にして喜んでるとも取れる。
考えてるうちに巨人が口を開いた。
「*************」
何話してるか、まったく分からん。
巨人の声は俺に話しかけてるように思える。これはコミュニケーションが取れるかもしれん。
この巨人にいろいろ聞こう。文化の違いこそあれボディーランゲージってやつがある。そう思い、自己紹介をする。
礼儀は大切。これはどの文化でも一緒!人類皆兄弟!
「わぎゃああ、ちゃああああ」(私の名前は高野幸元です)
いやいやいや、普通に話したつもりだぞ!なんでわめき声みたいな音しか出せないんだ!
「にゅにゃああああああああ!」(なんでだ!)
ダメだ。話せない。なんでだ。
しばらくいろいろ試してみるが、意味のある言葉にはならずあきらめるしかなかった。
これはだめだ。どうしようもない。からだもじたばたとしか動かない、言葉も話せない。
俺にできることはただ一つだけ、おとなしく抱かれること。
「****。*-***」
女性が俺を抱きながら左右に揺れる。
揺れるリズムにからだが慣れてくるとだんだんとまぶたが落ちてくる。
巨人にあやされるてるのか?
そもそもここはどこだ。
わけがわからない。
分からないことだらけだ。とりあえず、寝よう。
そして目が覚めると目の前にヒゲ面のじじいが満面の笑みで俺の顔をのぞき込んでいた。
「ぎゃおぎゃあああん!」(顔でけーよ!)
俺がそう叫ぶとじじいはことさら笑顔でしゃべりだした。
「*-*******。******」
うっせー!口くせーよ!つば飛んでる!
ひとしきり叫ぶとじじいも満足したのか笑顔のまま俺の目の前から下がった。
もうやだ。せめてさっきのおばちゃん来て。
俺の願いが通じたのか、おばちゃんがやってきて俺を抱きかかえた。
どうやら部屋から出るようだ。
そのとき俺は部屋にあった鏡から自分の姿を確認した。
そこにはどこからどう見ても人間の女性に抱きかかえられた赤ん坊の姿があった。
俺が手を挙げると赤ん坊も手を挙げる。
おばちゃんは鏡で遊ぶ俺をほほえましい目で見守っている。
俺としてはかなり真剣なんだが。
このとき俺は自分が赤ん坊になったのだという現実を受け入れるしかなかった。