29歳童貞。30歳になる。
「俺はゴミ箱専用肉奴隷なのか……!」
目の前には猫砂が入れられたゴミ箱。猫砂の上には大量に栗の花に似た独特の異臭を放つ液体が飛び散っている。
彼、高野幸元は今しがた自らを解放する訓練を行っていた。日課とも言えるハイペースで複数回この訓練を行うのである。
猫砂の液体は彼がひとりごちるころにはすでに吸収されていた。
雑念にとらわれたのもつかの間。彼の思考はすでに次の訓練に向かっており、彼の眼はもはやパソコン画面に映し出される女性の裸体しかとらえていない。
全身の筋肉、血液は思考より先に行動を求めるかのごとく、わい雑な印象のある部屋の中で突出した存在感を放っている。
その動きに無駄はなく、それゆえにまさに射出するためのみに特化した、人間ではない別のなにかではないかと思わせてしまうほどの美しさがある。
強弱の抑揚。画面に映し出される痴態とのまさしく仕合。
彼の咆哮とともに射出された液体はまたしても猫砂に命中した。
後処理を終えた彼はふぅと息をつき、水を飲む。
整えられた髪。切りそろえられた髭。一切の服をまとわないためにさらけ出された引き締まった全身の筋肉。
どこからどう見ても健康体。
しかし画面から目を離した彼の眼に輝きを見ることはできない。
時は12月31日。23時51分。
「ついにこのときが来たか」
日がな一日訓練を行う彼とてこの日を共に過ごす友人がいないわけではない。ただ彼には一人でこの日を迎えたい理由があった。
1月1日は彼の誕生日である。
30歳、童貞を迎えるその時を誰か楽しげに過ごすことは彼のプライドが許さないのだ。
「ついに迎えてしまうのか」
感慨深げにそうつぶやく声には諦めが多分に含まれており、もはや冗談というには重すぎる事実だった。少なくとも彼にとっては。
テレビをつけると新年に向けたカウントダウンが始まっていた。
「3!」
テレビから賑やかなカウントダウンが聞こえる。力なく天井を見上げる彼にも聞こえているはず。
「2!」
彼はそっと目を閉じ、こみ上げる20代への後悔とさみしさを無視しようとする。
「1!」
おもむろに目を開け、自身が30歳になる瞬間を見届けようとする。
しかし、それは叶わない。
「0!ハッピーニューイヤー!」
テレビの音がむなしく部屋に響き渡る。