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例えばこんな男女の出会い 3

 震えが止まらない。喜んでいるのか、悲しんでいるのか分からなかった。こんなに絶望と喜びに溢れた朝はなかった。


 「いいニュースと悪いニュースがある。どちらが先に聞きたい」

 「い…いいニュース」

 「僕たちが他人に認知されるようになった」

 「ほ、本当?じゃあ家に帰れる!?」

 「ああ。帰れることは、帰れる」

 「…っ、悪いニュースは?」

 「腕を、見て見ろ」


 泣くことはしなかった。ただ、利き腕がまるで自分のものではなくなったようで、ただそこにあるものが怖かった。

 「痛みはないか」

 「うん…大丈夫。ちょっと違和感はあるけど」

 それは強がりでもなんでもなかった。本当に痛みはなく、例えるなら、大きな腕時計が少し邪魔なような気がするだけだ。

あれから、化け物を倒した後、自分は気を失うように眠ってしまったというのに、その時も、目が覚めてからも、若人はずっと冷静でいてくれた。変に同情するわけでもなく、ただ純粋に心配してくれる。それが本当にありがたかった。

 けどそんなこと感謝する余裕なんてなかった。今はただ言い表しようのない恐怖に耐えきれないでいると、一番に浮かんだ顔が母親の顔だった。

 「…私…一反、家に帰るね。お母さんびっくりしちゃうだろうけど、とりあえず生きてることは伝えないと」

 「送ろう」

 「仕事は?」

 「昼からだ。行くぞ」

 

 このときのことを、ずいぶん後になってもまだ後悔していること、彼女はきっと知らないだろう。よほど話題がなかったのだろう、美容師若人が見つかったニュースを朝からずっと流し続けてる中、卯月が見つかったニュースは一切流さなかったこと。自分はそこそこ有名で彼女は一般人だからだろうと決めつけてしまったこと。


 

 「あっ…た、ただいま」

 「あら…ええと。どこのお嬢さんかしら」

 「っ…何言ってるの」

 「ふふ、可愛いお嬢さん…私たち夫婦も、あなたくらいの子供がいておかしくないんだけどね。どこかのお友達の家と間違えちゃったかしら。名字、分かる?近くなら、おばさん教えてあげるわよ」

 そんなに優しくしないでよ。他人に妙に優しくするの、いつも恥ずかしいって言ってるじゃない。

 他人-…

 泣いたら駄目だと思った。なぜか、お母さん、と叫ぶことを、喉が、拒否して、もう言葉が出なかった。


 あんなに嫌いだった学校にも、すがるように電話をかけたが、無機質な声で、そのような名前の学生はいません、と教えてくれただけで終わった。

 嫌な予感は当たった。 『卯月』がいないことになってしまっている。

 

 「あ、見て見て若人だよ!」

 「うわ、やっば!テレビよりかっこいいじゃん!」


 若人はちゃんと覚えてもらってるのに、自分は覚えてもらっていない。

 なんで、どうして。この、剣のせいで?


 家から少し離れたところで若人は待っていてくれていたが、とても顔は見れなかった。

 「私…とりあえず、行くね。覚えてくれていた友達がいたから。落ち着いたら改めてお礼するから。それじゃあ、お世話に」

 笑顔を浮かべながら、逃げるようにその場を去った。しかし、失敗に終わった。彼の予想外の強い力が、自分の手を掴んで離さなかった。

 「その友人の名前と住所は」

 「…何で」

 「僕は女の笑顔は信用していない。無理に笑うな。泣いてくれた方がずっと分かりやすい」

 「-っ」

 もう、限界だった。

 

 

 たくさん泣き叫んで、少し落ち着くと、眠くさえなってきた。手を引かれるまま連れて行かれたところはまた若人のマンションだった。

 「僕はこれから仕事に行ってくる。いいか、絶対に出ていくなよ。大人しくここにいろ。勝手に出ていったら殺したい101人目にするからな」

 「わ…分かりました」

 思わず敬語で返事してしまった。心配はしてくれてるんだろうが、言い方がいちいち殺伐としている。

 「じゃあな」

 「うん。いってらっしゃい」

 驚いたように顔を上げた若人の向かいで、卯月が首をかしげた。

 「どうしたの?」

 「いや…なんでもない」


 十秒後。

 慌てるように戻った若人が、すごい勢いで玄関を開けた。

 「おい!戸締まりはちゃんとしろ」

 「ご!ごめん」


 一分後。

 「おい、腹が減ったら、冷蔵庫に作り置きをたくさんしておいてやったから、それを食べろ」

 「うん、ありがとう」


 三分後。

 「おい、退屈になったら、本棚の中から勝手に取って読んでいいから」

 「う、うん」


五分後。

 「おい、電話が鳴ったら出なくても」

 「ああもう…分かったから!遅刻しちゃうよ!」



 やれやれようやく行ってくれたようだ、卯月はほっと息を吐いて、とりあえずソファに座ってみた。すごい座り心地、きっとすごく高いんだろう。

 これから自分はどうなるのか、どうしたらいいのか不安だったが、今はただ、眠たくてたまらなかた。


 目が覚めると、今度はお腹が空いてきた。どんな状況でも眠くはなるし食欲は出てくるんだろうと、なんだか少し情けなくもなってしまった。

 言われた通り冷蔵庫を開けると、山盛りの食事があった。横の鍋には具だくさんのシチューまであり、思わず笑ってしまった。

 「こんなに食べないよ」


 朝ご飯も昼ご飯もしっかり食べ、昼寝もたくさんしてしまった。こんなに堕落した生活してたら太ってしまう、それだけは避けたい。せっかく若人が買ってくれた服が入らなくなってしまう。

 これからどうするにも、何にしてもまずお金だ。本棚から求職情報誌を見ると、閉じるのが我ながら早かった。16歳という数字の無力さを痛感した。

 年をごまかして夜の仕事をしている同級生の話を思い出した。馬鹿なオヤジ供の話を聞いて酒をついでやるだけですごいお金がもらえるのだという。それなら自分にも出来そうかな、と思えなくもなかったが、諦めるのもまた早かった。二次成長が遅れ気味の自分は、たまに中学生に間違われる。

 どうしよう、迷うだけで解決策は見つからず、結局夜まで本を読んだり、テレビを見たりしながら、だらだら過ごしてしまった。


 

 そういえば夜は何時になるんだろう、暗くなると明かりをつけてもテレビをつけても妙に心細くなってしまう。こんなこと幼い頃以来だ。

 まだかなまだかな-…

 そわそわ待ちながら、まるで犬のようだと恥ずかしくなった。いい加減に玄関をうろうろするのも嫌になってきて、背中を向けたそのときだった。若人の声が聞こえた。

 「卯月、僕だ」

 「若人!お帰りなさい」 

 やっと帰ってきた、笑顔で迎える自分が嫌で、なんとか正常にふるまった。おかげで変な顔になったかもしれない。若人がまた、驚いた顔をしていた。けど気のせいだったかもしれない。またすぐ普通の顔になったから。

 「大人しくしてたみたいだな…お土産だ」

 「え?」

 そんないいのに、面くらいながら袋を開けると、そこから出てくるのは驚くものばかりだった。携帯電話、確かこの近くにあった高校の制服、そしてクレジットカード。

 「君が普通でいたときは、ご両親は高校へ通わせてくれるつもりだったんだろう。だったら君は、高校に通い、きちんと卒業するべきだ。そして僕は、ご両親から君を預かっている以上、それを世話する義務がある。携帯は僕からの個人的な贈り物だ、連絡が取れないと不便だからな。あとこのカードは」 

 「ま、待って待って!」

 話を遮られ若人はあからさまに不機嫌そうな顔になるが、怯むわけにはいかなかった。 

 「いくらなんでもそんな…悪いよ!」

 「金なら」

 「お金のこと言ってるわけじゃない!こんな…してもらう理由…おまけに、私、こんな気持ち悪い腕だし」

 震える腕を握り、はっと頭を上げた。

 「もしかして…これの責任感じてるの?大丈夫だよ。確かに嫌だけど、今日だって長袖着てたら、普通に歩けたし」

 「そうだ、責任を感じている」

 彼は、どこまでも素直で。

 「君は、僕にずっと心配をかけたまま、僕に仕事をしろというのか?それで集中できず客が逃げて僕が失業してもいいというのか?そんなことはごめんだ。嫌だというなら、縛ってでもここに軟禁し、首を掴んででも高校に連れて行く。誤解するな、永遠ではない。君の腕が治るか、もしくは、君のご両親が君を思い出すまでだ。それまで君に拒否権はない」

 上から目線で、偉そうで、やっぱり殺伐としているけど。

 つまり、世界が自分を思い出してくれるまで、ずっと面倒を見てくれると。思い出すまで無期限だと。

 「…後悔、するよ」

 「心配するな。君が責任を感じるほど後悔しないという自信はある」

 ありがとう、という言葉は、涙ににじんで上手く出なかった。

 不安だらけの暗闇の中で、若人が手を伸ばしてくれた錯覚さえあった。相変わらず真っ暗だったけど、この腕一本だけあれば、不思議と怖くなかった。



 晩ご飯は鍋だった。喜んでたくさん食べていると、ふと若人が箸を止めた。

 「そうだ、住むところだがな」

 「うん?」

 「年頃なのに好きでもない男と一つ屋根の下で暮らしたくないというのなら、ホテルの一室くらい買ってやるが」

 豚肉が喉に詰まった。ホテルに泊まらせてくれるのではなく、買ってやるときたもんだ。一体いくらかかるのか検討がつかないし、これからも知ることはないだろう。彼といると金銭感覚がおかしくなりそうだ。

 「私は…ここがいいけど」 

 ここ、というよりは。若人に側にいて欲しいのだが。それはさすがに恥ずかしくて言えなかった。

 「若人は?その…私がいても、いいの?」

 「ああ。問題はない」

 「彼女とか、いないの?私がいたら、誤解されるでしょう」

 するとふと、また若人が箸を止めた。聞いてはいけない話だったか、取り消そうとすると、先に口を開いたのは若人だった。

 「そんなものは有り得ない」

 彼女が出来ること、それよりもっと恋愛感情そのものを否定された気がして、なぜか、目の前が一瞬暗くなった。今後何があっても、自分と若人はそういう関係になることはないと目前の突きつけられたようで。

 どうしてこんなに胸が痛くなるのか、理解できなかった。

 「飯を入れるか?」

 「う、ううん…もうお腹いっぱい」

 「昼飯、食い過ぎたのか?」

 「若人が作りすぎ」

 無理に笑って、無理にごまかした。この痛みだけは絶対に知られてはいけないと、体内からずっと警報が鳴り続けていた。


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