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例えばこんな男女の出会い 2

 

 若人の話は実に短かった。

 「仕事終わりに、いるはずのない人間が僕の前に現れた。僕が100回人を殺したいと思ったから現れたと。なぜか顔を近づけてきたが、僕は阻止した。そして気がついたら自室にいた。どうも物に触れないようだから、家のドアは開いたままだったからそのままにして、とりあえず店に顔を出した。当然、誰も僕を見つけなかった。そして君に出会ったというわけだ」

 以上、とでも繋ぐように若人は立ち上がり、また懲りもせずキッチンへ向かった。そしてやはりコショウがないことに苛立ったように盛大にため息をついた。

 忙しい人だ-いや諦めが悪いのか-…

 しかし、卯月は彼の人間性にどちらかといえば好感を抱いていた。自分がカリスマ美容師だということを自慢し続けるような男だったなら、さっさと出ていっている。

 性格には少し、いやかなり問題があるわけだが。

 「美容師の仕事って…そんなにストレス溜まるの?」

 「いや、仕事は好きだが」

 「だって人を100人殺したいなんてよっぽどじゃ」

 「100回では足りない気がするが」

 「そんなに!?」

 大丈夫だろうかこの人、年上に失礼ながら心配してしまったが、今はとりあえず遅い朝食を食べるのに忙しい。体がない今どこに消化されているのか不安だが、食べれるなら食べたい。成長期とは悲しいものだ。



 若人から出会ってから、ようやく変化が出て来た。物に触れられるようになったのである。それからというもの彼の行動は早かった。すごい早さで食事を卯月の分まで作ってくれながら、洗濯物を干し終えてしまった。手伝う隙も与えてくれなかった。先日母からアイロンのかけ方をようやく習ったばかりの卯月は、なんだか立場がなかったが、目前の食事に完全に負けてしまった。

 「美味しい」

 「そうかよかった、たくさん食べろ。睡眠と食事が不足しているとろくな仕事が出来ん」

 「うん、おかわり」

 「よし、どんどん食べろ」


 食事が終えると急激に眠くなってきた。泣けるし眠くなるし、ここにきて食べれるようになったし、自分は本当に死んだんだろうか。

 テーブルを片付けると、彼が真面目な顔になって座ったので、卯月も思わず姿勢を正した。

 「さて触れるようになったのはいいが、一向に僕たちは誰にも見られない。このままでは買い物が出来ない。おまけにいつまでも無人では、最悪ここを誰かに貸すかもしれない。住む場所がなくなるのは非常に困る。このマンションは人気があるからな」

 「あれ?でも隣室、空いてなかったけ」

 「ああ。僕がここに住んでると言いふらした阿呆がいたから、大家に命令して叩き出したんだ」

 気持ちは分からないではないが、この人一体何様だ。驚きを通り越して呆れてしまったが、さすがにそこまでつっこめなかった。自分まで殺されたいと思われてはたまらない。

 「さて。とりあえず服を買いに行こう」

 「え!?」

 「置いていくぞ」

 「ちょ、ちょっと待って!」



 彼の行動の意図が全く読めないが、頼るべきは彼しかいないのだ。彼の買い物を待っていると、売り物だっただろう服をハンガーがついたまま持ってきた。持つように促され、思わず慌てた。

 「え、お、お金は!?いくら払えないからって」

 「いくらこんな姿でも僕が万引きなどするか…カードは切ってから問題はない。待っていてやるから、着てみろ」

 「え?」

 「制服のままでは、女子高生を連れ回しているようで落ち着かない」

 「私に…?」 

 「そうだ。遠慮はいらない。僕の気持ちの問題だ」

 思わず頬が少し赤くなってしまった。男の人に、服なんて始めてもらったからだ。しかしどう見ても高そうな作りに、すぐに熱は冷めた。

 「あ、あの…お金…」

 「心配するな。君のお小遣いの何ヶ月分、もらってると思ってるんだ」

 「うわ、嫌味!」

 思わず叫んでしまうと、やっと若人の笑顔らしい笑顔が見れた。


 

 着替えると、今度は髪型が気に入らないと言い出した。まさか店に連れて行くわけにもいかず、彼が新人研修で使っている部屋に案内された。幸運なことに、誰もいなかった。

 用意をする彼の手さばきに見ほれていると、彼の営業スマイルに度肝を抜かれた。これはストーカーが付いても責められない。

 「お客様。今日はどうされますか」 

 「声、違うし!」


 笑いながら、若人に髪を切ってもらいながら、卯月は今までに感じたことのないような楽しさに酔っていた。ずっとこのままだったらいいのに、なんて思い始めた。

 だから、考えもしなかった。なぜ、自分が、自分たちが、呼ばれたのか。


 地面を震わせるような断末魔が響き渡った。

 あまりの出来事に、二人は思わず固まってしまった。食い入るようにそれを見るしか出来なかった。


 ゲームのプロモーション画像でしか見たことがない光景がそこにあった。四肢の構造がめちゃくちゃな巨大な生物が、建物を破壊し、今、ここにいる。

 部屋と店と遮る壁がなくなり、向こうが露わになったが、驚くことに、誰も叫ぼうとも動こうともしなかった。むしろ、笑っているものさえいた。時間が止まってる。動いてるのは、二人と化け物だけだった。

 「       」

 声なき声で化け物が叫び、卯月が恐怖に震え目に涙を浮かべると、我に返った若人が彼女の手を引いて走り出した。すると、化け物がすごい早さで追いかけてきた。

 「追いかけてくる!」

 「狙いは僕たちか!?」


 なんで一体どうして、いきなり投げ出された恐怖の中、ただ卯月は必死に若人の手を握り、走り続けていた。しかし化け物の足は速く、追い抜かされてしまった。

 化け物の巨大な手先が鋭くなり、卯月に向かって投げ出された。

 「おっ…お母さん!!お父さん!!」


 震えながら幼児のように泣き叫び、かばうように両腕を自分の前に出した。しかし、いつまでも痛みはない。恐る恐るゆっくりと両腕を下ろすと、目の前には、腕から血を流した若人が立っていた。

 「きゃあああああ!!」

 「…っ、可愛い声、出るじゃないか」

 「何言ってるの!」

 泣きながら若人に駆け寄ると、彼がゆっくりと膝をついた。すごい血だ、出血が止まらない。彼の死んでしまうかもしれない恐怖が一気に加速した。

 「やだ…やだ、やだ!一人にしないでよ!なんでかばったのよ!」

 「ごほっ…っ、ようやく。物に触れるようになったのに。人には会えない。仕事も出来ない。この先、君としか話せない。君の髪しか切れない。そう確信したんだ。だから、僕はもう、君しかいないんだ。そう思ったら、勝手に体が動いた」


 お母さんにもお父さんにも声が届かない。触れない。例えそれが叶ったって、友達もいない。先生も他の大人だって信用できない。そんな中で、若人だけが、自分を見つけてくれて、私なんかと一緒にいてくれたのに。

 「そんなの…私だって…私だって」

 助けて。誰か助けて。この人を助けて。

 「私だって若人しかいないよ…馬鹿野郎!!」

 私は。どうなったって構わないから。



 「ハッピバースディトゥーユー ハッピバースディトゥーユー」

 

 ふと、また例の歌声が聞こえてきた気がした。瞬間。


 ぶ…ん…


 虫が飛んできたような音がしたかと思ったら、目を疑った。自分の手に剣があった。それは光を放ち、それを見るなり化け物は眩しそうに少し身を退いた。

 「おい…それで倒せるんじゃないのか?」

 「わ、分かんない!私、剣なんて」

 包丁でさえろくに使えないのに、刃物に恐怖さえ感じた卯月が思わず剣を落としてしまうと、若人が拾った。だがそれはすぐに彼の手を離れた。彼の顔は真っ青だった。

 「大丈夫!?」

 「ああ…っ、君、よく持てるな。というかそもそも、どうやってこの剣を出したんだ」

 「だから…分かんないんだってば。私には何も」

 「そうは言うが、これだけ同じ状況で、どうして君だけ-…」


 -最悪。そいつに唇奪われたの。

 -なぜか顔を近づけてきたが、僕は阻止した。


 ゆっくりと顔を上げた若人と、何か気づいた様子の卯月は、同時に目が合った。


 「…おい、すごいことを言ってもいいか」

 「…私も…すごいこと、言おうとしてる」


 躊躇いも戸惑いもときめきも愛しさもない、ただの儀式のようだった。唇を重ねた瞬間、若人の手から剣が産まれた。しかし彼は、どう見ても立ち上がれそうになかった。卯月は素早く決意して、彼の手から剣を受け取った。

 「おい。剣なんて持てないんじゃなかったのか」

 「これなら大丈夫、私が行く。この剣なら、持てそうな気がする」

 自分から産まれた物よりも、若人から産まれた物の方が信用できるのは妙な話だが、それでもそう思った。思えてしまった。

 「         」

 光に慣れたらしく化け物がまた叫びながら向かってくる。また少し怯んでしまうと、若人が声を張り上げた。

 「目を閉じろ…しっかり両足を地面に」

 「うん!」

 「よし、そのまま…切り落とせ!」

 「…っ、ああああああああああああああ!」

 生き物を斬る、鈍い感触。そして。


 -ざあああ!!


 瞬きすると、すさまじい数の砂が落ちてきた。化け物を消滅させ、こうなったようだ。少し痛みに慣れた若人がふらつきながら卯月の元へ向かうと、彼女は尻餅をついて、途端、火がついたように大泣きした。

 「卯月!」

 「うわあああああああああああああ…っ!!」


 そして、寝るのか。

 やれやれ、と若人が卯月を背負ってマンションへ帰っていった。腕の傷は、痛みが嘘だったようにどんどん引いていった。そして店も、何事もなかったように修復されていった。あの化け物が夢だったかのように。

 ふと体が重くなったかのように感じたかと思ったら、急に、背中が軽くなった。慌てるように確認してみるが、卯月はちゃんとここにいる。すると妙な話だが、彼女の体温と存在が、なんだか今更近くなった気がした。

 疲れているんだろうな、と思いながら歩んでいると、ふとジョギング中の老人が、こちらに向かって微笑んだ。

 「いい天気ですなぁ」 

 「そうですね」

 何気ない挨拶を終え、しばらく歩いた若人が、ゆっくりと足を止めた。後ろから車のクラクションが鳴ったが、若人は動けなかった。



 化け物を倒した褒美とでもいうつもりだろうか。若人は『若人』へ、卯月は『卯月』へ戻れたようだ。自分はもちろん、彼女も人に認知してもらえるようになった。

 しかしこの朗報を伝えるために、彼女を起こすことがなかなか出来ずにいた。

 自分には何もないのに、彼女の腕には、まるで血管のように、剣が生えてしまっていた。昨日彼女が捨てたはずの剣がそこで脈を打っていた。


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