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ラブソング 8

 「退きなさい。彼女を捕らえます」

 「駄目だ!」

 「…っ、だから、人間は嫌いだ」

 天使が手をかかげ、水無瀬が庇うように雪香を抱きしめた。鈍い音は、予想していた別の方から聞こえた。


 振り返ると、笑ってしまった。笑えた。

 「…っ、よう大将。どうしたんだよ、それ。超格好いい」

 「黙れ、お前から斬るぞ」

 現れた若人の黒い剣を見るなり、天使の男は狂ったように大笑いした。

 「素晴らしい…素晴らしい!もうとうに人間の域を超えているではないか!どうだ、私と一緒に来ないか?悪魔にも人間にも、天使にさえ未来は怪しい。だが、お前の力と私と地位があれば」

 

 ざん!!

 男の顔は若人の剣が、胸は水無瀬が貫いていた。


 「俺を雇いたければ、戦車でも持ってこい」

 「おとといきやがれ、ばーか」

 剣を、手を引き抜くと、天使の男は灰になっていった。若人が剣をしまうと、水無瀬は雪香を再び抱き起こしていた。声をかけているが、返事はない。体に怪我はないようだし、何があったかは、大体分かった。

 「俺はこのまま卯月を探しに行く。お前は」

 「先輩の側にいる」

 「そうか…そのまま、そちらに乗り換えてくれると、助かる」

 驚いて振り返ると若人はいなくなっていて、この野郎、と水無瀬が呟いた。やっと認めたと思ったら、逃げやがった。


 「若人、さん…」


 雪香が小さくそう呟いた。そういえば、記憶がなくなる前の彼女は、若人に惹かれていた。あーあ、と呟き、水無瀬は雪香をおぶさった。

 「どいつもこいつも…あんな男のどこがいいかねぇ。こんないい男がいるのになぁ」

 背中の雪香が笑った。笑ってくれた気がした。そうでなければ、歩けそうになかった。



 なんとかと煙は高いの好き、とはよく言ったものだ。天使たちは高く深いところにいて、卯月の行った先を辿るのは余裕だった。途中血まみれの老人が指さした。信用出来るわけがなかったが、なぜか従ってしまった。走って向かった先の状況を見て、若人は、剣を落としてしまうかと思った。

 「…卯月!」

 「わか、と」 

 裸でぐったりとしている卯月を見て、若人は言葉を無くした。最悪の予感は、卯月が先に、首を横に振って否定した。

 「いやらしいことはされてないよ。私もちょっと想像しちゃったけど。ただ、何か呟かれただけ。男はどっか行っちゃうし…見て。剣が、ないの」 

 そう言って彼女が突きだした腕には確かにもう何もなく、何だか軽そうに見えた。

 「もう…若人も守れないの」

 

 「とんだ阿呆だな、君は」


 「………え」

 雰囲気にそぐわないことを言われた、卯月の涙はぴたりと止まった。若人はといえば、いつもの、いつも通りの、嫌な顔をしていた。

 「僕がいつ、守ってくれと頼んだ。君はいつだって、わがままで、泣き虫で、弱いガキだ」 

 「…っ、悪かったわね!どうせ」

 「それが、普通だ。僕は普通の子を、部屋に招き入れたつもりだ」


 「ふ…っ」

 ずるい。

 「うわあああああああああああああ…」

 ずるいなぁ。

 

 「若人…どうし、どうしよう…全部、私のせいだって…志誓君も、公彦さんも、滝さんも…みんな私のせいで…」

 「そうか」

 「力、なくなったけど…どうしよう、迷惑かけた人たちにもう助けて償うことも出来ないよ…」

 「なら、やることは何だ。泣くことか?君らしくもないな」


 そうだ。

 「ううん」

 いつだって、強がって、無理をした。出来たのだ。若人がいたから。

 「ちゃんとみんなと帰る。絶対に私が返す」

 「分かった…ああ。そうだそうだ、忘れるところだった」


 ばしぃ!!


 「…っ、いったぁい!」

 ビンタされたビンタされた、引っ込んだ涙がもう一度出て来た。震える卯月の向かいで、若人はいけしゃあしゃあと手をぶらつかせていた。

 「いってきますを言えない子には仕置きだ」

 「…っ…ごめん、なさい…」

 「それから?」

 「ただいま…」


 涙はいくらでも出て、抱きしめてもらうことに必死で、だから、何をされたか、すぐには分からなかった。

 「…?今-」


 「…あ、卯月、い…っ、うわああああああ!!」

 「みなちゃん!?何でここ…っ、ひゃあ!」

 そう言えば自分は裸だった、慌てて隠そうにも何もなく、そういえば服はどこにいったか、慌てる卯月に、そっと滝が大きな布地を差し出してきた。髪こそ白かったが、顔は、よく知ってる方の滝だった。

 「滝さん!無事だったんだ」

 「あれくらいで死にませんよ」

 「っだよ、もう終わりか?もっと見たかったのによ…裸」

 いつの間にここまでやって来たのか、そう言って片目を閉じた『公彦』の腹を軽く蹴った卯月の隣で、若人が囁いた。

 「君の周りには殺しても死なない連中ばかりだ」

 「うん」


 分かっている。だから。それでも。


 「…あれ、せっちゃん、どうしたの!?」 

 「大丈夫…眠ってるだけだよ。大丈夫」 

 そう言う水無瀬の声は掠れていて、何があったかは、彼女の目を見てすぐに分かった。許せない気持ちよりも、申し訳ない気持ちの方が勝った。

 「ごめんね。側にいれなくて、ごめんね」

 何も出来ないかもしれない。それでも、側にいたいから。一緒に泣いて、一緒に笑いたいから。

 だから、私は、こうして、みんなと生きている。

 逃げようと伸ばした先の手はたくさんあって、とても掴みきれなかった。



 天使の狙いが、自分から雪香に移ったことが分かった。あらゆる手が、羽が、水無瀬が背負う雪香を狙う。そして彼女をかばおうにも、まだ自分を狙う手もしつこかった。何とか振り払いたかったが、卯月はもちろん、若人からも剣は産まれなかった。卯月の無事を確認した途端これだ、まったく現金なものだ。

 「実験を」

 「罰を」

 口々に言う台詞は妙に耳にまとわりつき、上手く走れない。なんとか若人の手を握っているだけで、走ることが出来た。

 「おい、どこまで逃げればいいんだ」

 「あの崖を飛び降れば、すぐに元いた世界に戻れますよ。さぁ、早く」

 崖の下は底が見えないほど結構な深さだったが、雪香を背負った水無瀬は滝が言い終わるより早く飛び降りてしまった。思い切りがよすぎる行動に、卯月は感心を通り越して驚いた。

 「卯月、先に行け」

 「うん、分かった…滝さんは?」

 「私はここまでです」

 突然告げられた別れは、一瞬で否定したくせに、涙が肯定した。嫌だ、と子どものように泣いたが、抱き止められてしまった。

 「私がいたら見つかってしまいます。短い間ですが、女の子の孫が出来たみたいで、楽しかった」

 「やだ!みんな一緒に帰る!滝さんが一緒じゃないと」

 「若人君」

 呼ばれた若人は卯月の首を掴み、一緒に飛び降り、そして公彦が滝を見た。

 「あんたも酷い男だな」

 「あなたには負けますよ」

 驚いた公彦が目を見開き、笑うと、すぐに飛び降りた。心まで読むな、と彼が笑っていた気がした。読んだつもりはない、悟られやすいそちらが悪い。

 「さて…いきますか」

 滝が目指す先には、暇人のように集まってきた天使たちがいた。



 落ちていく中、卯月は必死で若人の腕の中でもがいていた。

 「離して!滝さん!滝さんが殺されちゃう!」

 「同士をそう簡単に殺さないだろう」

 「分かんない!あいつらなら何をするか分からない!今すぐ、戻っ…」

 飛べる気がしない。重力しか感じない。そうだ、私はもう、『普通』だったのだ。涙が止まらなかった。

 「大丈夫だよお姫さん。あんたの気持ちはきっと伝わった」

 「そんなの、無事な奴の勝手な思い込みだわ」

 「そうだな、でも、そうじゃねぇと、救われないだろう」

 何か、違和感があった。公彦のしゃべり方が、何だか穏やかだ。嫌な予感だけは当たる、卯月が思わず顔を上げると、公彦は笑っていた。


 「公ちゃん!!」

 

 天使が放ったのか、誰が放ったのか、もうどうでもいい。光を束ねたような巨大な刃が、こちらをめがけてきている。

 「じゃあな、お姫様。志誓をよろしくな」

 まさか、と思ったときにはもう遅かった。公彦が卯月の額に口づけると、志誓の体から光がゆっくりと顔を出し、そして、光を全て、それだけで受け止めてしまった。

 志誓が自分になだれこみ、必死に自分と二人分支える若人の優しい、近い体温が、いつまでも自分を責め続けた。

 なんて、なんて志誓に詫びればいい。目を覚ました志誓に何て言えば。



 まばたきした先は、学校の屋上だった。元に日常に戻ってきたというのに、胸が張り裂けそうなむなしさと寂しさだけが残った。目で合図すると、雪香を背負った水無瀬が頷き、走り出した。彼には、雪香を病院に連れていってもらわなければならない。そしてこれは、自分の仕事だ。

 「し、志誓君、あのね…」

 「…?どなたですか?」

 

 神様がいたとしたら、残酷すぎる。私たちがそんなに悪いことをしましたか。願ったことが悪かったのでしょうか。


志誓は、ここ一年分くらいの記憶がほとんど無くなっていた。公彦のことも、覚えていない。

記憶を奪ったのは公彦だろう、そう思いたかった。いつか自分が天国に行く日があったら、いくらでも殴ろう。


 「…帰ろうか、若人」

 首を横に振った若人が取り出した携帯電話、最新ニュースの一覧。目を疑うかと思った。何の冗談かと思った。そこには、自分を探す広告が貼られていて、そして名義は、両親だった。



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