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ラブソング 1



 「遅い!」

 「…っ、もう一本!!」


 体育館の畳の上で、先ほどから永遠と卯月は滝から投げられ続けている。それでも彼女はめげずに彼に向かい、そして彼は容赦なくまた投げる-その繰り返しだった。

 剣道部の先輩たちは試験の為不在で、一人で途方にくれていた卯月に、滝が稽古をつけようかと声をかけてくれていた。


 で、これか。 

 さっきから永遠と元気に投げられ続ける卯月を水無瀬は眺め、隣で雪香も見守っている。

 「卯月ちゃんとパフェでも食べに行こうと思ったんだけどな」

 「俺だって、委員の話し合いが長引いたから、一緒に帰ろうと思ったんすよ」

 完全に待ちぼうけの二人である、いつまでも投げられ続ける卯月を眺めているのもなんとなく気が引けるため、視界を少しずらすと、柔道部員は馬鹿らしいとばかりに帰り支度を始め、そして恐らく鍵当番である部員が、気の毒に、そわそわしながら熱い二人を見守っている。

 水無瀬が目で合図をすると、雪香も目で返事をし、立ち上がった。

 「おーい滝君。そろそろ終いにしないと、卯月ちゃんが遅くなっちゃうよ」

 「…っ、もうこんな時間か。卯月君、止めますよ」

 「…はい」

 拗ねたような顔で、それでも卯月は、ありがとうございました、と頭を下げた。すると瞬間、信じられないことが起こった。滝が卯月の頭を軽く撫でたのだ。

 部員たちは固まり、雪香は目を点にし、水無瀬はといえば美少年とはほど遠い顔になってしまっていた。一瞬何をされたか分からなかった卯月が、照れるより前に呆けて滝を見ると、彼は周りの視線と自分の手に気づき、はっと姿勢を正した。 

 「-っ、帰りましょう」

 「う、うん」


 

 そういえば水無瀬と雪香がいてくれたような気がするが、着替えてる間に帰ってしまったようだ。水無瀬は何だか怒っているようだったが、どうしたんだろう。

 軽く考え事しながら卯月が待っていると、自転車を押して滝がやってきた。

 「後ろに乗って下さい。送ります」

 「…ありがとう」


 天使が自転車に乗ってるのは妙な感じだが、羽がないのでは仕方がないだろう。信号待ちをしていると、向こうから同じ制服を見た女子と目が合い、彼女はびっくりしたような顔でこちらを見ると、すごい笑顔で走り去ってしまった。絶対なんか妙な誤解を生んだ、嫌な顔をしている卯月の前で、滝も同じことを感じたようだ。

 「先ほどの事ですが…どうも申し訳がなかった。仮にも私は、あなたと同世代の人間として生きているのに」

 「ううん、別にいいけど…そういえば滝さんって、いくつなの?」

 「さて、いくつでしょう」

 「もう!」

 この落ち着きといい、先ほどの頭の撫で方といい、絶対に同世代ではないよな、と卯月は一人笑った。が、その笑顔はすぐに引いた。また同じ制服に見られた。そして笑われた。



 滝と別れ、マンションに帰ってくるなり卯月は倒れ込んだ。いくら何でも元気に暴れすぎた。沸騰したように熱い体、シャワーを浴びたくて仕方がないが、今は何より眠たい。

 でもせめて制服くらい着替えなきゃ-そう思いながらも、卯月は両目を閉じてしまった。


 ふ、と目が覚めると、若人の腕の中にいた。

 「起きたのか」

 抱き上げられている-かっと赤くなった卯月がとっさに暴れるが、若人は何事もなかったようにソファに下ろし、ため息をついた。

 「眠たいならちゃんと部屋で寝なさい」

 こっちが赤くなってるのに全然意識していない様子、まるで父親のような口調、別に今始まったことではないのに、腹の底から羞恥と悔しさがこみ上げてきた。

 「子ども扱いしないでよ!」

 気がついたら若人の手をはね除け、卯月は部屋を飛び出していた。別に今に始まったわけじゃないのに、この時はなぜか異常にショックだった。疲れていてテンションがおかしかったのだろう、そうと思い込まなければ、この悲しみと付き合っていられない。


 乾く喉、寝起きの全力疾走、色々重なって、卯月は人が集まる街の真ん中で、へたりこんでしまった。

 「うっ」

 吐き出すように、泣き出した。止まらなかった。どんなにたくさん人が邪魔そうに通り過ぎても、同情した目をよこしてきても、涙は止まらなかった。それどころか酷くなるばかりだった。

 

 何を期待していたんだろう。若人が私を好きになってくれるわけないのに。

 一緒に暮らしてればいつか好きになってくれると思ってた?私が大人になるまで待ってくれると思ってた?何の保証もないのに?

 こんなことで傷ついて、泣き叫んで、やっぱり私はくだらない子どもで、そして、それでも、生意気に、こんなにも恋をしているんだと。

 

 いつまでもそうして泣いていると、男達が囲んできた。頭上からずっと声をかけているが、自分は涙が止まらないのでそれどころではなかった。ようやく涙も燃料切れになり、ため息混じりに顔を上げると、あまりの状況に、笑ってしまいそうだった。

 「え…と」

 一体何がどうしてこうなっているんだろう。卯月の周りは、顔に『不良です』と書いてあるような連中が、五人も六人も囲んでいる。全員いやらしい笑顔を浮かべ、何かしら物騒な武器を持っている。

 「ほらお嬢ちゃん。嫌なことがあったんだろう」 

 「俺たちが慰めてやるからさぁ」

 なんてお約束な連中だ昭和に帰れ、卯月は叫びながら剣を振り回したい衝動を必死で抑えた。先ほどの件で八つ当たりするには、彼らは残念ながら人間だ。まさか切り捨てるわけにはいかない。

 「ほら、来いって!」

 男の一人が卯月の腕を強引に引っ張り、その痛さに顔をしかめた。

 「痛い…離して…助けて!!」

 若人、と叫びかけて、引っ込んで、そして。


 -ばんっ。


 卯月と男の間に、何か大きなものが割り込んだ。ギターケースを抱く猫背の青年は、卯月をかばうように立っていた。

 「…ゃ、やめ、て、あげて下さい」

 それは正に蚊が鳴くような声で、おまけに震えてしまっている。男達は目を丸くし、やがて大笑いした。

 「おいおい、大丈夫かよ、ちびってんじゃねぇの?」

 「弱虫は引っ込んでろ」

 「―やっ」

 男の一人が再び卯月の腕を引っ張ると、再び青年はギターケースで塞いでくれ、そして、なぜか急に姿勢を正した。すると男の一人が小さく呻き、卯月も思わず驚きのあまり口をあんぐり開けた。 

 大きい-180近くある水無瀬よりも大きい。細いが、それでもどの男たちよりも頭一つ分大きかった。自分より大きいものを見ると生きる本能として、怯んでしまう。比較的気の小さそうな不良が、行こうぜ、と小さく呻くと、不良達は面白くなさそうに走っていってしまった。

 助かった-卯月が青年にお礼を言おうとすると、青年はなぜかへたりこんでしまった。ぎょっとなった卯月が駆け寄ると、青年は酷く怯えていた。

 「こ、こわっ…怖かった」

 「…っ」

 こちらもとても怖かった、ほっとした卯月が笑ってしまい、すると青年も照れたように小さく笑った。



 恰好よく助けられなかったお詫びに、歌を歌ってくれるのだという。助けてもらったのに悪いと遠慮しようとすると、青年は少し恥ずかしそうに、うつむいた。

 「…お詫び、させて、下さい」

 弱々しい言葉で、それでもしっかり頼まれて、卯月はまた笑ってしまいそうだった。聞いてほしいんだ。卯月が道路に座り込むと、青年も笑顔でギターを抱え、座り込んだ。

 「リクエストはありますか?」

 「私、歌知らないから…あ、元気の出る歌がいいです」

 「…っ、僕…明るい歌苦手で…」 

 「-あ、じゃあ、いいです。あなたの弾けるので」

 「いや…っ、あ、じゃ、じゃあ。今、作ります」

 そんなこと出来るのか、驚く卯月をよそに、青年は少し考えただけで、すぐに元気な音楽をギターで奏で始めた。

 「じゃあ行きます…親子丼」 

 「え」

 予想外のタイトルに卯月は思わずつっこみかけるが、青年は気にしない様子で大きく息を吸った。


 ~今日は鶏肉安いぞ嬉しいな

 たまには親子丼でもしてみようかな

 味付け珍しく上手くいって

 テンション上がって さぁとじよう

 だけど あれ 卵!卵!卵がないよ!

 卵!卵!卵がない!

 そういや米もない~


 「…っ」

 上手い。高すぎず低すぎない心地いい歌声で、なのに、めちゃくちゃに、叩きつけるように、こんな歌を歌ってくれるから。気がついたら卯月は大笑いしていて、青年も笑っていた。そして周りにはいつの間にか人だかりが出来ていて、笑い声と拍手で溢れていた。



 演奏が終わった途端我に返ったように、青年は真っ赤な顔をして逃げ出してしまい、卯月も流れでついていった。二人で人気のないところまで逃げ込んだが、ふと、聞いてたうちの一人の男性が追いかけてきた。

 「待てって。お前、公誓だろ」

 びくっ、と青年が体を震わせた。キミチカ-それが青年の名前だろうか。しかし青年は帽子を深く深くかぶりなおし、何度も首を横に振った。

 「違う…僕は違う…」

 「違わないだろ、アホな歌歌ってたけど歌声忘れるかよ…お前、何やってんだよ!会場でみんな待ってんのに!相方はどうした、喧嘩でもしたのか!?」

 「…!!」

 「おい!」

 「あっ!!」

 青年はまた走り出してしまい、卯月も気がつけば追っていた。何となく後ろを振り返ると、男は大きくため息をついていたが、もう追ってくる気はなさそうだった。



 「はい、お水」

 「…あ、ありがとう…」

 水を一気に飲み干すが、彼の呼吸はまだ荒い。彼の顔を何となく眺めながら、卯月はため息をついた。何をやってるんだろう、私。

 若人が心配してる、卯月が覚悟を決めて立ち上がった。

 「ありがとうございます、歌を聴かせてくれて。私、もう帰ります」

 「あ、お…っ、おく、る」

 「え…いえ、そんな」

 「けど」

 危ないよ、とか細い声が聞こえたか聞こえてないか分からないくらいだったの時間だったと思う。いきなり時間が止まった。また異形かと卯月が顔を上げると、大変なことに気づいた。街も、風も、人も止まっているのに、目の前の彼は動いていた。

 「…あなた…え、と…何か、最近、変わったこと、ない?」

 「え?」

 「例えば…その、すごく強い、願い事をしたとか」

 どくん、と、彼の鼓動が聞こえたような気がした。震える彼に、公誓さん、と声をかけると、余計震えは増した。どうもこの呼び方は嫌なようだ。

 「ごめんなさい、何て呼べば…あ、私、自分の名前も…卯月って言います。あなたは?」

 「…卯月…卯月さん。僕は、その…公誓で、いいんだ。公誓で、合ってるんだ。大丈夫、そう呼んで。それで、合ってる」

 か細い声が、少しだけ大きくなり、そしてどんどん口調が早くなっていく。すごい汗、それにすごい震えだ。一体どんな願い事をしたのか分からないが、彼のような人を戦いに巻き込むわけにはいけなかった。




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