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覚醒 2



 「単刀直入に言いましょう。今、私たちの仕事はあなたが手伝ってくれているおかげで、非常に円滑です。ただ、あなたはちょっとやりすぎてしまった。先日、うちの下っ端が倒せなかった黒星を、あなたは倒しましたね」

 「こく、せい?」

 「人間の欲深い願いの慣れの果てです。自分たちが勝手にそう呼んでます」

 若人の願いの形だったあの異形のことだ-卯月は躊躇ったが、結局は頷いてしまった。知らないふりを通そうと思わないでもなかったが、目の前の男が逆上して攻撃してくる可能性はゼロでないのだ。天使だからといって攻撃してこないとは限らない。人の願いの形が、何度でも自分を襲ってきているように。


 不自然でない程度に身構えた卯月を睨んでいた滝が、ふっと天井を見上げた。

 「私たちのようなのが二人もいると、すぐこれだ」

 「え?」

 

 ばしゃぁん!!


 一瞬の豪雨が叩きつけてきたような感触、二人の間にいきなり異形が降ってきた。横に大きな形状で、卯月の方も見たが、まっすぐに滝へと向かった。卯月は咄嗟に剣を取り、異形に向かって剣を振り上げた。

 

 ざぁん!


 あっさり切り捨てられた、卯月がほっと息を吐くが、それはすぐに息を飲み込む恐怖へ変わった。切り捨てたはずの異形は、潰されたまま、たくさんの粒となり、窓から逃げていった。呆けてそれを目で追っていると、目の前の滝が盛大にため息をついた。

 「どうするんですか。敵を増やしてしまった」

 「…っ、え?」

 「今のタイプは分裂型です。闇雲に切ると、逆に敵を増やす結果になります。更にあいつは-否、もうあいつらですが、無差別です。このあたりの人間が全員傷つくかもしれませんね」

 「なっ」

 「何を驚いているんです。あなたのせいでしょう」

 崖っぷちに立たされ、今にも足を踏み外してしまいそうな錯覚を覚えた。震える足をなんとか倒れないように支えながら、卯月の頭は完全にパニックを起こした。

 「知識もないのに、正義の味方ぶるのは実に愚かだ」

 「…っ、によ。いきなり訳分かんない戦いに巻き込んで、剣が出てきたのは、私の意志じゃない!」

 「そうだったでしょうね、けど戦いを選んだのも、剣を選んだのもあなただ。あなたの思春期特有のくだらない消えたい願望、更に憧れと区別がついていないくだらない恋心のせいで、関係ない人々が巻き込まれていく」

 「―っ!」

 触れられたくないところを次々と指摘され、卯月は泣き叫びそうになるのを何とか耐えた。そして耐えた後で、剣を握り、窓から飛び出した。

 「どうするんです」

 「決まってる、自分のしたことは自分で責任を取る!」

 「また被害を増やすだけかもしれませんよ」

 「ああもう、五月蠅いなぁ!」

 もう敬語を使う気も性格を作る気もない、そんな場合ではない。後ろから追ってくる滝を気にしながらも、卯月は異形の粒を追って走り始めた。



 校門前で水無瀬が一人、挙動不審にうろついていた。部活を始めた卯月を送り届けようかどうか、まだ決心がつかないのである。原因は雪香のストーカー発言だ。友人を校門で待つだけなら何の不自然もないが、残念ながら自分には下心がある。

 男女の友情というものは成立するかどうか知ったことではないが、少なくても自分たちは成立していない。卯月は自分の気持ちを少しも気づいていないとしても。成立している友情だって、こちらに下心がないことを信じているから一緒にいるに過ぎない。

 年頃だ、卯月を抱きしめたいと思うし、もっとすごいことだって当然したい。だがそれをするには、関係を壊す必要がある。告白をする必要がある。

 言う前から答えは見えていた。卯月は若人に惹かれている。二人がなぜ一緒に暮らしているのか血のつながりはあるのか分からないが、とにかく卯月は若人を好いている。分からないのは若人だ。卯月に対して恋や愛があるようには見えない。あるとしたら、それは自己満足に似た保護欲にしか見えない。傷ついた動物を大事に育てる満足感に似ている。要するに娯楽だ。

 嫉妬から産まれる暴走気味の妄想だと思われて結構、例え世界がひっくり返っても若人を好きになれそうになかった。

 しかしいくら部活といえ遅すぎる-ようやく聞けた卯月の番号に電話しようかどうか、水無瀬は迷っていた。


 そして彼の向こうから、やって来る人影がいた。彼方である。笑顔で歩く彼の携帯の裏には、卯月と撮ったプリクラがある。彼方はえへへ、と笑いながら、卯月の高校へ向かっていた。塾帰りで卯月と時間が重なりそうなため、びっくりさせようというのだ。校門まで来て、彼方は水無瀬に気づいた。


 「あ、願いが叶ったお兄ちゃんだ」

 「は?」


 何だこのガキ、水無瀬は少年を睨み付けた。別に子どもは好きでも嫌いでもないが、なんだかこの顔は異常に面白くない気がする。おまけに学校外では優等生を演じる気分にもなれない。

 「お姉ちゃんは?卯月お姉ちゃん、まだ学校?」

 卯月の名前が出てきて水無瀬は自然と営業スマイルが出かけるが、それはすぐに引っ込んだ。卯月に弟なんていないはずだ。

 「卯月はまだだ…誰だ、お前」

 「えーとね…えーと…」

 素性を隠すように卯月にきつく言い聞かせられてる彼方は何て言っていいか迷っていると、水無瀬の疑惑は一気に膨らんでいった。帰れと怒鳴ってやろうか水無瀬がそう決めかけたその時、彼方はプリクラがある携帯をつきだした。

 「ほら。僕、お友達だよ」

 「あ?」

 そのプリクラはどう見ても合成でもなかったし、卯月は楽しそうだった為、とりあえず目の前の少年は不審人物ではないことは分かった。しかしやはり面白くない。自分は卯月とプリクラどころか、出かけたことさえない。

 「分かった、信じてやるから今日は帰れ。もうガキは帰る時間-…」


 瞬間、目の前の彼方が膝をついた。首周りに、ゼリー状の異形が大量に絡みついている。それが視界に入った瞬間、水無瀬の脳内にいつかの記憶がよみがえった。自分の部屋に入ってきた、卯月が倒した訳の分からない化け物。

 「おい!」

 水無瀬が叫ぶと異形はびっくりしたように飛び散り、その隙を見て彼方をかばうように高く抱いた。異形の目がどこにあるのかなんて分からないが、なんとなく彼方を狙っているのは分かった。

 「どうして?どうして助けてくれるの?」

 顔が近くなり、やっとこの少年が気に入らない理由が分かった。性格は誰かさんと比べて大分純粋のようだが、どっかの変態美容師の面影がある。

 「お前の顔はなんか腹立つけどな、卯月の知り合いだったら、点数稼がないわけにはいかねぇんだよ!」


 恰好つけて叫んだはいいが、この後どうすればいいのかなんて分かるわけがなかった。おまけに散らばった異形が一つに固まり、跳び上がってきた。彼方が恐怖で両目を塞ぐと、水無瀬も両目を閉じたかった。こんなガキ一人捨てて逃げたかった。けど、出来なかった。さっきから、卯月が消えない。卯月が泣いてしまうような気が止まらない。


 現実逃避だろうか、幼い日の白昼夢を見た。

 父親が外人というだけで、幼い頃は外国帰れ、とくだらない理由で軽いいじめを受けていた。今考えれば幼稚で大したことないものだったが、幼い自分には大きな問題だった。母親がなぜ日本人と結婚してくれないのか責めてしまったこともあった。しかし母は怒らず、こう言ってくれた。

 -あんたもいつか、好きな子が出来たら分かるわよ。


 両親がこれでもかといちゃついてるおかげで、俺はいい具合にふざけられ、優等生も演じられる自分になれた。

 今なら分かる気がする。自分は、例え卯月が宇宙人でも彼女を選んだ。


 卯月への気持ちを再確認したのはいいが、それで目の前の化け物問題が解決するわけではない。焦っているはずの頭は、冷静に、既に自分と少年は世界そのものに取り残されたことを教えてくれた。時間が止まっている。自分たち以外誰も動いていない。誰も助けも来ない、卯月なら倒せるかもしれないが、ただ卯月を待っているだけというのも恰好悪すぎる。

 さぁ、どうする-

 水無瀬が迷っていると、まるで業を煮やしたように異形が飛びかかってきた。こんな訳の分からないものに二人揃ってやられるのか。冗談ではない。


 ―倒す!!


 強い鼓動にも似た願いは、彼方へ届いた。彼方の体内に激情が走り、我慢できることが出来ず、水無瀬の顎を引っ張った。


 「んぐ!?」


 一瞬何をされたか分からなかった。少年に口を奪われた-どうでもいいが始めてだった。今まで女はよりどりみどりだったが、好きでもない女にはキス一つしてこなかったのだ。

 いやそんななんちゃって健全自慢はどうでもいい。どうしてなんだってキスされなきゃいけないんだ-困惑する水無瀬がまばたきすると、連続してまばたきしてしまった。自分の手から感じたことのない熱を感じた。

 何か出来そうな気がする-体が教えてくれた。水無瀬はまるで導かれるように手をかざした。


 ごぉ!!


 すると自分の手から突風が産まれ、それは化け物の粒をあっという間にはじき飛ばし、そして消えてしまった。

 「すげえ」

 水無瀬はまるで子どものようにはしゃいでしまうが、彼方と目が合い、すぐに喜びは冷めてしまった。恐らく先ほどのキスによって力が開花したようだが、問題はそういうことではない。彼方も彼方で、死ぬほど嫌そうな顔をしているし。

 「おい、一応礼は言うけどな。何も口じゃなくてもよかったんじゃねぇか!?」

 「僕だって嫌だったよ!お姉ちゃんが最初で最後だと思ってたのに!」

 「ああ!?てめぇ、まさか卯月にも-」

 そこまで言って、水無瀬は、はた、と怒声を止めた。卯月にして、自分にしたということは-間接-

 それは我ながら小学生ような喜びだったが、自分でも驚くほど怒りが晴れていったので、素直にそのまま喜びに乗ることにした。

 「よし、とりあえずお前を許す」

 「…人間って勝手」

 そういうところも好きなんだけね、と呟いた彼方が、慌てて学校を見上げた。卯月の気配もあるが、同時に、すごい数の異形を感じる。粒は、今ので全てではなさそうだ。

 「お兄ちゃん、急ごう!お姉ちゃんが危ない!」

 「何!?」

 先ほどとは全く違う反応、そして速さ。水無瀬はもう見えなくなってしまった。彼方は呆気にとられながら、やっぱり人間て、と呟きながら学校へ帰っていった。



 滴る汗を払いながら、卯月は何度目か分からない『粒』退治を終わらせた。後ろには汗一つかいてないどころか、呼吸さえ乱れてない滝がいた。彼はといえばついてくるだけで、さっきから何もしていない。

 「あと…どれくらいいるの!?」

 「教えてもいいですが、あなたのやる気がそがれるかもしれませんよ」

 「もう十分そがれたわ!ああもう…っ、あんたこれでいいの!?」

 「は?」 

 「いくら天使だからってこんなことになって手伝いもしないで…もし被害になれば、あんたも責任取らされるんじゃないの!?」

 「…これは驚いた」

 ふと後ろからまた異形が近づいてくると、滝はそれを拾い、指先で潰しただけで、粒は砂になってしまった。

 「ただの頭の悪い阿呆ではなかったんですね」

 「阿呆!?今、天使が阿呆って言った!?」

 「元気で結構…私のことならご心配なく。私なら天界を追放されていますから。羽も没収されてます」

 すごく事務的に、おまけに無感動に話すから、普通に聞き流して、普通に返事するところだった。思わず振り返るが、彼の表情とたたずまいは、同情も、優しさも必要がなさそうに見えなかった。




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