完璧な生徒会長 3
ふとまた誕生日を祝う歌声が聞こえた。今度は聞こえないふりをせずに、じっと聞き入った。彼女の願いの誕生を、これ以上許してはならない。
彼女の願いをずっと辿っていくうち、信じられない顔が見えてきた。それは卯月、自分の顔だった。それはとても嫌な笑顔で若人の背中にしがみついている。そしてその後ろには、怒りに狂うあまり誰か分からなくなってしまっているほどの雪香が立っていた。そして彼女の後ろにいる異形。
-次は、あの子だな。
「卯月!」
呼ばれて顔を上げて、卯月はほっと笑った。若人がいてくれている。そしてその若人は少し怒っていたが、安心したように息を吐いた。
「大丈夫か」
「うん、大丈夫。ねえ若人…雪香先輩って、知ってる?うちの綺麗な先輩なんだけど」
「ああ…最近新規で入ってこられた彼女だ。僕を指名してくれたこともある」
「そうなんだ」
雪香は恐らく若人に恋をしているのだろう。そして彼と親しくしている自分の存在が面白くないのだろう、そんな気持ちが異形となり、自分を殺しにきたのだ。
ふと、気になったことがあった。自分が死なない、つまり異形の仕事が果たせないことで、何か起こるのだろうか。
雪香が危ない-それは勘にもならないような小さすぎる思いつきだったが、一度思い始めたらあっという間に大きくなり、爆発的な不安になった。
雪香はどこにいるんだろう、一生懸命頭の中へ呼びかけていくと、ふと真っ暗な学校が見え、保健室の中の彼女が見えた。そして彼女の後ろにいる物に息を飲んだ。
なんて大きな異形だろう。
「保健室…保健室に雪香先生がいる…大きい怪物もいる」
「なんだって?」
「どうしよう…今から行ったんじゃ、間に合わないかも」
「任せておけ」
「え?」
夢にまで見た若人とのドライブは、夢のままの方がよかった。
卯月を背に乗る若人のバイクはどこまでも速く、景色が残像にさえ見えて冗談だろうと笑いたくさえなった。あまりの恐怖に涙さえ出て来た卯月の前で、若人の運転はどこまでも荒く、とんでもない速さだった。人間本当に怖いときは叫び声さえ出ないんだとしたくもなかった学習をしていると、後ろから見覚えのある車が近づいてきた。見間違いでなければパトカーだった。
「わわわ若人!スピード落とさないと」
『そこの二人乗り!そこの二人乗り!止まりなさい!何キロ出してるんだ!』
「ほら、怒られてるよ!若人!!」
返事がないため背中を殴打し続けると、ようやく不機嫌そうに若人が少しこちらを見た。そして静かな声で、冷静にこう言い放った。
「よく覚えておけ卯月。規律というものは破ったときにこそその重みが分かるものだ」
「なんかまともっぽいこと言ってるけど、絶対間違ってる!」
「飛ばすぞ」
「これ以上!?」
もう舌を噛むどころか引きちぎってしまいそうだ、卯月はただ振り落とされないように若人にしがみつくので精一杯だった。そしてやっぱり人間怖くても悲鳴が出るらしい、学校に着く頃には叫びすぎて喉が乾ききっていた。
卯月は殺せなかったと耳の奥から教えてくれた気をして、雪香は笑った。嬉しいのか残念なのか、もう分からなかった。するとゼリー状の異形が一回り大きくなり、雪香を後ろから抱きしめた。その手先には鋭い刃となっていった。
「あら、私を殺してくれるの?」
それこそ一番の願いかもしれない。ゆっくりと雪香が目を閉じると、刃を止めたのは思ってもない相手だった。水無瀬の光る手が、異形の刃を通さない。
「どうして止めるの?関係ないでしょう」
「そうだな、関係ない」
もう敬語を使う余裕も、性格を演じる余裕もなかった。ただ今は、卯月が泣かないように必死だった。少なくても彼女は、こんな異形に雪香が殺されて喜ぶわけがない。それだけは絶対の自信があった。
「けど、あいつならこうするだろうから。出会ったばかりの俺も助けてくれた」
「そう。いい子なのね」
私もできればそうなりたかった、なんて。せめて、本気で思えるような悪人でとどまっていたかった。
完璧で、完璧でなければならない。
-雪香ちゃんも可愛いけど、私の方が可愛いよね。
じゃああなたは、いらない。
-やった、雪香ちゃんよりちょっとだけ点数よかった。
そんわけない、気のせいよ。
-雪香、喜んで。新しいお父さんが出来るわよ。
その人、私の好きな人よ。
-はは、なんだか恥ずかしいな…お父さん、なんて。呼びたければ、呼んでくれていいから。無理しないで。
呼べるわけない、あなた、私の気持ち気づいてないの?
-ごめん、君とはこれ以上つきあえない。君は完璧だろうけど、彼女には、僕がいないと駄目なんだ。
何それ、何を言ってるの。
-ごめんなさぁい、私、彼が好きになっちゃって!
あなたのせいなの。そうなの。
-あれ、気に入りませんか?この髪型。お似合いなのに。
違う。あなたもいらない。
いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない
あれ。何これ、すごい。こんな髪型、始めてよ。こんな匂い、始めてよ。
―いかがですか?
完璧。完璧。完璧だわ。ねえ、あなたが欲しいの。
―若人!
だから、あの子は、いらないの。
私と若人さんしか、いらないの。
「若人さん…」
最後に会いたかった、願いは。叶ってしまった。
「雪香さん、無事ですか」
「…若人さん」
助けにきてくれたの、ふっと笑った笑顔はすぐ消えてしまった。若人の隣には卯月がいたからだ。けど彼女を見て、もう憎む気持ちはなかった。死ぬ前だからだろうか。
「卯月?」
「水無瀬君!?なんでまたいるの」
「またって言うなよ…つうか、どうしたんだよ。その顔色」
「ちょ、ちょっとね」
人助けをしに来たのに車酔いで足もおぼつかないとは情けなすぎる、剣を握り異形の前に立ち集中すると、気持ち悪さは一気に引いた。
「待ってて下さい、今助けますから」
「いいの」
止められて、卯月は耳を疑ったが、目の前の雪香は本当に穏やかな顔で笑っていた。死を覚悟していた。
「この先生きてたって、いいことないもの。たくさん悪いことしたし、私が死んでも悲しむ人なんていないわ」
「…さない」
「…え?」
この人は、少し前までの自分だ。傷の深さで比べたら雪香の方が酷いだろうが、人生に絶望し、楽しんでないことは一緒だ。このまま消えてしまえばきっと自分のように後悔する。
「死ぬなんて絶対に許さない。今はつらいかもしれないけど」
「生きてればいいことある?ないわよ、そんなの」
「死んだら、辛いことも分かんない!!」
情けない、目に涙がたまってきてしまったが、叫ばずにはいられなかった。すると雪香の表情が驚きに代わり、卯月を見下ろした。
「今のまま消えちゃったら絶対後悔する…私もそうだったから、保証できる!」
「…っ、そんな保証始めてよ」
そう言って雪香が目を閉じると、異形の刃物がゆっくりと雪香ののど元へ近づいていった。卯月は息を飲み、異形の刃先目がけて剣を振り下ろした。
異形はあっという間にはじけ飛び、そしてたくさんの粒になって部屋中へ降り注いだ。それはまるで、雪香の涙のようだった。
その日のことは騒ぎにはならなかったが、倒れてしまった雪香が病院に運ばれ、そしてほとんど記憶喪失になって帰ってきたことは大きな騒ぎになった。
「おはようございます…おはようございます、はい、おはようございます」
しかし彼女は明るく、どこか憑きものが落ちたようで、今日も朝早くから挨拶運動を校門前でやっている。風の噂で聞いたが彼女は今、近くの祖母の家に引き取られたらしい。
自分の願いによって異形がしてきたことについては少しも覚えていないのだろう、それが正しいことなのかは分からない。忘れていいことだとは思えないが、思い出してほしいとも思えなかった。
「おはようございます」
「おはようございます」
挨拶を返し、雪香とすれ違うと、ねえ、と呼び止められた。
「あなた。私の友達だった?」
「え?」
「あっは、ごめんね。変なこと言って。この子、記憶喪失なんだよ」
「うけるでしょ」
そう言って委員達の輪の中で笑われてる雪香を見て、卯月はほっと安堵した。正義を気取るつもりはないが、自分がしたことが少しでも意味があることに思えた。
「けどこの子一年だし…あんたと話してるところ、見たことないよ」
「そっか…でも、どうしてかな。あなたの顔、知ってるのよ」
「それは」
それはきっと雪香が一番最後に強く恨んだ顔だから-なんて、口が裂けても言えないけど。
「じゃあ、きっと。これから仲良くなれるんじゃないですか」
「…っ、そうか。私、雪香」
「卯月です」
「はじめまして」
「はじめまして」
戦える以外にできることもあるかもしれないと、思ってしまった。
それから、雪香とはびっくりするくらいあっという間に仲良くなった。運命の人だったかも、なんて馬鹿みたいに笑い合いながら、今日は家に遊びにまで来てもらっていた。
「すごいマンションだねえ」
「あはは、そうだね」
すると間もなく若人が帰ってきて、雪香の顔を見て少し驚いていたが、すぐに営業用の笑顔を浮かべた。
「いらっしゃい。卯月、友達か?」
「う、うん。そう」
「こんにちは、おじゃましています」
「こんにちは。卯月と仲良くしてください。ごゆっくり」
そう言って去っていく若人は完璧すぎて、彼の登場に驚いてしまった自分の方が大根役者だ。若人を見て何か思い出さないか心配で彼女を凝視していると、振り返った彼女はなんだか微妙そうな顔をしていた。
「ど、どうした…の?」
「…あれ、美容師の若人だよね」
「うん、親戚なの」
「ふーん。なんか思ってたより恰好よくないね」
なんだか爆発したような笑い声が聞こえた、女三人寄ればなんとやらだが、二人でも十分やかましい。しかし卯月が始めて女友達を連れてきた手前追い出すわけにもいかず、最低限にはもてなそうと冷蔵庫を開けると何もなかった。
何でも掃除機のように食べる卯月の好みではあてにならない、女子は一般的に何を食べ何を飲むのか、正直頼りたくはないが仕方がない。嫌々育美に電話をかけるべく、若人は玄関を出た。