偽り令嬢は、自分を選び取る
わたくしは、ほんとはとっても豪華絢爛な屋敷で暮らしてたの。
(…それはもう、何度も聞いたわ)
たくさんのメイドがいて、綺麗なドレスで、素敵な王子様の婚約者。
…皇后になるはずだったわ。
それなのに!あのオトコ!
夜伽をしたのに裏切られたわ。
…国家簒奪を試みたとして追放されたのよ!
わたくしの家門は誰もそのような卑劣な行為はしないわ!
誰かにでっち上げられたのよ。
…あのピンク頭のせいだわ。
何度も王子様に訴えたのに、なにも変えられなかった。
家はなんとか持ち堪えたけれども、全盛期のような力はなくなったわ。
誰かがわたくしを悪役令嬢だと言って、面白おかしく夢物語にしたのよ。
信じられる?皇帝と皇后の大恋愛の悪役にされたの!
そんなの絶対許されない…。
わたくしは、一生許さない。
ねえ、あなたもそう思うでしょ?
「カナリア」
名前を呼ばれハっとする。
それは、わたしの名前ではない。
それでも返事をする。
「はい、なんでしょう?」
「ここはもういいからお庭の掃き掃除をしてちょうだい」
「はい、メイド長」
わたしは一礼して庭へと向かう。
仕事はきちんとこなさないと…。クビにされてしまっては大変だ。
ここに…王宮で勤めるのになにを犠牲にしたのか忘れてはいけない。
もう、わたしは男爵令嬢のカナリアなのだ。
藁でできた家では寒さを凌げずに凍えていた日、そんな天気で母が亡くなった日、母の弟分だというオトコが現れた。
あの日からわたしは、カナリアとして生きている。
…そうしなければ、生きられなかったから。
今までは、母のために小銭を稼いで生きていた。
わたしは、大黒柱の代わりだった。
今は、男爵令嬢の代わりとして生きている。
そして、来る時に備えて王宮に勤めているのだ。
ぎゅうとポケットに入れている瓶を何度も確認しては握りしめる。
(わたしは、いつも誰かの代わりとして生きてる…)
代わりがいない人生ってどんな感じなんだろう。
自分でいるってどんな感じ?
庭へホウキとちりとりを持って出ていくと見知った顔がいた。
「アル…!」
「! カナリア」
「今日は庭掃除なんだね」
そうなの、と大袈裟に落胆してみせる。
一人でする庭掃除はかなりの力仕事だった。
「…もし、重いものを持ったり助けが必要なときは呼んで。ボクは訓練所の方にいるから」
「まあ…!騎士見習いにでもなれたの?」
実はそうなんだと照れくさそうに言うアルに拍手を贈る。
「おめでとう!…騎士見習いになると、王様とも会えるの?」
「あ〜…うん。まあ、会う時もあるかな」
アルは視線をあちこちに動かし、ポリポリと頬を掻きながら答えた。
なんだかはぐらかされた気がしたが、ふーんと返事をする。
王様に会うのは、やはり至難の業のようだ。
「あ…でも、今度王女様のお披露目会があるから、その時に君も呼ばれないのかな?」
「…え?」
「ほら、君もブライン家の一員として、声が掛かるんじゃないかなぁ」
「ほんとに?そうだといいんだけれど…」
「そ、それか…」
ゴクリとアルが唾を飲み込む。
「ボクと一緒にパートナーとして、入るのはどう…かな?」
「それは…とても光栄だけれども、家に連絡をしないといけないし、難しそうだわ」
「そうか…残念だけれど、仕方ないね」
アルが少し笑って下を向く。
「ボクは、一緒に…行きたかったな」
「え?」
聞き返すと、真っ直ぐわたしを見据えてアルが言う。
「カナリアと、一緒に参加したかった」
「わたしと…?」
「そうだよ、ボクはカナリアが良かったんだ」
同じ言葉を使っているはずなのに、意味を理解するのに時間がかかった。
「そんなの…」
(そんなの、変…。わたしは、カナリアじゃない。ほんとのわたしを、アルだって知らないのに)
「…どうしてわたし?」
「そうだなあ…話してて楽しいし一緒にいると落ち着くんだ」
だからボクは、カナリアがいいんだと照れたようにアルが言う。
ドッと心臓がうるさく響く。
舞い上がる鼓動を抑えようと手を握った。
じんわりと手に汗をかき、スカートで拭うとポケットの瓶に手が触れる。
硬く冷たい瓶に触れた瞬間、高鳴りも頬の熱もスっと引いていく。
(これは、わたしの役目…)
「ありがとう、アル。気持ちだけ受け取るわ」
ニコっとわたしは習い覚えたとおりに、淑やかにお辞儀をした。
「…ううん。気持ちだけでも受け取ってくれて嬉しよ、カナリア」
寂しそうに笑うアルに、ザラリとした気持ちが残る。
アルと別れ、庭掃除をしていると視界にチラチラと映る黒いものが見えた。
近づいて、ゴミを拾うふりをして屈む。
「…近々王宮でお披露目会が行われるらしいな」
「はい」
「オマエの役目を果たす時だ」
ビクっと手が震える。
「わ、わたしは中には入れません…」
「招待状を送る。…乾杯のとき、杯に入れろ」
はい、と返事をする間もなく気配が消える。
ブルブルと手が震え、膝も笑う。
ぎゅ、と目を瞑ると何故かアルの笑顔が思い浮かんで離れない。
(わたしも…アルと一緒にいると楽しい。でも、ほんとのわたしは…)
「わたしは、カナリア…」
役目を忘れないように何度も名前を繰り返す。
(今はまだ、それでいいはず…)
********
「…ブライン家の、カナリア様」
招待状を差し出すと、衛兵に確かめるかのようにジロジロと見られる。
つぅ、と首から汗が流れ落ちた。
(…大丈夫。何度も練習したから、貴族の令嬢に見えるはず)
どうぞ中へと言われ、居心地の悪さを感じながらも、一歩足を踏み入れた。
初めて見る天井の高さ、キラキラと反射する床、豪華な装飾品の数々に圧倒される。
母はいつもこんな世界にいたのだろうか…。
なんて、場違いなんだろう。
わたしには不釣り合いな世界。
(…はやく、済ませてしまおう)
これが終われば、わたしの役目も母の復讐も、カナリアとしての人生も、そして…アルとの関係も。
…全てが終わるんだ。
ズキンと何故か心臓が痛む。
辺りを見渡し、グラスを運ぶ給仕係を探す。
「ご機嫌よう。…こちらの祝杯、もうご準備できてます?」
チラリとグラスの中をのぞき込む。
「はい。もうすぐで皆さまにお渡しできます」
「まあ!…こちら、王族からという決まりですよね?」
そうですよ、こちらから順番にという説明に大変そうですねと朗らかに笑う。
自然な仕草でグラスの方へと近づき、震える手で隠し持っていた瓶を取り出す。
傾けて、毒を入れれば役目が終わるはずだった。
(あ…)
アルと目が合う。
ふにゃと崩れる顔を見てわたしは凍った。
(なんで…?そこは、王族と同じ…)
アルは、いつもの軽装とは違い、肩に重厚そうな刺繍の入った外套を掛け、深い色の布地は光を受けると鈍く艷めく。
胸元には、王家と連なることを示す紋章があしらわれ、金色で縫われたそれは、一目で身分が高いことがわかるものだった。
これは、わたしの知っている男爵令息のアルなのだろうか?
こちらへ向かってくるのを見てサっと瓶を仕舞う。
(入れられなかった…)
「カナリア!来てたんだね」
「…うん。アルはどうして…?」
どうしてあの席に?続く言葉は周囲の視線でかき消される。
あー、とアルはポリポリと頭を搔く。
周囲の視線が、アルに向けられている。
「…ここだと、ちょっと話しづらいなあ」
困ったように笑って、軽く周囲を見渡す。
「…あっちの方が静かに話せそうだから来てくれる?」
優雅に差し出された手を触れるか触れないかギリギリまで伸ばす。
悩んでいると、控えめにアルが掴んだ。
繋がれた手からアルの体温が伝わる。
どうか、わたしの手の冷たさには気付かないでほしい。
(…見られてた?)
なんて言い訳をしよう…頭をグルグルと巡らせるが良い案が浮かばない。
考え込んでいると、いつの間にかテラスにいた。
アルが扉を閉めると、ざわめきが一気に遠のいた。
「ごめん!」
「え?」
「本当は、準男爵なんかじゃなくて、公爵なんだ…」
「こ、公爵…?」
アルの言葉が、うまく飲み込めない。
公爵とは確か、王家の次に高い位だったはず。
「見習い騎士になれたっていうのは…?」
「ごめん。嘘なんだ…。王家の近衛騎士に選ばれたっていう意味では本当なのかな…」
ガンガンと頭が激しく脈打つ。
嘘だと言って欲しい。アルが、王家と近い人間だなんて…。
「ア、アルは…王家と…近い人間なの…?」
「いや、ボクはまだ、継承してないけど…そうだね、継承したら王家と並ぶことが多くなるかな」
叫びそうになる声を寸前で耐える。
王家と、王家に関係のある者を殺せ。
それがわたしの、カナリアとしての任務だった。
(アルが…王家と関係あるなんて…)
喉がひゅっと鳴る。
息の仕方を忘れてしまったようで、うまく呼吸ができない。
「…カナリア?顔色が悪いよ?」
「わ、たし…」
頭痛が激しくなる。
ズキ、という痛みに耐えられず、握っていた小瓶を離してしまった。
カラン、と小さいのにやけに音が響く。
コロコロとゆっくり小瓶が足元に転げ落ちた。
慌ててしゃがみ込み、震えながら拾い上げる。
じっとわたしを見つめていたアルが口を開いた。
「…それ、さっきグラスのところで持ってたよね?」
アルの声は低く、落ち着いているのにビクっと身体が揺れる。
わたしの態度にアルが更に訝しむ。
「グラス、見つめてたね…随分真剣に」
アルの言葉に反応ができない。
黙っているとアルが半歩前に進む。
わたしはジリっ…とその距離が埋まらないよう下がる。
「カナリア…?」
「…来ないで」
アルの視線が小瓶に注がれる。
「ねえ…その中身、なに?」
「…酔い止めなの」
自分でも驚くほど流暢に、口から勝手に言葉が漏れ出る。
「ほら…人酔いしちゃいそうだから、持ってきてたの」
アルの眉が下がり、寂しそうに見える。
「そっか…」
アルはわたしの言葉に何度か頷いて、無理に納得しようとしているかのようだった。
見破られていると思うのに、悪あがきをしてしまう。
「…ほ、ほんとよ」
「カナリアが、そう言うならボクは信じるよ」
困ったように、苦しそうに笑って言い切るアルに絶句する。
(どうして…嘘だって、きっと見抜いてるはずなのに)
「どうして…信じてくれるの…?」
「だって、カナリアがそう言うなら、ボクは受け入れるよ」
「アル…」
この人は、どうしてわたしのことを責めないんだろう。
信じるだなんて、言い切れるものなの?
(もう、いい…)
きっと、わたしにはアルは殺せなかった。
自嘲気味に笑って小瓶を捨てる。
コロコロと音を立て転がり、コツン、とアルの足元で止まる。
お互いに拾うことも、動くこともできない。
「…毒なの、それ」
静寂が落ちる。
わたしの言葉だけがやけに大きく聞こえた。
アルは、なにも言わずに足元の小瓶を見つめている。
沈黙が、とても恐ろしかった。
「毒、なの…。わたし、王族も」
喉が詰まる。
言葉を発したいのに、うまく話せない。
ふぅ、と息を吐いて一旦落ち着かせる。
「…アルも、殺そうとしたの」
予想はできていたであろうに、アルの目が大きく見開かれる。
口を開いては閉じを繰り返して、言葉が出ないようだった。
真っ直ぐその目を見ることが出来ずに床を見つめたまま、わたしは告白する。
「ごめん、なさい…」
アルに、聞いて欲しいのか誰に対しての謝罪なのかも分からない。
言葉が、うまく繋げられない。
「…この生き方しか知らないの」
「カナリア…?」
「アル…わたし…わたしは、カナリアじゃない」
小さい声で呟いて首を振る。
いつも誰かの代わりだったわたしは、どう生きたらいいか分からない。
「ほんとのわたしは、男爵令嬢でもないの。わたしは、カナリアの代わり…母の復讐の代わりに、ここにいるの」
足元にあった小瓶をアルが拾う。
ハンカチで綺麗に包み込み、自身のポケットへしまい込んだ。
そのまま、わたしへ向かって一歩踏み出す。
「…じゃあ、代わりをやめればいい」
また、一歩わたしの方へ踏み出す。
近づいてくるアルをわたしは呆然と見つめる。
「君がカナリアでも、そうでなくても関係ない」
一拍間を置いてアルが続ける。
「ボクが選んでるのは目の前にいる君だよ…代わりなんていない」
「そんな…何者かも分からないのよ?」
「じゃあ、ボクがアルじゃなかったら君はどうするの?」
「そんなの…わたしとはちがうわ。…わたし、アルみたいに素敵じゃない。アルは、誰にでも優しくて…ちゃんと人を見ているもの」
クっとアルが笑う。
「ほら、そういうところ。君はボクが公爵だと分かっても態度を変えない」
アルの長い髪が夜風にはためく。
「それが、すごく嬉しいんだよ」
また、一歩と踏み出され、気付けばすぐ手が届く位置にいる。
ねえ、とアルが言葉を続ける。
「君が、君であることは変わらないんだよ。…だから、すきなんだ」
アルの目が真っ直ぐわたしを捉える。
拒まないといけないのに、身体に力が入らない。
初めて、わたしという人間が選ばれた。
誰かの代わりじゃない。
わたしを、アルは見てくれている。
「わ、たし…」
「ボクを、選んで。君の本当の名前を教えてよ」
差し出された手を見つめる。
風が吹き、テラスに生えている花が舞い上がった。
これから、どうなるのかは分からない。
今までなにもなかった。
なにが正解かは分からない。
でも、わたしもアルがいい。
代わりがいない、わたしだけの人生を共にするなら、アルがいい…。
ゆっくりと手を伸ばし、アルの手に躊躇いながら触れる。
一度離しそうになり…
それでも、ぎゅっと握る。
少し遅れて包み込むように握り返される。
「わたしの、名前は…」
ボロリと涙がこぼれ落ちる。
これからは、アルと一緒に未来を選びたい。
誰のものでもない、わたしの人生のために。
お読みいただきありがとうございます^^




