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偽り令嬢は、自分を選び取る

作者: 佐藤タイム
掲載日:2026/04/27

わたくしは、ほんとはとっても豪華絢爛な屋敷で暮らしてたの。


(…それはもう、何度も聞いたわ)


たくさんのメイドがいて、綺麗なドレスで、素敵な王子様の婚約者。

…皇后になるはずだったわ。

それなのに!あのオトコ!

夜伽をしたのに裏切られたわ。

…国家簒奪を試みたとして追放されたのよ!

わたくしの家門は誰もそのような卑劣な行為はしないわ!

誰かにでっち上げられたのよ。

…あのピンク頭のせいだわ。

何度も王子様に訴えたのに、なにも変えられなかった。

家はなんとか持ち堪えたけれども、全盛期のような力はなくなったわ。

誰かがわたくしを悪役令嬢だと言って、面白おかしく夢物語にしたのよ。

信じられる?皇帝と皇后の大恋愛の悪役にされたの!

そんなの絶対許されない…。

わたくしは、一生許さない。

ねえ、あなたもそう思うでしょ?


「カナリア」


名前を呼ばれハっとする。

それは、わたしの名前ではない。

それでも返事をする。


「はい、なんでしょう?」

「ここはもういいからお庭の掃き掃除をしてちょうだい」

「はい、メイド長」


わたしは一礼して庭へと向かう。

仕事はきちんとこなさないと…。クビにされてしまっては大変だ。

ここに…王宮で勤めるのになにを犠牲にしたのか忘れてはいけない。

もう、わたしは男爵令嬢のカナリアなのだ。

藁でできた家では寒さを凌げずに凍えていた日、そんな天気で母が亡くなった日、母の弟分だというオトコが現れた。

あの日からわたしは、カナリアとして生きている。

…そうしなければ、生きられなかったから。

今までは、母のために小銭を稼いで生きていた。

わたしは、大黒柱の代わりだった。

今は、男爵令嬢の代わりとして生きている。

そして、来る時に備えて王宮に勤めているのだ。

ぎゅうとポケットに入れている瓶を何度も確認しては握りしめる。


(わたしは、いつも誰かの代わりとして生きてる…)


代わりがいない人生ってどんな感じなんだろう。

自分でいるってどんな感じ?

庭へホウキとちりとりを持って出ていくと見知った顔がいた。


「アル…!」

「! カナリア」

「今日は庭掃除なんだね」


そうなの、と大袈裟に落胆してみせる。

一人でする庭掃除はかなりの力仕事だった。


「…もし、重いものを持ったり助けが必要なときは呼んで。ボクは訓練所の方にいるから」

「まあ…!騎士見習いにでもなれたの?」


実はそうなんだと照れくさそうに言うアルに拍手を贈る。


「おめでとう!…騎士見習いになると、王様とも会えるの?」

「あ〜…うん。まあ、会う時もあるかな」


アルは視線をあちこちに動かし、ポリポリと頬を掻きながら答えた。

なんだかはぐらかされた気がしたが、ふーんと返事をする。

王様に会うのは、やはり至難の業のようだ。


「あ…でも、今度王女様のお披露目会があるから、その時に君も呼ばれないのかな?」

「…え?」

「ほら、君もブライン家の一員として、声が掛かるんじゃないかなぁ」

「ほんとに?そうだといいんだけれど…」

「そ、それか…」


ゴクリとアルが唾を飲み込む。


「ボクと一緒にパートナーとして、入るのはどう…かな?」

「それは…とても光栄だけれども、家に連絡をしないといけないし、難しそうだわ」

「そうか…残念だけれど、仕方ないね」


アルが少し笑って下を向く。


「ボクは、一緒に…行きたかったな」

「え?」


聞き返すと、真っ直ぐわたしを見据えてアルが言う。


「カナリアと、一緒に参加したかった」

「わたしと…?」

「そうだよ、ボクはカナリアが良かったんだ」


同じ言葉を使っているはずなのに、意味を理解するのに時間がかかった。


「そんなの…」


(そんなの、変…。わたしは、カナリアじゃない。ほんとのわたしを、アルだって知らないのに)


「…どうしてわたし?」

「そうだなあ…話してて楽しいし一緒にいると落ち着くんだ」


だからボクは、カナリアがいいんだと照れたようにアルが言う。

ドッと心臓がうるさく響く。

舞い上がる鼓動を抑えようと手を握った。

じんわりと手に汗をかき、スカートで拭うとポケットの瓶に手が触れる。

硬く冷たい瓶に触れた瞬間、高鳴りも頬の熱もスっと引いていく。


(これは、わたしの役目…)


「ありがとう、アル。気持ちだけ受け取るわ」


ニコっとわたしは習い覚えたとおりに、淑やかにお辞儀をした。


「…ううん。気持ちだけでも受け取ってくれて嬉しよ、カナリア」


寂しそうに笑うアルに、ザラリとした気持ちが残る。

アルと別れ、庭掃除をしていると視界にチラチラと映る黒いものが見えた。

近づいて、ゴミを拾うふりをして屈む。


「…近々王宮でお披露目会が行われるらしいな」

「はい」

「オマエの役目を果たす時だ」


ビクっと手が震える。


「わ、わたしは中には入れません…」

「招待状を送る。…乾杯のとき、杯に入れろ」


はい、と返事をする間もなく気配が消える。

ブルブルと手が震え、膝も笑う。

ぎゅ、と目を瞑ると何故かアルの笑顔が思い浮かんで離れない。


(わたしも…アルと一緒にいると楽しい。でも、ほんとのわたしは…)


「わたしは、カナリア…」


役目を忘れないように何度も名前を繰り返す。


(今はまだ、それでいいはず…)




********


「…ブライン家の、カナリア様」


招待状を差し出すと、衛兵に確かめるかのようにジロジロと見られる。

つぅ、と首から汗が流れ落ちた。


(…大丈夫。何度も練習したから、貴族の令嬢に見えるはず)


どうぞ中へと言われ、居心地の悪さを感じながらも、一歩足を踏み入れた。

初めて見る天井の高さ、キラキラと反射する床、豪華な装飾品の数々に圧倒される。

母はいつもこんな世界にいたのだろうか…。

なんて、場違いなんだろう。

わたしには不釣り合いな世界。


(…はやく、済ませてしまおう)


これが終われば、わたしの役目も母の復讐も、カナリアとしての人生も、そして…アルとの関係も。

…全てが終わるんだ。

ズキンと何故か心臓が痛む。

辺りを見渡し、グラスを運ぶ給仕係を探す。


「ご機嫌よう。…こちらの祝杯、もうご準備できてます?」


チラリとグラスの中をのぞき込む。


「はい。もうすぐで皆さまにお渡しできます」

「まあ!…こちら、王族からという決まりですよね?」


そうですよ、こちらから順番にという説明に大変そうですねと朗らかに笑う。

自然な仕草でグラスの方へと近づき、震える手で隠し持っていた瓶を取り出す。

傾けて、毒を入れれば役目が終わるはずだった。


(あ…)


アルと目が合う。

ふにゃと崩れる顔を見てわたしは凍った。


(なんで…?そこは、王族と同じ…)


アルは、いつもの軽装とは違い、肩に重厚そうな刺繍の入った外套を掛け、深い色の布地は光を受けると鈍く艷めく。

胸元には、王家と連なることを示す紋章があしらわれ、金色で縫われたそれは、一目で身分が高いことがわかるものだった。

これは、わたしの知っている男爵令息のアルなのだろうか?

こちらへ向かってくるのを見てサっと瓶を仕舞う。


(入れられなかった…)


「カナリア!来てたんだね」

「…うん。アルはどうして…?」


どうしてあの席に?続く言葉は周囲の視線でかき消される。

あー、とアルはポリポリと頭を搔く。

周囲の視線が、アルに向けられている。


「…ここだと、ちょっと話しづらいなあ」


困ったように笑って、軽く周囲を見渡す。


「…あっちの方が静かに話せそうだから来てくれる?」


優雅に差し出された手を触れるか触れないかギリギリまで伸ばす。

悩んでいると、控えめにアルが掴んだ。

繋がれた手からアルの体温が伝わる。

どうか、わたしの手の冷たさには気付かないでほしい。


(…見られてた?)


なんて言い訳をしよう…頭をグルグルと巡らせるが良い案が浮かばない。

考え込んでいると、いつの間にかテラスにいた。

アルが扉を閉めると、ざわめきが一気に遠のいた。


「ごめん!」

「え?」

「本当は、準男爵なんかじゃなくて、公爵なんだ…」

「こ、公爵…?」


アルの言葉が、うまく飲み込めない。

公爵とは確か、王家の次に高い位だったはず。


「見習い騎士になれたっていうのは…?」

「ごめん。嘘なんだ…。王家の近衛騎士に選ばれたっていう意味では本当なのかな…」


ガンガンと頭が激しく脈打つ。

嘘だと言って欲しい。アルが、王家と近い人間だなんて…。


「ア、アルは…王家と…近い人間なの…?」

「いや、ボクはまだ、継承してないけど…そうだね、継承したら王家と並ぶことが多くなるかな」


叫びそうになる声を寸前で耐える。

王家と、王家に関係のある者を殺せ。

それがわたしの、カナリアとしての任務だった。


(アルが…王家と関係あるなんて…)


喉がひゅっと鳴る。

息の仕方を忘れてしまったようで、うまく呼吸ができない。


「…カナリア?顔色が悪いよ?」

「わ、たし…」


頭痛が激しくなる。

ズキ、という痛みに耐えられず、握っていた小瓶を離してしまった。

カラン、と小さいのにやけに音が響く。

コロコロとゆっくり小瓶が足元に転げ落ちた。

慌ててしゃがみ込み、震えながら拾い上げる。

じっとわたしを見つめていたアルが口を開いた。


「…それ、さっきグラスのところで持ってたよね?」


アルの声は低く、落ち着いているのにビクっと身体が揺れる。

わたしの態度にアルが更に訝しむ。


「グラス、見つめてたね…随分真剣に」


アルの言葉に反応ができない。

黙っているとアルが半歩前に進む。

わたしはジリっ…とその距離が埋まらないよう下がる。


「カナリア…?」

「…来ないで」


アルの視線が小瓶に注がれる。


「ねえ…その中身、なに?」

「…酔い止めなの」


自分でも驚くほど流暢に、口から勝手に言葉が漏れ出る。


「ほら…人酔いしちゃいそうだから、持ってきてたの」


アルの眉が下がり、寂しそうに見える。


「そっか…」


アルはわたしの言葉に何度か頷いて、無理に納得しようとしているかのようだった。

見破られていると思うのに、悪あがきをしてしまう。


「…ほ、ほんとよ」

「カナリアが、そう言うならボクは信じるよ」


困ったように、苦しそうに笑って言い切るアルに絶句する。


(どうして…嘘だって、きっと見抜いてるはずなのに)


「どうして…信じてくれるの…?」

「だって、カナリアがそう言うなら、ボクは受け入れるよ」

「アル…」


この人は、どうしてわたしのことを責めないんだろう。

信じるだなんて、言い切れるものなの?


(もう、いい…)


きっと、わたしにはアルは殺せなかった。

自嘲気味に笑って小瓶を捨てる。

コロコロと音を立て転がり、コツン、とアルの足元で止まる。

お互いに拾うことも、動くこともできない。


「…毒なの、それ」


静寂が落ちる。

わたしの言葉だけがやけに大きく聞こえた。

アルは、なにも言わずに足元の小瓶を見つめている。

沈黙が、とても恐ろしかった。


「毒、なの…。わたし、王族も」


喉が詰まる。

言葉を発したいのに、うまく話せない。

ふぅ、と息を吐いて一旦落ち着かせる。


「…アルも、殺そうとしたの」


予想はできていたであろうに、アルの目が大きく見開かれる。

口を開いては閉じを繰り返して、言葉が出ないようだった。

真っ直ぐその目を見ることが出来ずに床を見つめたまま、わたしは告白する。


「ごめん、なさい…」


アルに、聞いて欲しいのか誰に対しての謝罪なのかも分からない。

言葉が、うまく繋げられない。


「…この生き方しか知らないの」

「カナリア…?」

「アル…わたし…わたしは、カナリアじゃない」


小さい声で呟いて首を振る。

いつも誰かの代わりだったわたしは、どう生きたらいいか分からない。


「ほんとのわたしは、男爵令嬢でもないの。わたしは、カナリアの代わり…母の復讐の代わりに、ここにいるの」


足元にあった小瓶をアルが拾う。

ハンカチで綺麗に包み込み、自身のポケットへしまい込んだ。

そのまま、わたしへ向かって一歩踏み出す。


「…じゃあ、代わりをやめればいい」


また、一歩わたしの方へ踏み出す。

近づいてくるアルをわたしは呆然と見つめる。


「君がカナリアでも、そうでなくても関係ない」


一拍間を置いてアルが続ける。


「ボクが選んでるのは目の前にいる君だよ…代わりなんていない」

「そんな…何者かも分からないのよ?」

「じゃあ、ボクがアルじゃなかったら君はどうするの?」

「そんなの…わたしとはちがうわ。…わたし、アルみたいに素敵じゃない。アルは、誰にでも優しくて…ちゃんと人を見ているもの」


クっとアルが笑う。


「ほら、そういうところ。君はボクが公爵だと分かっても態度を変えない」


アルの長い髪が夜風にはためく。


「それが、すごく嬉しいんだよ」


また、一歩と踏み出され、気付けばすぐ手が届く位置にいる。

ねえ、とアルが言葉を続ける。


「君が、君であることは変わらないんだよ。…だから、すきなんだ」


アルの目が真っ直ぐわたしを捉える。

拒まないといけないのに、身体に力が入らない。

初めて、わたしという人間が選ばれた。

誰かの代わりじゃない。

わたしを、アルは見てくれている。


「わ、たし…」

「ボクを、選んで。君の本当の名前を教えてよ」


差し出された手を見つめる。

風が吹き、テラスに生えている花が舞い上がった。

これから、どうなるのかは分からない。

今までなにもなかった。

なにが正解かは分からない。

でも、わたしもアルがいい。

代わりがいない、わたしだけの人生を共にするなら、アルがいい…。

ゆっくりと手を伸ばし、アルの手に躊躇いながら触れる。

一度離しそうになり…

それでも、ぎゅっと握る。

少し遅れて包み込むように握り返される。


「わたしの、名前は…」


ボロリと涙がこぼれ落ちる。

これからは、アルと一緒に未来を選びたい。

誰のものでもない、わたしの人生のために。

お読みいただきありがとうございます^^

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