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足が痛いのは気のせいです!

作者: 田中コウ
掲載日:2026/03/24


「足が痛いのは気のせい。足が痛いのは気のせい」

私は自分の足に言い聞かせる。

スタートから今は20km地点、しだいに膝が痛くなってきた。

残り22km、まだ半分以上ある。不安が募る。

少し走るペースを落とすべきだ。

私は1kmを6分で走っていたのを、6分30秒程度にスピードを落とす。

すると、不思議なことに、痛みがいつの間にか消えている。


私は決して早いランナーではない。週に2回、ジョギングをするのを趣味としている。休日は独り、マイペースで街や海岸、野山を走るのが好きだ。

それでも、年に一度だけ、フルマラソンに出る。

それは、マラソンこそがボッチの戦いの場だからだ。

仲間と一緒に出場する者たちもいるだろう。ランニングと言う同じ趣味を持ち仲良く走るカップルもいるだろう。

しかし、42.195kmは、その絆をもって苦楽を分かち合う物ではない。最後は自分との闘いになる。誰も痛みを代わってもらえない。誰も痛みを代わって上げられない。


「フフフ、みなさんボッチの祭典にようこそ」


痛みが無くなったのを良い事に、妄想モードに入る。その上、調子に乗ってペースが上がっていた。

直ぐ後悔する。

22km地点、今度は足の裏が痛みだす。

「足の裏が痛いのは気のせい。足の裏が痛いのは気のせい」

これも1kmほど唱えると不思議に痛みがなくなる。

よし、今度は調子に乗る事は無い。慎重に今のペースを守る。

「がんばれ、がんばれ」

沿道から声援が聞こえる。

「ありがとう、よし、がんばるぞ」恥ずかしいから心の中だけで感謝する。

声援を受けると不思議に力が出る。何故だろう。特に女の子からの声援は5割増しだ。


しかし、調子のいい走りは、そう長くは続かない。

やがて、30km地点、足の他に背中も痛くなってきた。

「足、背中が痛いのは気のせい。足、背中が痛いのは気のせい」

1kmほど唱えても治らない。懸命に唱えても治らない。

致し方ない、別のまじないを唱える。

「ちちんぷいぷい、ちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んで行け。痛いの痛いの飛んで行け」

私は1人、ぶつぶつ、まじないを唱えながら走る、気持ちの悪いランナーだ。

気持ちが悪かろうと、なりふり構わず、私は唱え続ける。

懸命の努力によって、痛みが少し和らぐ。

「よし、まだ行ける。残り10km切った」

この頃になると、私の周りのランナーたちは同じ実力の者たちになる。抜いたり抜かれたり。

みんな、体のあちこちが痛いのだろう。それを堪えて少しでも前に進もうとしている。私も同じだ。

何人ものランナーが足を止めて、ストレッチやエアーサロンパス スプレーをかけてもらっている。中には救護員に吊った足を観てもらっている者もいる。

ここは戦場、私たちは落ち武者だ。何としても生きて領地に帰らなくては。


「ちちんぷいぷい」のまじないも効かなくなってきた。

そこで私は卑劣な手段に出る。

「ちちんぷいぷい、ちんぷいぷい、痛いの痛いの前を走る親父の足に飛んで行け。痛いの痛いの前を走る親父の足に飛んで行け」

私は「まじない」を「呪いに」に変えて唱える。

前を走っていた中年のランナーが、足の痛みに耐えかねて立ち止まる。

「よし」

私は中年ランナーを横目に走り抜ける。

私の足の痛みが少し和らいだ気がする。代わりに心が少し痛む。

私は呪文を唱える。

「心の痛みは気のせい。心の痛みは気のせい」

直ぐに心の痛みは消え去る。


残った腰の痛みに耐えながら、走り続ける。

「ぐっ!」

残り5kmのところで、がくりと右膝から力が抜ける。危うく転倒しそうになったのを堪える。

しかし、走る事ができず、立ち止まる。

「人を呪わば穴二つ」

私はその言葉を思い出した。後方を見ると先ほど立ち止まっていた中年のランナーは、また走出していた。まるでゾンビの様だ。

「私は今から修羅と化さん」

若干、中二病を患った思考になりながらも、私は走出す。

「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの周りのおっさんたちに飛んでいけ」

呪いを周囲にまき散らしながら、自分は修羅になったつもり、他人から見ればゾンビの私は最後のあらゆる力を振り絞り走る。


残り1kmを切った。

「がんばれー、あと300mだ」

沿道から声援が聞こえる。

ウソをつくな。あと500mはあるだろう。善意の声援にも私は悪態をつきながら走った。

そして、そして、やっとゴール前。

私の隣には、最初に呪いを掛けた中年ランナーの男性がいた。一緒にゴールした。

彼は私に笑顔を向けた。


私は心の中で言った。


「ナイスラン」


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