「川の音の中で」
森の奥は静かだった。
日が落ち、川面が黒く光る。
その脇で――石が、何度も、何度も跳ねた。
ぼん。
土が跳ねる音。
詠唱も魔力の震えもない。
ただ“結果”だけが、世界に刻み込まれていく。
木立の影から、一人の少年が現れた。
エリオット・グレイ。
淡い銀色の髪。
疲れた瞳。それでも探し続けた足跡の先に――
やっと見つけた友人の背中があった。
「……ノックス」
ノックスは振り返らなかった。
石を拾い、呼吸を整え、もう一度投げる。
ぼん。
「学院をやめたって聞いた」
静かな声。
それは非難でも心配でもない。
ただ“事実を知りたい”声だった。
ノックスは石を握ったまま答える。
「うん。辞めたよ」
エリオットは前に出た。
暗がりでも、彼の瞳は昔のままだ。
「……どうして?」
ノックスは少しだけ微笑む。
自嘲でも諦めでもない。
“彼に説明する必要がない”と理解している微笑。
「届かない壁を見たから」
エリオットは眉を寄せた。
「壁? 努力で壊せるだろ?」
ノックスは首を振る。
それは誰に言われても揺らがない強さだった。
「努力で壊れる壁もある。でも……壊れない壁もある」
エリオットは喉の奥で息が止まる感覚を覚えた。
理解できない。
でも、ノックスが嘘を言っていないことだけは分かる。
「君は、努力してた。僕は知ってる」
ノックスは微笑んだ。
「知ってくれてるのが嬉しい」
その言葉が、エリオットの心を抉った。
> じゃあ、なぜ辞めた?
なぜ、そこにいない?
そう問いただしたかった。
でもできなかった。
ノックスの瞳に、帰らない覚悟が宿っていたからだ。
焚き火の小さな炎が、二人の影を揺らす。
エリオットは、ただ一歩近づいた。
「……どこに行くつもり?」
ノックスは空を見上げる。
星は見えない。
雲が夜を覆っている。
「速度の先」
エリオットは目を閉じた。
理解できない言葉。
意味も形も見えない未来。
でも――
速度、という言葉には、なぜか“未来”の匂いがした。




