7: ー速度という遺言ー
夕暮れ。
ノックスは川原で石を投げ続けていた。
白い柱を何度も立てることはできない。
だが、一瞬だけ“速さ”が身体を通過した。
息が荒い。
筋肉が震える。
それでも続ける。
(もっと……速く)
指先が痛みを越え、感覚が霞む。
その時だった。
背中の方で、紙が落ちる音がした。
ノックスは振り返る。
石の上に、一つの封筒が置かれていた。
――大輔の姿はない。
ノックスの胸がざわつく。
「……師匠……?」
影も足跡もない。
川原に風が吹き、草が揺れるだけ。
ノックスは封筒を拾い、震える指で開いた。
中には数枚の紙。
走り書き。
掠れ、急いで書いた跡。
一文字一文字に焦りが滲む。
ノックスは読む。
> ノックスへ
どうやら、俺はここまでのようだ。
内部式理論を書き残す。
魔術の速度は“手順の死”だ。
詠唱は外部装置。
設計は内部装置。
制御より先に、本能を動かせ。
発動は命令。
思考は後ろでいい。
削れ。
捨てろ。
殺せ。
手順を、記憶を、詠唱を。
すべての過程を切断し、“結果だけ残せ”。
感覚の中心に“空白”が生まれる。
その空白こそが速度だ。
君に幸あらんことを。
冴島 大輔
ノックスの視界が揺れた。
紙が震える。
それは恐怖ではない。
喪失と未来が同時に胸へ突き刺さった。
――ここまでの「ようだ」。
この短い言葉の重さに、ノックスは気づく。
大輔は、もっと教えたかった。
まだ“速度の入口”に立っただけ。
本当なら、内部式を直接教え、形を見せ、反射を叩き込むはずだった。
だが、時間がなかった。
理由は書かれていない。
説明もない。
ただ、急いで理論を「残した」。
インクの濃淡は乱れ、ところどころ文字が潰れている。
形より速度。
美しさより残すこと。
書きながら、途中で何度も立ち止まり――また書き始めた跡。
紙には土の汚れ、焦げたような黒い粒が付着している。
必死だった。
ノックスは噛み締める。
(……師匠は……戦っていた)
何かと。
誰かと。
あるいは世界そのものと。
だから、いなくなった。
姿を消すように。
追えないように。
巻き込まないように。
ノックスは空を見上げる。
涙が頬を伝う。
> 「僕は……まだ何も知りません……!」
川の音だけが返ってくる。
答えはない。
だが紙には――
> 「内部式理論を書き残す」
とある。
つまりこれは“終わり”ではなく、“始まり”だ。
ノックスは拳を握り締め、封筒を抱き込むように胸に押し当てた。
> 「必ず……僕が完成させます……!」
声は震え、空へ消える。
学院には教えない魔術。
世界には存在しない理論。
誰も知らない革命。
落ちこぼれには、未来が託された。
風が吹き抜ける。
ノックスは立ち上がる。
石を握る。
思考より先に、身体が動く。
肩の力を抜き、意識を空白に沈ませ――
ただ、投げる。
ぼん。
白い柱。
ノックスは目を閉じる。
涙が落ちる。
笑みが浮かぶ。
> 「師匠……見ていてください……」
川原に夜が降りる。
それが、“速度の革命”の魂だった。




