6: ー速度の入口ー
川原には石が山のように積まれていた。
丸石。角張った石。濡れた石。乾いた石。
大小も重さも違い、握りづらい。
“練習用”という言葉を拒絶したくなるほどに、無作為な石ばかり。
その上に、ただ淡々と立つ男がいた。
冴島大輔。
> 「全部投げろ。全部失敗しろ。“再現”じゃなく“線”にする」
その声には“慰め”も“期待”もない。
ただ現実だけがある。
ノックスは唾を飲み込み、石を握る。
(投げるだけ――)
魔術じゃない。
詠唱もいらない。
術式を組む必要もない。
ただ、ただ――石を投げればいい。
――はずなのに。
脳が動いた瞬間、身体は止まった。
ぼちゃん。
軽い水音が、冷たく胸を刺す。
昨日の“白い柱”は、どこにもない。
「……出ない」
悔しいのに、悔しさにならない。
“何が正しいのか”すら分からない。
大輔は淡々と言う。
> 「“考えた瞬間”魔術は止まる」
その言葉は残酷だった。
魔術を成功させようと“考えること”が――失敗の原因。
学院で教えられた“正しさ”の、真逆。
ノックスの胸がざわついた。
(僕が……邪魔? 僕自身が?)
指が強張る。
もう一度、投げる。
考えないようにしようと“考えてしまう”。
ぼちゃん。
落下する音だけが続く。
濡れた石が水面に沈む度、胸の奥で何かが消えていくようだった。
「難しい……!」
声が掠れる。
大輔は笑わず、怒らず、ただ言った。
> 「難しいさ。人間は“考える”動物だからな。だから遅い」
その言葉には、嘲りも励ましもない。
ただ真実だけが、刃のように立っている。
ノックスは唇を噛みしめる。
(考えるから遅くなる……考えれば考えるほど失敗する……)
常識と真理が、頭の中で喧嘩を始めた。
石を握る手が震える。
それでも止まらない。
十投、二十投、三十投。
ぼちゃん。
ぼちゃん。
ぼちゃん。
“白い柱”は戻ってこない。
落ちる音だけが積み重なる。
それはまるで、“第二の鼓動”。
身体の奥で何かが打ち続けていた。
腕が痺れ、肩が重く、肺が焼け、視界が霞む。
思考が摩耗し――
その瞬間。
ノックスの意識が“空白”になった。
何も考えない。
何も見ない。
過去も未来もない。
そこにあるのは――ただ“今”。
(……投げる)
身体が先に動いた。
脳は、遅れた。
石が空を切る。
空気が震える。
水面――
ぼん。
白い水柱。
音が遅れて届く。
現象が先で、知覚が後。
ノックスは息を止めた。
胸が跳ねる。
涙が滲む。
大輔は振り向かない。
> 「一回は点。点が繋がると“線”になる」
その声は淡々としているのに――
ノックスには“世界の真理”に聞こえた。
「点……線……」
点は偶然。
線は必然。
偶然の連続は、再現性へ変わる。
ノックスは石を握る。
反射――
反射――
反射。
考える前に動く。
動いてから考える。
百回中一回。
五十回に一回。
三十回に一回。
数字に意味はない。
“再現性”だけが意味になる。
疲労の底で、反射が生まれた。
腕が勝手に動く。
目より先に身体が投げていた。
石が飛ぶ。
ぼん。
また白い柱。
目が追いつかない。
“自分が何をしたか”分からない。
それでも――できた。
大輔は言う。
> 「六投連続。“線”だ」
喉が詰まる。
手が震える。
涙が滲む。
ノックスは叫ぶように聞いた。
「僕は……速くなっていますか?」
祈りのような声だった。
だが大輔は首を振る。
> 「違う。“速度を知った身体”が生まれた」
ノックスの世界が止まる。
速くなったんじゃない――
速さを“知った”。
それは技術でも努力でもない。
存在の変化だ。
速度は理解ではない。
速度は知覚でもない。
速度は――存在になる。
大輔の声が続く。
> 「思考より先に動く身体。
それが“外部式”の核だ。
式そのものが反射になる。
それが速度だ」
魔術とは詠唱だ。
魔術とは術式だ。
魔術とは威力だ。
――全部、違う。
魔術とは、速度だ。
ノックスは息を吸い、言葉が漏れた。
「……魔術って、なんですか」
大輔は石を拾い上げ、指で刻印をなぞる。
> 「魔術は“命令”だ。
威力じゃない。意思でもない。
結果を生むための手順――その設計が、魔術だ」
ノックスの手が震える。
刻印は複雑で、しかし無駄がなかった。
「それ……魔術式……ですか……?」
大輔は頷く。
> 「エングレイブ。刻印魔術だ」
ノックスの瞳が揺れた。
大輔は続ける。
> 「術式を物質や身体に刻む。
脳の演算ではなく、あらかじめ用意した術式によって即時発動させる技術。
詠唱も構築もいらない」
ノックスは言葉を失った。
大輔はさらに言う。
> 「俺の理論で構成した術式は、二種類ある。
エングレイブ――刻印魔術(外部式)
フラッシュ・シグル――反射運動による(内部式)」
その言葉は、世界を反転させた。
> 「外部式は“設計”がすべて。
内部式は“身体”がすべてだ」
魔術が――個人の才能ではなくなる。
> 「思考を殺す。手順を殺す。
結果だけを残す。それが速度の魔術だ」
川原の空気が震える。
ノックスが握った石が、わずかに汗で濡れていた。
胸が熱い。
涙が出そうになる――けれど、泣く理由がない。
ただ一つの理解だけがあった。
> “魔術革命の最初の一秒”が、始まった。
ノックスは石を投げ続けた。
ぼん。
ぼん。
ぼん。
白い線が、水面に刻まれていく。
“点”が、“線”へ変わっていく。
――この場所から世界が変わる。




