4: ー通りすがりの魔術師ー
――出会いは偶然ではなく、革命の種――
森は深く、湿っていた。
沈殿した霧が地面に張り付き、
葉はたっぷりと水を含んで重く垂れ下がっている。
ここは“獣道”ではない。
獣が“通らない場所”だった。
理由は一つ。
この奥には「生き物が消える場所」がある。
その気配が、森の奥で蠢いていた。
木々の影に、三人が陣形を組む。
前衛――大盾と斧を構える巨躯の男、ドラン。
後衛――杖を構え、魔力の流れを読む少女、リナ。
中衛――剣と視線で戦況を制御する青年、ガイル。
Cランク冒険者――
“ガイル・パーティー”。
依頼は軽い。
> 『ゴブリン討伐』
この国の冒険者なら誰でも経験する――はずだった。
>――音が割れた。
木の根が揺れたのではない。
地面が震えたのでもない。
「何かが走っている」音だった。
最初の影が木々から飛び出した瞬間、
リナの息が凍りつく。
> 「……大きい……!」
図鑑とは違う。
資料とも違う。
常識とも違う。
人間の二倍はある巨大な影。
黒鉄のような皮膚。
筋肉が剥き出しのまま膨れ上がっている。
ゴブリン・ファイター。
盾を押し潰す腕力。
大盾ごと人間を叩き潰す怪物。
その一撃には、
「外したらどうなる」ではなく、
**「当たったら死ぬ」**という答えしかない。
ガイルが叫ぶ。
「ドラン!真正面を取れ!」
ドランは咆哮し、盾を構えた。
衝突音が森を震わせる。
ファイターの衝撃で、
ドランの膝が沈む。
> (押し返せない……!)
その瞬間、空気が裂けた。
木々の影から矢の雨が降る。
ただの弓じゃない。
木盾のような装甲に穴が開いている。
ドランが低く唸った。
「盾付きの弓……?穴から矢を撃っていやがる!」
森を移動するための戦術を知っている――
まるで軍隊だ。
ゴブリン・アーチャー。
矢の速度が人間より速い。
射線が読めない。
避ければドランが死ぬ。
矢が盾に突き刺さり、
木の破片がドランの頬を裂いた。
血が流れる。
リナが震え、詠唱を始める。
> 《焔よ――》
詠唱は速い。
制御も確か。
だが――
炎は霧になった。
空中で分散し、拡散し、
ただ熱の粒になって散った。
リナは目を見開く。
「……通らない……!」
術式が散らされている。
魔術が“当たらない”のではない。
魔術を無効化する構造が存在する。
ガイルが呟く。
「そんな馬鹿な……!亜種だ、資料と違いすぎる……!」
後方で、別の影が杖を構えた。
乾いた声が詠唱し始める。
ゴブリン・メイジ。
魔術も使う。
矢と魔術の同時攻撃。
前衛は超重量。
三人の冒険者に、
対抗できる戦術が存在しない。
「退く!陣形を崩すな!」
ガイルが叫んだ瞬間――
ファイターが盾に拳を叩き込む。
盾が悲鳴を上げた。
ドランの腕がしなる。
骨が悲鳴を上げる。
「ガイル!背中見せたら死ぬぞ!!」
叫び声に、恐怖が混じっている。
時間が溶けていく戦い。
正面からは崩せない。
逃げれば死ぬ。
魔術は通らない。
“死”しかない未来が、目前にまで迫っていた。
その時――
森の奥で、
“足音”が響いた。
ゆっくりと。
不釣り合いなほど、穏やかに。
誰もが振り向く。
戦場に割り込む影。
外套は汚れ、髪は荒れ、靴は泥に沈む。
だがその姿には、
不自然なほどの存在感があった。
空気がその男を避けて流れる。
ガイルは息を飲む。
「……誰だ……こんな時に……」
影は戦場に立つと、言った。
> 「助けてやってもいいが――飯はあるか?」
時間が止まる。
この状況で、“交渉”が“飯”なのか?
死の匂いの中で、常識が弾ける。
ガイルは理解より先に叫んだ。
「飯で助かるなら、いくらでもやる!!」
影――冴島 大輔は、短く言った。
> 「すまんがヒールは使えない。傷は自分でなんとかしてくれ。」
リナが絶叫する。
「治癒魔術……使えないんですか!?」
大輔は頷いた。
> 「使えない。ただ、死なない戦い方ができる。」
矛盾している。
だが――嘘じゃない。
この人は“結果”で語っている。
ガイルの胸に火が灯る。
「十分だ!!」
大輔は前へ。
杖もない。
詠唱しない。
魔導書も構えない。
両手を軽く上げ――
親指と人差し指を伸ばす。
銃の形。
誰も理解できない。
だがその動作には、
何も無駄がなかった。
早撃ちガンマンのような“型”。
右手。
> タン
空気が跳ねる。
左手。
> タン
森の影が震える。
もう一度。
> タン
死人が倒れる音が、
同時に三つ重なった。
光は見えない。
術式もない。
詠唱も痕跡もない。
ただ――結果だけが残った。
ファイターの胸に丸い穴が空く。
メイジが声すら出さず崩れ落ちる。
盾付きアーチャーが、
弓ごと後方へ吹き飛んだ。
ドサ、ドサ、ドサ。
音が森に沈む。
大輔は飯を受け取り、
その場で座って食べ始めた。
戦場で飯を食う魔術師。
狂気に見えるのに、
“異常に自然”。
リナは震えた声で問いかける。
「今のは……魔術ですか……?詠唱も、術式も、構築も……何も……」
大輔は飯を噛みながら言った。
> 「あぁ、俺が作った“プログラム”でな。即時発動だ。」
リナは息を吸う。
理解できない。
だが“理解できないと断言できない”。
“見えない術式”が存在する
その事実は、魔術師にとって禁忌であり希望。
世界観が揺らぐ音がした。
遠くから、一人の少年が見ていた。
木陰の細い影。
その瞳には恐怖ではなく、
“理解できない現象”への飢えが宿っていた。
ラピダス・ノックス。
初級魔術すら撃てない落ちこぼれ。
学院で最底辺の存在。
彼は見た。
詠唱ゼロ。
構築ゼロ。
痕跡ゼロ。
ただ“結果”がある魔術。
世界が反転する感覚に襲われる。
魔術は威力だと思っていた。
学院はそう教える。
評価は威力で決まる。
しかし今――
> 現象を決めたのは“速度”だった。
ノックスの未来が、音もなく動く。
革命は始まっていた。
誰も知らない場所で。
誰にも評価されない形で。
少年は拳を握った。
> 「追う……この人を追う」
それは世界の常識から外れた言葉。
だが――正しい世界から落ちた者だけが、
新しい正しさを作る。
森の静寂の中で、革命の種が落ちた。




