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最弱で最速の魔術師 〜学院落ちこぼれが独学魔術で規格外になるまで〜  作者: 北風
第3部 速度理論:魔術と呼ばれる日
35/41

3-11: ー新しい風の中でー

季節が、一つ変わった。


アストラム魔導学院の中庭には、新しい風が吹いている。


威力を競う訓練場の喧騒はまだ残っている。

炎の柱、雷の閃光、氷の槍。

いつもの“正統派魔術”の光景だ。


だが――その片隅には、今まで存在しなかった景色が芽生えていた。


「刻印、雑。やり直し」


「えぇ~~~!」


一年生の悲鳴が上がる。


腕に薄く刻まれた線。

魔力の流路としての“傷跡”。


その前で、ルミナ・ウッドが腕を組んでいた。


「流れを意識して。

 刻むときにちゃんと魔力を通すの。

 形だけ真似しても、現象は出ないよ」


隣で、ルシアン・ド・レオンハルトが補足する。


「あと、怖がりすぎ。

 これは肉体の損傷じゃなく、“魔力の通り道の上書き”だから」


生徒たちは真剣に耳を傾ける。


黒板には、大きく書かれた新しいカリキュラム。


> 刻印速術式(エングレイブ&フラッシュ・シグル入門)




アストラム魔導学院は――変わり始めていた。


――その教室の外。

廊下の端の窓際に、一台の車椅子がある。


ラピダス・ノックス。


膝の上には、一通の古びた封筒。


冴島大輔の字が残る、たった一つの手紙。


『ノックスへ

 どうやら俺はここまでらしい。

 重要な内部式理論だけ書き残す。

 君の人生に幸あらんことを

 ――冴島大輔』


何度も読み返したせいで、角は丸くなっていた。


窓の外から、訓練生たちの声が届く。


「《フレイムランス》!」

「《ライトニングバレット》!」


その合間に、


「出た!詠唱なし!」

「今の速っ!」


という声が混じる。


速度の技術が、確かに“普通の生徒たち”へ届き始めている。


ノックスは、ゆっくり目を閉じた。


身体は思うように動かない。

指先も、わずかしか動かせない。


けれど――


耳は聞こえ、

目は見え、

頭は動く。


(歩けない魔術師、か)


ふっと笑った。


(……悪くない)


足音が近づく。


「ノックス」


振り向かずとも分かる声。


ルミナ。

その後ろにルシアンとアイザック。


「今日も見学?」


「見学じゃなくて“監修”です」


ノックスは口元だけで笑った。


「ルミナさん、ところどころ教え方が厳しすぎますから」


「どこがよ!」


ルシアンが肩を揺らし、


「さっきのやり直しは正解。雑な流路は事故の元だ」


と続ける。


アイザックは窓の外を眺めながら言う。


「アストラムの結界は、以前とまったく違う構造になったよ。

 威力や詠唱速度ではなく――“起動の形”と“構造の柔らかさ”を重視している。

 これは、君の理論の影響だ」


ノックスは窓の外の光を見る。


柔らかな結界の揺らぎ。

それは守るための膜だった。


「……いいですね」


自然とそう言葉が漏れた。


ルミナがふと思い出したように尋ねる。


「ねぇ、ノックス。

 後悔、してない?」


以前と同じ問い。

だが答えは揺るがない。


「してません」


ノックスは迷いなく言う。


「僕は落ちこぼれで生まれて。

 師匠の理論に出会って。

 学院を追い出されて。

 石を投げて、速度を追って」


窓の外で、誰かが投げた石が“ぼん”と跳ねる。


「最後には、世界の“処理順序”に触れて。

 あなたたちと一緒に戦えて。

 名前まで残してもらえた」


ノックスは空を見上げた。


「これで後悔してたら……師匠に怒られます」


ルシアンが苦笑する。


「会ってみたかったよ、その師匠さんに」


アイザックも笑う。


「間違いなく、僕よりずっと危ない発想の人だね」


ノックスは胸元の手紙を軽く叩いた。


「……師匠は言いました」


焚き火の夜。

消えそうな光の中で聞いた声。


> 『模倣と仕組み化だ。

 才能がない奴の戦い方だ。

 君の人生に幸あらんことを。』




ノックスは小さく空へ向かって言う。


「――師匠。

 速度は、ちゃんと届きました」


風がカーテンを揺らす。


外から、喜びの声。


「やった!詠唱なしで発動した!」

「本当にできるんだ……!」


ルミナが笑う。


「ね?ノックス。

 “普通の生徒たち”が、もうあなたの速度を掴み始めてる」


ノックスも笑った。


「それなら――

 僕の人生は、ちゃんと幸せでした」


空は、高く青い。


落ちこぼれと呼ばれた少年が作った“速度”は、

もう特別なものではない。


誰の手にも届く技術として、

世界へ降りていく。


ノックスはそっと目を閉じた。


(君に幸あらんことを)


――今度は、師匠ではなく。


ノックス自身が、自分に向けた祈りだった。


物語はここで一度幕を下ろす。

だが、“速度魔術の物語”は終わらない。


新しい風が、世界に吹き始めていた。

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