表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱で最速の魔術師 〜学院落ちこぼれが独学魔術で規格外になるまで〜  作者: 北風
第3部 速度理論:魔術と呼ばれる日
32/41

3-8: ー心臓リンク・シグルアクセルー

世界が、きしむように減速した。


音が伸びる。

風の鳴る速度が落ちる。

空気の揺れが、一枚一枚めくれるようにはっきり見える。


一つは、これまでと同じ“普通の世界”。

色があり、音があり、時間が流れる。


もう一つは――“動きだけが引き伸ばされた世界”。


魔力の流れが、ゆっくりと渦を巻き、

血管を走る血が、波打つように見える。

筋肉が収縮していく過程が、段階ごとに見える。

風の軌跡が、白い残像となって空中に線を引いていく。


ラピダス・ノックスは、ゆっくりと立ち上がった。


「……っ」


膝が笑う。

だが、倒れはしない。


胸の奥――心臓に刻んだ刻印が、

外界の魔力を掴み、拍動に合わせて全身に送り出している。


ドクン。

ドクン。


一打ごとに、世界の“動き”がゆっくりになっていく。

正確には――世界はそのままなのに、自分の“処理”だけが先へ進む。


ルミナが息を呑んだ。


「立った……」


さっきまで、自力で上体を起こすことすらできなかったはずのノックスが、

まっすぐ立っている。


ルシアンは、本能的に理解した。


(あれは――“加速”じゃない)


時間そのものが止まったわけではない。

ただ、あらゆるものの動きが、ノックスにとって“遅く見えている”。


「位置と流れが、全部“見えて”る……」


アイザックが低く呟いた。


ラングレイは、楽しそうに目を細める。


「それが“心臓リンク版”か。

 人間が自分の生命維持装置を、魔術回路に組み込むなんて――

 狂ってるね」


ノックスは、初めてラングレイを正面から見た。


彼の周囲だけ、空気の“流れ方”が違う。

学院全体の魔力のうねりが、重なり合う波のようにラングレイへ集まり、

背後で大きな渦を作っているのが、はっきり見える。


(あの人は――結界そのものと繋がってる)


ノックスは、目の前の魔族へ視線を落とした。


黒い筋肉。

紫黒の刻印。

再生のために魔力が集まる流れ。


それらが、すべて“スロー再生”のように見える。


「まずは――あなたからです」


ノックスは、魔族に向かって歩き出した。



魔族が咆哮した。

人間の倍以上の体躯が、地面を抉りながら突進してくる。


拳が振り下ろされる。

普通なら捉えられない速度。

だが今のノックスには、その軌道が“なぞれるほど”ゆっくりに見えた。


ノックスは、ほんの一歩だけ動いた。


足を半歩ずらす。

体重を、わずかに後ろへ。

それだけで――拳は頬を掠めることすらできない。


ルミナの目には、

「拳がノックスを避けた」ように見えた。


(……違う。

 ノックスが、“先回りして”避けたんだ)


魔族の拳が石畳を砕く。

破片が舞い上がり、空中でゆっくり回転する。


その一つ一つの軌道すら、ノックスには見えていた。

だから――どこにも当たらない場所を、自然に選べる。


ノックスは、魔族の懐へ滑り込んだ。


石を投げない。

指先も動かさない。


ただ、心臓の刻印へ命令を送る。


(足の“支え”になっているところを――抜く)


魔族の脚の中を走る魔力の流れが、スローになって見える。

どこで力が入り、どの筋が重心を支えているかが、手に取るように分かる。


そこへ、外界魔力をぶつけるイメージを送る。


ぼん。


魔族の片脚が、内側から弾けた。


血飛沫。

肉片。

しかしそれより先に、魔族の“支え”が消える。


巨体が傾く。

再生しようと、脚に魔力が集まり始める。


その動きも、ノックスには“ゆっくり”見えていた。


(再生が始まる“入口”を――潰す)


再生の起点となる“芯”へ、外界魔力の塊を叩き込む。


ぼん。


今度は、再生しようとした肉が砕け散った。


「……なに、あれ」


ルミナは口を覆った。


ノックスは、威力の高い魔術を“撃って”いるわけではない。

爆炎でも雷光でもない。

小さく爆ぜるだけの現象。


なのに――魔族の動きが、本当に“止まって”いく。


流れを読む。

芯を潰す。

再生が形になる前に、“前提”を壊す。


それは、威力ではなく“処理の順番”への介入。


ラングレイだけが、正確な言葉を知っていた。


「……世界の“解像度”を上げているのか」


彼は楽しそうに笑う。


「位置、動き、再生の起点。

 それらを全部“見た上で”叩く。

 威力がなくても、構造が崩れる」


魔族が、最後の咆哮を上げようと喉を鳴らした。


喉元に魔力が集まる動きが、ゆっくり見える。


ノックスは、心臓の刻印をもう一段階深く回す。


(これで――終わり)


心臓が、ギリ、と音を立てた気がした。

血液が逆流しそうになる。


ドクン。


瞬間、魔族の全身を巡る魔力の流れが、一斉に“ぷつり”と途絶えたように見えた。


見えない刃。

見えない爆発。

ただ、結果だけが残る。


魔族の身体は、音もなく崩れた。


肉片ではなく、

砂になったように。


紫黒の刻印が、空中で弾けて消える。


静寂。


誰も、声を出せなかった。


ルミナは、震えながら呟いた。


「……威力じゃない。

 “構造そのもの”を、壊した……」


ルシアンは、ふっと笑う。


「魔術じゃない。

 “現象の編集”だ」


アイザックは、目を細めた。


(ここまで……届くのか)


ノックスは、ゆっくりと息を吐いた。


「はぁ……っ……」


心臓が痛い。

胸の内側から、焼けるような痛み。


それでも、まだ立てる。


ラングレイが、拍手した。


「見事だ。

 箱庭の外側で育った“バグ”が、

 ここまで到達するとはね」


ノックスは、ラングレイへ顔を向けた。


今も、世界はわずかに“遅く”見えている。

ラングレイの背後で、学院全体の魔力の流れが渦を巻き、

あらゆる結界の線が彼へ収束しているのが、鮮明に見える。


結界。

学院。

魔族との接点。


全部を、彼が握っている。


「次は――あなたです」


ノックスの声は、掠れているのに、

はっきり届いた。


ラングレイは、愉快そうに肩をすくめる。


「やれやれ。

 この歳で、自分が“ボス”扱いされるとは」


足元の空間が、ふわりと揺れた。


ラングレイが一歩踏み出す。その動きですら、ノックスには“スロー”に見える。

だが、遅いのはラングレイではない。

速すぎるのは、自分の認識の方だ。


距離。

高さ。

空気の圧力。


全部が、さっきの魔族とは比べ物にならない。


「見せてみなさい。

 人間がどこまで“理”を踏み越えられるか」


学院長と落ちこぼれが、

真正面から対峙した。


世界は、もう後戻りできない地点に来ていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ